東方双神録   作:ぎんがぁ!

127 / 219
昔の伏線回収ですね。大した伏線ではありませんけど…。

では萃夢想最終話、どうぞ!


第百二十三話 喧嘩に恋し、友を欲し

博麗神社、その広間。

今の今まで、様々な人妖が騒いで遊んでいたその宴会場は、この時間だけ、静寂を取り戻していた。

ーーいや、皆息を呑んで、開始(・・)を心待ちにしているのだろう。

 

「準備はいいかい? 巫女」

 

犯人たる小鬼が、問う。

 

「とっくに出来てるわ。むしろこっちが待ってたくらいよ。それと…"巫女"じゃなくて"霊夢"。覚えときなさい」

 

かったるそうな顔で、巫女が言う。

 

二人の間に満ちる雰囲気は、宴会には少し似つかわしくない。そして遊びというにはーー少し、空気がピリピリしすぎる。

しかしそのお陰で、観客たる"宴会に参加した者達"に、野次や煽りを言い放つ余裕を与えなかった。

 

「…分かったよ、霊夢。もちろん覚えとくさ。

ーーこれから、友達となる人の名前なんだからねっ!!」

 

ガゴッ

 

霊夢を友達と称する小鬼ーー萃香の、地面を踏み砕く音が"喧嘩"開始の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ、順調だなぁ」

 

喧嘩を始めようとする二人の為、場所を開けた観客達の中に、事の発端である双也も紛れて、二人の喧嘩を眺めていた。薄く微笑みながら見ている彼は、端から見ればさぞ上機嫌そうに見える事だろう。

 

そんな、一人静かに眺めていた彼へ、近づいて来る人影が一つ。

 

「隣、いいかしら?」

 

「ん? おお、どうぞアリス」

 

人影、それは魔法の森に住む双也の近所仲間、アリスであった。

酒を飲んで少し顔は赤らんでいるが、完全に酔ってはいないらしい。

 

彼の隣に座り、同じように喧嘩を眺める。

少しの間を置き、アリスは"当然の疑問"を口にした。

 

「ねぇ双也、なんで二人は戦ってるのかしら? 今日は宴会のはずよね?」

 

アリスの疑問は、恐らく観客の誰もが密かに思っている事だろう。

なにせ、なぜ喧嘩が始まる事になったのかも分からず場所を空ける羽目になったのだから。つまりーー観客の誰一人として、事の発端は知らないし、むしろ異変の事さえ知らない可能性すらあるのだ。

 

問われた双也は、微笑みを崩さずに言った。

 

「お互いの為さ。霊夢と、萃香のな」

 

「お互い?」

 

アリスは改めて、続く喧嘩に目を向けた。

見た目からは想像もつかない威力のパンチを放つ萃香。そして、ひらひらとそれをかわしながら時折攻撃に転じる霊夢。その様子は、どう見たってお互いの事なんて考えてないし、むしろ相手を潰そうとしているーーそう、彼女は率直に思った。

 

「普通に戦ってるようにしか見えないけど」

 

「ああ、普通に戦ってるな」

 

「?? どういう事よ?」

 

どこか噛み合っていないように感じる彼との問答。モヤモヤしたアリスは堪らず彼に尋ねる。

どういう意味なのか、と。

 

特に隠す必要も無いので、双也も抵抗無く彼女に答えた。

 

「鬼っつーのはな、喧嘩と酒が大好きなんだよ。それこそ、人間相手にも全力の勝負を望むくらいにな。まぁ、人間からすればたまったもんじゃないが」

 

「そりゃあそうでしょうね。魔法使いである私だって、鬼なんかから喧嘩を申し込まれれば全力で逃げるわよ」

 

鬼というのは、全妖怪の中でも相当の上位に位置する種族。その堅牢な肉体と、岩盤をも砕く怪力は他の妖怪を寄せ付けなかった。

そんな者達が人間へ勝負などすれば、当然恐れられるに決まっている。

さらにタチが悪いのは、彼ら鬼は喧嘩自体が大好きであり、そこら辺の妖怪にも手当たり次第に喧嘩を申し込んでいた事である。

 

妖怪からしたって、鬼は恐れるに値する種族である。人間同様恐怖を募らせ続け、遂にはーー鬼という種族自体が、孤立してしまった。

 

