東方双神録   作:ぎんがぁ!

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と、特に書くことが無い……。

ではどうぞ!


第百三十七話 美しい花には棘がある

永遠に続くかと思われる程の長い長い石階段を抜け、最近は少し丸くなった様子の剣士を退けると、大きな冥界の屋敷、白玉楼に辿り着く。

冥界の果たす役割の中心部にあたるここには当然、今日もたくさんの人魂たちがユラユラと踊っていた。

 

"役割"、というのは、魂が一時(いっとき)止まる世界として場所を与える事。そしてーーその幽霊達が好き勝手しない様、管理する事である。

 

そしてその役割を一手に担っているのが…

 

 

「私は異変なんて起こしてないわよぅ」

 

 

白玉楼の主、西行寺幽々子。

生前持っていた"死霊を操る程度の能力"に目をつけられ、冥界の永住を許された亡霊。ーーと同時に俺の友達。

 

今回の異変に"魂"が絡んでくるとなると、取り敢えず彼女の下を訪れるのは当然だ。何たって、彼女の怠慢一つで幽霊が暴れ出す可能性もあるのだから。

まぁそんな事はないだろうけど。

 

「ホントに何もやってないのか? だって魂が溢れてるんだぞ?」

 

「むしろ、私が何もしてなかったら、今頃幻想郷は多過ぎる幽霊の所為で気温が下がって、もう一度冬を迎えているところだわ」

 

「む、確かにそうだな…」

 

彼女の反論に、俺は頷く事しか出来なかった。

"幽々子が今管理しているからこそ、この程度の量で済んでいる"と考えた方が良いのかもしれない。それでも相当な量ではあるが……仮に冥界の幽霊たちまで幻想郷に流れ込んだら、なんて…………考えてみたら恐ろしい。現代人では発狂モノだろうな。そこかしこに幽霊が居るんだから。

 

「うーん、じゃあ幽々子は犯人じゃないって事で、御暇するよ。疑って悪かったな幽々子」

 

「ホントよ。私を犯人と疑うなんて、失礼しちゃうわ」

 

「………いや、前科があるんだからそれは言えないだろ」

 

「過ぎた事は気にしないの。じゃあ異変解決頑張ってね双也」

 

"ああ、じゃあな"

軽く手を振る幽々子に、俺も手を振り返しながら白玉楼を出た。

妖夢は相変わらず門の前で掃除兼門番をしていたが、全く捗っていないようだった。やっぱり門番は退屈らしい。

少しだけ応援の言葉を送ってやり、冥界を出た。

 

「さて、そうなると………行くしかないのか…ちくしょー…」

 

幽々子の仕業でない。そうなると、俺は必然的にもう一つの方へ行かなければならなくなる。

……ヤバい、あいつに会うのやっぱり怖いわ。

 

次の目的地を探して辺りを見回す。結構高い所にいるので、幻想郷の大体の範囲は見渡せる。

 

「(……あった)」

 

目指すべき次の場所。

それは、黄色のカーペットを敷いたかのような、美しい向日葵畑だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズズズズ……。

そんな音が、未だ響いている。双也が能力で集めた桜の山は放置してあり、せっかく見えた石畳も、新たな花びらにその面を隠してしまっていた。

境内の中では勿論ーー霊夢が未だ、不機嫌そうにお茶を啜っている。

 

ズズズ…「…………………」

 

「………………」

 

ズズッ、ズー「…………………」

 

「………………」

 

「…………………何よ、文句あんの()

 

やっとお茶から口を離した霊夢は、正面に座ってジッと彼女を見ていた妖怪ーー八雲紫に声を掛けた。

"声を掛けた"…そう言えば聞こえは良いが、どちらかと言うと"悪態を付いた"の方が正しい。実際霊夢は、異変の事にも紫の事にも、始終イライラしっぱなしだったのだから。

 

「いいえ、文句なんて無いわよ。ただ、あなたには他に為すべき事があるのではないかしら?」

 

「…相変わらず回りくどいわね。異変に行けっていうんでしょ? 行かないわよ私は」

 

「誰もそこまで言っていないわ。少なくとも、掃除が終わっていないようでは…ね」

 

含んだような言い方で、紫はにやけ顔を霊夢に向けた。

何時ものからかい文句だとは分かっていながらも、今の霊夢には、文句を言わないなんて事は出来なかった。

 

「うるっさいわね! 師弟そろって何なのよあんたらは! あんなの終わんないわよ! 文句言うならあんたが代わりにやれっ!」

 

「はい♪」パチン

 

ドサッ

 

紫の小気味良い指打ちの直後、霊夢はそんな重い音を聞いた。音源であるだろう外を見てみればーーそこはいつもの博麗神社。砂利と石畳が美しく並べられ、その傍に桜の山が出来ていた。

 

