東方双神録   作:ぎんがぁ!

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今章最終話です。
長かったですけど、結構楽しかったですね。はい。

ではどうぞ〜!


第百二十話 理解の末…

喧騒の収まった宴会。

太陽に代わり、もはや月明かりが照らしている博麗神社の庭では、大量の料理、食い散らかした皿、そしてその当人達がバラバラと倒れて静かな寝息を立てていた。

 

が、未だ起きている者も少し。

 

一人は、皆が広げたシートの端で、酒と肴を横に月を見上げる現人神、双也。

そしてもう一人は、境内に腰掛けて、彼の背中をじっと見つめる博麗の巫女、霊夢であった。

 

彼女は、言い出せずにいた。

 

夕方より前から始まっていたこの宴会に途中から参加し、魔理沙の促しもあって彼が落ち着くのを待っていたら、逆にこちらが落ち着かなくなってしまったのだ。

具体的には、

ーーどう話を切り出そうか。

ーー何から聞けば良いのだろうか。

ーー聞いたら後は、どうすれば良いのだろうか。

など。

言ってしまえば、彼との話が始まるまでに頭を整理しようとしたら、一周回って混乱してしまっていたのだった。

 

(あぁ〜! 訳分かんなくなってきちゃったわよ! どうすりゃ良いっての!?)

 

こんな言葉を、延々と反復していた。

とそんな時、ある種の焦燥に駆られていた霊夢の鼓膜を、双也の声が揺らした。

 

「霊夢、そんなとこ座ってないでさ…こっち、おいで」

 

「…うん……」

 

表情には出さなかったが、内心では話の進んだ事に対する喜びが溢れる霊夢であった。

寝ている者達をヒョイッ ヒョイッと避けながら、おちょぼで酒を啜る双也の隣に腰掛けた。

 

「…怪我、大丈夫か?」

 

「…うん。血が出る様な傷でもないだろうし、数日もすれば治ると思うわ」

 

「そっか…良かった」

 

ズズッと酒を啜る。口で転がす音が微かに聞こえる事から、彼は何か思案している様だった。まぁ十中八九、話の切り出し方についてだろうが。

ーーなら、今度はこちらから。

霊夢が、話し出した。

 

「そういえば…さ、双也」

 

「ん?」

 

「夢想天生。私が最後に使ったアレは、攻撃も何もかもを無効化するっていう物なんだけど…なんで拳が入ったのかしら…?」

 

霊夢は、彼との弾幕勝負の最後を思い出していた。

確かに夢想天生は発動していたし、現に双也が放っていた刃は彼女の身体をすり抜けた。

しかしその最後、彼と衝突した時のみそれが解除され、双也の痛烈な拳が撃ち込まれたのだ。

それだけが、納得いかなかった。

 

「あー、それな…」

 

「…?」

 

問われた双也は、苦笑いをしながら頭を掻いていた。

それに不思議な念を浮かばせつつも、霊夢は言葉を待った。

 

「あれ、直前で紫が干渉して…透明化を解いたらしいんだな」

 

「…紫?」

 

はて、あいつはちゃんと吹き飛ばしたはずだったが?

霊夢はそう思った。双也と真っ向勝負するに当たり、どうしても紫の存在は邪魔だった。

なので霊夢は、双也に攻撃する前に紫へとありったけの札をぶつけ、落としたつもりだったのだ。

しかし、現に干渉してきたという事は。

 

「…落とせて…なかったのね、アレ」

 

「そういう事だな」

 

「…はぁ」

 

霊夢はため息しか出せなかった。しかし、そのため息は他のどんな言葉よりも彼女の気持ちを表している。

双也だけでなく、紫でさえも倒せなかったとあっては究極奥義の名が廃る。ーーとまぁそういう事だ。

純粋に彼らの実力が化け物染みている、というのも大きな要因ではあるのだが、今の霊夢にはそんな事も関係無く、単純に"まだ未熟だったなぁ"と、ある意味悟りを開いていたのだった。

