東方双神録   作:ぎんがぁ!

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ゲームで言えば、道中、ですかね。そんなお話です。

ではどうぞ!


第百二十七話 ウサギの罠に御用心

「ん〜、結構進んだと思うんだけどな…」

 

「中々着かないねぇ…」

 

魔理沙たちと分かれて暫く、竹林の中をひたすら進んでいた双也たちは、一旦止まって小休止をしていた。

いかに夜の竹林の中と言えど、今日ばかりは月明かりのおかげでそれ程暗くは無い。適当な所に腰掛け、これからの事を考えていた。

 

「それに……ねぇ?」

 

「ああ…」

 

フランの言葉に同調し、双也は今まで通ってきた道を見返した。その道とも言えぬ道には、たくさんの落とし穴、矢、突き出した針など、およそイタズラとも思えないような仕掛けばかりが残っていた。

 

「こんなに罠がたくさん……よっぽど人を寄せ付けたく無いらしいな」

 

「そうだね。それにーーうわっ!?」

 

ズビッ!

 

言いかけたフランは首を傾け、背を当てている竹には一本の矢が刺さっていた。横目でそれを見ながら、フランは言葉を続ける。

 

「…………ず、随分と容赦無いし…」

 

「…大丈夫か?」

 

「……うん」

 

二人がウンザリするのも無理は無い。何せ、歩いていても飛んでいても罠が発動して二人に襲いかかってくるのだから。

魔理沙たちと分かれて当初、二人は当然飛んで目的地へと向かっていた。しかしある頃から、時折矢が飛んできたり石が投げ込まれたり、面倒な事ばかりが多発したので、歩く事にしたのだ。

しかしそれでもーー

 

ズボッ『うおっ!? あぶねぇ! 中が竹とか殺す気満々か!』

 

シャーッ『うわぁ何コレ!? 毒ヘビ!? 危ないよ!』

 

・・・

 

ズゥン…『丸太とか…普通飛ばすもんじゃ無いだろ…』

 

ブゥゥゥン…『今度はハチ!? うわああ! キュッとしてぇ〜どか〜んっ!』

 

ーーなどなど。罠の種類をあげればキリが無い。まぁそれでも、一発も食らっていない辺り二人はさすがと言うところだろう。

とは言いつつも、二人のスタミナも無限では無い。スタミナというか、むしろ精神面の疲れの方が大きかったが、そんな訳で小休止を挟んでいたのだ。

 

「はぁ…ここに止まりすぎても次の罠が出てきそうだな…次行くか」

 

「うん。……お兄さま、今度は手繋いで?」

 

「……はいはい…」

 

再び襲ってくるであろう次の罠を警戒しながら、二人はまた歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

〜???side〜

 

「むぅ〜〜っ! こんなに発動してるのに何で引っかからないの!」

 

双也達とは少し離れて。竹林の影の中に苛つきを表す少女の姿があった。

黒い髪に長いウサギの耳、服は薄紅色で、背は小さい。特徴的なのは首から掛けられた人参の形をしたネックレスである。

ーーと、この特徴から分かるように、彼女はこの竹林に住むウサギの妖怪である。

名を因幡(いなば)てゐという。

 

この"引っ掛からない"というのは、勿論の事双也たちの事である。

この竹林に潜む罠の数々…それらをイタズラと称して仕掛けたのは、全てこのてゐなのだ。根っからのいたずらっ子気質である彼女は、今日も今日とて竹林に入ってきた存在に対してイタズラを仕掛けて楽しもうとしていたーーのだが。

今回ばかりは、相手が悪かった。

 

「危なくないヤツじゃ効果薄そうだからって際どいもの使ったけど…それも避けられるなんて…なんなのあいつら…! ホントに人間!?」

 

丸太に竹針落とし穴、毒ヘビの投擲にスズメバチの大群。普段は脅かす程度のイタズラしかしないてゐだが、相手が引っかからないとなれば話が別である。今までたくさんの侵入者を引っ掛けてきた彼女からすれば、いくらお遊びと言ってもそれなりのプライドがあるのだ。

