メジロマックイーンになりまして。   作:灯火011

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最終話:『拝啓、画面の向こうの共犯者たちへ』

「……ふぅ」

 

 ……プシュッ。

 

 静寂な部屋に、缶を開ける小気味よい音が響いた。季節は巡り、木枯らしが吹く晩秋。

 

 俺、メジロマックイーン(中身:佐藤・38歳)のアパートには、いつものようにコタツが鎮座している。

 

 背景には、少しだけ変化があった。

 

 本棚の上に飾られた「SASUKE完全制覇」のトロフィー。

 

 壁に掛けられた「ネイサンズ国際ホットドッグ選手権」のチャンピオンベルト。

 

 東京マラソンの優勝トロフィー。

 

 そして、JRAから贈呈された記念の「蹄鉄(レプリカ)」。

 

 きらびやかな栄光の品々とは対照的に、コタツの上のラインナップは至って庶民的だ。

 

 ストロング系チューハイ(ロング缶)、スルメ、柿の種、そしてスーパーで半額だったカツオのたたき。いつもの、晩酌仕様のテーブルだ。

 

 

「ごきげんよう、皆様。……今夜も、冷えますわね」

 

 俺はカメラに向かって、少し気だるげに、けれど柔らかく微笑んだ。銀色の髪は無造作に下ろし、服装は愛用のグレーのスウェット。世界を熱狂させた「銀髪の悪魔」の、これが素の姿だ。

 

『待ってました!』

『おかえりマックイーン!』

『世界一になっても背景が茶色いw』

『その実家感が落ち着く』

 

 流れるコメントの速さは、以前とは比べ物にならない。同接数は、雑談枠にも関わらず10万人を超えている。

 

「ええ、ただいま戻りましたわ。……色々とありましたが、やはりここが一番落ち着きますの」

 

 俺はグラス(ワンカップの空き瓶)にチューハイを注ぎ、画面に向かって掲げた。

 

「では、皆様。今日という一日に、そして……我らが阪神タイガースのCS(クライマックスシリーズ)ファイナル進出に、乾杯!」

 

 

「さあ、プレイボールですわ!」

 

 俺は手元のタブレット端末のボリュームを上げた。今夜は、日本シリーズ進出をかけた大一番。俺の目は、先ほどまでの穏やかなものから、獲物を狙う猛禽類……いや、ガード下の居酒屋で管を巻くオヤジの目に変わっていた。

 

「先発は……よし、顔つきがいいですわね。昨日の焼肉が効いてる顔してますわ」

 

『どこ見てんだw』

『肌ツヤで調子を見るな』

『マックイーン解説、待ってました』

 

 試合は初回から動いた。味方のエラーでピンチを招く。

 

「ああっ!何をしてますのショート!そこは腰を落として、こう……正面に入りなさいよ!基礎がなってませんわーッ!」

 

 俺はスルメを噛みちぎりながら絶叫した。ウマ娘の顎の力で、硬いスルメが一瞬で粉砕される。

 

「ピッチャーも!そこで逃げない!インコースのシュートを見せ球にして、外のスライダーで引っ掛けさせるんですのよ!……あーもう!ボール先行とか胃が痛くなりますわ!」

 

 グビリ、と酒を煽る。アルコールが食道を焼き、胃の腑に落ちる。この感覚がたまらない。

 

『出た、おっさん人格』

『キレッキレで草』

『世界記録出した人の発言とは思えない』

『でも的確なんだよなぁ』

 

「おっさんじゃありませんわ!……ただの熱心な虎ファンですのよ!?」

 

 言い訳しつつ、カツオのたたきを3切れまとめて口に放り込む。ニンニクたっぷりのタレが美味い。

 

 

 試合は中盤、膠着状態に入った。俺はコタツに潜り込み、首だけ出して画面を見守る。

 

「……ここですわ。ここで代打。……代打の神様、お願いしますわよ……!」

 

 監督が動いた。俺の予想通りの代打が告げられる。球場が沸く。俺もコタツの中で沸く。尻尾が布団の中でバシバシと床を叩いている音が、マイクに乗ってしまっている。

 

『尻尾荒ぶりすぎw』

『床抜けるぞ』

『地震かと思った』

 

「いけぇぇぇぇ!捉えろォォォォッ!!」

 

 カキーン!!