 

そしてしばらく、二人は他愛の無い会話を続けた。

端から見れば、それはそれは仲睦まじい様子だったろうが、当の二人にとってはーー特に双也にとってはーー距離を縮めたいが縮められない、そんな壁を、霊夢との間に感じていた。

双也ほどではなかったが、それは霊夢も然りであった。

 

 

そんな折ーー

 

 

「……ねぇ、双也」

 

「ん?」

 

「私は…あんたを兄として見て…いいの?」

 

 

ーー口火を切ったのは、霊夢だった。

 

 

「私は、あんたの事を何も知らない。…いえ、"分からなくなった"の方が正しいかしら。兎に角、双也っていう存在を理解出来てないわ。……そんな状態の相手を、今まで通りの"兄"としてなんて…見れない」

 

噛みしめる様な表情で、彼女の唇は思った事をそのままに吐き出した。

兄妹と名乗るなら、お互いを知っていなければいけない。

今までは良かったのだ。霊夢も、皮を被った状態ではあったが双也の事は理解していたし、彼女を小さい頃から見てきた双也も、当然霊夢の事は理解していた。

互いを理解した間柄。兄妹と名乗るに相応しかった。

でも…今は違う。

 

双也は最早、謎だらけの赤の他人。

知っている事など、むしろ少ない。

 

だからーー

 

「…俺は、お前の事は何時だって妹みたいに思ってきた」

 

「!」

 

黙り込んでいた双也の声は、今の霊夢には何よりもはっきり聞こえた。

 

「一つだけ言っておく。お前は、"お前が見てきた俺"と"お前の知らない俺"が別々の人みたいに思ってるのかもしれないけど…それは違う。俺は何時だって俺自身だし、そこに裏表なんて無いんだ。……そもそも、紫曰く俺は嘘を吐くのが下手くそらしいからな」

 

「……………」

 

自重する様に言う彼を、霊夢はじっと見つめていた。

別に信じていないとか、そういう訳では無い。ただ、今から語られるであろう彼の真実を受け止める為、彼女の頭が構えている、それだけの事だった。

 

「……そうだな…それだけ言っても伝わらないよな。約束だし……全部話すよ。……全部、な」

 

「……………うん」

 

知らない事ばかり。

双也の口から語られた真実は、霊夢にとっては想像もつかなかった事でーーしかし、逆にそのお陰で、案外すんなりと受け止められるのだった。変に理屈を交えられない為に、"そういうものなのか"という唯の認識として、彼女の頭は理解していったのだ。

神格化、能力に関しては、霊夢も引き攣らざるを得なかったが、双也からすれば…まぁ慣れた事である。能力の事を話して驚かれなかった事のほうが、むしろ少ないのだ。

 

そうして話していくうち、遂に双也は、一番言いたくなかった事(・・・・・・・・・・・)を話さなければならなくなった。

それは、霊夢という"博麗の巫女"と過去の話をするに当たり、どうしても通らなければならない道。

彼に選択肢は、無かった。

例え、霊夢から恨みを買う事になろうとも。

 

「………なぁ、霊夢」

 

「何?」

 

「…先々代の巫女がどうとか、って…聞いた事あるか?」

 

「先々代? …七十年近く前じゃない」

 

「…ああ」

 

言いたくなかった事。それは、博麗神社ーー特に先々代の巫女、柊華と双也の関係について。

 

知っている者は、ほとんど居ないだろう。いや、上っ面だけは皆知っているが、その裏は知らないというのが正しいか。裏に関しては、紫が記憶を消して回ったのだから。

しかし、双也の記憶と心には、いつまで経っても癒える事の無い傷として、残っていた。

 

「……そんなに知ってる訳じゃないけど…普通に天寿を全うしたんじゃ無いの?」

 

「いや…違うんだ。………先々代は…柊華は……俺が、殺したんだ…」

 

「!!」

 

