配信2日目。
味を占めた俺は、再び安酒とおつまみ(今日は半額の唐揚げ)を用意して配信ボタンを押した。
ただし、今日は一つだけ違う点がある。スマホの横に、タブレットを置き、プロ野球中継を流しているのだ。
「ごきげんよう、皆様。本日は……そう、わたくしの愛する球団の応援配信をさせていただきたく存じます」
画面の中の俺は、銀髪を揺らし、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。だが、見ているのは伝統の一戦。そして俺の中身は、生粋の虎党(阪神ファン)だ。
『野球好きなの!?意外すぎる』
『どこのファンだ?』
『巨人か?』
コメントが流れる中、俺は静かに、しかし力強く告げた。
「縦縞(タテジマ)以外、ありえませんわ」
■
試合は序盤から荒れていた。味方のエラー、繋がらない打線、謎の判定。
最初こそは「あら、惜しいですわね」「頑張っていただきたいですわ」と上品に振る舞っていた俺だったが、ストロング缶が2本空いたあたりで、中身の「おっさん」が抑えきれなくなってきた。
5回裏、ノーアウト満塁の大ピンチ。ピッチャーが投げた渾身のストレートが、ボールと判定された瞬間。
バンッ!!
俺はテーブル(炬燵)を思い切り叩いた。
「入ってますわーーーーッ!!!!!今のはどう見てもストライクゾーンど真ん中ですわよ球審ーーッ!!眼科へご案内しましょうかコラァアアッ!!」
美しいソプラノボイスによる、ドスの効いた絶叫。マイクが音割れするほどの声量。視聴者数が一気に跳ね上がった。
『!?』
『キャラ崩壊www』
『急にオッサンが出てきたぞw』
『「コラァ」にお嬢様言葉を混ぜるなw』
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俺はもう止まらなかった。身振り手振りを交え、解説者顔負けの(というか居酒屋のオヤジの)弁舌を振るう。
「そこでインコースのシュートは危険ですわ!前の打席で踏み込まれてますもの!バッテリーは何を見てますの!?……あーーッ!!言わんこっちゃありませんわーーーッ!!」
カキーン、という快音がタブレットから響く。タイムリーヒットを打たれた。俺は頭を抱え、銀髪をくしゃくしゃにして突っ伏した。
「……はぁ……はぁ……もう……監督、代え時ですわよ……ピッチャーがアップアップしてますわ……」
その姿は、悲劇のヒロインのように美しいが、言っていることはガチの野球おじさんだ。コメント欄は、そのギャップと、やけに的確かつ古い知識に驚愕していた。
『「あそこでシュートは危険」とか、素人のコメントじゃねえw』
『85年の優勝メンバーの話とかしだしたぞ、この子何歳だよ』
『バース、掛布、岡田の並びを熱く語る女子高生(?)……推せる』
■
試合は終盤、奇跡の逆転劇が起きた。
4番打者のサヨナラホームラン。その瞬間、俺は立ち上がり、狭いアパートの天井に頭をぶつけそうになりながら叫んだ。
「っしゃあぁぁぁぁーーーーっ!!!よくやりましたわーーっ!!それこそが4番の仕事ですわーーっ!!」
俺は歓喜のあまり、持っていたメガホン(100均)を振り回し、カメラに向かって満面の笑みを向けた。
「皆様!勝利の美酒ですわ!乾杯いたしますわよ!!」
そして、誰に頼まれたわけでもなく、高らかに歌い出した。
「♪ろっこーおろーしに〜、さーっそうーと〜」
美しすぎるビブラート、完璧な音程、そして圧倒的な声量で歌われる球団歌。それはまるでオペラのアリアのように荘厳で、しかし歌詞は「オウオウオウタイガース」だった。
『無駄に歌うめぇwww』
『なんで六甲おろしで感動しなきゃならんのだ』
『国歌斉唱かよ』
『チャンネル登録したわ』
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試合終了後、俺は肩で息をしながら椅子に座り込んだ。喉が渇いた。コーラを一気飲みする。
「ふぅ……エキサイティングな夜でしたわね」
何事もなかったかのように髪を整える俺。だが、コメント欄は『神回』『伝説の始まり』『ジャージの虎姫』という言葉で埋め尽くされていた。
「あら、皆様そんなに盛り上がって……恐縮ですわ。では、明日はデーゲームですので、お昼から配信いたしますわね」
そう言い残して配信を切った俺は、知らなかった。
切り抜き動画『【神回】美少女がブチ切れて六甲おろしを熱唱する動画』が、一夜にして100万再生を叩き出すことになるのを。
書き溜めはここまで。マックイーンっていいですよね。