………その頭脳が欲しいです。勉強辛いです。
ではどうぞ!
霊夢達が魔法の森へ旅立った頃。
当の双也はというと。
「…なんだ、来るのが分かってたみたいな表情してるな」
「はい。"そろそろ来るだろうから迎えろ"と、仰せつかりましたので」
「……まぁ、誰かは想像は出来るからあえて聞かないけどさ」
桜の狂い咲きも落ち着きを見せた冥界へーー正確には、彼の記憶に強く強く焼き付いている、懐かしい白玉楼へ訪れていた。
長い階段を登りきり、分かっていたように出迎えた妖夢と軽い会話を交わす彼の腰には、千年以上側になかった相棒、天御雷が二本の紐に吊るされていた。
「では、ご案内しますので此方へ」
「ああ、頼む」
もちろん、いくら広いとは言え、余りにも強すぎる印象の残った白玉楼の事は永く生きてきた彼の頭にも残っている。しかし、せっかく出迎えてくれた少女の厚意ーー強いては仕事を奪うのも野暮というもの。
そう考えた彼は何も言わず、広い白玉楼を妖夢の背に付いていく。
彼の瞳を過ぎていく白玉楼の姿は、千余年前とほぼ変わっておらず、どことなく安心感を覚える反面、あの凄惨な事件を強く思い出させ、彼の心をヒリヒリと痛めさせるのだった。
歩くこと数分、廊下を曲がったところで、双也の耳には微かな話し声が聞こえてきた。どちらも透き通るような女性の声である。
そして、彼の前を歩いていた妖夢は、その話し声の聞こえる部屋の前で立ち止まり、膝を折ったーー
ーーところで。
「いいわよ妖夢。入りなさい」
双也には聞き覚えのある声が、妖夢の行動を制した。
彼女は若干驚いた顔をしながらも返事をし、話していた二人の影を映す障子を静かに引いた。
そこには青い着物を着こなす桜色の髪をした少女ーー西行寺幽々子と、紫色のドレスを着た、
此処へ訪れた際彼が想像した人物ーー
「…やっぱり来てたか、紫」
ーー八雲紫の姿があった。
「お茶で御座います」
「おお、ありがと」
双也用のお茶を、お盆からコトリと置いた妖夢が静かに障子の近くへ下がった。動作の一つ一つが洗練された、美しい動作である。さすがは西行寺の従者だな、と内心双也も感心するのだった。
まだ熱いお茶をズズッと一口啜り、一息ついたところで紫が言葉を発した。
「幽々子、紹介するわね。この人が神薙双也よ。いつか話したと思うけど」
「あ〜、昔言っていたわねそういえば。貴方が双也くんね。私は西行寺幽々子。よろしくね♪」
差し出された幽々子の手に、双也は不覚にもドキッとするのだった。
それは決して明るい気持ちではない。
彼女が意識しているわけはないが、その動作と言葉は、初めて双也と幽々子が出会ったときに交わした言葉にとてもよく似ていたのである。
それを目の当たりにし、彼女との思い出が急速にフラッシュバックしたのである。
もちろんそれは、木の元で自害した彼女の姿を見た、あの時の事も。
動きの止まった双也を見て察した紫は、幽々子には見えないように小さなスキマを開き、彼を小突いた。
「ッ! あ、ああよろしく…」
ハッとし、慌てて幽々子の手を握ると、彼女は花が咲いたように笑った。
双也の"不自然さ"には気が付いているのかどうか、幽々子の掴み所の無さを知っている紫には少々計り兼ねるのだった。……まぁ、気が付いていたとして、その理由について幽々子には分かるはずも無いのだが。
三人で暫く雑談を交わす。
何のことはない、人間の友達同士が話すような他愛ない会話である。
最近幽々子がハマっていること。
昔紫が仕出かした笑えるような失敗。
双也が経験してきた大小様々な事件。
時折、障子の近くに控えている妖夢のクスリという笑い声も聞こえる。
元々仲が良かった三人は、例え一人の記憶が無くなっていようとその相性は変わらなかったのだ。
話の種は、尽きない。
「そういえば…ねぇ双也」
「ん?」
幽々子が、思い出したような口調で双也に尋ねる。
その視線は、彼というより…その腰へ向かっている。
「その刀…向こうの桜、西行妖の根元に刺さっていた物よね? なんで双也がそれを?」
「!」
双也は横目で紫を見た。
確認である。"コレは言ってはダメだよな"と。