驚愕する霊夢の瞳には、何かに耐える様に表情を歪ませる双也の姿が映っていた。それと共鳴でもする様に、握られた拳も小刻みに揺れている。

 

ーー怒るべきだろうか。

 

霊夢には、分からない事だった。

先々代とはいえ、彼女には会った事も無いし、血が繋がってはいない事も母、霊那から聞いた事があった。

そんな人間の為に、怒れるだろうか。

いや、怒らなければならない事であるというのは、霊夢も分かっていた。何せ人を殺したというのだから。綺麗事だとしても、怒るべきだ。

しかし…その表情はあまりにもーー悔恨の念が、強過ぎる。

 

「…その気は無かった、とか?」

 

「!」

 

 

双也の肩が、ピクリと揺れた。

 

 

「何も…責めないのか?」

 

「責めないわよ。だって…そんなに苦しそうな顔してる人を叱るなんて、私には出来ないもの」

 

辛い顔をする。それは一重に、殺した事を悔いているという事に直結する。

殺したと語った彼の表情から、霊夢は確信に近く、そう解釈したのだ。

それにーー"今までの双也"も"知らなかった双也"も同じだと言うなら、彼が望んでそんな事をするとは、どうしても思えなかった。

 

今なら分かる。あの時の最後に母が言ったことも。

今なら分かる。双也がこの事を隠していた理由も。

 

ーーあなたの中の双也さんを、決して忘れてはいけませんよ。

ーー兄を、信じなさい。

 

霊夢の中の双也。

面倒くさがりやで、どこか頼りなくて。

変な所で弱気になって、一人になるのがかなり苦手で。

 

そして、そして、ーーとても優しい。

 

彼女の中の双也は、人殺しなんて、出来ない(・・・・)

 

「ね、聞かせてよ、さっきまでみたいに。双也にぃ(・・・・)と、先々代について」

 

「………………」

 

無言のまま、双也は浮かぶ月を見上げ、一呼吸した。

静かになった神社を照らす月は、煩わしいほどに輝いていた。

 

語る間、双也は決して霊夢の方を見なかった。

それは、表情を悟られたくないからなのか、それとも唯単に、月を見上げながらの方が気持ち的に楽だったからなのか。

霊夢はただ黙って、二人の記憶、思い出に耳を傾けていた。

 

「柊華は…強い人だった。…心はいつも泣いてるくせに、誰にだって空元気振りまいて。耐えられない時は、誰もいないところで泣くんだ。…声も上げずに」

 

双也と柊華が友達となった時、彼は実は、柊華の頬に涙がついている事に気が付いていた。それを見た時、彼も"一人の寂しさ"を強く思い出したのだった。

 

ーー何時だって、自分は置いていかれる。

ーー何時だって、悲しいのは自分の方。

 

そんな、同種とも言える様な彼女に、彼が歩み寄るのも当然の事。…いや、それすらも、彼が寂しかったから、というだけの事なのかもしれない。

 

それなのにーー殺してしまった。自らの手で。

 

「……なんで、そんな相手を…殺したの?」

 

「………自分でも、分からないんだ。何故あの時、俺の刃があいつを貫いていたのか…あんな血塗れになるまで…傷付けたのか…」

 

視線を落とした彼の瞳は、小刻みに震える自らの掌を映した。

彼の悔やみは、それ程までに大きかった。

 

「…大丈夫よ、きっとね」

 

「え?」

 

悔しさと不安に震える双也の手は、言葉と共に、霊夢の両手に包まれる。

今の彼は、霊夢の知らない新たな一面。とても弱くて儚い、唯の人間だった。

 

「今話を聞いてて分かったわ。あんたは人を殺せない。そんな、危ない考えを持った存在じゃない。きっと、その時は発狂か何かしてたのよ」

 

「発狂って…」

 

何処か間の抜けた様な使い方に、少しだけ頬を緩ませる双也。それに釣られ、霊夢も軽く微笑む。

 

