メジロマックイーンになりまして。   作:灯火011

25 / 32
22 ペナントレースと、ターフの夢

「ごきげんよう、皆様。……寒くなってきましたわね」

 

 季節は秋。ペナントレースも佳境に入ったある日の夜。

 

 俺の部屋には、配信で得たお金で、冬の神器「コタツ」が導入されていた。そして配信画面に映るのは、ドテラ(綿入れ半纏)を着て、コタツに首まで浸かっている銀髪の美少女。つまり俺である。

 

 そして、炬燵の天板の上には、山盛りのミカンと、ワンカップ大関、そしてスルメ。いつもの酒飲みスタイルってやつだ。

 

『実家のような安心感』

『世界王者の貫禄がないw』

『ドテラ似合いすぎだろ』

『その恰好でNYのベルト持ってるのシュール』

 

「ごきげんよう。本日は、優勝がかかった大事な一戦。……皆様と共に、厳かに見届けたいと思いますわ」

 

 俺は厳かな顔でスルメを炙った(コタツの上に置いた卓上コンロで)。香ばしい匂いが部屋に充満する。

 

 

 試合は接戦だった。1点を争う攻防。俺のボルテージは徐々に上がっていく。

 

「ピッチャー!そこで逃げ腰になってどうしますの!男なら内角(イン)を抉りなさいよ!」

 

 バシッ!俺はミカンを握り潰した。果汁が飛び散る。

 

『握力w』

『ミカンジュースできた』

『お嬢様、口調が新橋に戻ってます』

 

「あら失礼。……ああっ!今のはボール球でしょうが!球審!眼鏡が曇ってましてよ!?」

 

 俺は立ち上がろうとして、コタツの布団に足を取られ、そのままテーブルに頭突きした。ドゴンッ!鈍い音が響く。普通の少女ならタンコブだが、俺は「戦車級」の骨密度を持つ女だ。テーブルの方がミシッと悲鳴を上げた。

 

「……痛くも痒くもありませんわ(テーブルを撫でながら)。それより今の判定ですわよ!」

 

 

 9回裏。一打サヨナラのチャンス。バッターが粘る。俺はワンカップを握りしめ、祈るように画面を見つめた。

 

「頼む……決めてくださいまし……!今夜のお酒が美酒になるか、悪酒になるか、この一打にかかっておりますのよ……!」

 

 その瞬間だ。カキーン!と快音が響く。打球はライトスタンドへ一直線。虎の一撃、俺の望んでいたサヨナラホームランだ。

 

「っしゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」

 

 俺はコタツを跳ね除けて立ち上がった。ドテラを脱ぎ捨て、ジャージ姿でガッツポーズ。

 

「見ましたか皆様!これが虎の執念!男の意地ですわーッ!!」

 

 興奮のあまり、俺は鼻がムズムズした。そして、盛大にくしゃみが出た。

 

「……ブエックショイッ!!ちくしょうめ!!」

 

 野太い、加齢臭すら漂いそうな、完全なる「おっさんのくしゃみ」。高感度マイクがバッチリ拾った。

 

『!?』

『今、知らないおっさんいた?』

『美少女から出ていい音じゃないw』

『「ちくしょうめ」までがセットw』

 

「……はっ」

 

 俺は我に返り、口元を押さえた。

 

「し、失礼……。今の、ウマ娘特有の……威嚇音?ですのよ?」

 

『嘘つけw』

『完全にウチの親父と同じ音だったぞ』

『もう隠す気ないだろ』

 

 俺は赤面しながら、勝利の美酒(ワンカップ)を煽った。平和だ。世界一になろうが、内臓を見せびらかそうが、こうして野球を見て一喜一憂する日常。これこそが、俺(佐藤)の幸せなのだ。

 

 ……食費は別にして。本当、なんでこーも腹が減るんだか?

 

 

 SNS(〇)のタイムライン

 

@Tiger_Mask_Fan

昨日のマックイーン配信のハイライト

・コタツと同化する世界王者

・ミカンを握りつぶす握力

・テーブルに頭突きしてテーブルを破壊しかける

・サヨナラ勝ちの瞬間の「ブエックショイ!ちくしょうめ!」

 

@Cosplay_Love_Taro

あのくしゃみ、音声波形を分析したけど、どう見ても30代〜40代男性の声帯模写なんだよなぁ。

でも、映像と完全にシンクロしてる。

つまり、「おっさんのくしゃみ」を完璧に演じられる美少女ということになる。

演技力高すぎない?それとも……(以下、検閲)

 

@Medical_Doctor_A

先日の特番で彼女の「内臓」を見た医師です。

昨日の配信でスルメを炙って食べていましたが、あれだけ硬いものを一瞬で噛みちぎる顎の力。

やはり骨格筋の構造が人間とは違います。

それでいて、くしゃみがおっさん臭い。

生物学的な興味が尽きません。

 

 

 某巨大掲示板「マックイーンの正体を真面目に考察するスレ Part 4」

 

1 名無しの探偵 : 202X/XX/XX(金) 23:00:00

ふざけたスレが多いが、ここは真面目にやるぞ。

状況証拠を整理する。

 

・食の好みが昭和(魚肉ソーセージ、ワンカップ、煮込み)

・野球知識が80年代〜90年代に偏っている

・同級生と思われる人物(タカシ氏)との会話が対等

・くしゃみ、仕草、貧乏ゆすりが完全に「おっさん」

・実家の母とのやり取りが「息子」のそれ

 

結論:「記憶喪失のおっさんが、美少女の体に憑依している」説。

 

15 名無しの探偵 : 202X/XX/XX(金) 23:10:25

 

>>1

オカルト乙。

でも、そう考えると全ての辻褄が合うのが怖い。

じゃあ、元の「美少女」の人格はどこに行ったんだ?