「周りから恐れられれば当然孤立してしまう。そんな過去があったからこそ、鬼ってーのは寂しがり屋なんだ。……その頂点である四天王なら、尚さらな」

 

「まさか…仲良くなるために、喧嘩してるの?」

 

「そういう事だ」

 

はぁ…と、アリスは溜め息を吐いた。

幻想郷の中でも、ある程度"常識人"の部類に入る彼女からすれば、"友達になる為に喧嘩する"など、正直意味が分からないのだ。その溜息からは、"なんで頭のおかしい人達ばかりなのかしら"なんて声も聞こえてきそうだった。

 

「で? あの鬼のメリットは分かったけど、霊夢のメリットは何よ? 言っておくけど、何にもメリットが無いのに戦わされたなんてあいつが知ったら、相当怒るわよ?」

 

少しだけ忠告染みた彼女の言葉は、しかし双也を強張らせるわけもなく、むしろプッと吹きださせてしまう結果となった。

 

「くく、それくらい知ってるさ。何年あいつの側にいたと思ってる?」

 

「……まぁ、確かに…」

 

笑われた事に少しムッとするも、双也のいう事も尤もだったのでアリスは納得するしかないのだった。

笑いを堪え切った双也は、一息ついてから先程同様、包み隠さず話し始めた。

 

「霊夢の場合は簡単な事さ。普通に戦闘の勉強だよ」

 

「勉強って…この幻想郷の中で一番必要ない人間だと思うんだけど、霊夢は」

 

「………いや、むしろあいつが一番必要だ」

 

真剣な眼差しで答える双也の表情を見、アリスは反論の言葉を詰まらせた。

 

「霊夢が考え出したスペルカードルール。徐々に浸透して行ってはいるが、未だ使わない妖怪がいるのも事実。仮にそんな奴が異変を起こしたとして、弾幕勝負をするつもりで挑んでみろ。…一瞬で殺される」

 

「…っ」

 

"殺される"。

スペルカードルールなど無い、本当の殺し合いの中を生き抜いてきた双也から放たれるそれは、温室でぬくぬくと育ってきたようなアリスにはとてつもない圧迫感があった。

一瞬で、は大げさとも思ったが、"人間が妖怪に挑んだ結果など結局は変わらない。殺されるだけ"という思いも確かにあった。

霊夢は、異変の首謀者に対して無理矢理ルールを適応させた事がある。それも双也は承知済みだ。しかし彼は、どうしてもそう何度も上手くいくとは思えなかったのだ。

予防は早めにした方がいい。双也は、殺し合いになるべく近い環境に彼女をおく事で、霊夢の精神と頭脳を鍛えようと考えたのだ。

 

「一石二鳥ってやつさ。萃香は念願だった喧嘩を通じた友達を得、霊夢は俺の渡した本の内容を踏まえながら(・・・・・・・・・・・・・・・・)着実に経験を積める。そして異変は、見事巫女の手で解決…と。一石二鳥どころか、一石三鳥だな」

 

「……なんだか、あの二人が不憫ね。あなたの掌の上で踊らされてるみたいで」

 

「………そう思われても、仕方ないとは思ってるさ」

 

二人が見つめる先には、未だ喧嘩の続く萃香と霊夢の姿があった。

 

「人間にしちゃ、強すぎやしないかいっ! 霊夢!」

 

「そりゃどうも! こっちは必死なのよ!」

 

萃香から放たれるパンチ、キック。おまけに腕輪から伸びた分銅での殴打。

型破りな戦い方に、霊夢は初め面食らった。隙も少しばかり出来たりはしたがそれは、予習知識(・・・・)のお陰ですぐに整理が出来たのだった。

 

(…なるほど、"どう活かすかはお前次第"か。そういう訳ね)

 

兄から渡された、妖録抗持記なる対策本。

大半は戦った事のある妖怪であったが、所々知らない箇所もある。ーーその一つが、鬼に関するページ。

 

「オラァッ!!」

 

(大振りのパンチ。食らえば致命傷…だったかしら)

 

萃香から放たれたパンチを、霊夢は大幣で受ける事もせず、ただ避けた。

飛ばされそうになる程の風圧を纏ったパンチ。顔の横を通り抜けていく拳をちらと見、改めてその警戒度を再確認する。

 

(あと…動体視力はハンパない…だったわよね)

 

そう考えながら霊夢は、パンチがスカされてがら空きになった萃香の腹を、大幣で思い切り薙いだ。

 

