では、どぞ!!
月明かりの照らす竹林。今宵の竹林には、竹の隙間を縫う影が一つあった。いや、正確には二つだが、
「〜〜♪」
「…機嫌良さそうですね、お嬢さん…」
と、引きつった表情で呟いたのは、現在背中にフランを背負って駆けている双也である。
"彼女が重くて辛い"なんて事は決してないので、彼も別にそれが嫌というわけではなかった。
とすれば、彼が若干引きつっている理由はーーこうなった経緯にあった。
〜霊夢と別れた後〜
『…………………』
『…………………』
十分に距離を取ったので最早彼女を引っ張る必要が無くなり、二人は再び並んで歩いていた。
しかし、そこに流れる空気は、出発直後の様なほんわかした物では無くなっていた。
『…………………』
(…ヤッベェなぁ…めちゃくちゃ怒ってるなコレ…)
無言で歩く隣のフラン。横目で彼女を見ながら、彼は彼女が放つ怒気にヒシヒシと耐えていた。
ーー埒があかん!
双也は遂に、フランに話しかけた。
『な、なぁフラン? 機嫌直してくれよ。あいつも悪気があって言ったんじゃないんだからさ…』
『そんなの分かってるよ。でもお兄さまは私のお兄さまなんだもん。横取りしようとする霊夢が悪い』
『……え〜っと…』
フランが自分の事を兄として慕ってくれているのは、当人である双也も理解していた。自惚れのように聞こえるかもしれないが、実際そんな接し方をされて少々困る事がある位なのだ。ーーまぁ実際今困っているわけだがーーなので彼も強くは言えず、しかしこのままでは、最悪霊夢とフランの仲が険悪に……そんな困った状況に追い込まれてしまったのだった。
(このままじゃ先が思いやられるな…)
一緒に異変解決を行うと決まった手前、彼女との空気をこのままにしておく訳にはいかない。どの道、霊夢との衝突は引っこみのつかない所まで来てしまっているのだから、この際その事は考えないことにしよう。
この状況を打開するためそう心に決めた双也は、早速、単刀直入に、フランに問うた。
『なぁフラン』
『……なに?』
『どうしたら機嫌直してくれるんだ?』
ハッキリとそう問うた彼の言葉に、フランは突然立ち止まった。その表情は、前髪に隠れて双也には見えない。
やがて、少し俯いているフランからかすかな声が届いた。
『……ぶ……て…』
『ん?』
独り言のそれよりも小さな声に、双也は耳を澄ませる。
フランも同様に、少しだけ声を大きくする。
『……んぶ……し…』
『なんだって?』
少し声が大きくなったのは彼にも分かった。しかし、その声は未だ聞き取るには至らず、フランがどうして欲しいのか、双也には分からなかった。
ーーしかし、なんども聞き返す双也を煩わしく感じたのか、フランはパッと顔を上げ、森に響くかと思うほどの声で
『おんぶしてッ!!』
(全く、おんぶした途端に機嫌良くして…やっぱり子供だなぁ)
背中に負ぶさる少女のことを考え、双也はため息混じりにそんな事を思った。
近くにいる者の気分が良くて悪い事など無い。それは双也も同じ事で、今回行動を共にするフランの機嫌があまりにも良い物だから、彼自身もそう悪い気分では無かったのだ。
ただ、彼には少しだけ心配事がある。いや、大した内容では無いのだが。
ーーコレ、誰かと鉢合わせたらめんどうなことになりそうだなぁ…。
何とも、面倒くさがり屋の彼らしい心配事である。
双也が感知する限りーー響いてくるだけなので居場所までは分からないがーー現在竹林の中を飛んでいる組は四つ。
魔力を放つ二人組、魔理沙&アリス。
霊力二つに小さな霊力一つ、恐らくは幽々子&妖夢。
それなりに大きい妖力と霊力…っぽいもの。レミリア&咲夜。
そして……巨大な霊力と強大な妖力。霊夢&紫。
どの組と鉢合わせても、からかわれるくらいは確実にするだろう。特に幽々子と魔理沙は、彼にとってはかなり問題になっていた。なにせ、あの二人は人をからかうのが好きなのだから。
でも、一番彼が会いたくないのは…意外にも霊夢であった。
(なんだよあいつ、こんなに霊力荒かったっけ?)
