メジロマックイーンになりまして。   作:灯火011

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2 名優の正体と、消えたホールケーキの謎

 

 一食一万円の衝撃から立ち直りきれないまま、俺はリビングでスマホを弄っていた。

 

 いくらなんでも、この体はおかしい。人間離れした美貌に、底なしの胃袋。そして頭と尻についた余計な器官。俺は震える指で検索ワードを打ち込んだ。『銀髪 紫の目 馬の耳と尻尾』。

 

 画面に表示された画像を見て、俺は持っていたスマホを取り落としそうになった。

 

「こ、こいつは……」

 

 画面の中には、優雅な勝負服に身を包み、ターフを駆ける銀髪の令嬢がいた。名前は『メジロマックイーン』。競馬好きの部長がよく熱弁していた、あの名ステイヤーの擬人化らしい。

 

「まさか、私が……いえ、俺が、あのメジロマックイーンだと言うんですの!?」

 

 鏡を見る。間違いない。完全に一致している。

 

 俺は30代のくたびれたおっさんから、由緒正しきメジロ家の令嬢(のウマ娘)に転生してしまったらしい。あまりの事態に目眩がした。だが、それ以上に俺を困惑させたのは、体の奥底から湧き上がる新たな衝動だった。

 

 

 さっきあれだけ肉と米を詰め込んだはずの腹が、妙な音を立てた。

 

『グゥ〜〜……』

 

 空腹ではない。エネルギーは足りている。だが、精神と肉体が猛烈に「あるもの」を要求していた。

 

「あ、甘いものが……甘いものが食べとうございます……!!」

 

 普段の俺なら、食後のデザートなんて缶コーヒー一本で十分だ。

 

 だが、今の俺は違う。脳裏に浮かぶのは、生クリームたっぷりのケーキ、艶やかなフルーツタルト、濃厚なカスタードプリン。口の中が勝手に唾液で満たされる。

 

 我慢?

 

 無理だ。これは呼吸をするのと同じレベルの生存本能だ。俺は再びニット帽を目深に被り、財布を握りしめて家を飛び出した。

 

 

 近所で評判の、少しお高い洋菓子店。自動ドアが開くと、甘いバニラの香りが鼻腔をくすぐる。その瞬間、俺の(マックイーンの)瞳がキラリと怪しく輝いたことだろう。

 

 ショーケースの前で、俺は仁王立ちした。ショートケーキ、モンブラン、オペラ……どれも美味しそうだ。選べない。店員が怪訝そうな顔で、ジャージ姿の俺を見ている。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「ええ……」

 

 俺の頭の中では、「ショートケーキ2個くれ」と言うつもりだった。だが、マックイーンの肉体は、そんな半端なオーダーを許さなかった。

 

「こちらのイチゴのホールケーキ、5号サイズを二つ。いただきとうございますわ」

 

「は、はい!?5号(直径15cm)を、二つ……ですか?」

「ええ。自宅用ですの。箱は一つにまとめてくださって結構ですわ」

 

 店員の目が点になっている。

 

 そりゃそうだ。一人で食う量じゃない。パーティーでもするのかと思われただろう。だが、俺の口調があまりにも堂々としていたため、店員は

 

「か、かしこまりました!」

 

 と敬礼気味に準備を始めた。

 

 会計、8,000円。

 

 昼の食費と合わせて、本日の出費は約2万円。

 

 財布の中身を見て気絶しそうになったが、ケーキの箱を受け取った瞬間、尻尾がブンブンと振れて、ニット帽がずり落ちそうになった。

 

 

 帰宅するやいなや、俺はテーブルに二つのホールケーキを並べた。真っ白なクリームに、真っ赤なイチゴ。宝石のようだ。

 

「い、いただきます……」

 

 フォークを突き刺す。

 

 上品に切り分ける?そんなまどろっこしいことはしていられない。ホールケーキをそのまま、スプーンでカレーを食うように掬い取った。

 

 パクッ。

 

「んん〜っ!!なんですのこれ、天国ですわ〜!!」

 

 美味い。美味すぎる。

 

 生クリームの甘さが脳髄を直撃し、スポンジの軽やかさが舌の上で踊る。気づけば、俺の右手は残像が見えるほどの速度で動いていた。

 

 パクパク、パクパク、パクパク……!

 

「甘味が、五臓六腑に染み渡りますわ……!」

 

 一個目のホールケーキが、わずか3分で消滅した。自分でも信じられない。俺は掃除機か何かか?

 

 だが、手は止まらない。二個目に突入する。本来なら胸焼けして吐き気を催す量だ。しかし、この体は糖分をガソリンのように燃焼している感覚がある。

 

 

 ものの10分足らず。テーブルの上には、クリーム一滴残っていない銀色の台紙が二枚、虚しく輝いていた。

 

 俺は満足げに膨らんだ腹……だが、見た目はスリムなままだった、をさすり、ほう、と熱い息を吐いた。

 

「……美味かった。いや、美味しゅうございました」

 

 至福の時は終わり、賢者タイムが訪れる。俺は空っぽになったケーキの箱と、軽くなった財布を見比べた。

 

「おやつで8,000円……?」

 

 俺の月収は手取りで20万ちょいだ。しかも今は仕事ができないわけで、間違いなく収入は減る。このペースで生活したら、家賃を払う前に餓死する。いや、食費で破産する。

 

「働きませんと……新しい食い扶持を見つけなければ、この燃費を維持できませんわ……!」

 

 銀髪の美少女は、甘い残り香の漂う部屋で、切実に「副業」の二文字を思い浮かべて頭を抱えるのだった。

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