東方双神録   作:ぎんがぁ!

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なんとなく、丁度百話でこの章を締めたい欲に駆られています。

では…どぞ!!


第九十八話 目覚め、苦悩の跡

「うっ……うぅ〜…ん……ん?」

 

ゆっくりと目が醒める。頭はまだボーッとしていたが、顔を強く照らす光によってなだらかに覚醒していった。

そして徐々に視認し始めた周囲。

まず最初に目に入ったのは……

……知らない天井だった。

 

「………あれ? ここ俺の家じゃない…?」

 

不信に思い、起き上がった。和風で、雰囲気についてはほぼ同じだが、確かにここは俺の家ではなかった。

……じゃあ…ドコ?

 

寝起きでいまいち回らない頭をガリガリ掻いていると、スーッと襖の開く音がした。

 

「あ、やっと起きたんですね!」

 

甲高い子供のような声だった。

そちらを見てみると、緑の帽子に赤を基調とした服。そして帽子の横から飛び出た猫の耳、二又の尻尾が特徴的な女の子が居た。

 

え〜っと、この子の名前何だっけな…思い出せない…。

どこかに行ってしまった記憶の紐を手繰り寄せて唸っていると、その女の子が声をかけてきた。

 

「あ! 喉乾いてますよね! 今水を持ってきます!」

 

「ん、あー、ありがと…」

 

何を勘違いしたのか、女の子は水を汲みにパタパタと去って行ってしまった。

俺が唸ってたのが原因なのだろうか? まぁ理由はともあれ、寝起きに水を貰えるのは有難いな。

 

「ふぅ…」

 

起きがけに色々と考えるのは一旦止め、周りを見回してみた。

割と綺麗にされている部屋だ。なぜ割と(・・)なのかというと…ところどころにゴミが落ちていたり、棚にある本などが粗雑にしまってあったりしたからだ。

何となく急いで片した感がある。

 

机の上は綺麗に整頓されているが、脇に積まれている大量の紙が気になった。

入っていた布団から這い出て、少し見てみる。

 

「っ……何だこれ…訳分かんない…」

 

少し手にとってパラパラと捲ると、それにはXとかYとかΣとかが入り乱れ、複雑に書き殴られていた。

黄ばんだ紙も数枚混じっていたので、随分と前から考え込んでいるらしい。

あ、ここは言葉になってるな……

 

「えーっと……封印術式? 神力を抑えて〜〜〜(ナントカカントカ)……なんだ、神とでも戦うのかここの家主は?」

 

更に捲っていくと、そこと似たような式がたくさん書き込まれている事に気が付いた。

中にはガリガリガリッと線で乱雑に消されている式もあったりと、この人の苦悩が伺える。

しばらくそうして見ていると、開いた襖の方からパタパタと駆けてくる音が聞こえた。

さっきの子が水を汲んできてくれたらしい。

 

「水持ってきましたぁ〜!」

 

「おー、ありがーー」

 

「にゃあっ!?」

 

風景がスローモーションに見えた。

目の前には、走ってきた勢いをそのままに襖の桟に引っかかって転けている女の子。

そして宙を舞うお盆と、中の水をぶちまけながら回転するコップ。

 

 

…なんだこのお決まりの展開は。

 

 

このままだと、俺は顔面に水鉄砲を食らう羽目になる。

もしかしたらその後にコップの追撃もあるかもしれない。

寝起きには丁度いい刺激だとかそんなM思考は持ち合わせていないのだ。

 

 

なので………

 

 

(回避行動あるのみ!)