普段の、空気の様に流麗で繊細な扱いとは天と地の差。
荒々しく、粗暴で、あらゆる物を削り取ってしまいそうな感じ。普段の彼女からは考えられない程だ。
ゆえにーー
(絶対あいつも怒ってるじゃん…)
と、いう事だ。
フランと彼の取り合いをした霊夢が、仮に今のこの姿を見たとしたら。
…想像するだけでも恐ろしい。きっと殴られるだけでは済まないのだろう。
「ま、気をつけてれば問題ないか…」
無意識に口に出し、上機嫌なフランを背負ったまま、彼は夜の竹林を駆けていく。
しかし、気をつけようと思った矢先。
ーー前方に金色の髪の二人組を捉えた。
「うーわ、マジかよ」
「あ! 魔理沙だ! おーい魔理沙ぁ!」
双也と同じく、頻繁に図書館へ訪れる魔理沙を見つけ、フランは手を振りながら彼女へ叫んだ。
対照的に、双也は完全に"やっちまった…!"という表情をうかべている。無理もない、気をつけようとした矢先に警戒していた人物と鉢合わせてしまえば。
フランの声に、魔理沙、そしてアリスも振り返って双也達を確認するが、減速はしなかった。代わりに双也が加速し、二人に並んで飛ぶ。
「…よぉ魔理沙、アリス」
「おっす双也。今日は長い夜みたいだな」
「あら、あなたも来たのね。私達だけで十分なのに」
「十分も何も、俺ら以外にも三組ほど既に来てるよ。今更だな」
「あら、そうなの」
魔理沙へ反応しなかったのは、わざとである。双也自身、魔理沙に悪い気もしない訳ではなかったが、今回ばかりは仕方ない。なにせ警戒している人物だったのだから。
彼が無視した事に気が付いたのか、魔理沙は少しムスッとし、次いで双也に、こう言った。
「なんだよ双也、
いつものからかい文句の調子で言った為、アリスは特に気は止めなかった。しかし当の双也はーー見てわかるほどに肩を揺らした。
「……そんな事言い始めると思ったよ、魔理沙ならな」
「あははは! 双也ももうとっくに慣れてるみたいだな、私の扱いに! なんならもっとからかってやろうか?」
「遠慮しとくよ。あと俺はロリコンじゃない」
「私はそんな事言ってないぜ? 一体、自分を何だと思ったんだお前はぁ?」
「…………………」
予想通りの面倒臭さを発揮し始めた魔理沙に対し、双也は最早無言のまま、彼女を睨みつけ始めるのだった。ジリジリと伝わる彼の怒気に、魔理沙、そしてアリスすらも頬に一筋汗を流す。
このまま続けたらどうなるか。
それを想像し、早くに結果を導き出したアリスは、引きつった表情のまま小声で魔理沙に言った。
「(ま、魔理沙、その辺にしときなさい。どうなるか分かったもんじゃないわよ)」
「(あ、ああ…こいつの恐ろしさはよく知ってるしな…触らぬ神に祟り無しだぜ…)」
早々に結論を下し、彼女らはこの話題を打ち切ることにした。もともと魔理沙が始めた話題である、彼女らから打ち切るのは容易な事だ。
「さ、さて、そんな事は置いておいて何だけど…」
打ち切った話題の先はーー自然と決まってくる。
双也も、何となく感付いていた。
「ここで会ったのも何かの縁。丁度雑魚ばっかりで退屈してたのよね。だからーー」
ーー弾幕勝負、しない?
