「もう無理でござるっ!」
そう言って、拙者は右手に持ったジョッキをテーブルに叩きつけた。
プレタ殿との再戦まで、後三日。だが、まったくもって打開策が生まれない。今日もロロ殿と一緒に城なしキートンを歩きまわった。が、何の成果も上げられず、日が沈む前に食事にしようと昨日から気になっていた酒場に立ち寄ったのだ。
うまくいかない現状に苛立ち、不安と不満が胸中を渦巻く。
ならば、こうして酒場で飲みたくなるのは必然でござろう。
「おばちゃん、麦茶の炭酸割り! もう一杯でござるっ!」
「ヒロキさんの、その飽くなき探究心は一体何処から生まれるの?」
「ここでござるっ!」
呆れ顔のロロ殿に向かい、拙者は自信満々に左手の親指で自分の胸を指した。
「忍という字は、刃で心を抑え――」
「あ、私もレモネードのおかわり下さい」
「せめて最後まで聞いて欲しいでござるっ!」
恨み節をつぶやきながら、拙者はテーブルに突っ伏した。
お洒落の訓練ということで、拙者もロロ殿も制服から私服に着替えている。
「あぁ、もうわからなくなってきたでござるっ! お洒落って何でござるか? 何でそんなに皆夢中になるのでござるか? デザインで差別化が出来るのは理解できるでござる。でも、それを行う理由は? 上質な素材を使った服の値は上がるでござる。でも、何故高い服に需要があるでござるか? 雑誌に乗っている着こなしを真似るのに、自分らしさを出す要素はあるのでござるか? そもそも自分らしさを出して、他人と何の差を付けるのでござる? わからん。わからんでござる。わからなさすぎて、もう死にそうでござる。お洒落って、何なのでござるか……?」
弱音を吐く拙者を置き去りにするように、酒場が活気づいてくる。完全に日が沈み、人が増えてきたのだ。
この酒場を経営しているのは一組の夫婦らしく、恰幅のいい奥さんが給仕を、厨房は旦那さんが担当している。拙者が座っている位置からは、旦那さんの顔は見えない。代わりに奥の厨房に、燻製肉が吊るされてるのが見えた。何の肉かはわからないが、あの大きさなら、恐らく部位は肩ロースだろう。
「……メルセデスでござるか」
「え、何?」
「牛でござるよ」
「牛?」
頭の上に『?』を出すロロ殿を、拙者はテーブルに頬を張り付かせたまま見つめた。
悔しいが、ジルドの言った通りでござる。拙者が実技授業で今の成績を修められるのは、ロロ殿のご助力があってこそ。拙者一人で『最も魅力的な者が勝つ』に勝ったことは、今まで一度もないでござる。
拙者、調子に乗ってござった。
「急に黙ったりして、ヒロキさん、本当に大丈夫?」
「……大丈夫でござるよ。今すぐお洒落が上達する裏ワザが存在しないか、考えていただけでござる」
「それ、大丈夫じゃないでしょ。そんな方法があったら、今頃皆『絶対魅力者』になってるよ」
「で、ござるな」
苦笑いを浮かべながら、拙者はテーブルから体を起こした。
「ならば、別方向で考えてみるでござる」
「別方向?」
返事をする代わりに、拙者はロロ殿に一枚の紙を手渡した。
「何これ? えぇ、っと、プレタ・ポルテ、十六歳。伸長と、体重? え? 下流階級の、出身地まで書いてあるっ!」
紙に書かれた内容を理解したロロ殿は、大慌てで手にしたそれを拙者に突き返した。
「だ、ダメだよヒロキさん! 個人情報だよこれっ! 何処で拾ったの? 早くもとの場所に返さないと、大変なことになっちゃうよっ!」
慌てるロロ殿に、拙者は安心させるように笑いかけた。
「大丈夫でござる。それは拾ったのではなく、拙者が自分で調べたものでござるよ」
「なぁんだ。それならもっとダメじゃん。私、今からヒロキさんを警察に付き出したほうがいいのかな?」
「そうそう、って、待つでござるロロ殿! そこは、『自分で調べたなら安心だね、って、もっとダメじゃんっ!』と可愛らしくノリツッコミを、ちょ、すまぬすまぬっ! 謝るから! 拙者謝るから、店の外に出て岡っ引を呼ぼうとするの止めるでござるよ、ロロ殿っ!」
拙者が半泣きからマジ泣きに変わりかけた絶妙なタイミングで、ようやくロロ殿が席に戻ってきてくれた。
「外で待ってるって」
「だ、誰がでござるか?」
「聞きたい?」
にっこり笑うロロ殿が怖すぎる。
拙者は怯えながらロロ殿の顔から目をそらした。
「……いや、いいでござる」
「よろしい。それで、何でプレタさんの個人情報をヒロキさんは集めてたの?」
「ふっ、それは忍者故の秘密事、ごめんなさいごめんなさい! 呼びに行かないで! ちゃんと言うでござるから! 言うから、外にいる人呼びに行かないで欲しいでござるよっ!」
腰を浮かしたロロ殿に、拙者はすかさず縋り付く。
「もう五連敗しているでござるから、対戦相手であるプレタ殿のことを調べていたのでござる! 何かお洒落の特徴とか、弱点が見つかればいいと思ったのでござるよっ!」
