Smolder Blood, Sweet Smell それらは全て、復讐のために   作:メグリくくる

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第一章 5

 強い日差しに目を細めながら、俺は『牧場』を歩いていく。城下町を進む俺の隣にいるクゥニは、こちらの喉元を、感情を感じさせない目で一瞥する。

「……取れるまで、もう少し掛かりそうですね。包帯」

 彼女の言葉に、俺は自分の首筋へ手を伸ばした。そこにはクゥニが言った通り、包帯が巻かれ、僅かに血が滲んでいる。

「……まだ、痛みますか?」

「お前に比べたら、まだマシだよ」

 そう言って俺は、クゥニの左腕に視線を向けた。彼女の左腕は今、白い三角巾で吊るされている。ナスリィに、折檻された結果だ。

「……私は、大丈夫です。痛いのは慣れてますし」

 彼女はそう言うが、いかに混血鬼であっても、腕が千切れそうな程の重症が、苦痛でないはずがない。わかっていた結果だが、クゥニの傷は、普通なら、そう簡単に治らないものだ。

 クゥニがこれ程の重症を負った理由は、俺の監督不行き届きが原因だ。俺が家で転んだ際、包丁で首元を傷つけてしまった責任を、彼女は左腕で払わされている。と、いうことになっていた。

 家に到着し、俺たちは、二人で向かい合って座る。先に口を開いたのは、クゥニの方だった。

「……今の所、ラスカの作戦通りに進んでいますね」

「ああ、お前の噛んだ傷跡は、包丁で切り取ったからな」

 感情の色がないクゥニに向かって、俺は頷きながらそう返す。

「噛み傷が残っていれば、ナスリィに俺が血を吸われた事がバレてしまう。仕方がないとは言え、お前にいらない傷を負わせてしまったな」

「……言ったでしょう? 私は、痛みに慣れています。それにあいつは、まだ私で遊び足りないはずです。だから、殺される程のことはされないと、予想できていました」

 小さく吐息を吐きながら、クゥニは虚ろな瞳でそう言った。

「……それに思惑通り、私はラスカの傷が治るまで、あなたの看病に徹するように指示が出ました。他の人間や吸血鬼の世話をするより、何百倍もマシな状況です」

 そう言うが、彼女に対する迫害は、今もまだ継続して続けられている。左腕を怪我しているため、直接的な嫌がらせはされないが、罵詈雑言がぶつけられるのは、日常茶飯事だ。

 しかし、当の本人は全く意に介した様子もなく、温度を感じさせない声色で、言葉を紡いでいく。

「……それじゃあ今から、愛し合いましょうか」

 共犯関係を結んだあの日、自分の首の肉をえぐり取る前に、俺たちはこんな話をしていた。

 

 

 ##########

 

「……では、早速愛を育みましょう」

 淡々とクゥニにそう言われるが、その言葉で、俺の思考は停止した。クゥニが俺を愛せば愛す程強くなるので、やろうとしている事は何も間違っていない。しかし――

「愛を育むって、どうすればいいんだ?」

「……そう言われてみると、そうですね」

「愛し合うって言葉もあるが、それって結局、どういうことなんだろう?」

「……そもそもの話になってしまいますが、ラスカは、愛とは、何だと思いますか?」

 そう言われて、俺は唸り声を上げる。

「俺の両親は、確かに俺を愛してくれていたと思うけど……」

「……母さんも、私の事を愛してくれていました」

「なら、家族愛が、愛なのか?」

「……それも、一つの愛だと思います。でも、男女の愛という言葉もありますよ?」

 クゥニが小首を傾げて、感情を宿さない瞳で、俺を見つめる。

「……男女の愛も愛だと言うのなら、家族の愛と二つ合わせた方が、より『御業』の力を引き出せるのではないでしょうか?」

「なら、男女の愛と、家族愛を、俺たちは育くめばいいのか」

 なんとなく、やることの方向性が見えてきた。しかし、クゥニは、なおも首をひねる。

「……ですが、私は、男女の愛というものを知りません。ナスリィは、母さんを愛してなどいませんでしたから。ラスカの両親は、互いを愛し合っていましたか?」

「それは、そうだと思う」

「……ではラスカ。私に、男女の愛を教えて下さい」

「教えて、って言われても……」

 真っ直ぐ俺を見るクゥニから、俺は思わず視線を外す。それでもクゥニは、淡々と言葉を紡いでいく。

「……ラスカの両親は、普段、どんな事をしていましたか? それを、真似ればいいのではないでしょうか?」

「そうか!」

 クゥニの言葉に、俺は頷く。

「確か、手をつないだり、口づけをしたりしていたっけ?」

「……では、やってみましょう」

 そう言ってクゥニは、俺に向かって手を差し出した。さっきは簡単に握り返せたその手が、何だか触れては行けないようなものに見えて、俺の手が宙を泳ぐ。

「……どうしたのですか?」

「いや、何だか、照れくさくて」

 ……ああ、今俺、照れてるんだ。

 言葉を口に出してみて、初めて俺は自分の中に生まれた感情の名前に気づく。そんな俺に、更にクゥニの手が向けられた。

「……何を、馬鹿な事を言っているのですか。手ぐらい、さっき握ったではありませんか」

「そういうお前も、声が上ずってるぞ」

「……上ずってません」

「顔も、ちょっと赤いし」

「……赤くなってませんっ」

 業を煮やしたのか、クゥニが俺の右手を勝手に掴む。先程のような握手ではなく、今は、指と指が絡まるような握り方だ。

「……ほら、やってしまえば、どうということはないのです」

「何も起こらないんだったら、愛、育くめないだろう」

「……ラスカは、ああ言えばこう言いいますね。もういいです。次に行きましょう」

「次?」

「……はい。接吻です」

 そう言ったクゥニが、口を一文字に結んだ。

「……さぁ、どうぞ」

「ど、どうぞって、俺からするのか?」

「……当然です」

「でも、手はお前の方から握ってきたじゃないか」

「……ですから、今度はあなたからするのが、筋ではありませんか?」

「いや、クゥニが最初に手を握ったんだから、今回もクゥニからするのが、筋ってもんだろ?」

「……こういうのは、男性からするようなものではないのですか?」

「お前、あれだけ俺の血にがっついてたのに、今更そんなこと言うのかよ」

「……あれとこれは、話が別です。そもそも、愛を育てなければ、私たちの復讐はなし得れませんよ?」

 その言葉に、俺ははっと息を呑む。

「そうか。復讐、復讐の、ためだもんな」

「……そうです。復讐の、ためなんです」

 俺は生唾を飲み込むと、クゥニとの距離を縮め始めた。心臓の音が、やけにうるさい。全身の血液が、突然高速に循環し始めたみたいだ。握ったクゥニの手の熱を、必要以上に意識してしまう。朱色の彼女の瞳から、目が離せない。近づけば近づくほど、彼女の吐息だけでなく、心臓の音まで聞こえてきそうに思える。クゥニと俺の唇を近づけるため、俺は僅かにしゃがむ。そして――

「……か、考えてみれば、ナスリィにラスカが血を吸われるのは、五年も先なんですよね」

 そう言われ、俺はクゥニの顔から、自分の顔を離す。

「そ、そう言えば、そうだな」

「……で、では、何も今急ぐ必要はないのではないでしょうか? 五年間の間に、私たちの関係を、深めればいいのです」

「そ、そう言えば、そうだな」

「……で、では、今日は、その」

「口づけは、止めにしよう」

 そうしてこの件は、一旦保留となったのだ。

 

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