<イブの記憶>
「だ、大丈夫ですか? グロッケンさん!」
傷だらけになった彼を見つけて、私は大慌てで駆け寄った。
「何、多少撃たれただけだ。死にはしないさ」
「それでも心配します! そ、それで、あの、リリスさんは?」
「リリス? ああ、ポンコツのことか。あいつなら帰ったよ。一旦な」
「一旦、ってことは、また来るんでしょうか?」
「……ああ、来るだろうな。必ず」
深刻な顔をして、グロッケンさんは黙り込んだ。私は沈黙に耐え切れず、話題を変えることにした。
「そ、そういえば、グロッケンさんは何でこちらにいらしたんですか?」
「ん? ああ、こいつが出来たから、お前に見せてやろうと思ってな」
「え、私にですかっ!」
グロッケンさんが私のために何かしてくれたということが嬉しくて、私は満面の笑みを浮かべ、一瞬にして苦渋に満ちた表情に変わった。
彼がジャケットから取り出したのは、一枚の紙。
「……今度は、誰の似顔絵ですか?」
「お前のだ」
「絶っ対に私には見せないでくださいっ!」
「そんな大げさな」
「これでも足りないぐらいですっ! あぁBMIでびしょびしょになってるし、あ、広げないでください!」
似顔絵が視界に入るのすら全力で拒絶する私を見て、流石のグロッケンさんも苦笑いを浮かべた。そしてそれはすぐに、何かを思い出したような表情に変わる。
「どうしたんですか? グロッケンさん」
「……ポンコツに似顔絵渡すの、忘れてた」
それを聞いて、私は盛大にため息を付いた。
<???の記録>
中途半端な存在だった。
自分がそういう存在だと気がついたのは、いつ頃からだっただろう?
でも気づこうが気づかなかろうが、自分は生まれた時から中途半端な存在だった。
そうしたのは、自分の親だろうか? わからない。わかったとしても、何処にいるかもわからない親に、この疑問を尋ねることは出来ない。
自分は人間だった。だから脳があった。心臓があった。そして、自分の体は体現者だった。
自分の体は体現者だ。だからきっと、自分は科学傾倒者なのだろう。体現者の中に、脳と心臓が詰め込まれていたとしても。
中途半端な存在だった。
完全に肉体から意志を切り離した科学傾倒者でもなく、肉体を拡張させれる魔術傾倒者でもない。
そもそも、この体に詰まっている臓物(脳と心臓)は自分のものなのだろうか?
本当の自分は他の科学傾倒者と変わらず、揺り籠の中から臓物が詰まった不思議な体現者を操作してるだけなんじゃないだろうか?
しかし検査の結果、自分の体現者の中に詰め込まれている臓物は、生きているらしい。
この脳は、心臓は、自分のものなのだろうか?
それとも全く別人のもので、懊悩している今の自分を、体の中で笑っているのだろうか?
出来ることなら、切り離してしまいたい。誰のものともしれない、この肉を。
でも、そんなこと出来るわけがない。これがもし自分の肉だとしたら、自分の身を引きちぎることなんて、自分の体から脳と心臓を抉りだすことなんて、耐えられない。
なら、自分のとり得る選択肢は一つしかない。
この身に収まる脳と心臓を自分のものであると思い込み、吐き気を催すこの重荷を大切に抱えながら、生きていく。
しかし、この生き方には問題がある。体現者に脳と心臓を入れ、その肉を生かし続けるなんて、一体どれだけ金がかかるのだろうか?
だが、やるしかない。どれだけ金がかかろうとも、その金を稼がなければ、体の中にある自分のものかもしれない脳と心臓が、停止する。
やらなければならない。
稼がなければならない。
生きなければならない。
でも、意志の在り方が重要なこの時代に。
こんなあやふやな生き方をして。
こんなあやふやな在り方の自分は。
果たして本当に、人間なんだと言えるのだろうか?