「霊夢、これで異変解決に向かえるわね♪」

 

「…………これだから人外は…」

 

こいつらは皆、人間に出来ないことを平気でやってしまう。そんな、人間と妖怪の違いに改めて気が滅入ってしまう霊夢。その所為か、イライラもフッと覚めてしまっていた。

 

ともあれ…

 

「異変には行かないって言ってるでしょ。今日はもう十分頑張ったもん」

 

「……まだそんな事を言っているの? 博麗の巫女ともあろうものが……霊那なら、私がこんな事を言わなくても出発しているわよ」

 

「うっ…お母さんは関係ないじゃない! 兎に角、行かないったら行かない!」

 

そう言い、霊夢はまたお茶に口を付ける。その余りにも懲りない姿に、紫はただただため息を吐くばかりである。

 

ーー仕方ない。

 

紫は、最終手段に出た。

 

「ねぇ霊夢」

 

「…何よ」

 

「あなた、このままだと魔理沙に抜かされるわよ?」

 

 

霊夢の、お茶を飲む手が止まった。

 

 

「…いや、そんなこtーー」

 

「霊那にも、永遠に追いつけないわねぇ」

 

「うっ…」

 

「こんな分かりやすい異変では、あなたが仕事をサボってるって丸分かりね」

 

「ううっ!」

 

明らかに反応を見せる霊夢の様子に、紫の口元はますます歪む。

 

ーーそして、極め付け。

 

 

「双也にも、呆れられちゃうわよ?」

 

 

「……………ッ!!」

 

最早、霊夢には声も出ない。

長い間彼女を見てきた紫は、彼女が"そういう攻め"に弱い事を良く知っていた。

一度使ったら、その後は中々使えないが故の最終手段であったが、一度この事を弁えてくれれば、その後はもう問題ないだろう。

霊夢は結構、負けず嫌いな性格だから。

 

「ぅぅう…! 分かったわよ! 行けば良いんでしょ行けば!」

 

「そう、行けば良いのよ」

 

腹の立つ紫の微笑みは一先ず無視して。

霊夢はいやいや言いながら、準備を済ませた。

 

「終わったらなんか良い物寄越しなさい」

 

「はいはい、分かったわよ。じゃあ頑張ってね♪」

 

「ふんっ」

 

"まぁ、私が何かしなくても双也がご褒美あげそうだけど"

そんな事を思いながら、紫は青い空に消えていく霊夢を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向日葵、向日葵、向日葵。

どうしようもなく、向日葵。

 

本当に向日葵ばかりが植えられて、その全てがとても元気に育っているものだから、この花畑は一般的に、"太陽の畑"と言われている。

 

花畑、と侮るなかれ。

その単語を聞いて、ぜひ行ってみたい、なんて思ってはいけない。況してや、一本欲しいなんて以ての外だ。

何せここは、幻想郷でも屈指の(・・・)危険地帯なのだから。

"美しい花には棘がある"とは、よく言ったものだ。

 

「ここは本当に久しぶりだなーーって、蘇るのに千年もかかったんだから、基本どこも久しぶりか…」

 

そんな花畑の入り口に、双也は降り立っていた。

ただ、その一歩を踏み出せずにいる。

 

入ったら、事がどう転がっても必ず戦闘になる。 それが弱小妖怪なら問題は無いが、タチの悪い事に、ここで遭遇する妖怪は大妖怪中の大妖怪。

身体能力と戦闘センスなら、右に出る者はいない程の強者である。

 

「…………立ってても始まらない」

 

意を決した双也は、少し気後れしながらも一歩踏み出した。周りの気配に気を配りながら、ゆっくりと、その向日葵で出来た美しい道を歩いていく。

 

「…ここは変わらないな。前来た時と同じ、良く育ってて元気だ」

 

前に来たのは…花と種を取りに来たんだったな。

懐かしい記憶を思い出しながら、目的の人物を探して歩き回る。

そうして進みながら、双也はその時あった事も同時に思い出していた。

 

ーー即ち

 

 

 

 

ガアァンッ!!

 

 

 

 

大妖怪との、凄絶な戦闘を。

 

双也の背後から振り下ろされた"傘"は、しかし彼に届く事はなく、交差するように発動した結界刃によって受け止められていた。

微動だにしない双也の手は、僅かに天御雷の鯉口を切っている。

 

「…久しぶりだな、花妖怪」

 

「久しぶりね、現人神」

 

ヒュンッと、振り向き際に放った旋空により、襲い掛かった花妖怪ーー風見幽香(かざみゆうか)は少し離れた所へと弾き飛ばされた。

 

しかし、彼女は空中で体制を立て直すと同時に能力を発動した。

双也の目の前の地面から、鋭くて太い植物の根が飛び出し、一斉に彼へと襲い掛かる。

 

「破道の三十一『赤火炮』」

 

