メジロマックイーンになりまして。   作:灯火011

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18 母のカレーと、布団の中の告白

「……んんっ、このカップ焼きそば、マヨネーズが足りませんわね」

 

 いつもの自宅配信。俺は視聴者と雑談しながら、夜食のペヤング(超大盛)をすすっていた。

 

 SASU〇E完全制覇やコミケでの伝説を経て、登録者はうなぎ登り。そんな中、コメント欄が急にざわつき始めた。

 

『おい、マックイーン!SNSの公式アカウント見ろ!』

『テレビ局からリプ来てるぞ』

『ガチの番組オファーじゃね?』

 

「あら?」

 

 俺はサブ端末で〇witterを確認した。そこには、誰もが知る有名旅番組のアカウントから、俺宛にメンションが飛んでいた。

 

『@McQueen_Desuwa 突然のご連絡失礼します。テレビ〇〇の番組「田舎に泊まって食べまくろう!」のプロデューサーです。貴殿の食べっぷりに惚れ込みました。ぜひ、次回のスペシャルに出演していただけないでしょうか?行き先は、あなたの思い出の場所で構いません。予算は全てこちら持ちですよ!ご不安であれば、どなたかを関係者としてお連れすることも可能です!』

 

「……ぶっ!!」

 

 俺は麺を吹き出した。

 

「田舎に泊まって食べまくろう!」……通称『いな食べ』。

 

 アポなしで田舎を訪れ、現地の人と触れ合い、その土地の食材を食い尽くすという、俺のためにあるような番組だ。

 

『思い出の場所……?』

『実家ワンチャンある?』

『マックイーンの故郷とか気になる』

 

 コメント欄が盛り上がる中、俺は複雑な顔でフリーズした。食費(ギャラ)は魅力的だ。だが、「思い出の場所」といってパッと思いつくのは、やはりあそこしかない。

 

 しかし、今の姿で行けばどうなるか……。

 

 

 配信終了後。俺は悶々としながら、ストロング缶を空けていた。

 

「おーい佐藤!いるかー!?」

「いますわよー。今鍵あけますわねー!」

 

 そこへ、最近はほぼ相棒となった、タカシが訪ねてきた。その顔は、少しばかり固い。

 

「見たぞ配信。……『いな食べ』のオファー、来たんだって?」

「ええ。断ろうと思ってますの」

「なんでだよ? ギャラいいぞあの番組」

 

 俺は膝を抱えた。

 

「『思い出の場所』って言われましても……私が知っているのは、佐藤としての故郷だけですわ。今の姿で行って、もしお母さまにお会いしたら……」

 

 タカシはため息をつき、ドカッと俺の隣に座った。

 

「佐藤。……お前、この前俺が言ったこと覚えてるか?」

「?」

「おばちゃん、心配してたぞ。『夢見が悪い』って」

 

 タカシは真剣な目で俺を見た。

 

「これはチャンスだろ。テレビの企画なら、堂々と帰れる。『アポなしロケ』ってことにすれば、突然行っても怪しまれねえ」

「でも、バレたら……」

「バレねえよ。お前は今、銀髪の美少女だ。……それに、もしバレたとしても、おばちゃんなら受け止めてくれるんじゃねえか?」

 

 タカシの言葉に、俺は迷った。

 

 正直に言えば、母さんのカレーが食いたい。父さんの仏壇に手を合わせたい。何より、元気な姿(姿は変わってるけど)を見せたい。

 

「……いいんですの?私、知りませんわよ?現場がパニックになっても」

「おう。俺も『関係者枠』でついてってやるから安心しろ」

「わかりましたわ。タカシ。頼りにしていますわよ?」

 

 

 翌日、テレビ局での打ち合わせ。プロデューサーは俺を見るなり、

 

「おお! 本物はさらに美しい!」

 

 と興奮気味に握手を求めてきた。

 

