メジロマックイーンになりまして。   作:灯火011

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8 焼肉屋の銀髪の悪魔、そして原付を追い抜く夜

「えー、皆様。先ほどの歌枠での多大なるご支援、誠にありがとう存じ上げます」

 

 場所は近所の焼肉チェーン店『〇角』。俺はボックス席にスマホをセットし、再び配信を開始した。

 

 タイトルは『スパチャ御礼! 限界まで食べ尽くしますわ』。

 

「頂いたお気持ちは、全てわたくしの血肉(タンパク質)に変えさせていただきます。……すいませーん!注文よろしいでしょうか!」

 

 店員が来るやいなや、俺はメニューの端から端まで指を滑らせた。

 

「牛タン塩5人前、カルビ10人前、ハラミ10人前、ロース10人前。あと大ライス3つと、サンチュ……は、まあ彩りで一つ。とりあえず以上で」

 

 店員の手が止まった。

 

「え、あ、団体様でしょうか?」

「いえ、わたくし一人(ソロ)ですわ」

 

 

 肉が運ばれてくると、俺のテーブルはまたたく間に赤と白のコントラストで埋め尽くされた。

 

 網の上に肉を並べる。ジュウジュウという音と、香ばしい煙。俺の瞳孔が開く。

 

「いただきますわ!!」

 

 ここからは戦争だった。焼ける→食う→焼ける→食う。

 

 本来なら「焼けるまでの待ち時間」があるはずだが、俺は網の面積をフル活用し、さらに生焼けでも「レアですわ!」と言い張って口に放り込むため、サイクルの回転数が異常に早い。

 

『早すぎるwww』

『噛んでる?飲んでる?』

『ダイソンかな?』

『カービィだこれ』

『ピンクの悪魔ならぬ、銀髪の悪魔だ』

 

 コメント欄がドン引きし始めた。

 

 可憐な美少女が、大ライスを片手で持ち、凄まじい勢いで肉を吸い込んでいく。口元にタレがついても気にしない。ビールをチェイサー代わりに流し込み、次々と皿を空にしていく。

 

「んん〜っ!脂が甘いですわ!追加!ホルモン5人前追加ですわーッ!」

 

 結局、俺は1時間で通常の人間の10倍近い量を平らげた。

 

 積み上げられた皿の塔を見て、店員たちは遠巻きに震えている。俺は膨れた腹をさすり、満足げにゲップを噛み殺した。

 

「ふぅ……ようやく腹八分目ですわね」

 

『あれだけ喰って出た言葉が腹八分目ぇ!?』

『食費で破産する理由がわかった』

『見てるだけで胃もたれしてきた』

『銀髪の悪魔……このあだ名、定着しそうだな』

 

 

 会計は4万円を超えたが、スパチャの収益で余裕でお釣りが来る。

 

「ごちそうさまでした!」

 

 店を出た俺は、夜風に当たりながら上機嫌で歩いていた。

 

「いやぁ、食った食った。やっぱ焼肉は最高ですわ」

 

 時刻は23時過ぎ。人通りもまばらな大通り。その時だった。

 

『キャアアアアッ!誰かーーッ!!』

 

 前方から女性の悲鳴が聞こえた。

 

 思わずそちらを見ると、歩道を歩いていた老婆のバッグを、フルフェイスのヘルメットを被った男がひったくり、スクーターで逃走しようとしているところだった。

 

「ッ!?」

 

 俺の中の「おっさん」的正義感が反応した。重機オペレーター時代、現場の安全を守るのが仕事だった俺は、こういう理不尽が許せない。

 

「何をしてますのコラァアアッ!!」

 

 俺は地面を蹴った。

 

 その瞬間、景色が歪んだ。

 

 

 スクーターはエンジンをふかし、加速していく。時速30キロ、40キロ……原付のフルスロットルだ。普通の人間なら追いつけるわけがない。

 

 だが、俺は違った。一歩踏み出すたびに、体がロケットのように前に射出される。アスファルトを蹴る衝撃が、便所スリッパを通してダイレクトに伝わる。

 

「……あら?遅いですわね?」

 

 俺は困惑した。スクーターが止まって見える……わけではないが、明らかに俺の方が速い。

 

 風切り音がゴウゴウと耳元で鳴る。帽子が飛び、隠していた耳が露わになる。スウェットの中で尻尾がバランサーとして水平に伸びる。

 

 焼肉のカロリーが、爆発的なエネルギーとなって全身を駆け巡っていた。

 

 

 ひったくり犯は、バックミラーを見て勝利を確信していたはずだった。だが、ふと気配を感じて横を向いた。

 

 そこには、銀髪をなびかせ、無表情で並走する美少女がいた。

 

「い、いいいぃぃぃっ!?」

 

 犯人は絶叫した。メーターは時速50キロを指している。生身の人間が、しかも華奢な女が、涼しい顔で横を走っているのだ。ホラー以外の何物でもない。

 

「危ないですわよ。歩道でスピードを出しては」

 

 彼女は走りながら、丁寧な口調で説教した。声がブレていない。息も切れていない。

 

「ば、化け物ォォォッ!!」

 

 犯人はパニックになり、更にアクセルを回そうとした。だが、彼女はそれを許さない。

 

「逃がしませんわ!」

 

 並走したまま、スクーターの荷台のグリップを「ガシッ」と掴んだ。そして、踏ん張った。

 

 キュキュキュキュッ!!

 

 サンダルの靴底がアスファルトと擦れ、白煙が上がる。

 

 ウマ娘のパワー VS 50ccエンジン。

 

 勝負は、一瞬だった。

 

 スクーターは強制的に減速させられ、バランスを崩して路肩の植え込みに突っ込んだ。

 

 

「あだだだ……」

 

 転倒した犯人が呻き声を上げる。俺はゆっくりと歩み寄り、奪われたバッグを拾い上げた。

 

「これ、あのお婆様の大事なものですわ。返していただきます」

 

 犯人は腰が抜けて動けないようだ。ヘルメットの奥の目は、恐怖で完全に見開かれていた。

 

 そりゃそうか。原付を素手で止める女なんて、都市伝説でも聞いたことがない。だが、悪いのはお前だよなぁ?ひったくり犯さんよ?

 

「ひぃ……ごめんなさい……もうしません……」

「警察が来るまで、そこで正座してなさい。……いいですわね?」

 

 俺がニッコリと微笑むと、犯人は震えながら背筋を伸ばし正座した。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 

 俺は乱れた銀髪を手櫛で整え、深く息を吐いた。

 

「ふぅ……食後のいい運動になりましたわ」

 

 焼肉のカロリーは、これっぽっちも減っていなかったが、俺の「人間離れした身体能力」は、目撃していた数人の通行人と、防犯カメラによってバッチリ記録されてしまったようで……あらぬ方向から、俺は注目を受けるのだった。




次の投稿は年始(1月3日)の予定です。

ついに録画されたマックイーン(おっさん)の実力。世間は放ってはおかないぞ!

次回、「事情聴取とバズる防犯カメラ、そして筋肉への誘い」

 SA〇UKEをマックイーンがとっちらかします。よいお年を!
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