故にてゐは、めげずに策を練る。

 

「(もう結構な数の罠避けられちゃってるからねぇ…落とし穴程度じゃ引っかかんないわね……それなら)」

 

てゐは音を立てないように竹の中を駆け、紐のつる下がっているところまで来た。それを握り、嫌らしくニヤついた彼女の視線の先には、手を繋いで歩いてくる侵入者二人組の姿が。

 

「(ここね!)」

 

グイッ

 

紐が勢いよく引っ張られ、罠が起動する。しかし、今までの様な大きな音はせず、竹林の空気はなこ変わらず静かなままだ。

ーーそれもそのはず。この罠は、音が出ないように仕掛けてある物なのだから。

 

ポトリ「…ん? なんか落ちてきた」

 

「?? これ、なぁに?」

 

「………蜘蛛か?」

 

歩いてきた双也たちの足元に落ちたのは、赤と黒の毒々しい色合いをした大きな蜘蛛。首を可愛らしく傾けながら、フランはその見た事もない蜘蛛を眺めていた。

ーーが、異変はその直後に起こった。

 

ボトボトボト「……え?」

 

ボト、ボトリ「……まさか…降ってきてる…?」

 

なんと、二人の上空から大量の蜘蛛が降り注いできたのだ。しかも大きさは最初の二倍ほどであり、ただの人間ならば大パニックになる事だろう。

そういう意味では、フランも同じ様なもので。

 

ボト「………ふぇ?」

 

 

 

蜘蛛の降り注ぐ空を見上げていたフランの顔に、ボトリと蜘蛛が着地した。

 

 

 

「き、きゃぁぁあぁあぁあっ!!?」

 

「うおっ!? 急にレーヴァテイン振り回すなよっ!!」

 

精神的には子供であるフランにとって、顔に大蜘蛛が着地するなどというのは恐怖以外の何物でもなかった。覚悟ができていたならばまだマシだったろうが、あいにくそれは突然起きてしまった。

ゆえにフランは、反射的にレーヴァテインを発動し、泣きじゃくりながら半狂乱になってしまったのだ。

 

「(くくくくくっ、驚いてる驚いてるっ! 男の方が平気なのはなんか癪だけど、この調子であの男も…)」

 

影から二人を眺めながら、てゐはそんな事を考えていた。

未だ降り注ぐ大毒蜘蛛に慌てふためく二人を眺めようと視線を戻したーーが、はやり上手くはいかなかった。

 

「ちっ、フランを…泣かせんなっ!」

 

ヒュンッ

 

暴れ狂うフランが見るに耐えず、双也は刀を抜き放ち、同時に能力を発動した。

その瞬間、蜘蛛たちは空中に居たのも含めて全てが同時に両断された。散り散りになった蜘蛛の破片が降り注ぎ、それに気が付いたフランも少しの平穏を取り戻していく。

そんな衝撃的な光景を目の当たりにし、仕掛人であるてゐは驚くばかりだった。

 

「(なによ今の!? 一瞬で蜘蛛たちが散り散りに…。いくら殺傷力の低い罠って言っても、あそこまでできる奴なんてそんなに居ないわよ!?)」

 

驚く心の内とは別に、彼女は無意識に歯軋りをしていた。こうも上手く行かないことは、彼女にとっても稀なのだから仕方ない。

 

「(次こそその余裕顔ひん剥いてやるわ…)」

 

そう決意を固めたてゐは、さっそく次の罠を仕掛けるべくその場を後にした。

 

 

「…………………」

 

 

彼女のいた竹の影を、双也が見つめていた事も知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

ーーそれからというもの。

 

 

ヒュン「今度は丸太の挟み討ち…」

 

「(大木の丸太を刀で両断ってどういう原理よ!)」

 

 

ーーてゐは幾度となく双也に挑みかかり、

 

 

「弓矢の嵐って…また訳わからん仕掛けを…」

 

「(それを防いでるあんたが訳わかんないわよ!)」

 

 

ーーその度に敗れ、悔しがり、

 

 