 

 快音と共に、白球が夜空に吸い込まれていく。起死回生の逆転ツーランホームラン。

 

「っしゃあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」

 

 ドガァァンッ!!俺はコタツを跳ね除けて立ち上がった。その拍子に、空になったチューハイの缶が宙を舞い、天井に当たって落ちてきた。俺はそれを片手でキャッチし(動体視力MAX)、カメラに向かってガッツポーズを決めた。

 

「見ましたか皆様!これが!これが虎の底力!諦めない心ですわーーッ!!」

 

 画面に映る俺は、息を切らし、頬を紅潮させ、瞳を潤ませる銀髪の美女だった。その姿は神々しくすらあったが、言っていることは「完全にオヤジ」だった。

 

「はぁ……はぁ……。もう、寿命が縮まりましたわ。……最高ですわ、野球は!」

 

 

 試合終了後。

 

 興奮冷めやらぬまま、メジロマックイーンは再びコタツに戻り、のんびりとした雑談タイムに入った。酒は2本目の大五郎(焼酎)に入っている。今、彼女の手元にあるのはウーロン杯だ。

 

「ふぅ……。それにしても、遠くまで来たものですわね」

 

 彼女はふと、部屋にあるトロフィーやベルトを見渡した。

 

 そして、思い出す。この体で目覚めた朝を。絶望と空腹と、少しの好奇心から始まった、この奇妙な生活を。

 

『本当にな』

『最初はただの美人な変人だと思ってた』

『今や世界のスターだもんな』

『マックイーン、お前は何者なんだ?』

 

 コメント欄が流れる。そのなかで、一人の視聴者が投げかけた直球の質問が、彼女の目に留まった。

 

()()()()()()()()?』

 

 いつもなら「永遠の17歳ですわ」とか「ただの通りすがりですわ」と茶化すところだ。だが、今夜は、少しだけ真面目に答えたくなった。勝利の美酒と、秋の夜長のせいかもしれない。

 

「……そうですわね」

 

 グラスを回し、琥珀色の液体を見つめる。

 

「皆様も、薄々……というか、完全に気づいてらっしゃると思いますけれど」

 

 そう言いながら、彼女は苦笑した。

 

「私の中には、冴えない、くたびれた、どこにでもいる『おっさん』がいますの」

 

『知ってた』

『バレバレだよ』

『むしろそこが好き』

 

「昔の私は、本当にどうしようもない人間でした。仕事に追われ、夢を諦め、安酒を飲んで寝るだけの毎日。『俺の人生、こんなもんか』って、勝手に限界を決めて、腐っていましたの」

 

 彼女の脳裏に、建設現場の風景が浮かぶ。汗と埃の匂い。腰の痛み。孤独な夜。それはそれで愛おしい日々だったが、色は褪せていた。

 

「でも、ある日突然、この体(マックイーン)になりました。驚きましたわ。走れば風のように速い。食べれば底なし。そして何より……世界が、キラキラと輝いて見えましたの」

 

 マックイーンは自分の手を見た。白く、華奢で、しかし鋼のように強い指先を。

 

「最初は戸惑いましたけれど、気づいたんですの。この体は、私に『やり直せ』と言っているんじゃないかと。かつて諦めた夢、行けなかった場所、食えなかった美味いもの。全部、貪欲に食らい尽くせと」

 

 ―――老婆の言葉を思い出す。『魂の飢え』。そう。ずっと飢えていたのだ。腹だけじゃなく、心も。

 

「だから私は、走りました。食べました。叫びました。中身がおっさんだろうが、ウマ娘だろうが、関係ありませんわ。私は今、この瞬間を、全力で生きていますの」

 

 メジロマックイーンは、カメラを真っ直ぐに見た。

 

 ―――その瞳には、かつての濁った色はなく、澄み渡る紫の光が宿っていた。

 

「正体なんて、わかりきっています。私は、美味しいものが大好きで、野球が大好きで、走るのが大好きな……皆様の隣人、『メジロマックイーン』ですわ」

 

 ……静まり返るコメント欄。スパチャが止まり、みんなが彼女の言葉に耳を傾けてくれているのが分かる。

 

「そして……何より感謝したいのは、こんな訳の分からない私を受け入れてくれた、皆様です」

 

 居住まいを正し、コタツから出て床に手をついた。深々とした、土下座に近いお辞儀だ。美しい葦毛の髪が、さらりと流れる。

 

