メジロマックイーンになりまして。   作:灯火011

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パスポートはご都合主義です!合理性無理だこんなもん!勢いです!勢い!それよりホットドッグ食わせたいんだ!

無茶はなんとかホットドッグの如くの飲み込んでいただきたい所存でございます。ごめんね。


20 NY上陸作戦

 NY遠征の数日前。有楽町、パスポートセンター。窓口の空気は凍りついていた。

 

「ですから!この写真の男性(佐藤・38歳)と、ご本人様(美少女)が同一人物だなんて、認められるわけないでしょう!身長も違いすぎますし!」

「せめて、せめて指紋照合を!それに、書類は揃っております!整形、整形したんですの!」

「そうです。マックイーンさんは自らの望んだ容姿を手に入れたのです。我々テレビ局がそれを保証しますから」

 

 ベテラン職員(通称:鉄の女)が、書類を突き返す。俺(マックイーン姿)とタカシ、そして、協力を仰いだテレビ局のプロデューサーが並んでいても、この鉄壁は崩れない。やはり「外見の性別不一致」と「顔の激変」は、お役所的にNG中のNGだ。

 

「戸籍抄本があろうが、整形証明書があろうが、ここまで違うと『なりすまし』を疑わざるを得ません。指紋を照合する必要すらありません。どうかお引き取りを」

 

 万策尽きたかと思われたその時。タカシがスマホを見て、ニヤリと笑った。

 

「……到着したみたいだぞ。佐藤、『切り札』のお出ましだ」

 

 自動ドアが開き、大きな風呂敷包みを背負った小柄な女性が入ってきた。使い古したエプロン姿ではないが、余所行きの服を着て、それでも隠しきれない「田舎の母ちゃん」オーラ。

 

「サトシぃ!!待たせたねぇ!!」

 

「母さん!!」

 

 俺の実家の母(60代)が、新幹線に乗って駆けつけたのだ。母はズカズカと窓口に歩み寄ると、俺の隣に仁王立ちした。

 

 その剣幕に、職員が怯んだ。

 

「あ、あの……こちらは?」

 

 母はドン!とカウンターを叩いた。

 

「母親だよ!!この子の!!」

 

 母は俺の顔を指差して、まくし立てた。

 

「あんたねぇ、役所仕事だか何だか知らないけど!親が『自分の息子だ』って言ってんのに、それを疑うのかい!?」

 

「い、いえ、しかし明らかに外見が……」

 

「変わったよ!確かに可愛くなっちまったよ!でもねぇ、この目を見てみな!死んだ魚みたいに濁った、根性の曲がったこの目!これは間違いなく、私の腹を痛めたサトシの目だよ!!」

 

「母さん……フォローになってない気がしますわ……」

 

 母は止まらない。風呂敷から、俺の子供の頃のアルバムや、へその緒の箱まで取り出した。

 

「ほら見な!小学校の運動会!この走り方と、今のこの子の走り方、そっくりだろ!?親の目は誤魔化せないんだよ!!」

 

 母の剣幕に、職員が圧倒されている。その隙を逃さず、俺は動いた。

 

「母さんの言う通りですわ……!さあ、指紋を照合してくださいまし!」

 

 ピッ。

 

『照合結果:一致(サトウ サトシ)』

「……一致!?嘘でしょ!?」

 

 機械が冷徹な真実を告げる。さらに、テレビ局のプロデューサーが、名刺と企画書をスッと差し出す。

 

「お母様の言う通りです。ウチの局が社運をかけて、『彼』の身元を保証します。……これでもまだ、『なりすまし』と言いますか?」

 

 

「指紋(科学)」 「テレビ局(権力)」 「オカンの怒声(血縁)」

 

 この波状攻撃に、ついに鉄の女が折れた。

 

「わ、分かりました……!お母様がそこまでおっしゃるなら……そして指紋が一致するなら……!」

 

 職員はハンコを手に取り、震える手で書類に押印した。

 

 バンッ!!