視線は受けた紫は、僅かに首を縦に振った。
肯定。"もちろん、言ってはダメ"と。
確認を得た彼は、言葉を選び始めた。
過去のことに触れず、どうやって説明するか…。
数秒の後、彼は口を開いた。
「お前が起こした異変な、俺も解決しにここへ来たんだ。霊夢達の後だったけどな」
「ふ〜ん? 私もその霊夢って子の事は覚えてるんだけど、何だか記憶が曖昧なのよねぇ。気が付いたら異変も解決されちゃってて……双也は、丁度私の記憶が飛んでいる所で来たのかしら?」
「あー、多分そうだな」
十中八九、西行妖の憑依によるものだろう。
双也は瞬時にそう考えた。
西行妖に憑かれた幽々子の様子、あれはとても正気ではなかった。滲み出す妖力も、叫び声も、どれを取っても"幽々子とは言えない"。
そんな状態になるまでに自我を支配されては、回復後に記憶を失うのも当然である。
「でね、話は戻るけど…その刀が桜の根元に刺さっているものだから、私もそれを抜こうと思ったのよ。でも、魂が迷うからって妖夢の祖父…妖忌って言うんだけど、その人に止められて……」
「……………」
魂魄妖忌。
千年前、西行妖を封印すべく双也、紫と共に戦った彼等の戦友であり、友人である剣豪。
双也が霊力を使い切り、息を引き取った後、友の死を嘆く彼の前に今の幽々子ーー記憶を失くした亡霊ーーが現れた。
双也が命を懸けて残した
ーーこれは"道標"で御座います。亡くなった者が、この世界へ彷徨い辿り着く為の。
抜いてしまえば、魂が路頭に迷ってしまいますぞ。なので、これはどうかそのままに…。
核心には触れる事なく、しかし真実を。
幽々子が、刀をきっかけに双也を思い出し、連鎖的に悲劇の記憶を思い出さぬように。
双也の最後の言葉は、紫のみならず妖忌にも確かに聞こえていた。
"必ず戻ってくる"。彼もまた、この言葉を信じていたのだ。
ーー故に、道標。
彼の魂が世界へ戻って来れるよう、迷わぬよう、彼の生きた証であるこの美しい刀をそのままに残し、彼が戻るまで守り続けようと。
双也には伝えられてはいないが、実際彼は、
死後の事であるが故、彼自身はその事を知らない。しかし、幽々子に
それを踏まえた上で、なぜそれを自分が持っているのか話そうと、双也は声にならない唸りを上げていた。
それに助け舟を出したのは当然ーー
「大丈夫、幽々子。妖忌には確かに止められていたけれど、彼が持っている分には問題無いわ。なんたって、双也には便利な能力があるもの」
その言葉に、すかさず双也も反応する。
「そ、そうそう。魂が迷わないように、だよな? この刀にあるその能力を、別の物に結合させてやれば問題ない」
「そう? なら……良いわね」
当然、天御雷にそんな能力は無い。ただ、妖忌が残した言葉に則って彼女を納得させるならば、こうせざるを得なかったのである。咄嗟の思いつきではあったが、無事幽々子を納得させる二人であった。
話の方向は元に戻り。
再び始まった雑談は、三人に時間を忘れさせた。いや、幽々子が妖夢を話に巻き込んだ為、今度ばかりは四人か。
妖夢の言葉は、双也から見れば"カチコチとしている"、がピッタリであった。
三人の輪に入り、確かにその会話に花を咲かせてはいたが、彼女から見れば相当に恐れ多いメンツだったので仕方がない。
顔見知りとはいえ、幻想郷を管理している大妖怪中の大妖怪。加え、彼女の師であったと言われる最古の現人神。全ての生き物を死へ誘うことの出来る亡霊。
彼らに何も関係の無い人物がこの輪へ放り込まれたのなら、逃げ出したい気持ちに駆られて言葉を発することもできないだろう。ーー彼らの、至って穏和な性格の事はさて置き。
そんな中で
従者と言えど、魂魄家は代々西行寺家に仕える家系。その末子である妖夢にとって、幽々子は主人である前に家族同然なのである。
生まれた時からその優雅な姿は目に焼き付いていて。修行の合間にお菓子を貰い、その優しさに触れて。天真爛漫な性格に苦労を重ねたりして。
そんな家族がその中にいたのだから、妖夢にとってはこれ以上の無い心の支えになっていたのだ。
と、そんな妖夢に問う声が掛かる。
「なぁ妖夢、聞いてみたかったんだけどさ」