箒を観客席代わりに、目の前で繰り広げられる弾幕勝負を二人が見つめていた。
弾幕を張り合うのは、珍しく好戦的なアリス。そして申し出を受け入れた双也。
つまり、観戦しているのは魔理沙とフランであった。
煌びやかな弾幕勝負に目を奪われながらも、二人は多少のお話をしていた。
「なぁフラン」
「なに? 魔理沙」
視線は弾幕勝負に向けたまま、言葉のみの会話を始める。
魔理沙もふと思った事だったので、目線を合わせる必要も特に無かったのだ。
「最近は楽しいか? 昔と違ってさ」
「…え?」
昔。
それは、フランにとっては苦痛に等しい記憶。大好きな姉を恨み、壊れてしまっていた頃。
紅霧異変の際にフランをレミリアの元へ乗せて行った魔理沙は、同時に彼女らの話を聞いていたのだ。詳しいこと勿論は分からなかったが、それでも、レミリアが語る言葉と表情は、この話が相当に重いものなのだと魔理沙に気付かせた。
普段飄々としている彼女も、密かに心配をしていたのだ。
こんな幼そうな少女が、重い過去を背負っていて大丈夫なのかと。
それゆえの、問いである。
予想外の問いに少しばかり驚いたものの、フランはすぐに表情を戻し、ポツポツと語り出した。
「……楽しいよ。今はもう、お姉さまへの恨みも捨てたの。お姉さまが考えてた事も、やっと理解できたから」
「そっか。そりゃ良かった」
「今はもうお外に出ても良くなったし、図書館にもいろんな人が来てくれるから、飽きることもないの。…まぁ、日差しの事は注意されるけど…」
主であるパチュリーはもちろん、メイドである咲夜、本を盗みに来る魔理沙自身、偶に来る霊夢に、かなり頻繁に訪れる双也。そしてーーフランに会いに来る、愛しい
幽閉されていた今までとは180度以上も違う、楽しくて明るい日々。
フランはもう、孤独ではなかった。
「ふっ、なら今度私もどこか連れてってやるよ」
「ほんとっ!?」
「ほんとほんと。次私が行くまでに行きたい場所考えとけよ」
「うんっ! ありがと魔理沙!」
魔理沙の申し出が心底嬉しかったのか、フランは箒の上にも関わらずキャッキャと騒ぎ出した。突然始まった揺れに、魔理沙も"うおっ、ちょ、箒の上で暴れんな落ちるって!"などと言いながら、箒を安定させるべく魔力を込める。
「ふぅ、やっと収まったか…お?」
「あ、終わったみたいだね」
会話に夢中で、いつの間にか目を離してしまっていた弾幕ごっこだが、アリスが魔理沙の近くまで吹き飛んできたことで"ああ、終わったのか"と二人とも察するのだった。
服もボロボロになっているアリスへ、魔理沙は若干笑いながら言った。
「おおアリス、負けたか?」
「…負けたけど、その聞き方はどうかと思うわ」
「ははは! もしあいつに勝てたら、一日中抱きしめてやった上で一緒に寝てやるよ!」
「……遠慮するわ」
そんな会話をする二人の元へ、双也も刀を納めながら降りてくる。アリスとは対照的に、彼の服にはこれといった外傷は無かった。
「全く、反則じゃないその刀。糸を繋いだ端から切ってくれちゃって…こんなに人形を操るのに苦労したのは初めてよ」
「長年の相棒なんでな。こいつを使っての戦闘なら、それくらい苦戦してくれなきゃこっちの面子が保たないってもんだ」
「苦戦も何も、惨敗だったじゃない…あの時先代巫女が言ってた事もよく分かったわ…」
頭をカリカリと掻きながら、アリスは"はぁっ…"と溜息をついた。普段からクールな雰囲気を醸す彼女は、惨敗した事によって周りが思っているそれよりも内心大きなショックを受けているのだ。まぁ、顔にはあまり出さないが。その"癖"が原因で、魔理沙にからかう隙を作っているというのを、アリス本人は気が付いていない。
「さて、そろそろ行くか。なぁフラン」
「うんっ!」
双也の合図を受け、フランは箒から飛び降り、先程までの定位置ーー双也の背中ーーに再び張り付く。最早魔理沙たちのからかいは無かったが、双也の笑顔は相変わらず引きつっていた。
「あー、じゃあな二人とも。私達はアリスの治療してから行くぜ。だよなアリス?」
「ええ、そうしてくれると有難いわね」
「そういう事だ。すぐに追いついてやるからな!」
そう言い残して、治療の為に一度地上に降りていく二人を見送る。
フランが二人へ手を振って挨拶をする中、双也はしっかりとフランを背負い直し、再び駆け出した。
竹の景色はみるみると過ぎていく。二人に吹き付ける風も夜相応に冷たいもので、服も何もつけようのない野晒しの顔には容赦なく冷気が撫でていった。
そんな風の影響で、通常の何倍も乾きやすくなった眼球を密かに悩む中、双也の鼓膜はかすかにフランの声を捉えた。
「ん? そういえば…」
「どうしたフラン? 乗り心地悪いか?」
風を切って進む中、背中に張り付くフランは思い出した様な声を上げた。当然それに反応した双也も、彼女に聞き返す。
ーーフランは静かに首を横に振った。
「ううん、そうじゃなくて…そういえば月、全然動いてないなぁって…」
「月が…動いてない…?」
速度を急激に落とし、双也はしっかりと立ち止まって月を見上げた。
闇空に浮かぶ満月は相変わらず大きく、発する魔力もとても大きい。そしてーー確かに、沈む気配は毛ほどもなかった。
「…やっぱり
「…だね」
新たに発覚した異変の内容を胸の内に留め、双也は再び空を駆けはじめる。
時刻は既に、丑三つ時を回っていた。
霊夢に張り合うフランの図。
ではでは。