 

「特例で……更新を認めます!!」

 

 

 帰り道。俺たちは有楽町の駅前で、母を囲んでいた。

 

「やったな!いや、佐藤の母ちゃん!さすがだ!」

 

 タカシが母の肩を揉む。

 

「ふん、当たり前さ。サトシが世界に行こうってんだ、止められるもんかね」

 

 母は笑って、俺を見た。

 

「サトシ。アメリカに行くんだろ?向こうの食事は脂っこいって聞くからね。……胃薬、持っていきなさいよ」

 

 俺は苦笑した。俺の胃袋に胃薬など不要だが、その心遣いが嬉しかった。

 

「ありがとう、お母さま。……お土産は、自由の女神の置物でよろしいかしら?」

「いらないよそんなもん!……ま、あんたが元気に帰ってくるのが一番の土産さ」

 

 こうして、最強の布陣でパスポートをもぎ取った俺は、母に見送られながらNYへと旅立ったのだ。……なお、パスポートの写真は美少女、性別はM、保護者はオカンとテレビ局というカオスな申請書は、役所の伝説として語り継がれることになったらしい。

 

 

 ジョン・F・ケネディ国際空港。

 

 飛行機を出た瞬間、ムッとするような熱気と、異国の匂いが俺を包んだ。

 

「着きましたわ……ここが、メリケン(アメリカ)ですのね!」

 

 俺、メジロマックイーン(中身:佐藤)は、サングラスをかけ、つば広の帽子を被り、空港のロビーで仁王立ちした。隣には、大きなスーツケースを二つ抱えた友人のタカシがいる。今回は、多少英語が出来るタカシを、「マネージャー兼通訳」として無理やり連れてきた。

 

 つっても、今回ばかりは食欲のためにある程度勉強もしてきている。やはり、ある程度自分で注文したほうが正確に意図が伝わるからね。

 

「佐藤……いや、マックイーン。声でけえよ。あと『メリケン』っていつの時代の人間だよ」

「細かいことはいいんですの。……それよりタカシ、大事なことですわ」

 

 俺はサングラスをずらし、真剣な眼差しでタカシを見た。

 

「機内食が……足りませんでしたわ。ステーキ、ステーキを食べに参りましょう!」

「お前、マジかよ!?ビーフとチキン両方食って、さらに俺の分まで食っただろ!」

 

 でも足らないんだ。仕方ねぇじゃん。

 

 

 入国審査の長い列。俺の番が来た。タカシたちは別のレーンだ。ここからは孤独な戦いになる。

 

 強面の審査官(黒人の大男)が、俺のパスポートを開く。写真を見る(美少女)性別欄を見る(MALE)。俺の顔を見る(美少女)。

 

 審査官の目がスッと細まった。

 

「……Come with me.(来なさい)」

 

 俺は抵抗する間もなく、屈強な警備員に囲まれ、恐怖の「別室(Secondary Inspection Room)」へと連行された。

 遠くでタカシが「No! She is famous!」と叫んでいたが、無慈悲に遮断された。

 

 

 鉄の扉が閉まる。殺風景な部屋。パイプ椅子。目の前には、さらに強面の上級審査官。

 

「Sit down.(座れ)」

 

 パスポートが机に投げ出される。

 

『偽造パスポートか?それともスパイか?お前は少女だが、データは38歳の日本人男性だ。説明しろ』

 

 俺は冷や汗をかきながら、なんとか英語を絞り出した。

 

「I am Satoshi. Just... changed.(私はサトシです。ただ……変わってしまったのです)」

 

「Bullshit.(ふざけるな)」

 

 審査官は指紋スキャナーを指差した。

 

『指を置け。嘘はすぐにバレる』

 

 俺は震える指を置いた。モニターに結果が表示される。同時に、審査官の表情が凍りついた。

 

『MATCH FOUND: SATOSHI SATOU (Male, 38)』

 

「……What?(は?)」

 

 審査官はモニターを二度見した。目の前の美少女と、データベース上の冴えない中年男性。指紋は完全に一致している。

 

「……New type of plastic surgery? Or government experiment?(新型の整形手術か?それとも政府の実験体か?)」

 

 審査官が頭を抱え始めた。事態がSFすぎて処理しきれていない。

 

 

 沈黙が続く中、俺はポケットから、唯一の武器を取り出した。

『ネイサンズ国際ホットドッグ選手権・招待状』だ。

 

「Look. Invitation. I am a contestant.(見てください。招待状です。私は出場者なんです)」

 

 審査官がその紙を見た。

 

「Nathan's? You?」

 

 彼は俺の細い腕を見て鼻で笑った。

 

『冗談だろ?あんな過酷な大会に、こんな子供が出るわけがない』

 

「It is true! Check the internet!(本当です!ネットを見てください!)」

 

 