「で、マックイーンさん。ロケ地のご希望はありますか?」

 

 俺は一枚のメモを差し出した。震える手で書いた、見慣れた住所。

 

「……こちらへ。とある田舎町ですわ」

「ほうほう。ここは?」

「……私の、遠い親戚の家がありますの」

 

 俺は嘘をついた。

 

「幼い頃にお世話になった、親戚のおば様が住んでいるんです。もしかすると相手方は覚えてないかもしれませんが……その、久しぶりにご挨拶したくて」

「いいですねぇ!恩人との感動の再会!そして田舎料理!マックイーンさんのビジュアルと相まって、良い絵になります!」

 

 プロデューサーは即決した。

 

「では、アポなし突撃でいきましょう!マックイーンさんの『親戚』なら、きっと画力(えぢから)のある方なんでしょうね!」

 

 俺は引きつった笑顔で頷いた。

 

「ええ……まあ。記憶の中にあるのは、肝っ玉母ちゃんですわ」

 

 こうして、俺はテレビカメラを引き連れて、自分の実家へ「他人として」帰るという、無謀な賭けに出ることになった。

 

 

 ロケ当日。ロケバスから降り立った俺は、マイクを付けられながら深呼吸した。見慣れた田園風景。近所の犬の鳴き声。空気が美味い。

 

「さあマックイーンさん!ここが思い出の地ですね!」

「ええ……とても懐かしい匂いがしますわ」

 

 カメラが回る。俺は記憶を頼りに、というフリをして、実家へと続く道を歩いた。そして、築40年の古い一軒家の前に立つ。表札には『佐藤』の文字。

 

「ここですわ」

「じゃあ、行ってきましょう!アポなし交渉です!」

 

 心臓が早鐘を打つ。俺は震える指で、インターホンを押した。

 

「はーい」

 

 聞き慣れた、少ししゃがれた声。ガチャリと玄関が開く。そこには、少し白髪が増えたけれど、変わらないエプロン姿の母がいた。

 

 

「おばさん。タカシです。ちょっとわけあってお邪魔します」

「あら、タカシ君。この前はありがとうねぇ」

 

 タカシがまず挨拶をして、その次に、俺が続く。

 

「あ、あの……テレビの撮影で来ました、メジロマックイーンと申します……」

「あらやだ、テレビ?詐欺じゃないでしょうね?」

 

 母は警戒心を露わにした。そりゃそうだ。俺は必死に笑顔を作った。

 

「怪しいものではありませんの! 実は私、こちらの……えっと、遠縁にあたるものでして」

「遠縁?」

「はい。小さい頃に一度だけ……」

 

 母は俺の顔をじっと見た。そして、ふと俺の足元に目を落とした。

 

「……まあ、上がんなさい。お茶くらい出すわよ」

 

 母は何かを感じ取ったような目で、招き入れてくれた。

 

 

 リビングに通された俺とスタッフ。「何もないけど」と言って出されたのは、麦茶と煎餅だ。俺は正座をして、深々とお辞儀をした。

 

「突然お邪魔して申し訳ありません」

「いいのよ。……お父さんの仏壇、拝んでやってくれる?」

「えっ」

 

 母がいきなり言った。

 

「遠縁なんでしょ? お父さんも喜ぶわ」

 

 俺は導かれるまま仏間へ行った。写真の中の父が笑っている。俺は線香をあげ、手を合わせた。

 

(父さん、ただいま。こんな姿になっちまったけど、俺、生きてるよ)

 

 リビングに戻ると、母が夕飯の支度を始めていた。

 

「スタッフさんの分もあるから、カレーでいいかしら?」

「カ、カレー!?」

 

 俺の目が輝いた。母さんのカレー。世界で一番好きなメニューだ。

 

「手伝いますわ!」

 

 俺はキッチンに立った。

 

「じゃあ、そこからお皿出して」

 

 と母。

 

「わかりましたわ!」

 

