「ごきげんよう、皆様。……寒くなってきましたわね」
季節は秋。ペナントレースも佳境に入ったある日の夜。
俺の部屋には、配信で得たお金で、冬の神器「コタツ」が導入されていた。そして配信画面に映るのは、ドテラ(綿入れ半纏)を着て、コタツに首まで浸かっている銀髪の美少女。つまり俺である。
そして、炬燵の天板の上には、山盛りのミカンと、ワンカップ大関、そしてスルメ。いつもの酒飲みスタイルってやつだ。
『実家のような安心感』
『世界王者の貫禄がないw』
『ドテラ似合いすぎだろ』
『その恰好でNYのベルト持ってるのシュール』
「ごきげんよう。本日は、優勝がかかった大事な一戦。……皆様と共に、厳かに見届けたいと思いますわ」
俺は厳かな顔でスルメを炙った(コタツの上に置いた卓上コンロで)。香ばしい匂いが部屋に充満する。
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試合は接戦だった。1点を争う攻防。俺のボルテージは徐々に上がっていく。
「ピッチャー!そこで逃げ腰になってどうしますの!男なら内角(イン)を抉りなさいよ!」
バシッ!俺はミカンを握り潰した。果汁が飛び散る。
『握力w』
『ミカンジュースできた』
『お嬢様、口調が新橋に戻ってます』
「あら失礼。……ああっ!今のはボール球でしょうが!球審!眼鏡が曇ってましてよ!?」
俺は立ち上がろうとして、コタツの布団に足を取られ、そのままテーブルに頭突きした。ドゴンッ!鈍い音が響く。普通の少女ならタンコブだが、俺は「戦車級」の骨密度を持つ女だ。テーブルの方がミシッと悲鳴を上げた。
「……痛くも痒くもありませんわ(テーブルを撫でながら)。それより今の判定ですわよ!」
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9回裏。一打サヨナラのチャンス。バッターが粘る。俺はワンカップを握りしめ、祈るように画面を見つめた。
「頼む……決めてくださいまし……!今夜のお酒が美酒になるか、悪酒になるか、この一打にかかっておりますのよ……!」
その瞬間だ。カキーン!と快音が響く。打球はライトスタンドへ一直線。虎の一撃、俺の望んでいたサヨナラホームランだ。
「っしゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」
俺はコタツを跳ね除けて立ち上がった。ドテラを脱ぎ捨て、ジャージ姿でガッツポーズ。
「見ましたか皆様!これが虎の執念!男の意地ですわーッ!!」
興奮のあまり、俺は鼻がムズムズした。そして、盛大にくしゃみが出た。
「……ブエックショイッ!!ちくしょうめ!!」
野太い、加齢臭すら漂いそうな、完全なる「おっさんのくしゃみ」。高感度マイクがバッチリ拾った。
『!?』
『今、知らないおっさんいた?』
『美少女から出ていい音じゃないw』
『「ちくしょうめ」までがセットw』
「……はっ」
俺は我に返り、口元を押さえた。
「し、失礼……。今の、ウマ娘特有の……威嚇音?ですのよ?」
『嘘つけw』
『完全にウチの親父と同じ音だったぞ』
『もう隠す気ないだろ』
俺は赤面しながら、勝利の美酒(ワンカップ)を煽った。平和だ。世界一になろうが、内臓を見せびらかそうが、こうして野球を見て一喜一憂する日常。これこそが、俺(佐藤)の幸せなのだ。
……食費は別にして。本当、なんでこーも腹が減るんだか?
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SNS(〇)のタイムライン
@Tiger_Mask_Fan
昨日のマックイーン配信のハイライト
・コタツと同化する世界王者
・ミカンを握りつぶす握力
・テーブルに頭突きしてテーブルを破壊しかける
・サヨナラ勝ちの瞬間の「ブエックショイ!ちくしょうめ!」
@Cosplay_Love_Taro
あのくしゃみ、音声波形を分析したけど、どう見ても30代〜40代男性の声帯模写なんだよなぁ。
でも、映像と完全にシンクロしてる。
つまり、「おっさんのくしゃみ」を完璧に演じられる美少女ということになる。
演技力高すぎない?それとも……(以下、検閲)
@Medical_Doctor_A
先日の特番で彼女の「内臓」を見た医師です。
昨日の配信でスルメを炙って食べていましたが、あれだけ硬いものを一瞬で噛みちぎる顎の力。
やはり骨格筋の構造が人間とは違います。
それでいて、くしゃみがおっさん臭い。
生物学的な興味が尽きません。
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某巨大掲示板「マックイーンの正体を真面目に考察するスレ Part 4」
1 名無しの探偵 : 202X/XX/XX(金) 23:00:00
ふざけたスレが多いが、ここは真面目にやるぞ。
状況証拠を整理する。
・食の好みが昭和(魚肉ソーセージ、ワンカップ、煮込み)
・野球知識が80年代〜90年代に偏っている
・同級生と思われる人物(タカシ氏)との会話が対等
・くしゃみ、仕草、貧乏ゆすりが完全に「おっさん」
・実家の母とのやり取りが「息子」のそれ
結論:「記憶喪失のおっさんが、美少女の体に憑依している」説。
15 名無しの探偵 : 202X/XX/XX(金) 23:10:25
>>1
オカルト乙。
でも、そう考えると全ての辻褄が合うのが怖い。
じゃあ、元の「美少女」の人格はどこに行ったんだ?