 審査官は疑わしそうにしながらも、端末で何かを検索した。

 そして、数秒後。彼の目が驚愕に見開かれた。

 

「……"The Black Hole from Japan"?」

 

 画面には、配信でホットドッグを吸い込む俺の動画が映し出されていた。だが、まだ信じきれていない様子だ。

 

 審査官は、自分が食べていた昼食の箱から、毒々しい色の巨大なドーナツを一つ取り出した。

 

「If you are real...(もしお前が本物なら……)」

 

 彼はドーナツを差し出した。

 

「Eat this. Now.(これを食ってみろ。今すぐ)」

 

 なるほど。これは尋問ではない。オーディションだ。とはいえ正直うれしい。なんせ、機内食が足りなくて腹ペコだったのだ。

 

「Thank you!」

 

 パクッ。

 俺はドーナツを一口で口に入れた。咀嚼は2回。ゴクリ。

 

 所要時間、2秒。

 

「……Next?(次は?)」

 

「Oh my God...」

 

 審査官は絶句し、そして次の瞬間、爆笑した。

 

「HAHAHAHA!! Crazy!! You are real!!」

 

 彼は立ち上がり、俺の肩をバンバン叩いた。

 

『疑って悪かった!お前は本物のモンスターだ!指紋がおっさんだろうが関係ねえ、お前は間違いなくフードファイターだ!』

 

 バンッ!!という音とともに、入国スタンプが力強く押された。

 

「Go! Kick some ass in Coney Island!(行け! コニーアイランドでぶちかましてこい!)」

 

 

 別室から出てきた俺を見て、半泣きのタカシが駆け寄ってきた。

 

「さ、佐藤!大丈夫だったか!?てっきり逮捕されたかと……」

 

 俺は口の周りについた砂糖を舐めながら、ニカッと笑った。

 

「余裕でしたわ。……ドーナツご馳走になりましたの」

「お前……どこでも生きていけるな……」

 

 こうして、アメリカの厳重なセキュリティさえも、「指紋の事実」と「圧倒的食欲(エンタメ)」でねじ伏せ、俺は自由の国へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 ホテルに荷物を置くやいなや、俺たちはブルックリンにある老舗ステーキハウスへと向かった。明日の大会へ向けた「カーボローディング」ならぬ「ミートローディング」だ。ちなみに、このステーキの分も旅費の扱いに入るらしい。

 

「予約しててよかったですわね。……店員さん、メニューを」

 

 蝶ネクタイの恰幅のいいウェイターがやってくる。タカシが通訳しようとする前に、俺はメニューを指差した。

 

「This. T-bone steak. For... Five.(これ。Tボーンステーキ。5人前で)」

 

 ウェイターが眉をひそめた。

 

「No, Miss. This is very big. For two people is enough.(お嬢ちゃん、これはデカいんだ。二人でシェアするもんだよ)」

 

 俺はニッコリと微笑み、人差し指を振った。

 

「No problem. I am hungry. And... Bacon. Extra thick. Five slices.(問題ない。腹減ってるんだ。あと、極厚ベーコンも5枚くれ)」

 

 ウェイターは「Crazy...」と呟きながらオーダーを通した。

 

 

 やがて運ばれてきたのは、ジュウジュウと音を立てる巨大な肉の塊だった。焦げたバターの香りが、俺の野性を刺激する。

 

「おぉ……!これですわ!これぞアメリカン・ドリームですわーッ!」

 

 俺はナイフとフォークを構えた。上品に一口サイズに切る?そんな時間は惜しい。大ぶりにカットし、レアな赤身を口に放り込む。

 

「んん〜っ!!肉肉しい!噛めば噛むほど牛の命を感じますわ!」

 

 赤ワイン(ボトル)をラッパ飲みし、肉を喰らう。その姿は、優雅な令嬢というより、戦場から帰還したばかりの傭兵のようだったと、後にタカシは語る。

 

 気づけば、周囲の客たちが、食事の手を止めて俺を見ていた。

 

「Hey, look at that girl...(おい、あの子見ろよ)」

「Is she a model? How can she eat that much?(モデルか?なんであんなに食えるんだ?)」

 

 

 30分後。

 

 テーブルの上には、きれいに骨だけになったTボーンが5つ並んでいた。タカシはといえば、自分の分のハンバーグを食べながら、呆れ果てていた。

 

