東方双神録   作:ぎんがぁ!

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本編開幕です! さーてさてさて、お話の雰囲気も少しだけのんびりと進めていこうと思います。

ではどうぞ!


第百二十四話 満月は妖しく輝く

ある日の事。

 

立て続いた異変も終わりを告げ、一時(いっとき)の平和を謳歌する幻想郷では、やはり静かに、そこに住まう者達は何事も無い日々を過ごしていた。

 

その一人ーー魔法の森に住む現人神、神薙双也は、借りていた大量の本を携えて、紅魔館にある大図書館へと足を運んでいた。

 

「…あなたはちゃんと返してくれるのね」

 

「いや、返すのが普通だと思うんだけど。感覚がおかしくなってるぞ?」

 

「知ってるわ。全部あなたの近所住民のお陰よ」

 

「お、おう…お気の毒」

 

図書館の主、パチュリーとそんな会話を交わしながら、借りていた本を手際よく戻していく。

前までは、"家での暇な時間に読む本"となると香霖堂を利用していたのだが、この図書館の事を知ってから、彼は頻繁にここを利用する様になったのだ。まぁ、外界の本も多少扱っている為、彼がこちらに乗り移ったのも当然といえば当然である。

 

戻し終わった双也は、再び本を数冊取り出し、パチュリーも座っている大机の椅子に腰掛けた。

 

「さぁて、どれから読むか…」

 

「………………」

 

取り出した本数冊を指でなぞりながら、何を読もうかと思案する双也。

やがて彼は、自分を見つめるパチュリーの視線に気が付いた。

 

「………なんだよパチュリー」

 

「…いいえ。…あなたって暇なのね」

 

「俺が暇じゃ無い時なんて大抵異変の時だっつーの」

 

そんなどうでもいい様な会話をしながら、二人は読書という静かな時間に身を沈めていった。

暫くすると、広い広い大図書館に響く音はページをめくる音のみとなった。

 

ーーと、そんな折。

 

 

 

「だぁ〜れだっ?」

 

 

 

双也の視界が、突然暗くなった。

と同時に、瞼に感じる温かみ。

 

「…なんだフラン。また遊びに来たのか?」

 

目を塞がれたまま、なんとも無い様に答える彼に、声の主ーーフランは少し頬を膨らませた。

 

「むぅ…そんなに反応が薄いとつまらないよお兄さま! こういう時はわざとらしくても驚いたフリをするもんだよ!」

 

「そうなのか? 何分(なにぶん)、こんな感じで接せられたの初めてなんでな」

 

「もう…なんだか冷めちゃったよ。私も何か読もうかな…」

 

フランにとっては、時折訪れる双也(お兄さま)は良い遊び相手だ。弾幕ごっこだって出来るし、普通の女の子がするみたいに人形劇に付き合ってくれるし…詰まるところは、双也自身がフランのいいオモチャだった。もちろんそこに、"残酷な意味"など既に無い。

 

そんな彼が今日も来ていたことに気がつき、内心嬉しく思いながら行った不意打ち(目隠し)

フランは、彼の予想外の反応の薄さにどこかがっかりしてしまったのだ。

そうして興の覚めた彼女は、二人に倣って本を読もうかと少しばかり悩み始めた。

 

悩みながら周りを見渡していると、ある所でフランの目に"良い物"が映る。

視線の先はーー机に積まれている本である。

 

「…………………」

 

「…………………?」

 

唐突に静かになったフランが気になり、双也はページをめくる手を止め、視線を横へと移した。すると、彼女はキラキラとした目で積まれている本をじっと見ているのだった。

 

不思議には思ったものの、"その内読み始めるだろう"と考えて再び本に視線を戻したのだが、いつまで経っても、フランは読み始めようとしない。

やがて、フランを気にしすぎて逆に落ち着かなくなってしまった双也は、パタンと本を閉じ、未だ本の背表紙だけを眺め続けるフランに言った。

 

「…………フラン」

 

「なぁに?」

 

「……………………読んでやろうか?」

 

「うんっ!」

 

即答である。

 

フランの席は双也の膝上に決定するのだった。

 

(……レミィが嫉妬しそうね…)

 

パチュリーのそんな思案は、当然二人には聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーでしたとさ。めでたしめでたし」

 