「(……まだ足らねぇか)」

 

「(最早コメントすらされなくなったわね……)」

 

 

ーー彼女のイライラは最高潮まで達していた。

 

「(〜〜〜もうっ!! 何だってのアイツ! 何にも効かないじゃないっ!!)」

 

声を出せばバレてしまう為、本当は叫びたいのを堪えて彼女は心の内で文句を垂れた。ここまで来ると、彼女にとっては最早"屈辱的"という領域である。双也達はただの正当防衛なのだが、てゐは勝手に"馬鹿にされている"と脳内変換してしまう程であった。

 

「(ぐぅぅうっ! もう罠のネタが尽きたわ! でもここまで馬鹿にされて仕返ししないなんて考えらんないわ! 何か……ん?)」

 

ネタが尽きたにも関わらず、ズタボロのプライドを少しでも癒すために再び罠を考え始めるてゐ。屈辱に歪んだ顔で双也たちを睨みつけた彼女は、ふと、彼らの先にある"見覚えのある地面"を見つけた。

 

「(アレ…あ、かなり前に仕掛けた奴ね。しかも殺傷力皆無のヤツ。あんなのじゃ引っ掛かるわけ……引っ掛かるわけ……)」

 

思いとは裏腹に、彼女の視線は罠と二人に熱く注がれた。

藁にもすがる思い、と言うのか、最早ネタも仕掛け済みの罠も尽きたてゐは、最後に残ったあの簡素な落とし穴に全てを託すしかなくなったのだ。

 

ーーこれでダメなら諦める。

 

全てをやりきったてゐには、そんな達成感にも似た感情が沸き起こっていた。

 

じっ、と見つめる。それはさながらスローモーションの様で、てゐが感じる時間の流れはおよそいつもの数十倍。

彼らが落とし穴のすぐ前まで来るのに、何度"今か、今か"と思ったか分からない程だ。

 

そしてーーその瞬間は訪れた。

 

ごくっ「………………」

 

双也が片足を上げ、落とし穴の上に着こうとする。

片方の少女は人間ではないと分かっているため、最悪そちらはどうでも良い。せめて(にっく)きあの男だけでも。

そんな思いを込めて見つめていたてゐの目にはしっかりと

 

 

 

 

 

ーー男が罠に落ちる瞬間が映っていた。

 

 

 

 

「〜〜〜〜ッ!!!」

 

反射的に飛び出した。もはやバレるとかは関係ない。自分を馬鹿にしたーーと勘違いしたーーあの男を嘲笑うことに、てゐの頭は染め上がっていた。

 

「あははははっ!! やっっっと引っ掛かったわね! 私を馬鹿にするからそんな目に……合、う………のよ…?」

 

歓喜に歪んだてゐの顔は、みるみるうちに青ざめていく。

それもそのはず。落とし穴を覗き込んだ彼女には、なにも映っていなかったのだから(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

その瞬間。

 

 

 

ガシッ「つーかまーえた」

 

 

 

恐怖の言葉が、響き渡った。

 

ギギギギギ、と鳴りそうな様子で、てゐは自分の服の襟を掴んでいる存在を確認すべく、青ざめた顔で振り向いた。

当然、そこにはーー

 

「全く、引っ掛かったフリしないと出てこないとか…案外タフな奴だな」

 

無表情でそんな事を呟く、双也の姿があった。

 

「………………ッ!!!」

 

大ピンチ。

絶望的なこの状況に、てゐは最早声も出ない。

いや、声など出さなくても結末は変わりそうになかったのだ。つまりーー何を言っても許してくれないだろう、と。

 

「さてフラン、夜食としてウサギ鍋とかどうだ? 食材は今手に入ったぞ」

 

「あ、それ美味しそう!」

 

「ま、ままま待って!! 」

 

反射的に叫んだてゐを、双也は無表情で見つめる。

感情が読み取れない、というのは、絶望的な状況に置かれた者にとってはこれ以上なく恐ろしい。次に何をされるのかが予想できないからだ。

そんな沼に身投げするかの様な恐怖の中、てゐは出ない声を振り絞って反抗した。

 