 俺は迷わず、シンク下の、一番奥の引き出しを開けて、大皿を取り出した。そこは、普段使いの皿じゃなく、客用の大皿の場所だ。

 

「……よく分かったわね、そこにあるって」

 

 母が背中越しにポツリと言った。

 

「えっ……あ、いえ、なんとなく……勘ですわ!」

 

 冷や汗が流れる。だが、母はそれ以上何も言わず、鍋をかき混ぜ続けた。

 

 

 完成したカレーライス。俺はカメラの前だということも忘れ、スプーンで頬張った。ジャガイモがゴロゴロ入った、甘口のポークカレー。隠し味にインスタントコーヒーを入れる、佐藤家の味。

 

「んんっ……!」

 

 一口食べた瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。美味い。懐かしい。暖かい。

 

「おいしい……本当においしいですわ……!」

「あらあら、そんなに泣くほど?」

「はい……昔食べた味と、同じで……」

 

 俺は泣きながら、大盛りカレーを3杯おかわりした。スタッフも、

 

「すごい食いっぷりと涙! いい絵が撮れた!」

 

と喜んでいる。だが、母だけは、慈愛に満ちた、そしてどこか確信めいた目で俺を見つめていた。

 

 

 撮影が終わり、スタッフは近くのホテルへ。俺だけが「親戚」という建前で、泊めてもらうことになった。これは、タカシの根回しのおかげだ。

 

 客間……かつての俺の部屋に布団が敷かれる。カメラはない。二人きりだ。

 

「……電気、消すわよ」

 

 母が豆電球だけを残してスイッチを切った。静寂が包む。

 

「……ねえ」

 

 暗闇の中で、母が口を開いた。

 

「あんた……『サトシ』だろ?」

 

 俺の心臓が止まりそうになった。サトシ。俺の本名だ。

 

「……なんで……」

 

 俺の声は、その衝撃のせいだろうか。お嬢様口調ではなく、素の低い声に戻りかけていた。

 

「分かるわよ。母親だもの」

 

 母が布団の中で寝返りを打ち、こちらを向いた気配がした。

 

「玄関での立ち方。皿の場所。カレーを食べる時の、スプーンの持ち方。……あと、仏壇の前で正座した時の背中。お父さんにそっくりだった」

 

 俺は何も言えなかった。隠し通せるわけがなかったのだ。

 

「……ごめんなさい、お母さま」

 

 俺は観念して、全てを打ち明ける決意をした。口調は、マックイーンに戻っている。

 

「こんな姿になってしまいました……それに、連絡もしませんで、申し訳、ありません、でした」

 

 目から涙がこぼれ落ち、枕を濡らした。母の手が伸びてきて、俺の頭(ウマ耳の間)を優しく撫でた。

 

「バカだねぇ。生きてるなら、連絡ぐらい寄越しなさいよ」

「……はい」

「声も、顔も、体も、綺麗になったじゃないか。昔のむさ苦しい顔より、そっちの方がいいかもね」

「うるさい、ですわ……」

 

 母は笑っていた。泣いているようにも聞こえた。

 

「どんな姿でも、あんたは私の子だよ。……頑張んなさい。テレビ、見てるからね」

「……はい。ありがとうございます、お母さま」

 

 その夜、俺は久しぶりに、泥のように安心して眠った。翌朝、ロケバスに乗り込む俺の手には、タッパーに入った大量のカレーと、母が持たせてくれた「お守り」が握られていた。

 

「行ってらっしゃい!マックイーンさん!もし苦しい事があったら、また来るんだよー!」

 

 カメラの前で手を振る母。

 

「ありがとうございます!行ってまいりますわ!おば様!」

 

 俺は満面の笑みで手を振り返した。

 

 もう、迷いはない。最強の理解者を得た俺は、この現実世界で、さらに逞しく生きていける。

 

 そう確信した帰省ロケだった。

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