「は、はい。なんでしょう?」
「お前の剣の腕、どれくらいなのか知りたいな」
問うたのは双也である。言わずもがな、彼は今までずぅっと刀に触れてきた。長い年月の間それを扱ううち、その腕は人間から見れば達人の域に達していた。彼にその自覚はなかったのだが、興味だけはそちらへ向くようで。
同じく刀を扱う妖夢の腕を、ふと知りたくなったのだった。
問われた妖夢は、どう答えれば良いか若干困惑しながら、答えを返す。
「え、えぇっと……自分では言い辛いのですが…能力に昇華させる程度には修行してきました」
「能力? 剣を操る能力か?」
「まぁそうですが…正式名称は、"剣術を扱う程度の能力"です」
彼女の謙虚さが現れたような、特に誇張するでもない声で答えた。
剣術を操る。そんな能力を持つ少女を前に、当然彼の瞳は鋭さを増す。ただ、口の端がピクリと動いていたのを、紫は見逃さなかった。
彼の次の言葉が容易に想像出来た彼女は、彼が言い出す前に釘を刺す。
「…言っておくけど…双也? 戦うのは無しでお願いするわよ? あなたが暴れたらどうなるか分かったものじゃないんだから」
「………お前、ホント覚妖怪になった方が良いんじゃないか?」
見事思惑を釘に撃ち抜かれた双也は、バツが悪そうに言葉を漏らす。
実際、彼は妖夢の腕を見たいという興味の他に、取り戻した天御雷を使って感覚を思い出したいという思惑を密かに持っていた。しかし、彼と長らく行動を共にした経験を持ち、思考回路なら大体把握している紫にはそれが筒抜けであった。彼女はその事を考慮し、"双也が天御雷を用いて戦えばきっと白玉楼が大被害を被ることになるだろう"と考えたのだった。
とは言いつつ、そんな事情など欠片も知らないあの人は。
「ええ〜? 良いじゃない紫。私も双也の戦いぶりを見てみたいし。ついでに妖夢の上達具合も見てみたいし」
「私は次いでなのですか、幽々子様……」
ポツリと呟いた妖夢の銀色の髪を、幽々子は優しく撫でた。妖夢は若干頬に朱を差し、縮こまる。
仕方ないとは分かっていながらも、その発言に少しの呆れを混ぜながら、紫は言い返す。
「…この白玉楼がズタズタになっても良いなら止めないわよ」
「むぅ…それは困るわねぇ…」
そんな言葉とは裏腹に、彼女の表情はニコニコと微笑んでいるのだった。悲観などは全く混じっていない。
彼女にとっては、話に便乗していたというよりも、ただただ友人達との会話を楽しんでいただけなのだろう。
そんな気持ちに気が付いてか、はたまた彼女の笑顔につられてか、妖夢も紫も、そして双也も、日が差したような微笑みを浮かべる。
懐かしい友人の笑顔を目の当たりにし、双也の心はじんわりと暖まっていく。彼もそれを、心地良く感じるのだった。
「ま、いつかは剣を交えてみたいけどな」
「ふふっ、望むところです!」
「…広い所でやりなさいよ…?」
「なんだかお母さんみたいねぇ紫」
談笑は続くのだった。
「…なぁ、紫」
「何かしら?」
白玉楼の廊下を歩く。見送りしたいという妖夢の申し出を断り、四人の団欒をお開きにした帰りである。
先程の笑顔は何処にも見えず、普段よりもどこか暗い声で、双也は紫に尋ねた。
「今回の異変……危うく西行妖が蘇るところだったんだ。記憶の無い幽々子の事だから、興味本位だとかでやった事なんだろうが…なんでこんな事に?」
霊夢が刀の封印をし直し、双也が溢れた妖力を滅し、結果的には無事に終わりを告げた今回の春雪異変。
今となっては、幽々子に奪われた春も元の場所へ戻り、その反動からか、幻想郷の桜達は例年以上の狂い咲きを魅せているが…"春が来ない"という異変の裏にあった、"妖怪桜の復活"という異変は、実際相当に危ないところまで進んでいた。
幽々子の記憶が無い理由を知っている双也だからこそ、仕方ない事と割り切ることが出来ていた。理由を察していた紫もまた然り。
記憶が戻ってしまえば、なるほど、確かに異変は起きていなかったかもしれない。しかしその代償に、幽々子自身はまた永遠の悲しみと苦しみを味わうことになってしまう。
背に腹はかえられないのだ。
だからこそーー何故こんな事に?