と、物語にはお決まりとも言うべき決まり文句にて、フランへの朗読は終わりを告げた。

膝の上で聞かせているので、最悪寝てしまっても仕方ないと思っていたのだが、双也の予想は見事に外れ、膝上のフランは最後までしっかりと起きて聞いているのだった。読み聞かせる側としては、これ以上無く嬉しい態度である。

 

「ふふ、ありがとお兄さま!」

 

「どう致しまして。どうする? もう一冊読むか?」

 

「う〜ん…どうしようかな…」

 

椅子になっている双也に寄りかかり、フランは考え始めた。

正直に言って、本を読んでもらうことに関しては満足したので、特に要望はなかった。しかし、予想以上に双也という椅子が心地良く、"もう少しだけ座っていたい"という思いの方が、どちらかと言えば強いのだった。

なので、今フランが考えているのは"これから何をするか"ではなく、"どんな事を提案すればもっと座っていられるか"であった。もちろん、双也としてはどちらでも良いのだが、それはフランには知りようも無い。

 

「う〜ん…じゃあ、パチュリーが本を読んで!」

 

「「……え?」」

 

双也とパチュリーは、揃って間の抜けた声をあげた。

その声を聞いても、フランは未だニコニコと笑顔である。彼女が導き出した結論は、結局本を読んでもらうことであった。相手がパチュリーなのは…まぁ、彼女の気まぐれであろう。五百年近く生きていると言っても、フランの精神年齢は子供のそれと何ら変わりは無いのだ。

 

「……フラン、私あんまり大きな声は出せないのだけど」

 

「全然良いよ! 私とお兄さまは静かに聞くから! 小さくても聞こえるよ!」

 

「…………………」

 

無邪気にそう言うフランを見、さすがのパチュリーも強くは言えず。

小さくため息をつきながら、フランに読み聞かせるものとして適当そうなものを魔法で引き寄せる。

なんだかんだ、彼女もフランには甘いのだ。

 

「……面白くなくても文句言わないでよ?」

 

「大丈夫!」

 

双也の上で姿勢を整えるフラン。双也自身も真面目に聞いてくれるようなので、いやいやながらに読むことになったパチュリーも多少機嫌を良くした。

早速本を開き、プロローグの一文を読もうと口を開く。

 

 

ーーが、その先で声を吐き出すことは無かった。

 

 

「……………!」

 

「………………何だ、これ」

 

「……………なんか、変…」

 

パチュリーが感じた異変は、双也とフランの二人も瞬時に感じ取りーーパチュリー同様、天窓から覗く月を見上げた。今宵の月は、神々しいほどに大きく、そして不気味なほどに輝いた満月である。

 

「………おかしいわね。普段の月はあんなに強い魔力は発しない筈だけれど」

 

「なんだか…あの月、イヤだ…」

 

月から発せられる膨大な魔力を感じ取り、それに精通したパチュリーは不思議そうな声をあげる。

対して、今の今まで元気だったフランは、どこか気を落として俯いてしまっていた。

 

「! 大丈夫かフラン?」

 

「…通常、妖怪は月の影響を強く受ける。きっとこの魔力がフランに影響を及ぼしているのね」

 

「……じゃ、月の魔力を浴びなければ良い訳だな?」

 

「…そうね」

 

肯定の返事を受け取った双也は、フランの調子を戻すべく、膝から彼女を降ろして頭にポスッと手を乗せた。

 

「うぅ…お兄さま…」

 

「待ってろ、すぐに良くしてやるから」

 

フッと、双也は能力を発動した。

彼の能力は、手からフランの頭へ渡り、全身を包んでいく。

双也は、文字通り"フランから月の魔力を遮断した"のだ。

 

「これで大丈夫だろ?」

 

「…うんっ! ありがとお兄さま!」

 

彼の能力を受けたフランは、元どおりの明るい笑顔を浮かべていた。その様子に、内心ほっとする双也とパチュリーであったがーー心配の種は、まだ尽きていない。

 

「それで…どう思う、パチュリー?」

 

「どう考えても異変でしょう。霊夢たちならもう気が付いて行動に移してるんじゃないかしら」

 

「ふ〜む…」

 

「…? どうしたのお兄さま?」

 

拳を顎に当て、考え込む双也の姿を見てフランは尋ねた。

パチュリーも同様の事を思っていたのだが、先にフランに言われてしまったので黙っている。

 

やがてそのままの姿勢で、双也は小さく呟いた。

 

