クロス・リアリティ -仮想世界生存戦争(Survival War on Overlay World)-   作:メグリくくる

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第四章 4

・頼慈 令恵SIDE

 

 砲撃の衝撃を受けながら、私は『戦車』を、梟ちゃんを睨む。

《今よ! 橋を落としてっ!》

 私の合図で、江戸川橋梁で仕掛けが発動。他のプレイヤーと協力しながら事前に取りつけた爆弾が爆破し、轟音と共に橋が崩れ出す。橋に敷かれた線路は金属の断末魔を上げながらねじ切れ、コンクリートは破砕音の涙を流し、江戸川に落下していく。その落下物の中には、橋の真ん中にいる『戦車』も含まれていた。

 川面に異物が叩き付けられ、江戸川は滂沱の水飛沫を上げる。『戦車』が着水し、川から滝が逆さに登ったような、水爆が起こったような水幕が発生した。それを見ながら、私は碧希くんに戦慄する。

《……本当に、まだ装備品を残していたのね》

《だから言っただろうが。ボスは奥の手を持っているもんだ、ってな》

 SWOW上ではなく、電話でつないだ碧希くんの声が聞こえてくる。ログインできない彼の代わりに、私がSWOWの状況を伝えていた。動画も共有しているけど、今はきっと忙しくて見れないだろう。

《碧希くんの予想通り、梟ちゃんはまずフラッグの防衛を優先したね》

《そこが落とされると、あいつの負けだからな。逆にフラッグの安全が保障されてないのに、俺たちも橋は落とせなかった》

《梟ちゃんが私たちに気を取られている間に、フラッグが他のプレイヤーに落とされる可能性が上がるからよね》

《そうだ。だから先にフラッグに取りついたプレイヤーには、確実に全滅してもらう必要があった。俺たちの目的は、『戦車』の討伐。梟を倒す事、それだけだ》

 そう。私たちの作戦は、他のプレイヤーにフラッグを取らせず、かつ他のプレイヤーに『戦車』を倒させず、私たちが特別区管理者を、梟ちゃんを倒す事。それが碧希くんの、皆で見つけた道を行くための、必要十分条件なのだ。

《『戦車』の中の人が梟ちゃんだっていうのを突き止めた時も、橋を落とす作戦も、よくそう言う事思いつくわよね》

《ゲームで勝つには、その勝利条件を見つけて、どうやって到達すればいいのか考えて、考え抜くだけだからな。それはどのゲームも変わらない。それより、どんな状況でもちゃんと『戦車』を撃ち抜く準備はしておけよ?》

《わかってるわよ……》

 そのための作戦も、碧希くんは既に準備している。でも、その賛辞をきっと彼は受け入れないだろう。

 そもそもそれを、悠長に話している様な状況ではない。何せ『戦車』の装甲は厚く、ダメージを与える事すら出来ていない。

 だからこそ、『戦車』を江戸川に沈めたのだ。

《『戦車』の動きはどうなった?》

《いいから攻撃しろ!》

《『戦車』に最初にダメージを与えるのは俺だっ!》

『戦車』が川に落ちるのを待っていたのか、続々とSWOWにプレイヤーが新たにログインしてくる。今頃、江戸川区、特にJR小岩駅付近のSWOWカフェは満員になっているだろう。ボスを倒した賞金は、ボスを倒すまでの貢献度ではなく、純粋に止めを刺したか否か、で決まるからだ。漁夫の利を狙って、『戦車』を狙いやすくなったタイミングか、フラッグを落とせそうなタイミングでログインしようとするプレイヤーがいてもおかしくない。だが、後者を狙うプレイヤーはもういないようだ。葛西臨海水族園のあの惨状を見て、今から新たにあそこに近づこうとは思えないのだろう。

 それより、江戸川に落ちた『戦車』を攻撃した方が勝算があると、様子を見ていたプレイヤーは考えたのだろう。曲がりなりにも、ここまでは私が事前に告知していた通りに事が進んでいる。水中の『戦車』に、攻撃が集まった。弾丸が降り注ぎ、跳弾や爆撃音の多重奏が河川敷に響く。飛沫が舞い、水煙で周りの湿度が上がった。