「最初は数人だった視聴者の皆様。『面白い』『元気が出る』と言ってくれた皆様。無人島で、NYで、東京で、そして府中で、わたくしの名前を呼んでくれた皆様。……貴方たちがいたから、私はここまで走ってこられました」

 

 顔を上げる。目元が少し赤いのは、酒のせいだけじゃない。

 

「私一人では、ただの『燃費の悪いバケモノ』で終わっていたでしょう。でも、皆様が笑ってくれたから、私は『エンターテイナー』になれました。……本当に、ありがとう存じます」

 

『泣かせんなよ……』

『こちらこそありがとう』

『おっさんでもマックイーンでも大好きだぞ!』

『一生推すわ』

『俺たちの希望の星だ』

 

 画面が虹色のスパチャで埋め尽くされる。彼女は涙を拭い、鼻をすすった。

 

「グスッ……。もう、年を取ると涙もろくていけませんわね……」

 

 

 しんみりとした空気が流れる中。メジロマックイーンの腹の虫が、空気を読まずに咆哮を上げた。

 

『グゥゥゥゥゥゥゥゥ…………キュルルルルッ!!』

 

 地鳴りのような、怪獣の鳴き声のような腹の音。感動的な雰囲気をぶち壊す大音量で、だ。

 

「……あっ」

 

 彼女は腹を押さえた。配信中、彼女はカツオのたたきとスルメしか食べていない。ウマ娘の体にとって、それは「断食」に等しい。

 

『wwwwww』

『台無しwww』

『いい話だったのにw』

『平常運転で安心した』

 

 彼女は顔を真っ赤にして、慌てて取り繕った。

 

「し、失礼しました!魂の叫びならぬ、胃袋の叫びが出てしまいましたわ!」

 

 立ち上がり、配信からでも見えるように冷蔵庫を開けた。空っぽだ。米びつを見た。空だ。

 

「……ありませんわ。食料が、尽きましたわ」

 

 メジロマックイーンはカメラに向かって、今日一番の真剣な顔で宣言した。

 

「皆様!感動のフィナーレもいいですが、生きることは食べること!……というわけで!新たな企画を発表いたします!」

 

 彼女は一枚のチラシを画面に見せた。タカシ……マネージャーが持ってきた、大阪の商店街のチラシだ。

 

「明日は、『大阪・食いだおれツアー』を敢行いたしますわーッ!!

 

 お好み焼き! たこ焼き! 串カツ! 豚まん!

 

 粉もん文化の髄までしゃぶり尽くしてやりますわよーーッ!!」

 

『やっぱりそうきたかw』

『行く行く!』

『大阪が焦土になるぞ』

『胃袋ブラックホール健在』

 

 ニカッと笑い、帽子――耳隠し用だがもう意味はない――を被った。

 

「ちなみに配信も致しますが!テレビも同行する予定となっておりまして、番組で後ほど放送もされるそうなのでそちらもお楽しみになさってくださいまし!

 それでは皆様、今夜はこの辺で!明日は大阪でお会いしましょう!……あ、その前にコンビニで肉まん買い占めてきますわ!お腹が減って死にそうですの!」

 

 そして、彼女は配信終了のボタンに手をかけた。

 

「皆様、良い夢を!……そして、明日も美味い飯を食いましょうね!」

 

 メジロマックイーンは満面の笑みで、最後の挨拶を口にする。

 

()()()()()()()!!」

 

 ―――プツン。配信が切れる。

 

 画面の向こうには、きっと数え切れないほどの笑顔があるはずだ。

 

 メジロマックイーンはスマホをポケットに突っ込み、夜の街へと駆け出した。風が冷たい。でも、体は熱い。そして何より──腹が減っている。

 

 おっさんマックイーンの「第二の人生(ウマ生)」は、まだまだ、美味いものと笑いに満ち溢れているのだ。




(完)

マックイーン(中身おっさん)が行く物語を覗くのは、ここまで。彼女はこれからも、喰って飲んで、応援して、そして人々を笑かす事でしょう!

十万文字。文庫本、約一冊。最後まで応援していただいた皆様には、感謝してもしきれません。

ウマ娘と、そして全てのコンテンツの発展を祈りまして、この物語は完結とさせていただきます。約一か月。多くの方々にご覧いただき、そして応援を頂き、誠にありがとうございました!
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