「あ、ああ謝るから! なんでも言う事聞くから殺さないでっ!」

 

「人を殺そうと罠を仕掛けた奴が今更何言ってんだ。プライドをズタボロにされても殺すのを諦めなかったお前が、命乞いなんてする資格は無い」

 

「……………ッ」

 

正論である。プライドを悉く砕かれても諦めずに殺しにかかっていた者が、逆に返り討ちにあって命乞いをしても、受け入れられるはずがあろうか。

ーーいや、そんな事ありはしない。

そしてその対象となった双也は、その手の行為が最も嫌いである。命を軽んじている者、殺すのを楽しもうとしている者、それらはすべて、彼の断罪に値する者達なのだ。

 

「お前、今までもこんな事して、誰かを殺したのか?」

 

「……いや、ここまでしたのはあんた達が初めて。大抵の人は初めの方で引っかかるから…」

 

「…そうか」

 

それだけを聞き、双也は刀を上段に構えた。

事の重さを空気で感じたフランも、彼の後ろで黙っている。

 

「(ああ、ここで終わりかぁ…)」

 

鋭い殺気を一身に受けているてゐも、諦めていた。

ここまでの事になって、助けるわけがない。彼女は一重に、行いを後悔した。

 

「(せっかく、ここまで長生きしてきたのに…こんな事しなけりゃよかったなぁ…)」

 

言葉には出さない。どうにもならないと分かっているから。

ただ彼女は、今から下されるであろう痛みに備え、目を瞑る事しかできなかった。

 

「反省、しろよ」

 

「ッ!」

 

てゐはいよいよもって覚悟した。痛みを予想し、ギュッと目を瞑る。

 

ーーしかし、襲ってきた痛みは、そんな痛烈なものではなくーー

 

コツン

 

「………えっ?」

 

ーー軽い軽い、拳骨であった。

 

「な、なんで…」

 

心底不思議そうに尋ねるてゐに、双也は襟を離さないまま

答えた。

 

「…殺してないんだろ? なら、まだやり直せる」

 

彼の表情は、先程の無表情と打って変わって、少しの微笑みすら讃えていた。

 

「既に殺した事があるなら、手遅れだ。でも、その顔を見る限り、お前は反省も後悔もしたんだろ?」

 

「……うん」

 

「なら大丈夫だ。おいたが過ぎればどうなるか、分かったんだからな」

 

「……………………」

 

"おいたが過ぎればどうなるか"それはきっと、双也が"あえてしなかった事"の事なのだろう。

不用意に殺しにかかって、逆に殺される。やり過ぎてはいけない、と、双也は暗に語っているのだ。

彼の目にまっすぐ見つめられたてゐも、その意味は十分に理解した。

 

「ただのイタズラはいい。アフターケアもしっかりしてるならな。ただ、お前が俺たちにしたのはイタズラではない。……覚えとけよ」

 

「……うん」

 

彼の説教を真に受け止め、てゐは珍しく反省をした。

当たり前といえば当たり前だ。自分の行動が原因で、殺されるかもしれない状況を作り出したのだから。逆にこれで学ばない者は馬鹿ですらない。それ以下である。

 

「ただ…」

 

説教を終えたため、つかまれていた襟も解放され、地面に下されるーーかと思いきや。

彼女の予想とは違い、双也は未だ襟をつかんだままであった。

 

「それはそれとして、だ」

 

彼はてゐの額に人差し指を添え、良い笑顔で言い放った。

 

「お仕置きは、ちゃんと受けて貰うぞ?」

 

「…ひ、ひゃい…」

 

 

 

ーー破道の一『衝』

 

 

 

そうしててゐは、呆気なく双也の鬼道によって気絶したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇお兄さま、ウサギ鍋食べないの?」

 

「いや、アレ冗談だから…。真に受けんなよフラン…」

 

再び二人は、夜の竹林を駆け出す。

 

月は未だ、微動だにしていない。

 

 

 

 

 




今回のお話にどこか違和感を感じた人…鋭いです。

ではでは。

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