28 名無しの探偵 : 202X/XX/XX(金) 23:20:00
そもそも「メジロマックイーン」って名前。
競馬の名馬か、ウマ娘から取ってるわけだが、本人はそこまで競馬にもゲームにも詳しくないよな?
自分の名前の元ネタを知らない感じがする。
そこに鍵がある気がする。
50 名無しの探偵 : 202X/XX/XX(金) 23:45:12
まあ、中身がおっさんでも宇宙人でも、
「見てて元気が出る」「飯を美味そうに食う」
これだけで推せるからヨシ!
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新橋のサラリーマン(40代)
「ああ、マックイーンちゃんね。見てるよ。なんていうかさ、俺たちの代弁者なんだよね。綺麗な顔して、俺たちが言いたい愚痴とか、野球への愛とかを叫んでくれるだろ?癒やしだよ、癒やし。……くしゃみ?親近感湧くじゃん」
女子高生(10代)
「最初は可愛くて見てたけど、最近は『人生何周目?』みたいな悟りを開いた発言が好き。『金がないなら草を食え、ただしドレッシングはかけろ』とか、名言多すぎ」
―――世間は、彼女の「歪(いびつ)さ」すらも、魅力の一つとして飲み込んでいた。しかし、その「歪さ」の正体が明らかになる時は、刻一刻と迫っていた。
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野球配信を終え、泥のように眠った深夜。俺は、奇妙な夢を見ていた。
そこは、歓声に包まれた競馬場だった。俺は走っていた。二本の足ではない。四本の脚で。風を切る感覚。芝を蹴る感触。心臓が早鐘を打つ音。全身が熱い。先頭を走っている高揚感。
(ああ……。誰にも譲りたくない。この先頭の景色は、私のものだ……)
俺の思考ではない。もっと純粋で、もっと気高い、誰かの意思。それが俺の中に流れ込んでくる。
―――だが、突然。左足に、激痛が走った。焼けるような、引きちぎられるような痛み。
(しまっ……!?)
景色が傾く。遠のく歓声。近づく地面。
「……無念」
誰かの声が聞こえた気がした。
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「ハッ……!!」
俺は飛び起きた。汗びっしょりだ。心臓がバクバク言っている。コタツで寝落ちしていたらしい。
「今の夢……」
ただの夢じゃない。あまりにもリアルだった。特に、あの左足の痛みが。俺は無意識に、自分の左足の太ももをさすった。
スウェットの上から触れる脚は、傷一つなく、鋼鉄のように頑丈だ。痛みなどあるはずがない。
「……もしかして、あれは……競馬の夢、ですかね」
俺は競馬を見るのは好きだったが、そこまで詳しくはない。メジロマックイーンという馬も、名前を知っている程度だ。だが、今の夢の中の感情は、まるで「自分自身の記憶」のようだった。
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水を飲もうと立ち上がった時、ふと窓の外を見た。満月が輝いている。その月を見た瞬間、俺の胸の奥から、強烈な衝動が突き上げてきた。
『走りたい』
ホットドッグを食べたいとか、野球が見たいとか、そういう欲求ではない。もっと本能的な、魂の渇望。コンクリートの上じゃない。柔らかい、緑の芝の上を、全力で。
「なんなんですの……この気持ちは」
俺は胸を押さえた。
「おいおい、夜中にジョギングなんてガラじゃないだろ」と理性が止める。
だが、体(マックイーン)が、「行け」と命じている。
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俺は気づけば、ジャージの上にコートを羽織り、外に出ていた。足が勝手に動く。深夜の住宅街を抜け、俺が向かった先は、近所にある小さな神社……ではなく、そこから少し離れた場所にある、「地方競馬場」の跡地―――現在は公園になっている―――だった。
今はもうコースはない。ただの広い芝生の広場だ。だが、俺には見えた。そこに、幻影のような白い柵と、喝采を送る観衆の姿が。
「……呼ばれている?」
俺は芝生の上に立った。スニーカー越しに伝わる土の感触。その時、俺のウマ耳がピクリと動いた。
「……誰か、いますの?」
誰もいないはずの公園のベンチ。そこに、一人の老婆が座っていた。古風な着物を着て、杖をついた、上品な老婆。彼女は俺を見て、優しく、どこか懐かしそうに微笑んだ。
「こんばんは。……いい月夜だねぇ、お嬢ちゃん」
ただの挨拶。だが、俺の本能が告げていた。この老婆は、ただの人間ではない。そして、俺がここに転生した理由を、知っているかもしれない人物だと。
「……貴女は?」
俺の問いかけに、老婆は月を見上げて答えた。
「私はただの、昔話の語り部さ。……お前さん、いい脚をしてるね。――まだ、走れるのかい?」
その言葉は、俺に向けられたものではなく、俺の体、マックイーンに向けられたもののように聞こえた。風が吹き、俺の銀髪と尻尾を揺らす。転生の謎へと続くゲートが、静かに開こうとしていた。