スマホが震え続けている。画面には『鬼軍曹(現場監督)』の文字。俺はそっとスマホを裏返し、布団の上に放り投げた。
「すいません監督……俺、もう重機には乗れませんの」
あんな厳つい現場に、今のこの華奢な体で行けるわけがない。身分証明もできない。
俺は社会的に詰んでいた。
だが、腹は減る。昨日のケーキと肉で、貯金は目に見えて減った。次の給料日は来ない。手っ取り早く、身元を明かさず、この「顔面偏差値の高さ」だけで金を稼ぐ方法となれば。
「……配信、ですわね」
30代の俺にとって、ライブ配信は「若い連中がやってる遊び」という認識だった。だが、今の俺にはこれしかない。幸い、この部屋にはWi-Fiとスマホがある。
■
テーブルの上を片付けるのも面倒だ。
飲みかけの焼酎(ペットボトル)、柿の種、昨日のスーパーで買った半額のちくわ。それを背景に、ティッシュ箱にスマホを立てかける。
「タイトルは……『晩酌雑談』でいいか」
ニット帽を目深にかぶり(耳隠し)、グレーのスウェットの襟元を正す(尻尾隠し)。鏡を見る。顔だけは、ルーヴル美術館に飾られていてもおかしくない銀髪の美少女。
だが、その周りにあるのは安アパートの生活感と、安酒。
「ええい、ままよ!配信開始!」
『配信を開始しました』
視聴者数:0人。
まあ、最初はそんなもんだろう。俺はプシュッと缶チューハイ(ストロング系)を開けた。
「ふぅ……生き返りますわ」
マックイーンの声帯から出る吐息は、安い酒をヴィンテージワインのような響きに変える。そして、吞み始めてから5分後。視聴者が『3人』になった。
『え、なにこれ』
『めっちゃ美人じゃね?』
『コスプレ?』
コメントが流れる。俺は柿の種をポリポリとかじりながら、画面を覗き込んだ。
「あら、ごきげんよう。見に来てくれてありがとう存じます。……ただお酒を嗜んでいるだけですけれど」
その瞬間、コメントが加速した。
『声やっば!』
『ガチのお嬢様口調w』
『でも飲んでるのストロングゼロじゃねーかw』
『服装ジャージだし、背景ちくわwww』
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「あ、ちくわ食べます?美味しいですわよ、半額でしたの」
俺はカメラに向かってちくわを差し出した。
銀髪の超絶美少女が、アンニュイな表情で、半額シールが貼られたちくわを勧めてくる。このシュールな映像は、偶然居合わせた視聴者のツボを的確に突いたらしい。
『美人なのに生活感が終わってるwww』
『顔と発言のギャップがエグい』
『このニット帽、絶対寝癖隠しだろ』
視聴者が10人、20人と増えていく。俺としては普通に晩酌しているだけなのだが、おっさん特有の「飾らなさ」が、この外見と合わさって化学反応を起こしていた。
「あー……肩が凝りますわね……」
無意識に首をコキコキと鳴らし、オヤジくさい仕草で肩を揉む。
『仕草が完全におっさんで草』
『中身、新橋のサラリーマンかよ』
『だがそれがいい』
『推せる』
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そして、視聴者が50人を超えたあたりで、画面に派手なエフェクトが出た。
『¥500』
投げ銭、スーパーチャットだ。
「えっ!?」
俺は思わず身を乗り出した。美しすぎる顔が画面いっぱいに映り、視聴者たちが『顔がいい!!』と阿鼻叫喚になる。
「ご、五百円……!ありがとうございます!これで……これでもやしが10袋も買えますわ!!」
本気の感謝だった。今の俺にとって500円は命の輝きだ。
その必死さと、例えが「もやし」という庶民派すぎるチョイスに、コメント欄が爆発した。
『もやし換算すんなwww』
『どんだけ困窮してんだよw』
『俺がもやし食わせてやるよ! ¥1,000』
『肉も食え! ¥2,000』
「あわわ……!皆様、正気ですの!?いや、ありがとうございます!恩に着ますわーーッ!!」
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1時間の配信を終えた頃には、同接(同時接続数)は100人を超えていた。初配信にしては上出来すぎる。
手元には、投げ銭の収益見込み額、約5,000円。
「……時給5,000円……」
俺は震えた。重機の運転席で汗水垂らして働いていたのが馬鹿らしくなるような金額だ。だがしかし、これはこれで精神を削る仕事だ。
だが、少なくとも食い扶持にはなる。いける。これなら、この燃費の悪い体を養えるかもしれない。
「ふふ……やりますわよ。この美貌と、おっさんトークで、のし上がってやりますわ!」
まだ自分がSNSで「ジャージの堕天使」「残念すぎる令嬢」として切り抜き動画が拡散され始めていることを、俺は知らなかった。