信じられるわけがない。大丈夫なわけがない。それが出来るのなら、そもそもニートになんてなってない。
甘えるんじゃない? ニートにならなければ、逃げ出さなくてはならないほど弱った自分の辛さを理解もせずに、よくもまぁそんなことが言えたものだ。
特に、山本のように中学校から引きこもり、ニートになっていると、自分の家族以外とも中々接点が持てなくなる。世界が、自分だけで閉じてしまうのだ。それ故、まず人とどう話せばいいのかが分からなくなる。ネットがあれば他の人とのつながりも持てるが、直接面と向かって人と話す機会はまったくない。抜け出そうと、もがこうとしてみても、世界が自分だけで閉じているため、まず何から始めたらいいのか、その指標が自分の中に見つからない。見つけることが、出来ない。
山本は暗闇の中に、ずっと一人で取り残されている状態で生きるしかないし、実際そうやって今まで生きてきた。だから、突然その暗闇の中に人が現れても、俺が現れても、同じ人のように感じることが出来ない。
山本にとって俺は、今までずっと見てきた、『暗闇』なのだ。だから、信じることが出来ない。
今まで何も話さなかった『暗闇』が突然話しかけてきても、ただ恐怖しか感じないのだ。
そうだ。山本は、『暗闇(俺)』が怖いのだ。
「そ、それに、その傷! お前、体中、き、傷だらけじゃないかっ!」
恐怖の対象にのしかかられながら、山本は震えた声で俺の背中に視線を送る。
「その、その傷! 訓練中に出来たものなんじゃないの? と、特に背中の、火傷の跡! 血が出て、凄いことになってるっ!」
「火傷……?」
山本に指摘され、そこで俺は爆破の影響で服が原形をとどめていないことに気が付いた。
「これは、訓練中に出来たものじゃ、ない……」
俺は弱弱しく苦笑いしながら、山本に自分の背中の火傷について説明し始めた。
「俺が中学の時、いじめられていた時に、出来たものだ」
「……え?」
「未来の、お前なんだよ。俺は……」
呆けた山本の顔を見ながら、俺はあの苦々しい記憶を呼び起こしていた。
「……俺は、元ニートなのさ」
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それは、ある日突然だった。
何故自分がいじめられるようになったのか、いじめられているのか。そのきっかけは、分からない。
何か気に入らないことを俺が誰かにしたのかもしれないし、しなかったのかもしれない。
そもそもいじめる理由なんてなくて、たまたま俺が不運にも、事故に巻き込まれてしまっただけなのかもしれない。
ともかく、中学一年生の二学期。
俺は道路交通法を守りまっすぐ歩いていた(普通に学校に通っていた)だけなのに。
対向車(クラスメイト)に、問答無用で突っ込まれた(いじめられた)。
今思えば、仲の良かった友達から無視された時からいじめは始まっていたのだろう。だが、俺はそこですぐに自分がいじめられているとは気が付かなかった。
クラス中から無視されるようになり、ようやくそこで、俺はそこで自分がいじめられているのだと気が付いた。
気が付かなければ良かった。あるいは、もっと早く気が付いていれば良かった。いじめていた側からすれば、無視していた相手が平然と学校に来ているのが気に食わなかったのだろう。ただ俺が鈍感だっただけなのだが、俺がいじめられていると気が付いた時には、いじめは次の段階へと移っていた。
まず、登校した時に上履きがなくなっていた。一週間に一度だったのが三日に一度になり、次第に他の持ち物がなくなっていった。それから、なくなったものが泥だらけになったり、傷だらけになって返ってくるようになった。
後は順調にいじめは進んでいった。
トイレに入れば、水を掛けられた。
給食はクラスの男子の唾が入っているのは日常茶飯事だったし、それがないときは画鋲が入っていた。
そんな給食当然食べたくもなかったが、担任のいなくなった放課後の教室で、無理やり押さえつけられて口に入れられた。そしてその度に、吐き出した。
クラスの担任は見て見ぬふりをしているのか、本当に気づいていなかったのか分からないが、この状況を止めようとはしなかった。
けれども不思議と、俺はその担任に対して不満を持っていなかった。何故なら俺は馬鹿なことに、そんな状況にもかかわらずもう一度クラスのみんなと元に戻れると、仲良くできると本気で信じていたのだ。
俺の通っていた中学校は、生徒の半分が俺の通っていた小学校、もう半分が隣の学区にある小学校から進学してきた学生で構成されていた。つまり、俺をいじめ始めたクラスの半分は、去年まで一緒に小学校で笑い合っていた『仲間』なのだ。
だから俺は、今の状況が何かの間違いで、直ぐに元に戻ると、去年のように仲良くできると、別の小学校から進学したクラスメイトとも仲良くしなければならないと、本気で信じていた。
そう信じて、信じ続けて一年経った中学二年生の夏休み。
クラスメイトどころか、同学年全員からいじめられるようになっていた夏休みのある日。
俺はいじめられていることに気付いてから初めて、クラスメイトと、『仲間』と遊ぶために、花火をするために夜中の学校にやってきた。
その第一歩として花火が出来るんだと、俺は嬉々として、夜中の中学校に忍び込んだ。
ついにこの時が来たんだと。
ようやく一緒にみんなと元に戻れる、仲良くできるんだと。
普段見慣れた校舎が、ただ時間帯が違うだけでまったく別の場所のように感じられた。それに、夜中に学校に忍び込むという背徳感に、俺の胸は弾みっぱなしだった。むろん、その胸が高鳴る理由の大部分は、『仲間』とまた仲良くできるという嬉しさが占めていたのだが。
やがて夜中の学校に、クラスメイトたちが集まった。暗闇の中、皆に殴られ、蹴られ、押し倒された俺は、叫び声を上げられないように猿ぐつわを、見つからなかった俺の上履きを、口の中に突っ込まれた。そしてうつ伏せの状態で、動けないように手足を掴まれ、グラウンドに押さえつけられた。
そして皆はグラウンドに集まると、花火大会を始めた。俺の背中めがけて。
当然、俺も抵抗した。抵抗したことで、俺の背中に落ちるはずだった花火の火の粉が、俺を押さえつけていた誰かに当たった。熱っ、という悲鳴と、火の粉ぐらいよけろよ、と揶揄する歓声が上がった。そして歓声が上がるたびに、俺の背中に向けられる花火の数は増えていった。
俺の抵抗は、ただクラスメイトたちの加虐心を煽っただけだった。そして、また歓声が上がる。
抵抗しても無駄だと悟った俺は、それを満足に悲鳴も上げられない状態で、虚ろな目をしながら聞いていた。
目を焼き切りそうなほどの花火に囲まれながら、俺は確かに、『暗闇』が迫ってくるのを感じていた。