「……でも、こんなに詳しく調べれるだなんて、普通じゃないよ」
「忘れ去られていると思うのでござるが、拙者忍者、諜報員でござるぞ? エアロの訓練学校で拙者、聞き込みや潜入調査など、諜報員になるための授業を受けているのでござる」
「つまり、いつでもどこでもストーカー、ってことだね」
「そんなキャッチフレーズみたいに、拙者のこと貶めるのはやめて欲しいでござる! 情報収集と言って欲しいでござるよっ!」
ロロ殿は呆れ顔になりながら、改めてプレタ殿の個人情報が書かれた紙を見つめた。
「でも、これ何の役に立つの?」
「そうでござるな。次にプレタ殿が、どんな服を来てくるのかはわかるでござるよ」
「そんなことわかるの!」
驚愕の表情を浮かべるロロ殿に、拙者は自信を持って頷き返す。
「完全に一致させるには、流石に実技授業前日まで情報収集を続ける必要があるでござる。が、今の段階でも、プレタ殿の服の傾向は理解しているのでござるよ」
「じゃあ、次にプレタさんはどんな服を着るの?」
「高級ブランド品でござるな」
拙者は即答した。ロロ殿から紙を受け取りながら、拙者は自分の推測を話していく。
「プレタ殿は下流階級出身で、今までお洒落にそこまでお金をかけられなかったようでござる。それがジルドの腰巾着となったことで、」
「手の出なかった高級ブランド品を着れるようになった、ってことね。だからヒロキさん、最近キートンで見て回っていたお店は高級ブランド店ばかりだったんだ」
ロロ殿の台詞に、拙者は頷いた。
「そうでござる。相手の主力(服)がわかっていれば、それに対応する戦術が立てられる。と、思ったのでござるが……」
その戦術が、まったく立てられない。
これが戦闘なら、話は違う。例えば近距離が得意な相手には、相手の間合いに入らないよう遠距離から仕掛ける。分厚い装甲で身を守っている相手には、相手の動きにくさを逆手にとって速度重視で仕掛ける。といった戦術が思いつく。
では、お洒落の戦術とは一体何なのでござるか?
「でも、ヒロキさんの方がスタイルはいいと思うよ? 服だけじゃなくて、服を着た人のトータル的な『魅力』で勝負すればいいんじゃないかな?」
ロロ殿のアドバイスに、拙者は首を振る。
「それも考えたのでござるが、拙者のスタイルを活かすには、拙者も高級ブランド品を身につける必要があるでござる。同じテーマでコーディネートをする以上、スタイルの良さが判定で有利になるのは、互いの服のレベルが同じ場合に限るでござる。そして拙者には、全身を高級ブランド品で着飾る資金は、ないのでござる」
「けど、今まで判定まで行ってないよね? 五戦ともKO負けじゃなかったっけ?」
「……拙者も留学してから、必死にお洒落の勉強をしているでござる。だからこそ、逆にプレタ殿が着ている服が『いいもの』だとわかってしまうでござるよ」
ここで言う『いいもの』とは、高級ブランド品のことだ。拙者にはいまだに理解できていないが、高級ブランド品を身に着けていれば、それだけで一種の『魅力』になってくる。それが学園でのお洒落に対する通説だ。
その『魅力(高級ブランド品)』をまとっているプレタ殿を見ると、それがない拙者はプレタ殿と比べて、どうしても『魅力』が劣っているように感じてしまう。
「私も、なんとなくわかるなぁそれ。服のロゴとか見て、あぁ、あそこのブランドなんだぁ、て思っちゃったりするもの。高級ブランド品を身に着けるのが、一種のステータスになってるものね」
賛同してくれるロロ殿に、拙者は頷いた。
「少なくとも、それだけお洒落にお金をかけているのはわかるでござるからな」
「だとすると、やっぱりプレタさんに勝つにはブランド品を着るしかないのかな? バイトでもして、軍資金を稼ぐ?」
「それをするには時間がなさすぎるのでござる。それに魅力試験のことも考えると、ここで軍資金を使い果たすのは下策。っと、すまぬ。いろいろアドバイスしてもらっているのに、拙者否定ばかりでござるな。もう少し建設的な話をせねば」
「大丈夫、気にしてないよ。でも、建設的な話って? 高級ブランド品の調達に、何か当てでもあるの?」
「うむ。隠密行動が得意な拙者の特性を生かして、高級ブランド店に盗みを、って冗談冗談! 冗談でござるから! 頼むから岡っ引連れてこようとするの辞めて欲しいでござる! ロロ殿、ロロ殿ぉぉぉぉぉぉおおおっ!」
「はいよ! 麦茶の炭酸割りとレモネードお待ちっ!」
桃色の光を出すほどの攻防戦を拙者とロロ殿が繰り広げ始めたタイミングで、恰幅のいいおばさんが注文した飲み物を届けてくれた。
すごすごと席に戻り、拙者たちはお礼を言いつつ、おばさんから飲み物を受け取る。
「ありがとうございます」
「かたじけない」
飲み物を拙者たちに渡した後、おばさんは拙者たちに向かって当たり前のようにこう言った。
「あんたたち、サントノーレ学園の生徒さんだろ?」