「……んんっ、このカップ焼きそば、マヨネーズが足りませんわね」
いつもの自宅配信。俺は視聴者と雑談しながら、夜食のペヤング(超大盛)をすすっていた。
SASU〇E完全制覇やコミケでの伝説を経て、登録者はうなぎ登り。そんな中、コメント欄が急にざわつき始めた。
『おい、マックイーン!SNSの公式アカウント見ろ!』
『テレビ局からリプ来てるぞ』
『ガチの番組オファーじゃね?』
「あら?」
俺はサブ端末で〇witterを確認した。そこには、誰もが知る有名旅番組のアカウントから、俺宛にメンションが飛んでいた。
『@McQueen_Desuwa 突然のご連絡失礼します。テレビ〇〇の番組「田舎に泊まって食べまくろう!」のプロデューサーです。貴殿の食べっぷりに惚れ込みました。ぜひ、次回のスペシャルに出演していただけないでしょうか?行き先は、あなたの思い出の場所で構いません。予算は全てこちら持ちですよ!ご不安であれば、どなたかを関係者としてお連れすることも可能です!』
「……ぶっ!!」
俺は麺を吹き出した。
「田舎に泊まって食べまくろう!」……通称『いな食べ』。
アポなしで田舎を訪れ、現地の人と触れ合い、その土地の食材を食い尽くすという、俺のためにあるような番組だ。
『思い出の場所……?』
『実家ワンチャンある?』
『マックイーンの故郷とか気になる』
コメント欄が盛り上がる中、俺は複雑な顔でフリーズした。食費(ギャラ)は魅力的だ。だが、「思い出の場所」といってパッと思いつくのは、やはりあそこしかない。
しかし、今の姿で行けばどうなるか……。
■
配信終了後。俺は悶々としながら、ストロング缶を空けていた。
「おーい佐藤!いるかー!?」
「いますわよー。今鍵あけますわねー!」
そこへ、最近はほぼ相棒となった、タカシが訪ねてきた。その顔は、少しばかり固い。
「見たぞ配信。……『いな食べ』のオファー、来たんだって?」
「ええ。断ろうと思ってますの」
「なんでだよ? ギャラいいぞあの番組」
俺は膝を抱えた。
「『思い出の場所』って言われましても……私が知っているのは、佐藤としての故郷だけですわ。今の姿で行って、もしお母さまにお会いしたら……」
タカシはため息をつき、ドカッと俺の隣に座った。
「佐藤。……お前、この前俺が言ったこと覚えてるか?」
「?」
「おばちゃん、心配してたぞ。『夢見が悪い』って」
タカシは真剣な目で俺を見た。
「これはチャンスだろ。テレビの企画なら、堂々と帰れる。『アポなしロケ』ってことにすれば、突然行っても怪しまれねえ」
「でも、バレたら……」
「バレねえよ。お前は今、銀髪の美少女だ。……それに、もしバレたとしても、おばちゃんなら受け止めてくれるんじゃねえか?」
タカシの言葉に、俺は迷った。
正直に言えば、母さんのカレーが食いたい。父さんの仏壇に手を合わせたい。何より、元気な姿(姿は変わってるけど)を見せたい。
「……いいんですの?私、知りませんわよ?現場がパニックになっても」
「おう。俺も『関係者枠』でついてってやるから安心しろ」
「わかりましたわ。タカシ。頼りにしていますわよ?」
■
翌日、テレビ局での打ち合わせ。プロデューサーは俺を見るなり、
「おお! 本物はさらに美しい!」
と興奮気味に握手を求めてきた。
「で、マックイーンさん。ロケ地のご希望はありますか?」
俺は一枚のメモを差し出した。震える手で書いた、見慣れた住所。
「……こちらへ。とある田舎町ですわ」
「ほうほう。ここは?」
「……私の、遠い親戚の家がありますの」
俺は嘘をついた。
「幼い頃にお世話になった、親戚のおば様が住んでいるんです。もしかすると相手方は覚えてないかもしれませんが……その、久しぶりにご挨拶したくて」
「いいですねぇ!恩人との感動の再会!そして田舎料理!マックイーンさんのビジュアルと相まって、良い絵になります!」
プロデューサーは即決した。
「では、アポなし突撃でいきましょう!マックイーンさんの『親戚』なら、きっと画力(えぢから)のある方なんでしょうね!」
俺は引きつった笑顔で頷いた。
「ええ……まあ。記憶の中にあるのは、肝っ玉母ちゃんですわ」
こうして、俺はテレビカメラを引き連れて、自分の実家へ「他人として」帰るという、無謀な賭けに出ることになった。
■
ロケ当日。ロケバスから降り立った俺は、マイクを付けられながら深呼吸した。見慣れた田園風景。近所の犬の鳴き声。空気が美味い。
「さあマックイーンさん!ここが思い出の地ですね!」
「ええ……とても懐かしい匂いがしますわ」
カメラが回る。俺は記憶を頼りに、というフリをして、実家へと続く道を歩いた。そして、築40年の古い一軒家の前に立つ。表札には『佐藤』の文字。
「ここですわ」
「じゃあ、行ってきましょう!アポなし交渉です!」
心臓が早鐘を打つ。俺は震える指で、インターホンを押した。
「はーい」
聞き慣れた、少ししゃがれた声。ガチャリと玄関が開く。そこには、少し白髪が増えたけれど、変わらないエプロン姿の母がいた。
■