「双也にぃは双也にぃ。そう言ったのはあんたじゃない。自分の事くらい、信じなさいよ。また発狂して暴れだしたら、私がぶん殴って元に戻してあげるからさ」

 

「…………ああ。よろしく頼むよ」

 

そう言い、二人は笑いあった。

昔の様な面白おかしい様な笑いではなく、とても穏やかな、優しい微笑みである。

 

「……うん、なんだか、双也にぃをちゃんと理解できた気がする」

 

「これで俺は、また"お兄ちゃん"か?」

 

「…そうね。またよろしく、双也にぃ♪」

 

昔通りの"兄妹"に戻った二人。

幻想郷の空は、そんな二人を祝福する様に透き通った、綺麗な夜だった。

 

ーーのだが。

 

 

 

 

 

 

「ヒューヒュー! お熱いねぇお二人さんっ!」

 

 

 

 

 

 

何処か茶化した声が、響き渡った。

 

その声に二人が振り向けば、そこには先程まで酔い潰れるか寝るかしてしまっていた者たちが束になってこちらを見ていた。いつの間に起きたのやら。

そしてその表情は、何処かニヤニヤしている。

 

「まさか霊夢と双也がこんな事になるなんてねぇ…」

 

「わ、わわ私が見た運命通りね」

 

「こんな最強の二人が…まさか…」

 

聞く限り、霊夢と双也の関係を何処か勘違いしている様だ。あくまで兄弟であり、そんな関係では無いのだが…端から見れば、恋仲に見えたのかもしれない。

 

しかしそれにしたって、妙にウザい表情ばかりだった。普段の霊夢ならば、即怒り狂って弾幕を乱射するに違いない。しかしーー今の彼女は、とても上機嫌なのだった。

 

 

 

「あそうだ。霊夢、仲直り記念に、昔みたいに一緒に寝るか?(・・・・・・・)

 

 

 

………………………。

 

 

 

「「「……はぁぁああ!?!?」」」

 

「ああ、良いわよ別に」

 

「「「えぇぇえええ!?!?」」」

 

ーーこんな事が言える程に、である。

もちろん全て、冗談なのだが。

霊夢としては、ニヤニヤしていた面々を逆に驚かす事ができ、内心双也へ"ナイス!"とサインを送っていた。

要は仕返しが出来てラッキー、というのである。

 

「ふふ、まぁそれは冗談なんだけど。実際、何か記念でもあれば良いなぁとは思うわね」

 

「なーんだ冗談か。全くつまらないなぁ」

 

「…ちょっと魔理沙、あんたは事情知ってるはずでしょうが。なんで面白がってんのよ」

 

「そりゃあ面白そうだったからに決まってるぜ!」

 

「屁理屈言わないっ!!」

 

何時もの雰囲気で炸裂した魔理沙の屁理屈、それにツッコミを入れる霊夢の表情は、

特に怒っているわけでもなく、

悲しんでいるわけでもなく、

落ち込んでいるわけでもなく、

 

ーーただ、一心に笑っていた。

 

憑き物が落ちた様な、清々しい笑みを

 

"家族"が戻ってきた嬉しさを

 

 

 

いっぱいに表現しているのだった。

 

 

 

「双也にぃ! 魔理沙捕まえてっ!」

 

「ほらよっ」ガチン

 

「うおわっ!? 何だよこの杭!! 動けなーー」

 

「ま〜り〜さっ♪」がしっ

 

「ひっ…いやあの…すまん」

 

「夢想封印!!」

 

 

 

 

 

この日の霊夢は、いつになく綺麗な笑顔をしていて、いつになく理不尽だったそうだ。

 

嬉しさは、簡単に人のタガを外すらしい。

霊夢は思うままに、嬉しさを振りまくのだった。

 

 

 

 

 




結局、記念として双也は一晩泊まっていったそうな。
霊夢とも仲直りできて良かったです(T-T)

ではでは。

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