 

布団から這い出ていたのが幸いだった。初動を早くする事が出来る。

まず女の子を助けるべく、超短距離ながら瞬歩を使って滑り込む。

その時に移動線上にあるコップを掴んでおく。

 

「よっ」

 

「ふぇ?」

 

上手くいった。倒れこんだ女の子が顔面から転けないように抱えてやったのだ。

 

次は水。

さすがに華麗なコップ捌きで水を空中で掬い取るなんて曲芸は出来ない。大体なんだコップ捌きって。生活の上での必要性を全く感じない。

 

なのでコップに水を繋げてやった。

すると宙に飛び散っていた水はいきなり方向を変え、コップの中に吸い込まれた。

手に持つコップには、並々と注がれた水が。

 

 

……作戦完了。

 

 

「はぁ〜! スゴイです!ーーあ」

 

「ん?」

 

ガツンッ

 

突然俺の頭を襲った衝撃。

なんかすごい頭がヒリヒリする。

落ちてきたのは、取り損なった(忘れてた)さっきのお盆だった。

 

「…………………」

 

「あのぉ…大丈夫…ですか?」

 

「……………うん」

 

女の子の気遣いが結構心をえぐる。

しかも結局今の衝撃で水溢れたし。

俺の膝は水で濡れてしまっていた。

 

 

ヤバイな、カッコがつかねぇ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ありがと。スッキリしたよ」

 

「いえいえ! お客様にこれくらいの事をするのは当然です!」

 

と、女の子は満面の笑みで言った。明るい性格でとてもよろしい。

 

そうそう、片付けをしている最中に互いに自己紹介しておいた。

この娘は(ちぇん)と言うらしい。この家に住んでいる化け猫だそうだ。

どうりで耳と尻尾がある訳で。

……化け猫と言う割には随分可愛らしいと思ったのはここだけの話。

 

で結局、水は溢れた分を拭いておいて、飲んだのは残った半分程の量だった。

まぁ、頭は水以前にさっきのアクシデントで覚めていたから、水には喉を潤す役を買ってもらった。

うん、美味しい水でした。

 

片付けが終わり、布団の上に座り直して寛いでいると、先程の紙がまだ見ている途中だったのを思い出した。

もう一度手に取ってパラパラ捲り始めると、隣で座っていた橙が覗き込んできた。

 

「この紙がどうかしたんですか?」

 

「ん? ああいや、随分必死に計算してるなーと思ってさ」

 

「そうですねぇ、紫様(・・)はよく時間を見つけてはコレを書いていました。声をかけても気が付かないくらい集中していて……」

 

 

ふ〜ん………………ん? ちょっと待って。

 

 

「今…紫って言った?」

 

「はい。妖怪の賢者と言われる紫様です。……あれ? 双也さんは紫様のご友人だと聞いていますけど……」

 

「ああうん、それはそうなんだけど……え、ココ紫の家?」

 

「はい♪ ここはマヨヒガと言う、私とその主人、そして紫様が住まう家です!」

 

あ、あーちょっとずつ思い出してきた。

この橙という娘は、たしか紫の式神に仕える式神だったんだけっけ? そしてこのマヨヒガは一度入ったら出られなくなるとかいうお化け屋敷みたいな所だって聞いたことが……

でもそういう割には家庭的な設備の整った家だ。

お化け屋敷というのは唯の噂だった様だな。

 

んでも……

 

「あの紫が…そこまで悩む程の結界…なのか?」

 

紫は、結界に関してはスペシャリストと言って差し支えない程の技量を持っている。

加えて、"北斗七星が北極星を飲み込んでしまうまでの時間を瞬時に(・・・)求められる"など、悪魔的なまでの計算能力をも合わせ持っている。

 

この結界式は、その紫がこう何枚もの紙を使って、時間を使って、時には乱雑に消したりもして悩む程のモノだというのか。

 

言葉で書かれている所だけを見れば、これは恐らく神に対抗する為の結界。しかも見た感じ完成には至っていない。

 

一体、アイツは何を企んでいるのか……

 

「…紫様なら、大丈夫ですよ!」

 

「え?」

 

「紫様なら、きっと悪い事なんてしません! だから心配はいりませんよ!」

 

橙はそう言って、両手で俺の手を掴んだ。

もしかしたら、少し紫を疑っていたのが顔に出ていたのかもしれない。

橙はそれを見てこんな事を言ったのだろう。

 

「…そうだな。友達なんだから、信じてやらなきゃな」

 