西行妖を封印し、妖力開放の鍵たる幽々子も記憶を失くした。当時、それで事は解決した筈だ。それが保たれればこれ程危険な事態に陥る事は無かっただろう。
しかしそうはならなかった。
それは何故?
双也は、問うたのだ。
小さな声で、答える紫。
「………私のミスよ」
「………は?」
思わず彼女の顔を見た双也。その瞳が映したのは、悔しげに眉根を寄せる紫の姿だった。
「あなたが亡くなった後……私は、所々ぼかしながら事件の詳細を本に記したの。封印は成功しても、あの桜が無くなった訳ではない。封印だって永遠では無いわ。いつかまた…開放される」
「……そうだな」
そう答える双也も、よく分かっている事だった。
彼が天御雷を取り戻しに来た理由…それはもちろん相棒をそのままにはして置けなかったから。が、それは二の次。
本当の理由は、"常に自らの近くに置き、封印術式を保つ為"だった。
紫が言ったように、封印だって永遠ではない。封印が永遠でないならそれを構成する霊力も然りなのだ。いくら双也が命を落とす程の霊力を込めたところで、結局は変わらない。いつか必ず術式は解ける。
だからこそ、彼は取り戻しに来たのだ。
危うい所では、あったけれど。
「簡単には見つけられないよう、でもいざとなれば伝えられるよう、白玉楼の書斎に隠しておいたのだけれど……」
「はぁ……幽々子に見つけられた…か」
「……ええ」
もう一度、彼は溜息をついた。今度は紫に対してではなかった。なんと厄介な物を見つけるものなのか、と。
春雪異変、コレを大まかに纏めれば、次のようになる。
幽々子が西行妖の秘密ーー満開になることで誰かが復活するーーを知り、昔紫の施した"存在の封印"を解こうとした。その所為で、西行妖の本体という器のみの封印が解けかけたのだ。
妖力は元の器の元へ戻ろうとする。器が蘇ったことで、妖力を封じていた双也の封印が、戻ろうとする妖力の力によって内側から壊され、その際交戦していた霊夢達を殺すために幽々子に憑依したのだ。
しかし、開放されたと言ってもそれはほんの少し。霊夢達では歯が立たなくとも、双也と比べれば天と地の差であった。
駆けつけた双也の一刀火葬。妖力が消滅し、解決した。
流れが明確になり、改めて二人は呟く。
この場にはいない、桜色の亡霊を考えながら。
「何も考えて無いような顔して………ホントに……」
「ええ……末恐ろしいわ」
二人の頭に浮かぶその顔は、相変わらず明るく笑っているのだった。
「さて」
紫が呟く。その視線の先は、白玉楼の下り階段の始まりだった。気が付かぬうちに廊下を超えたらしい。相変わらず、馬鹿みたいに広い屋敷である。
わざとらしく口元を扇子で覆う紫を見、その癖を知っている双也は尋ねた。
「………お前、もしかして時間の計算でもしてるのか?」
思い出すのは、彼がここを訪れた時。
出迎えた妖夢は恐らく、この紫に指示されて迎えに来たのだろう。つまり、初めから双也の行動を先読みした上で時間を計算していたということ。
そして、彼女がここで"何かを企んでいる時の癖"を見せたという事はつまりーー
「はぁ……ホント、なんでこんな事に……」
「ふふ、勿論…幻想郷の為よ」
現れた紅白の巫女は、若干眉根を寄せて彼らを睨むのであった。
さー、どこまで続くんだろうこの章?
マジで二百話行きそうな勢いですw
ではでは。