「ぐあっ!」

 

「まだっ、終わらないわよ!」

 

少しだけ吹き飛んだ萃香に対し、霊夢は大きめの球を放った。スペル程でないにしろ、大量の霊力が集まったその弾は、いくら鬼である萃香でも"喰らえば厳しい"と思わせるものだった。

 

だから萃香は、殴って壊す事にした(・・・・・・・・・)

 

超級四皇拳(ちょうきゅうよんこうけん)っ!!」

 

空中で身体を翻し、着地すると同時に、彼女の拳は巨大なものへと変わった。

妖力も纏ったそれから放たれるパンチは、霊夢の弾に少しだけ競るも、何事も無くそれを砕いた。

 

ーーのだが。

 

「ッ!? 弾の後ろにっ、札ぁ!?」

 

巨大な弾の後ろに続いて放たれた札。早い話が、フェイントであった。それをすぐに理解した萃香ではあったが、もう手遅れ。

大振りに殴った勢いで、すでに体制を整える事は出来ない。

能力で霧散するにも、時間が足りない。

避ける術が、無かった。

 

 

ドドドドドォォオンッ!!

 

 

放たれた札は、萃香の抵抗に会う事もなく全弾ヒット。

炸裂の音と共に煙を上げ、その中からは吹き飛びながらも未だ意識を失っていない萃香が飛び出てきた。

 

「ぐっ…! まだっ、だあ!!」

 

「いえ、もう終わりよ」

 

「!!」

 

萃香の吹き飛ぶ先。声を聞き、目だけを向ければーーお札を掲げた、霊夢の姿があった。

 

「鬼ってんなら、コレよね」

 

そう呟き、萃香の速度に合わせて掲げたお札を地面に叩きつけた。

 

「神技『八方鬼縛陣』!!」

 

猛攻にあった萃香に、最早避ける力は残っていなかった。

久し振りな全力の喧嘩に微笑みすら讃えながら、萃香は光の中に身を投じた。

 

 

 

「ははっ…参ったよ、霊夢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「萃香は?」

 

「向こうで寝かせたわ。さすがに疲れたみたいね」

 

「まぁ、喧嘩の後すぐに起きて片付けを手伝えばな…」

 

よいしょと、霊夢は縁側に座る双也の隣に腰を下ろした。

宴会の終わった博麗神社ーー片付けも完了済みーーには、喧嘩と片付けに疲れ切った萃香、見事異変を解決した霊夢、そして裏で二人を引き合わせた双也のみが残っていた。もちろん双也も、もう少ししたら我が家へ帰るつもりではあるが。

腰を下ろし、ふぅと一息吐く霊夢に、双也は話しかけた。

 

「勉強になっただろ? 今日の異変は」

 

「まぁ…ね。事前に情報を整理しておくのも良いかもとは思ったわ。…実際、今回のは双也にぃの本が無かったら危なかったかもしれないし」

 

「はははっ、萃香の見た目に騙されて、あいつの拳を普通に受け止めようとしそうだな、お前は」

 

「……確かにね」

 

"本当にそうしていたら、どうなっていた事か"

そう考え、少しだけ身震いをする霊夢。あんな威力の拳など受けようとすれば、いくら大幣を挟んだとしても相当なダメージが来たはずである。下手をすれば、結界だって破られていた可能性すらある。

大事に至らなかったのは、一重に双也のおかげと言っても過言では無い。

 

そんな手助けをしてくれた双也。

霊夢は改めて、彼が"自分の事を本当に妹と思ってくれているのだなぁ"と思い返し、胸の内がじんわり暖かくなるのだった。

 

「…あ、ありがと…双也にぃ」

 

「………ああ。何時でも、にぃちゃん頼っていいからな」

 

 

 

寂しがり屋が起こした小さな異変は、何事もなく、こうして巫女に解決されるのだった。

 

長かった冬、狂い咲いた春を超え、ジリジリと暑くなり始めた、夏の出来事である。

 

 

 

 

 




萃夢想、完結です。

四天王篇での"四天王は友達が欲しい"説はここで生きてくるわけですねー。まぁ原作での異変を起こした理由は"単に宴会をしたかったから"だったと思いますが、こんな感じの解釈も出来るのでは、と。私の足りない頭で考えてみたりしたわけですねw

ではでは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。