「はい♪」

 

そうだ。紫は悪さをする奴ではない。そんな事、一番わかってるのは俺じゃないか。

信じてやらなきゃ、友達だなんて名乗れない。

何より紫に申し訳ない。

 

そう考え直し、また暗号のような数式が書かれた紙に目を落とした。

 

「それにしても……紫がこんなに悩む結界って…どれだけ強力なものなんだろうな」

 

「そうですね…想像もできません」

 

そうして、暫く二人で紙を眺めていた。

見ていても答えなんか万に一つも出るとは思えないが、なんとなく、見てしまう。

紫が机の前で悩む姿が、眼に浮かぶようだった。

 

と、そこで聞いたことの無い声が響いた。

 

「ちぇ〜ん! 帰ってきたぞー!」

 

「あ!」

 

その声に反応した橙は、パァァっと顔を綻ばせて走っていった。

その方向からは、「お帰りなさい! 待ってました!」とか「よしよし、良い子にしてた?」とか、まるで親子の様な会話が聞こえた。

 

橙が走っていった方を見ていると、恐らく玄関があるだろう方向の扉が開き、光が差したような笑顔を浮かべる橙と、大きな尻尾を九つも持った女性が入ってきた。

 

「ん? お、目が覚めたのか。紫様も心配していたぞ」

 

「え、ああ、お陰様で。もうバッチリだ」

 

「そうか。それは良かった」

 

女性はそう言うと、少し微笑んでこちらに歩み寄り、手を差し出してきた。

 

「私は紫様の式の八雲藍(やくもらん)だ。よろしくな」

 

「ああ。俺は紫の友人、神薙双也だ。こちらこそよろしく」

 

差し出された手を握り、友好の契りを交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、お前を迎えに行った時は驚いたものだ。下手をすれば死んでいたぞ?」

 

「は、ははは…昔から無茶をする事はあったものでね…」

 

「全く、ほどほどにするんだぞ? お前が死んで落ち込むのは紫様なんだからな」

 

「無茶しちゃダメですよ双也さん!」

 

「はい…善処します…」

 

自己紹介をした後は、取り敢えず腹が減っているだろう、という事で飯をご馳走になった。

居間のちゃぶ台を囲んで掻き入れた山盛りのご飯、そしておかず。

久しぶりな所為か、その味は今まで味わった事のない程美味しいモノだった。

 

そして食後にお茶を啜りながら、藍達と雑談していた。

聞いた話によれば、霊夢達は無事に異変を解決させ、そしてその紅霧異変からもう既に一ヶ月経っているとの事。

故に異変後定例の宴会は既に終わっており……

 

……頑張った(死にかけた)のに、結局何一つ得していない事に気が付いた。ひじょーに悲しい。

 

それに、出来れば紅魔館勢ともう少し話をしたかった。

特にあの少女。結局姉とは上手く打ち解ける事が出来たのだろうか? それが出来ていなかったとしたら、今どうしているのだろう? 人里の影響は? 異変の目的は?

 

寝起きに一ヶ月経っていると言われれば、こうしたたくさんの疑問が出てくるのは仕方ない事だと思う。

特に今回の場合は、何もせずに気絶した訳じゃないから余計に心配事が多いのだ。

 

まぁ、時間はたくさんあるのだから、一つずつ確かめていけばいいか。

急がば回れだ。どうせ一気に確認するのは不可能なのだから。

 

あそういえば、大事な事を忘れてた。

 

「な、なぁ藍」

 

「ん?」

 

「……紫のヤツ、"約束"がどうとかって…言ってなかったか?」

 

そう、今回俺が動く事になったきっかけであるあの約束である。

今回脳の使いすぎで死にかけたが、この約束を受け入れてくれるかどうかによっては再び死にかける……いや、マジで死んでしまうかもしれない。

 

「約束?……ああ…言っていたな、そんな事。たしか……」

 

 

…ゴクリ

 

 

藍の言葉を固唾を飲んで待つ。

彼女は少し悩むそぶりを見せると、ゆっくり口を開いた。

 