「お前……明日本番だぞ?胃もたれしねえのか?」

「何を言ってますの。これは準備運動ですわ」

 

 俺はナプキンで口を拭い、ウェイターに向かって手を挙げた。ウェイターがビクッとして近づいてくる。

 

「Check?(お会計かい?)」

「No. Dessert. Apple pie. Whole size.(いいえ。デザート。アップルパイを。ホールで)」

 

 店内から「Oh my god...」というどよめきが起きた。

 

 俺は満足げに笑った。時差ボケ?そんなものはカロリーで殴れば治るのだ。むしろカロリーがまだ足りない。せっかくだ。肉の在庫がなくなるまで食ってやろう。

 

 

 7月4日。アメリカ独立記念日。

 

 決戦の地、コニーアイランドは熱狂に包まれていた。

 

 気温は30度を超え、湿度も高い。立っているだけで体力が奪われる過酷な環境だ。

 

 特設ステージの裏側、控え室テント。俺はそこで、世界の壁を目の当たりにしていた。

 

『おいおい、迷子のお嬢ちゃんか?』

『ここはキッズコーナーじゃないぞ、ハハハ!』

 

 見下ろしてくるのは、身長2メートル近い大男や、横幅が俺の3倍はある巨漢たち。歴戦のフードファイターたちだ。彼らはバケツのような容器から水を飲み、ウォーミングアップで顎を動かしている。

 

 

「Excuse me. I am a contestant.(失礼。私は出場者ですわ)」

 

 俺がゼッケンを見せると、彼らは腹を抱えて笑った。

 

「Serious? Look at her arms! Like toothpicks!(マジかよ?見ろよあの腕!つまようじみたいだ!)」

「Listen, baby. You gonna throw up in 5 minutes. Go home.(いいかベイビー、お前は5分で吐くことになる。家に帰りな)」

 

 その中の一人、前大会の王者『ジョーズ(顎)』と呼ばれる男が、俺の前に立ちはだかった。彼は俺の顔を覗き込み、鼻で笑った。

 

『日本の予選を勝ち抜いたのか?可愛い顔してるが、ここは戦場だ。ホットドッグは遊びじゃないんだよ』

 

 拙い英語力ではあるが、馬鹿にされていることだけは理解が出来る。俺の中で、カチンと何かが弾けた。それは多分おっさん特有の「若造に舐められたくない」というプライドと、メジロ家の(勝手な)誇り。

 

 そして何より、食べ物を前にして「遊び」と言われたことが許せなかった。俺はジョーズを見上げ、流暢な日本語で言い放った。

 

「あら、ご忠告痛み入りますわ。……でも、あなた達こそ気をつけることですわね」

「What?」

「私にとって、ここは戦場ではありませんの」

 

 俺はニッコリと、しかし目が全く笑っていない表情で告げた。

 

「ここは『ランチ会場』ですわ。……私の食事の邪魔をしたら、指ごと食いちぎりますわよ?」

 

 タカシが慌てて「She said, she is excited!(楽しみだって言ってます!)」と誤訳したが、俺から放たれる『捕食者のオーラ』に、ジョーズが一歩後ずさったのを俺は見逃さなかった。

 

 

『Ladies and Gentlemen!! Welcome to the 〇athan's Hot Dog Eating Contest!!』

 

 MCの絶叫と共に、選手入場が始まった。大男たちが名前を呼ばれ、歓声を浴びながらステージに上がる。そして最後に、俺の名前がコールされた。

 

『From Japan! The Mysterious Silver Beauty! McQueen MEJIROOOOO!!』

 

 俺はステージへの階段を上がった。銀髪をポニーテールにし、動きやすいショートパンツと、胸元に「JAPAN」と書かれたTシャツ。観客席から「Cute!」という声と、「Can she eat?(食えるのか?)」という懐疑的な声が入り混じる。

 

 俺はマイクの前に立ち、カメラに向かってウインクした。

 

「日本の皆様、見ていてくださいまし。……頂点(テッペン)、獲ってきますわ」

 

 ゴングまであと1分。目の前には、山積みのホットドッグ。俺の胃袋が、エンジンの回転数を上げるようにグルルルと唸りを上げた。

 

 

「Ten! Nine! ... Three! Two! One! GO!!!」

 

 開始の合図と同時に、会場が揺れるような歓声に包まれた。左右の巨漢たちが、野獣のようにホットドッグに掴みかかる。

 

 パンを水に浸して柔らかくし、喉に流し込む「ウォーター・ダンク」戦法だ。見た目は悪いが、効率はいい。

 

 だが、俺は違った。

 

「水に浸すなんて……パンへの冒涜ですわ!」

 

 俺はホットドッグを両手で持ち、そのまま口へ運んだ。

 

 ガブッ! ムシャァ! ゴクン!

