メジロマックイーンになりまして。   作:灯火011

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6 見え過ぎる目と、追いつかない親指の悲劇

 月曜日。プロ野球における「移動日」。つまり、俺にとっての生きがいがない日だ。

だが、昨日のバズりによって登録者数は9万人を超えている。この波を止めるわけにはいかない。

 

「というわけで、本日は趣向を変えまして……こちらをプレイいたしますわ」

 

 俺がカメラの前に出したのは、黄ばんだカセット。タイトルは『超〇界村』。30代のおっさんなら誰もが一度は煮え湯を飲まされた、激ムズアクションの金字塔だ。

 

『渋いwww』

『カセットふーふーすんなw』

『お嬢様がパンツ一丁の騎士を操作するのか……』

 

「昔はこれでも、近所のゲームコーナーでならした腕前ですのよ。サクッとクリアして、美味しい夜食をいただきますわ」

 

 余裕の笑みでコントローラーを握る。

 だが、俺はまだ気づいていなかった。ウマ娘の身体能力が、デジタルな世界と相性最悪なバグを引き起こすことに。

 

 

 ゲームスタート。お馴染みの墓場ステージ。ゾンビが地面から湧き出てくる。

 

「……あら?」

 

 俺は首を傾げた。

 

 遅い。あまりにも遅い。ゾンビの動きが、まるで水中を歩いているかのようにゆっくりに見える。飛んでくる槍も、放物線が白いラインとして視認できるレベルだ。

 

「故障かしら?処理落ちしてますわよこれ」

 

『してないぞ』

『普通の速度だぞ』

『お前の回線がラグいんじゃね?』

 

「いえ、だって見てくださいまし。このカラス、羽ばたきが止まって見えますわ」

 

 俺は画面上の敵を指差して解説する。俺の目(マックイーンの瞳)には、ブラウン管の走査線すら見えそうな勢いで、フレーム単位の情報が飛び込んでいた。

 

 おそらくだが、いわゆる「ゾーン」に入ったスポーツ選手の状態が、常時発動しているようなものだ。

 

「こんなの、目を瞑っていても避けられますわ!」

 

 俺は自信満々にジャンプボタンを押した。……つもりだった。

 

 

 だが、俺の予想に反して画面の中の騎士は、ゾンビに突っ込まれ、鎧が弾け飛んでパンツ一丁になった。

 

「は?」

 

 俺は硬直した。

 

 見えていた。完全に当たり判定が見えていた。だから回避行動を取ろうと、脳は指令を出した。だが、親指が動かなかった。

 

「な、なんですの今のラグは!?」

『ラグじゃないw』

『反応遅れただけだろw』

 

 気を取り直して再挑戦。今度はレッドアリーマーだ。やつの動きも、俺にはスローモーションに見える。

 

(右に来る。次は急降下。ここでジャンプして攻撃……!)

 

 脳内シミュレーションは完璧だ。ガンダムで言えばアムロ・レイの領域に達している。だが、コントローラーを握っているのは、反射神経が衰え始めた30代のおっさんの魂だ。

 

「ここでジャンプ……って、あああああ!!指が!親指が言うことを聞きませんわーーッ!!」

 

 ボシュッ。………騎士は骨になった。

 

「見えてますのに!動きが全部見えてますのに、体が追いつきませんのよ!!アムロの反応速度についていけないガンダムの気持ちが分かりますわ!!」

 

 

 そこからは地獄だった。

 

「あ、弾が来ますわ(0.5秒前に認識)」→「避けますわ(0.3秒遅延)」→「被弾しましたわ(激怒)」。

 

 このループだ。

 

「ふざけてらっしゃいますわーッ!!なんでそこでジャンプしませんの!?私の脳内ではもう着地してますのよ!?」

 

 バンバンバンッ!俺はコントローラーではなく、自分の太ももを叩いて悔しがった。そのたびに、画面端に映る尻尾が怒りでボワッと膨らみ、耳がペタンと伏せられる。

 

『リアクションがいちいち可愛いw』

『言ってることはガチゲーマーのキレ方なんだよなぁ』

『「見えてるのに当たってる」のが面白すぎる』

『マグネットコーティングしてやれ』

 

 コメント欄は爆笑の渦だ。だが、俺(マックイーン)には、一つだけ人間を遥かに凌駕する才能があった。それは「ステイヤー(長距離走者)」としての、無尽蔵のスタミナと根性だ。

 

「……許しませんわ。このままでは終われません」

 

 時計は深夜2時を回っていた。普通なら集中力が切れてゲームオーバーだ。しかし、俺の目はギンギンに冴え渡り、疲労を知らない。指の遅さを、執念と「置きエイム(敵が来る場所に先に攻撃を置いておく)」でカバーし始めた。

 

「そこですわ……来ると分かっていれば、先に撃っておけばいいんですのよ……オラァッ!!」

 

 

 朝の5時。空が白み始めた頃、画面にエンディングが流れた。ラスボスを倒した瞬間、俺はコントローラーを放り投げて万歳をした。

 

「やった……やりましたわぁぁぁぁぁ!!」

 

 視聴者数は減るどころか、深夜のテンションで応援する勢が残っており、最終的には5万人が見守っていた。

 

『おめでとおおおおおおお』

『マジでクリアするとは思わなかった』

『根性がすごい』

『最後の方、指の震えを気合でねじ伏せてたな』

 

 俺はぜぇぜぇと息を切らしながら、カメラに向かってドヤ顔を決めた。

 

「これが……名門メジロ家の……底力ですわ……!」

 

 完全にキャラ設定が混濁しているが、達成感は本物だった。だが、その直後。

 

『グギュルルルルルルゥゥゥゥ……』

 

 マイクが拾うほどの、地鳴りのような音が響いた。

 

「……あ」

 

 腹が、減った。

 

 魔〇村を救うためにカロリーを使いすぎた。昨日の野球配信で稼いだスパチャが、またしても食費に消える未来が確定した瞬間だった。

 

「み、皆様……お疲れ様でした。わたくし、これから朝マック……いえ、朝牛丼の特盛を買いに行ってまいります……」

 

『食欲も化け物かよw』

『しっかり食えw』

『スパチャ置いとくぞ ¥10,000』

 

 こうして、俺のチャンネルには「野球おじさん」に続き、「ド根性ヘタウマゲーマー」という属性が付与されたのだった。

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