「えー、皆様。先ほどの歌枠での多大なるご支援、誠にありがとう存じ上げます」
場所は近所の焼肉チェーン店『〇角』。俺はボックス席にスマホをセットし、再び配信を開始した。
タイトルは『スパチャ御礼! 限界まで食べ尽くしますわ』。
「頂いたお気持ちは、全てわたくしの血肉(タンパク質)に変えさせていただきます。……すいませーん!注文よろしいでしょうか!」
店員が来るやいなや、俺はメニューの端から端まで指を滑らせた。
「牛タン塩5人前、カルビ10人前、ハラミ10人前、ロース10人前。あと大ライス3つと、サンチュ……は、まあ彩りで一つ。とりあえず以上で」
店員の手が止まった。
「え、あ、団体様でしょうか?」
「いえ、わたくし一人(ソロ)ですわ」
■
肉が運ばれてくると、俺のテーブルはまたたく間に赤と白のコントラストで埋め尽くされた。
網の上に肉を並べる。ジュウジュウという音と、香ばしい煙。俺の瞳孔が開く。
「いただきますわ!!」
ここからは戦争だった。焼ける→食う→焼ける→食う。
本来なら「焼けるまでの待ち時間」があるはずだが、俺は網の面積をフル活用し、さらに生焼けでも「レアですわ!」と言い張って口に放り込むため、サイクルの回転数が異常に早い。
『早すぎるwww』
『噛んでる?飲んでる?』
『ダイソンかな?』
『カービィだこれ』
『ピンクの悪魔ならぬ、銀髪の悪魔だ』
コメント欄がドン引きし始めた。
可憐な美少女が、大ライスを片手で持ち、凄まじい勢いで肉を吸い込んでいく。口元にタレがついても気にしない。ビールをチェイサー代わりに流し込み、次々と皿を空にしていく。
「んん〜っ!脂が甘いですわ!追加!ホルモン5人前追加ですわーッ!」
結局、俺は1時間で通常の人間の10倍近い量を平らげた。
積み上げられた皿の塔を見て、店員たちは遠巻きに震えている。俺は膨れた腹をさすり、満足げにゲップを噛み殺した。
「ふぅ……ようやく腹八分目ですわね」
『あれだけ喰って出た言葉が腹八分目ぇ!?』
『食費で破産する理由がわかった』
『見てるだけで胃もたれしてきた』
『銀髪の悪魔……このあだ名、定着しそうだな』
■
会計は4万円を超えたが、スパチャの収益で余裕でお釣りが来る。
「ごちそうさまでした!」
店を出た俺は、夜風に当たりながら上機嫌で歩いていた。
「いやぁ、食った食った。やっぱ焼肉は最高ですわ」
時刻は23時過ぎ。人通りもまばらな大通り。その時だった。
『キャアアアアッ!誰かーーッ!!』
前方から女性の悲鳴が聞こえた。
思わずそちらを見ると、歩道を歩いていた老婆のバッグを、フルフェイスのヘルメットを被った男がひったくり、スクーターで逃走しようとしているところだった。
「ッ!?」
俺の中の「おっさん」的正義感が反応した。重機オペレーター時代、現場の安全を守るのが仕事だった俺は、こういう理不尽が許せない。
「何をしてますのコラァアアッ!!」
俺は地面を蹴った。
その瞬間、景色が歪んだ。
■
スクーターはエンジンをふかし、加速していく。時速30キロ、40キロ……原付のフルスロットルだ。普通の人間なら追いつけるわけがない。
だが、俺は違った。一歩踏み出すたびに、体がロケットのように前に射出される。アスファルトを蹴る衝撃が、便所スリッパを通してダイレクトに伝わる。
「……あら?遅いですわね?」
俺は困惑した。スクーターが止まって見える……わけではないが、明らかに俺の方が速い。
風切り音がゴウゴウと耳元で鳴る。帽子が飛び、隠していた耳が露わになる。スウェットの中で尻尾がバランサーとして水平に伸びる。
焼肉のカロリーが、爆発的なエネルギーとなって全身を駆け巡っていた。
■
ひったくり犯は、バックミラーを見て勝利を確信していたはずだった。だが、ふと気配を感じて横を向いた。
そこには、銀髪をなびかせ、無表情で並走する美少女がいた。
「い、いいいぃぃぃっ!?」
犯人は絶叫した。メーターは時速50キロを指している。生身の人間が、しかも華奢な女が、涼しい顔で横を走っているのだ。ホラー以外の何物でもない。
「危ないですわよ。歩道でスピードを出しては」
彼女は走りながら、丁寧な口調で説教した。声がブレていない。息も切れていない。
「ば、化け物ォォォッ!!」
犯人はパニックになり、更にアクセルを回そうとした。だが、彼女はそれを許さない。
「逃がしませんわ!」
並走したまま、スクーターの荷台のグリップを「ガシッ」と掴んだ。そして、踏ん張った。
キュキュキュキュッ!!
サンダルの靴底がアスファルトと擦れ、白煙が上がる。
ウマ娘のパワー VS 50ccエンジン。
勝負は、一瞬だった。
スクーターは強制的に減速させられ、バランスを崩して路肩の植え込みに突っ込んだ。
■
「あだだだ……」
転倒した犯人が呻き声を上げる。俺はゆっくりと歩み寄り、奪われたバッグを拾い上げた。
「これ、あのお婆様の大事なものですわ。返していただきます」
犯人は腰が抜けて動けないようだ。ヘルメットの奥の目は、恐怖で完全に見開かれていた。
そりゃそうか。原付を素手で止める女なんて、都市伝説でも聞いたことがない。だが、悪いのはお前だよなぁ?ひったくり犯さんよ?
「ひぃ……ごめんなさい……もうしません……」
「警察が来るまで、そこで正座してなさい。……いいですわね?」
俺がニッコリと微笑むと、犯人は震えながら背筋を伸ばし正座した。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
俺は乱れた銀髪を手櫛で整え、深く息を吐いた。
「ふぅ……食後のいい運動になりましたわ」
焼肉のカロリーは、これっぽっちも減っていなかったが、俺の「人間離れした身体能力」は、目撃していた数人の通行人と、防犯カメラによってバッチリ記録されてしまったようで……あらぬ方向から、俺は注目を受けるのだった。
次の投稿は年始(1月3日)の予定です。
ついに録画されたマックイーン(おっさん)の実力。世間は放ってはおかないぞ!
次回、「事情聴取とバズる防犯カメラ、そして筋肉への誘い」
SA〇UKEをマックイーンがとっちらかします。よいお年を!