 

 一口。二口。完食。所要時間、3秒。

 

「……What?」

 

 隣で見ていたジョーズの手が止まった。水を使っていないのに、水を使っている連中より速い。ウマ娘の咀嚼力と嚥下能力は、人間のそれを遥かに凌駕しているのだ。

 

 

「Look at her!! Look at McQueen!!」

 

 実況が叫ぶ。

 

「No water! Just eat! pure eating!! And so fast!!(水なしだ!ただ食っている!純粋な食事だ!そして速い!!)」

 

 俺の動きには無駄がなかった。

 

 右手が口に運んでいる間に、左手は次のホットドッグを確保している。

 

 口の周りは汚さない。

 

 背筋は伸びている。

 

 まるで高級ホテルのラウンジで軽食をつまんでいるかのような優雅さ。

 

 ――――ただし、再生速度は4倍速だ。

 

「Delicious!(美味しい!)」

「Next!(次!)」

「More!(もっと!)」

 

 10分間の勝負。開始3分で、俺は30本を平らげていた。トップ集団に並ぶ。いや、抜き去る。一気に差し切ってやりますわー!

 

 

「No way...(ありえない……)」

 

 ライバルたちの心が折れ始めていた。彼らは苦しそうに肩で息をし、顔を真っ赤にして詰め込んでいる。対して俺は、涼しい顔で、なんなら「マスタードが足りませんわ」と要求する余裕すらある。

 

 5分経過。50本到達。

 

 ここで俺の「おっさんスイッチ」が入った。もっと早く。もっと大量に。日本のために?違う。目の前のホットドッグを、一本たりとも残したくないという本能だ。

 

「オラオラオラァッ!!喉元過ぎれば熱さ忘れるって言いますわーーッ!!」

 

 俺のスピードがさらに加速した。銀髪が風に舞う。残像が見えるハンドスピード。

 

『She is a machine!! No, She is a GODZILLA!!』

 

 実況の声が裏返る。

 

 

「Ten seconds left!(残り10秒!)」

 

 俺の手元には、90本目のホットドッグがあった。一気に食ったせいか腹はパンパンだが、まだ詰め込める。タカシがステージ袖で、涙を流しながら日の丸を振っているのが見えた。

 

「最後の一本……味わっていただきますわ!」

 

パクッ。ゴングが鳴った。

 

「TIME UP!!」

 

 俺は飲み込み、口の中が空であることを審判に見せた。会場が一瞬静まり返り、そして爆発した。

 

『Winner! New World Record! 90 Hot Dogs!! McQueen MEJIRO!!』

 

90本。女子部門はおろか、男子の記録すらすっ飛ばした驚異的な数字。時間制限がなければ倍はいけたのだが。とはいえ、俺はチャンピオンベルトを渡された。ずっしりと重い、黄金のベルトだ。

 

『マックイーン選手!一言お願いします!』

 

 マイクを向けられた俺は、汗一つかいていない笑顔で答えた。

 

「Thank you, America! The hot dogs were delicious!(ありがとうアメリカ!ホットドッグ、美味しかったですわ!)」

 

 そして、少し恥ずかしそうに付け加えた。

 

「But... Do you have any Coke? I'm thirsty.(でも……コーラあります?喉渇いちゃって)」

 

 

 翌日。

 

 全米の新聞の一面に、俺がホットドッグを頬張る写真が掲載された。見出しは『The Black Hole from Japan(日本から来たブラックホール)』。

 

 帰国の途につく飛行機の中で、俺はベルトを抱きしめながら機内食(特別に3人前)を食べていた。タカシが笑いながら言う。

 

「お前、本当に伝説になっちまったな。CMのオファー、すごいことになってるぞ」

「あら、そうですの?……なら、次はピザのCMがいいですわね」

 

 俺は窓の外の雲を見つめた。世界は広い。まだまだ美味いものが俺を待っている。

 

 おっさんの魂とウマ娘の胃袋を持つ俺の「食い倒れ旅」は、まだ始まったばかりだ。

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