 

28 名無しの探偵 : 202X/XX/XX(金) 23:20:00

そもそも「メジロマックイーン」って名前。

競馬の名馬か、ウマ娘から取ってるわけだが、本人はそこまで競馬にもゲームにも詳しくないよな?

自分の名前の元ネタを知らない感じがする。

そこに鍵がある気がする。

 

50 名無しの探偵 : 202X/XX/XX(金) 23:45:12

まあ、中身がおっさんでも宇宙人でも、

「見てて元気が出る」「飯を美味そうに食う」

これだけで推せるからヨシ!

 

 

新橋のサラリーマン(40代)

「ああ、マックイーンちゃんね。見てるよ。なんていうかさ、俺たちの代弁者なんだよね。綺麗な顔して、俺たちが言いたい愚痴とか、野球への愛とかを叫んでくれるだろ?癒やしだよ、癒やし。……くしゃみ?親近感湧くじゃん」

 

女子高生(10代)

「最初は可愛くて見てたけど、最近は『人生何周目?』みたいな悟りを開いた発言が好き。『金がないなら草を食え、ただしドレッシングはかけろ』とか、名言多すぎ」

 

 ―――世間は、彼女の「歪(いびつ)さ」すらも、魅力の一つとして飲み込んでいた。しかし、その「歪さ」の正体が明らかになる時は、刻一刻と迫っていた。

 

 

 野球配信を終え、泥のように眠った深夜。俺は、奇妙な夢を見ていた。

 

 そこは、歓声に包まれた競馬場だった。俺は走っていた。二本の足ではない。四本の脚で。風を切る感覚。芝を蹴る感触。心臓が早鐘を打つ音。全身が熱い。先頭を走っている高揚感。

 

(ああ……。誰にも譲りたくない。この先頭の景色は、私のものだ……)

 

 俺の思考ではない。もっと純粋で、もっと気高い、誰かの意思。それが俺の中に流れ込んでくる。

 

 ―――だが、突然。左足に、激痛が走った。焼けるような、引きちぎられるような痛み。

 

(しまっ……!?)

 

 景色が傾く。遠のく歓声。近づく地面。

 

「……無念」

 

 誰かの声が聞こえた気がした。

 

 

「ハッ……!!」

 

 俺は飛び起きた。汗びっしょりだ。心臓がバクバク言っている。コタツで寝落ちしていたらしい。

 

「今の夢……」

 

 ただの夢じゃない。あまりにもリアルだった。特に、あの左足の痛みが。俺は無意識に、自分の左足の太ももをさすった。

 

 スウェットの上から触れる脚は、傷一つなく、鋼鉄のように頑丈だ。痛みなどあるはずがない。

 

「……もしかして、あれは……競馬の夢、ですかね」

 

 俺は競馬を見るのは好きだったが、そこまで詳しくはない。メジロマックイーンという馬も、名前を知っている程度だ。だが、今の夢の中の感情は、まるで「自分自身の記憶」のようだった。

 

 

 水を飲もうと立ち上がった時、ふと窓の外を見た。満月が輝いている。その月を見た瞬間、俺の胸の奥から、強烈な衝動が突き上げてきた。

 

『走りたい』

 

 ホットドッグを食べたいとか、野球が見たいとか、そういう欲求ではない。もっと本能的な、魂の渇望。コンクリートの上じゃない。柔らかい、緑の芝の上を、全力で。

 

「なんなんですの……この気持ちは」

 

 俺は胸を押さえた。

 

「おいおい、夜中にジョギングなんてガラじゃないだろ」と理性が止める。

 

 だが、体(マックイーン)が、「行け」と命じている。

 

 

 俺は気づけば、ジャージの上にコートを羽織り、外に出ていた。足が勝手に動く。深夜の住宅街を抜け、俺が向かった先は、近所にある小さな神社……ではなく、そこから少し離れた場所にある、「地方競馬場」の跡地―――現在は公園になっている―――だった。

 

 今はもうコースはない。ただの広い芝生の広場だ。だが、俺には見えた。そこに、幻影のような白い柵と、喝采を送る観衆の姿が。

 

「……呼ばれている?」

 

 俺は芝生の上に立った。スニーカー越しに伝わる土の感触。その時、俺のウマ耳がピクリと動いた。

 

「……誰か、いますの?」

 

 誰もいないはずの公園のベンチ。そこに、一人の老婆が座っていた。古風な着物を着て、杖をついた、上品な老婆。彼女は俺を見て、優しく、どこか懐かしそうに微笑んだ。

 

「こんばんは。……いい月夜だねぇ、お嬢ちゃん」

 

 ただの挨拶。だが、俺の本能が告げていた。この老婆は、ただの人間ではない。そして、俺がここに転生した理由を、知っているかもしれない人物だと。

 

「……貴女は?」

 

 俺の問いかけに、老婆は月を見上げて答えた。

 

「私はただの、昔話の語り部さ。……お前さん、いい脚をしてるね。――まだ、走れるのかい?」

 

 その言葉は、俺に向けられたものではなく、俺の体、マックイーンに向けられたもののように聞こえた。風が吹き、俺の銀髪と尻尾を揺らす。転生の謎へと続くゲートが、静かに開こうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。