「おばさん。タカシです。ちょっとわけあってお邪魔します」
「あら、タカシ君。この前はありがとうねぇ」
タカシがまず挨拶をして、その次に、俺が続く。
「あ、あの……テレビの撮影で来ました、メジロマックイーンと申します……」
「あらやだ、テレビ?詐欺じゃないでしょうね?」
母は警戒心を露わにした。そりゃそうだ。俺は必死に笑顔を作った。
「怪しいものではありませんの! 実は私、こちらの……えっと、遠縁にあたるものでして」
「遠縁?」
「はい。小さい頃に一度だけ……」
母は俺の顔をじっと見た。そして、ふと俺の足元に目を落とした。
「……まあ、上がんなさい。お茶くらい出すわよ」
母は何かを感じ取ったような目で、招き入れてくれた。
■
リビングに通された俺とスタッフ。「何もないけど」と言って出されたのは、麦茶と煎餅だ。俺は正座をして、深々とお辞儀をした。
「突然お邪魔して申し訳ありません」
「いいのよ。……お父さんの仏壇、拝んでやってくれる?」
「えっ」
母がいきなり言った。
「遠縁なんでしょ? お父さんも喜ぶわ」
俺は導かれるまま仏間へ行った。写真の中の父が笑っている。俺は線香をあげ、手を合わせた。
(父さん、ただいま。こんな姿になっちまったけど、俺、生きてるよ)
リビングに戻ると、母が夕飯の支度を始めていた。
「スタッフさんの分もあるから、カレーでいいかしら?」
「カ、カレー!?」
俺の目が輝いた。母さんのカレー。世界で一番好きなメニューだ。
「手伝いますわ!」
俺はキッチンに立った。
「じゃあ、そこからお皿出して」
と母。
「わかりましたわ!」
俺は迷わず、シンク下の、一番奥の引き出しを開けて、大皿を取り出した。そこは、普段使いの皿じゃなく、客用の大皿の場所だ。
「……よく分かったわね、そこにあるって」
母が背中越しにポツリと言った。
「えっ……あ、いえ、なんとなく……勘ですわ!」
冷や汗が流れる。だが、母はそれ以上何も言わず、鍋をかき混ぜ続けた。
■
完成したカレーライス。俺はカメラの前だということも忘れ、スプーンで頬張った。ジャガイモがゴロゴロ入った、甘口のポークカレー。隠し味にインスタントコーヒーを入れる、佐藤家の味。
「んんっ……!」
一口食べた瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。美味い。懐かしい。暖かい。
「おいしい……本当においしいですわ……!」
「あらあら、そんなに泣くほど?」
「はい……昔食べた味と、同じで……」
俺は泣きながら、大盛りカレーを3杯おかわりした。スタッフも、
「すごい食いっぷりと涙! いい絵が撮れた!」
と喜んでいる。だが、母だけは、慈愛に満ちた、そしてどこか確信めいた目で俺を見つめていた。
■
撮影が終わり、スタッフは近くのホテルへ。俺だけが「親戚」という建前で、泊めてもらうことになった。これは、タカシの根回しのおかげだ。
客間……かつての俺の部屋に布団が敷かれる。カメラはない。二人きりだ。
「……電気、消すわよ」
母が豆電球だけを残してスイッチを切った。静寂が包む。
「……ねえ」
暗闇の中で、母が口を開いた。
「あんた……『サトシ』だろ?」
俺の心臓が止まりそうになった。サトシ。俺の本名だ。
「……なんで……」
俺の声は、その衝撃のせいだろうか。お嬢様口調ではなく、素の低い声に戻りかけていた。
「分かるわよ。母親だもの」
母が布団の中で寝返りを打ち、こちらを向いた気配がした。
「玄関での立ち方。皿の場所。カレーを食べる時の、スプーンの持ち方。……あと、仏壇の前で正座した時の背中。お父さんにそっくりだった」
俺は何も言えなかった。隠し通せるわけがなかったのだ。
「……ごめんなさい、お母さま」
俺は観念して、全てを打ち明ける決意をした。口調は、マックイーンに戻っている。
「こんな姿になってしまいました……それに、連絡もしませんで、申し訳、ありません、でした」
目から涙がこぼれ落ち、枕を濡らした。母の手が伸びてきて、俺の頭(ウマ耳の間)を優しく撫でた。
「バカだねぇ。生きてるなら、連絡ぐらい寄越しなさいよ」
「……はい」
「声も、顔も、体も、綺麗になったじゃないか。昔のむさ苦しい顔より、そっちの方がいいかもね」
「うるさい、ですわ……」
母は笑っていた。泣いているようにも聞こえた。
「どんな姿でも、あんたは私の子だよ。……頑張んなさい。テレビ、見てるからね」
「……はい。ありがとうございます、お母さま」
その夜、俺は久しぶりに、泥のように安心して眠った。翌朝、ロケバスに乗り込む俺の手には、タッパーに入った大量のカレーと、母が持たせてくれた「お守り」が握られていた。
「行ってらっしゃい!マックイーンさん!もし苦しい事があったら、また来るんだよー!」
カメラの前で手を振る母。
「ありがとうございます!行ってまいりますわ!おば様!」
俺は満面の笑みで手を振り返した。
もう、迷いはない。最強の理解者を得た俺は、この現実世界で、さらに逞しく生きていける。
そう確信した帰省ロケだった。