 

「結局霊夢に追いつく事すら出来なかったんだから、泊めるなんて以ての外よ」

 

「ガフッ」

 

「ああ! 双也さん!?」

 

ああ、ダメだったか。

そりゃそうだよな、結局霊夢を見守れてなんかないし、自分勝手に暴れただけだもんな……

ハ、ハハハハ…

 

自然に笑いが込み上げてくる。今までで一番乾いた笑いが。

これから家に帰ってから見る地獄の事を考えると、最早動くのすら億劫になった様な気分になった。

 

「…でも」

 

「…?」

 

その接続詞を聞き、頭だけガバッと起き上がった。

橙は隣で気圧されていた。

 

「"死にかけるくらい頑張ったみたいだから、あなたの家にプレゼントを送っておいたわ"、と言っていたな」

 

「プレゼント?」

 

はて、どんなプレゼントなのだろうか?

彼女からのプレゼント自体相当に珍しい事なので、嫌でも警戒してしまう。

だってあの紫だぞ? 胡散臭いに定評のあるアノ。

そりゃ警戒するっての。

 

「まぁ、紫様はお優しい方だ。そう警戒せずともいいだろう」

 

「それ本気で言ってる?」

 

実に軽く"優しい"と言い切った藍に疑惑の目を向けた。

いや、優しくないとは言わないよ? でも…ねぇ? 今までの所業を考えるとどうも……

…まぁ終わった事につっかかっても仕方がないか。アイツも悪気はないだろうし。

 

……ふむ、今度会ったら軽く仕返しでもしてやるかな。今まで散々スキマ被害にあった俺からの、ささやかな復讐だ。

 

「さて…じゃあそろそろお暇するよ。一ヶ月間ありがとな二人とも」

 

「え、紫様を待たなくて良いんですか?」

 

「ああ、会おうと思えば会えるしな。それにプレゼントってのも気になるし」

 

「そうですか…」

 

ん? なんか橙が少し落ち込んだような? 俺の世話をしている間に愛着でもつけてくれたのだろうか?

それなら、もう少ししっかり別れを言わないとな。

世話をしてくれた恩もある。

俺は橙に近寄り、しゃがんで頭を撫でてやった。

 

「へ?」

 

「またな、橙。永遠の別れってわけじゃないんだし、その内遊びに来るよ」

 

「〜〜っはい!」

 

そう言い残し、玄関に出た。

日はだいぶ傾いたので、恐らく三時頃だと思う。

見送りには、藍が来てくれた。

 

「じゃ、またな藍。紫にも礼を言っといてくれ」

 

「ああ、分かった。じゃあな。………双也」

 

軽く別れを告げて歩き出そうと振り返った時、藍に呼び止められた。

しかも何だが低めなトーンで。

俺何かした…?

 

「一つ言っておくぞ」

 

「お、おう…」

 

振り返って彼女を見ると、先ほどよりもやや険しい表情をしていた。

その何とも直視し辛い表情のまま、藍は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「橙に手を出したら………許さないからな…?」

 

 

 

 

 

 

「…………………へ?」

 

 

え、いや…え?

 

 

「橙に…? な、何だって…?」

 

「じゃあな双也。身体は大切にしろ」

 

パタン

 

「…………………は?」

 

なんか……置いてけぼりを食らっている気分だ。

何故藍はあんな事を突然言い出したんだ? それもあんな険しい表情で。

 

と、とにかく、藍は怒らせない方がいいって事は…分かった。うん…。

 

帰宅前によく分からない言葉をかけられて心底困惑した俺は、取り敢えず帰宅しよう、という判断を下し、頭をひねりながらも一ヶ月ぶりの我が家へ帰宅するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぇ〜〜ん!! 今日は何をしてたんだ? たっくさん話してくれ♪」

 

「わっぷ! ら、藍様、苦しいですよぅ…」

 

 

 

 

 




やっぱり藍さんはこうでないとww

ではでは。

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