《どうだ?》

《『戦車』の動きは鈍くなってるぞ!》

《やったのか?》

 我先にと攻撃を仕掛けていたプレイヤーは、しかし反対に『戦車』の砲撃で吹き飛ばされる。

《おい、普通に攻撃してくるじゃないか!》

《そもそも水位が予定よりも低いぞ!》

 その叫喚通り、『戦車』の体は二メートル程しか水に浸かっていない。そもそも重量があるため川の水に流される事はなく、ただ動きが鈍くなっているだけの様に見える。水の中で動き辛そうにしているが、『戦車』の攻撃は橋の上にいる私たちにまで届き、更にこちらに向かって移動を開始した。

 Gunn0420が、私に非難の声を上げる。

《おい! 作戦ミスなんじゃないのかっ!》

《いいえ、作戦通りよ!》

 私は川の上流にいる仲間に向かって、指示を飛ばした。

《今よ! 氷を溶かしてっ!》

《わかりましたわっ!》

 電話相手に私の声が届き、その結果が徐々に私の眼前に現れた。

 それは、波だ。

 今まで江戸川の上流で堰き止められていた水が、一気に川下に、つまり『戦車』に向かって大質量が流れ込んでくる。

 それを見たGunn0420が、今度は驚嘆の声を上げた。

《そうか、Norind+0617かっ!》

《ええ、そうよ。特殊型のNorind+0617なら、魔法で川を凍らせて、水を堰き止める事が出来るわっ!》

《普段はネタ扱いされている特殊型に、こんな使い方があったなんて……》

 自分のプレイスタイルを変えたGunn0420が、愕然となる。碧希くんからこの話を電話で聞いた時の私も、そしてその主役となるNorind+0617本人も全く同じ反応になったので、その気持ちは非常によくわかる。特にNorind+0617からは非難の声が強かった。

 

《無理ですわ! 特殊型は特にソロプレイに向いていないんですのよっ!》

《お前それ、自分で言うなよ……》

《それに、魔法で川の水を凍らせるなんて目立ちすぎますわ。すぐに『戦車』に気付かれてしまいます!》

《なら、気付かれない所でやればいいだろう?》

《……どういう事ですの?》

《だから、江戸川区の江戸川の水を凍らせようとするから、目立つんだろ? なら、もっと上流、葛飾区は別の特別区管理者が居るから、更にそれより北だな。プレイヤーの行き来は出来ないが、NPCはエリアの移動は出来るんだろ? なら、SWOWにもともと存在する物質も、川の水だってNPCと同じ扱いに、エリアの移動が可能なんじゃないか?》

《……そんな事、出来ますの?》

《わからないなら、可能性があるなら試せばいい。それがゲーマーだろ?》

 

 その結果が、今ここにある。

 Norind+0617は現在、陣地取り領域となっている江戸川区でも葛飾区でもなく、埼玉県三郷市の江戸川ライン野球場でSWOWに三時間前からログインしていたのだ。江戸川橋梁を破壊するインパクトに気を取られて、他のプレイヤーも他のエリアの仕掛けは気付かなかったようだ。もちろん梟ちゃんや、それだけでなくアナブナヴィリオ製薬もSWOW上の他県の事まで気が回らなったに違いない。

 濁流が『戦車』を飲み込み、その姿が見えなくなる。『戦車』の重量であれば、流される事はそうないだろう。しかし逆に、『戦車』の中の人である梟ちゃんには、相当きつい状況になっているはずだ。プレイヤーキャラクターが川に沈んだのであれば、その結果もプレイヤーに返る。息苦しさに、ログインし続けるのは難しい状況になるはずだ。

 でも、ログアウトだけは、自ら負けを認めるような事だけは、梟ちゃんはしないだろう。彼女の背負っているもの、想いの強さを考えれば、どんな事をしてもこの奔流から抜け出そうとするはずだ。フラッグの周りを飛んでいる装備品も、ここまで戻すまで息も続かないだろう。

 この激流から抜け出せないのは、ある意味重厚な装備品を身に着けているからで、逆に言えば装備品を変更すれば脱出することが出来る。装備品は弱体化させて、ポイントに変更する事が出来るのだ。分厚い装甲ではなく、水中で泳ぐのに適した装備品に変更すれば、梟ちゃんはこの状況から抜け出せる。

