メジロマックイーンになりまして。   作:灯火011

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7 銀の盾と、昭和歌謡の歌姫(中身はおっさん)

 その夜、俺の部屋、とはいっても、背景は相変わらず生活感あふれる場所だが、には、少しだけ特別な空気が流れていた。テーブルには、いつものストロング缶ではなく、奮発して買った「瓶ビール」と「グラス」。そして、スマホのマイクに向かって、俺は深々とお辞儀をした。

 

「皆様、ごきげんよう。……この度は、チャンネル登録者数10万人突破、誠にありがとう存じます」

 

 顔を上げると、銀色の髪がサラリと流れる。画面の中の俺は、どこぞの王族かと思うほど気品に満ちていた。ジャージだけど。

 

『88888888』

『おめでとう!!』

『登録ペース異常すぎて草』

『で、今日は歌枠なんだよな?』

『アイドルソング頼む!』

 

 コメント欄は期待で溢れかえっている。俺は咳払いを一つした。

 

「ええ、リクエストを沢山いただいておりますわね。『アイドル』?『Bling-Bang-Bang-Born』?……申し訳ありませんが、最近の曲は存じ上げませんの」

 

 俺の知識は2000年代前半で止まっている。最近の曲なんて、スーパーの有線で聞き流す程度だ。俺はグラスのビールをグイッと煽り、喉を湿らせた。

 

「わたくしが歌えるのは、魂に刻まれた曲だけ。……それでもよろしくて?」

 

 

 俺はタブレットで、用意していたカラオケ音源(演歌・歌謡曲カテゴリ)を再生した。

 

 重厚なイントロが流れる。視聴者たちが『!?』という反応をするより早く、俺はマイクを握りしめた。小指が、自然と立つ。

 

「♪隠しきれない〜 移り香が〜」

 

 歌い出した瞬間、俺自身が驚いた。

 

(なんだこの声……!?)

 

 自分の声帯とは思えない。クリスタルのように透き通り、それでいて芯のある高音。だが、その美声に乗せているのは、ドロドロの情念だ。

 

「♪いつか誰かに〜 染められる〜」

 

 俺の中の「おっさん」が、過去の失恋や、仕事の辛さ、そして現状への戸惑いを、全て「コブシ」に変えてぶち込む。マックイーンの完璧な発声器官が、それを極上のビブラートに変換して出力する。

 

「♪あなたと超えたい〜 天城ぃいいいい越ぅええぇえええ〜〜!!」

 

 サビの絶唱。美しい銀髪が乱れ、紫の瞳が潤み、切なげに歪む表情。それはまるで、紅白歌合戦のトリを飾る大物歌手の憑依だった。

 

 一曲歌い終えた時、コメント欄の流れが止まっていた。

 そして、次の瞬間にはコメントが爆発した。

 

『うめえええええええ!!』

『なんだこれ、スナックのママかよ!?』

『いや、ママにしては声が若くて綺麗すぎる、これは……若女将!』

『沁みる……仕事で疲れた心に沁みる……』

『涙出てきた ¥10,000』

『銀座で飲んでる気分だ ¥50,000』

 

 俺は息を整え、ビールを一口飲んだ。

 

「ふぅ……やはり日本の心は演歌ですわね」

 

 その所作の色っぽさ(中身はただのオヤジの晩酌)に、視聴者は完全に魅了されていた。

 

 

「さて、次は……皆様、ロボットはお好きかしら?」

 

 俺はニヤリと笑った。俺の趣味全開で行く。30代男性、重機オペレーター。俺の魂のバイブルといえば、ガンダムだ。

 

「宇宙(そら)に思いを馳せて……聴いてくださいまし」

 

 流れてきたのは、『機動戦士Zガンダム』の後期OPテーマ。イントロのシンセサイザーが響くと、コメント欄の「おじさん勢」が反応した。

 

『Zきたああああああああ!!』

『選曲がガチ世代すぎる』

『お嬢様、俺らと同年代だろ絶対w』

 

 俺は目を閉じた。

 

 ウマ娘になってしまった自分。変わってしまった世界。歌詞にある「時代」や「悲しみ」という言葉が、今の俺には痛いほど刺さる。

 

「♪蒼く眠る〜 水の星に〜 そっと〜口づけして〜」

 

 優しく、包み込むような歌声。森口博子氏へのリスペクトを込めつつ、マックイーンの声質が持つ「透明感」が、宇宙の広がりを感じさせる。サビの高音パートでは、俺の背後にオーラに見えるほどの何かが立ち上っていたことだろう。

 

「♪もう、泣かないで〜……」

 

 最後のフレーズを歌い切り、余韻に浸る。目を開けると、画面は赤色のスーパーチャット(高額投げ銭)で埋め尽くされていた。

 

『浄化される……』

『俺の黒い心が洗われるようだ』

『刻(とき)の涙が見えた』

『おっさんだけど惚れてもいいですか?』

 

 

 合計5曲。

 

『酒と泪と男と女』や『マイ・ウェイ』などを熱唱し、俺は完全に燃え尽きた。喉の調子は最高だ。いくらでも歌える。だが、体が限界を訴えていた。

 

『グゥゥゥゥゥ……』

 

 バラードの余韻をぶち壊す、盛大な腹の音。それをマイクがバッチリ拾っていた。

 

「……あら」

 

 俺は赤面した。歌うことは、カロリーを使う。ただでさえ燃費の悪いウマ娘の体が、フルパワーの歌唱によって枯渇していたのだ。

 

「も、申し訳ありません……。魂を込めて歌ったら、魂(エネルギー)が抜けましたわ」

 

『腹の虫www』

『色気もへったくれもねえw』

『燃費悪すぎだろww』

『これでこそ俺たちのジャージ嬢だ』

 

 俺は苦笑いしながら、締めの挨拶をした。

 

「というわけで、本日はここまで。いただいたスパチャで……そうですね、焼肉に行ってまいりますわ。一人で」

 

『行ってこい!!』

『たらふく食え!!』

『領収書は「視聴者一同」で!』

 

 配信を切った後、俺は即座にジャージを着替え(といっても別のスウェットにするだけだが)、財布とスマホを掴んだ。目指すは近所の焼肉屋。

 

「待ってなさい、カルビ、ロース、ハラミ……!メジロの胃袋が火を噴きますわよーッ!!」

 

 夜の街へ駆け出す銀髪の美少女。その背中は、どんな名馬よりも速く、そしてどんな食いしん坊よりも必死だった。

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