「………また、細かい所忘れてるな…」

 

「…え?」

 

微かなその声に、パチュリーだけは反応した。

当然といえば当然である。

異変の事を考えているかと思えば、"忘れている"? 噛み合っていないでは無いか。

本当に小さな疑問ではあったけれど、何故かパチュリーの頭には、喉に引っかかった魚の骨の様に残るのだった。近くにいたフランにも聞こえてはいたはずだが、パチュリーから見て、彼女はその事を疑問には思わなかった様である。さっきと変わらず、ニコニコとしている。

 

「……しゃーない、取り敢えず行ってみるか」

 

「行くって…何処に?」

 

少し歩き出した彼の背中に、パチュリーは問いかける。すると、双也は少しだけ振り返って一言、言った。

 

「もちろん、異変解決さ」

 

「……放っておけばいいんじゃない? どうせ月はその内沈むわ。被害もそれ程大きいとは思えない。…まぁ、力の弱い妖怪なら分からないけど」

 

日が落ちれば月が昇る。やがて月も地平線の彼方に消え、再び太陽が後光を放つ。

こんな事はごく当たり前であり、普通の事。したがって、月が変わったからといっても、結局は時間が解決してくれる。ーーそれがパチュリーの考えである。

確かに、普通に考えればそれが一番手っ取り早い。それは双也だって分かっていた。

 

ーーなら、彼が動こうとする理由は。

 

「パチュリー、ここは幻想郷だぜ?」

 

「…それが何よ?」

 

「そんな当たり前の事、この世界が許すと思うか?」

 

「!」

 

彼のその言葉に、パチュリーもハッとする。

現実的な外界ならば、ただの屁理屈である。しかし実在する幻想の世界ーー幻想郷でのその言葉は、あまりにも信憑性が高いものだった。

"異変など、簡単に終わるはずが無い"

この世界に生きるには、忘れてはいけない事の一つなのである。

 

解決に向かうべく、図書館のドアへ歩き出した双也。

今度こそ出発出来ると思った彼の予想は、しかし"裾を引っ張られた"事で外れてしまった。

 

「……どうしたフラン?」

 

振り向いた彼の視界に映ったのは、彼のガウンの裾を握っているフランの姿だった。

彼が振り向いたことを確認した彼女は、相変わらず笑った顔で、言った。

 

「お兄さま、私も一緒に行きたい!」

 

「……え?」

 

彼は、そんな声しか出せなかった。

 

「え…いや、良いのか? 外に出て」

 

「ダメとは言われてないよ。それに、そろそろお外に出て運動したいし」

 

「………………」

 

ちらり。

返答に困った双也は、未だ席に座っているパチュリーに目線だけで助けを求めた。それにすぐ気がついた彼女は、少しだけため息をつき、静かにーー首を縦に振った。

 

「はぁ……分かったよ、一緒に行こう。月は問題無いだろうし」

 

「やったぁ!」

 

望んだ答えを貰ったフランは、その場に飛び跳ねて喜びを表現する。その様子を見、双也は再び溜息をこぼすのだった。

 

"全く、なんと無邪気なものなのか"と。

 

もちろん彼自身、嫌というわけではないのだが。

 

ただ、フランの思惑には気が付いていなかった。成り行き上双也の膝を椅子にする事が叶わなくなった手前、彼女は別の事を目的とすることにしたのだ。

即ちーーせめて、もう少しお兄さまと一緒にいたい!

……なんともまぁ、子供である。

 

「じゃあ、行こうフラン」

 

「うん!」

 

双也は挨拶をし、フランはドアの閉まるまで手を振り、パチュリーは二人を見送った。

フランだけならば止めていただろうがーーそもそも彼が居なければ、未だに月に悩まされていただろうがーー双也がそばにいれば彼女も安心である。フランの心の支えにもなってくれるだろうと、パチュリーは彼を評価しているのだ。

 

「それにしても……」

 

座り直し、月を見上げる。

大きく丸い満月は、未だその場所を動こうとはしていなかった。

 

「"忘れてる"…ね。不思議な人…」

 

彼女の呟きを最後に、図書館は再び静寂を取り戻すのだった。

 

 

 

 

 




と言うわけで、今回のお供はフランちゃんですっ!
やー、せっかくお兄さま呼びになったのに何も無いと詰まらないですからね。

ではでは。

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