 もちろん、それを見越して、川下にはNoquez999とAnna_0083が待機している。すぐに装備品を元に戻せるかもしれないけれど、ダメージを与える隙は増えるし、頭部破壊も狙えるのだ。私たちが勝てる可能性が、格段に上がる。

 私も狙撃用に装備品を変更しようとした、その時。

 

 川が、爆発した。

 

 

《誰だ、攻撃してるのは!》

《今攻撃しても無駄だぞ!》

《違う、俺たちじゃない! 川の外からの攻撃じゃない!》

《中だ! 爆発は、川の中から起きてるっ!》

《誰か潜ってるのか?》

《でも、あの爆破なら自分にもダメージを受ける! 自滅する気か?》

《自爆覚悟で攻撃してるって事かよ!》

《おいおい、そうなったら賞金はどうなるんだっ!》

 その台詞に、私は慌てる。自滅プレイをするようなプレイヤーが出てくるとは、流石に想定していなかった。ルール上、特別区管理者を倒したチームが賞金を獲得できる。このままでは、私たちの作戦は失敗してしまうっ!

《あ、碧希くん! 川の中に自滅プレイする人がっ!》

 私の貧困な語彙でも、碧希くんは状況を把握できたらしい。激しい運動をしている様な荒い息を上げながら、彼は私に問いかける。

《落ち、着け。梟は、装備品を、変更、し、たのか?》

《え? ま、まだだけど》

 言いながら、私も多少落ち着きを取り戻していた。如何に他のプレイヤーが自爆覚悟で攻撃したとしても、梟ちゃんが今の装備品を変更していないなら、『戦車』にダメージは入らない。そして他のプレイヤーが自滅プレイをしているチームを探しているが、誰も該当者がいない。更に、違和感がある。まだ、川の中で爆破が続いているのだ。もし自滅プレイをどこかのチームがしているのであれば、それだけ自爆するプレイヤーを集めなければ、自爆できるポイントを用意しなければならない。川の水を堰き止める作戦を知っているならあり得るかもしれないが、ネットでもその情報は公開していないのだ。そんな不確実な状況で、これ程人を、ポイントを、つまりお金を集めれるものだろうか?

 まだ激しく続く水飛沫と濁音を、電話越しに聞いていたのだろう。碧希くんは、思いつめた様な声を絞り出す。

《そっちを、選んだ、か。覚、悟を、決めたの、か、梟……》

《え?》

 疑問の声は、更なる爆音がかき消した。そして、碧希くんの言った言葉の意味を、私は見た。

 進んでいるのだ、爆発が。私たちの方に、川の中から盛大に吹き上がる水飛沫が、近づいてくる。

《嘘、でしょ?》

 言いながら、それでも現実は変わらない。状況は、想定していた中で、最悪の状況になってしまったようだ。

 他のプレイヤーが言った通り、自分でもダメージを受けるだろう。川の中では、呼吸をするのも辛いはずだ。

 でも、進んでいるのだ。

 江戸川区の特別区管理者は、『戦車』は、梟ちゃんは、川の水を砲撃しているのだ。銃口に何かが詰まった状態で弾を撃てば、撃った弾がその異物とぶつかり、銃身が破裂する。川の水という異物が詰まった状態で砲撃すれば、如何に『戦車』と言えども、いや、『戦車』という強力な装備品を使うプレイヤーキャラクターだからこそ、自分自身が受けるダメージは大きくなる。まさに自爆、自滅行為だ。

 しかし、撃てば川の水は吹き飛ばせる。水がなくなれば、僅かながら息苦しさからも解消される。そして何より、前に進める。

 予想通り、装備品は損傷していた。五本の砲門は根元から折れ、三本の砲門は半壊、四本の砲門も醜く歪み、残りも無傷とは言い難い。何より固く守られていた頭部は左側が露出し、胸部も右肩が露になっている。

 しかし、それでも渡り切った。

 梟ちゃんは防御力も、そして攻撃力も残したまま――

《――私だ》

『戦車』は私たちプレイヤーが待ち受ける河川敷、江戸川病院前野球場に辿り着き――

《勝つのは――》

 江戸川区の特別区管理者は――

《勝つのは、私だぁぁぁあああっ!》

 ボスに迫る挑戦者(私)たちに、その猛威を振るう。

 

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