根は、双也にその牙を突きつけることなく、彼の破道によって焼き焦がされた。

攻撃をした張本人である幽香は、着地したその場で、攻撃を防がれた事には特に驚きもせず、口元を歪ませながらその様子を見ていた。

 

「ふふっ、腕は鈍っていないようね。安心したわ」

 

「……お前こそ、昔から変わらないようで安心したよ」

 

皮肉を込めた言葉で、双也は幽香に応えた。

全く、戦いと花が好きなところは昔っから変わっていないではないか。むしろ、いきなり襲い掛かってくるあたり昔よりタチが悪くなっている気すらする。

正直に言って変わっていて欲しかった所には何も改善が見られず、むしろ強さに拍車がかかった様子の幽香に、双也は嘆息した。

 

「なぁ、俺は訊きたいことがあってここに来た訳で、別に戦いたい訳でもなければ花を取りたい訳でもないんだが」

 

「そうでしょうね。前に会った時、あなたは花達の事を考えながら戦ってくれたし、好戦的にも見えなかったもの」

 

「……じゃあなんで襲ってくるんだ」

 

「決まってるでしょう?」

 

傘の先端ーーいや、銃口(・・)が双也へと向けられた。

 

「私が、戦いたいからよ!!」

 

刹那、幽香の銃口から嵐の様に妖力弾が放出された。

彼女の妖力から考えて、その一発で中妖怪、もしくは比較的力の弱い大妖怪すらも倒せるだろう。

 

紫同様、である。

千年以上の時を生きた幽香は、どの要素を鑑みても、文字通り他と隔絶した実力の持ち主なのだ。

 

「後にも先にも、私が敗北を喫したのはあなただけ! なら、あなたにはリベンジさせて貰わなければならないわ!」

 

幽香のテンションは、そんな理由から最高潮にまで高まっていた。 誰にも負けなかった自分が唯一負けた相手。周囲に戦闘狂とまで言わしめる彼女にとって、戦う理由はそれだけで十分だった。

全力を出すべく、妖力弾はひたすらに双也を狙う。

 

「ちっ…分かってはいたけど、やっぱり他の奴とじゃ次元が違うな」

 

「避けてばっかりね。もう手詰まりなのかしら?」

 

「ンな訳ねーだろ!」

 

無限流と瞬歩を用い、弾幕をひたすらに避けていた双也は、そう言って霊力を一気に三割解放した。

 

強過ぎる霊力の衝撃波ーー霊撃が、幽香の弾幕すらも一気に消し去る。

 

「俺が勝ったら、大人しく答えてもらうからな!」

 

「私が知ってる事ならね!」

 

一瞬作った弾幕の隙を突き、瞬歩で一気に距離を詰める。

そこから放たれた双也の斬り上げは、しかし幽香の傘に受け止められた。

吹き飛ばなかった事に少しだけ驚愕するも、双也は斬撃を重ねていく。幽香も同じく、傘を双也に叩きつけていく。

 

「っ…無限流にここまで付いてくる奴は初めてだ!」

 

「この蒼い刃の事かしら? 霊力が集まる瞬間に反応すれば全く問題無いわ」

 

「っ! そう言われるのも初めて、だっ!」

 

埒があかないと判断した双也は、剣撃の合間、ギャリンッ! と多量の結界刃を一気に幽香へと仕向けた。

しかし、というのか、彼女は双也の予想に反する事なく、発動前に見切って上空へと避けて見せた。

 

軽く着地したその顔は、双也が昔対峙した時のそれよりも、狂気的な深い笑みをたたえていた。

 

「ふふ、前よりも強くなった私のマスタースパーク…喰らいなさいな」

 

彼女の背に大量の植物の根が迫り出した。

その砲門にも見えるそれの中心で、銃口が、重く激しい光を放つ。

 

「華砲『グロウルートブリッツ』」

 

銃口の光が一層強くなったかと思うと、それは瞬時に炸裂し、背の太い根が飛び出す(・・・・・・・・・・)のと同時に(・・・・・)巨大な閃光を放った。

根が砲撃を押し上げ、砲撃が根を引っ張り上げ、相乗効果を生み出しながら掛け算式に威力を跳ね上げていく。

 

迫り来るその圧倒的な火力を見つめ、双也は霊力を、更に一割解放した。

 

「成る程、お前にはここまでの手加減は必要無いらしい」

 

突き出された彼の手、そしてその周囲に、チカチカと、丸みを帯びた沢山の霊力が光った。

 

「光滅『無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』!」

 

先の幽香が"妖力弾の嵐"なら、こちらは"霊力砲の嵐"。

掌に光る霊力の玉は、その大きさからは想像出来ないほどの強力な霊力砲を、マシンガンさながらに撃ち放った。

 

幽香の技も、一般的に見れば途方もなく強力な技だ。大妖怪中の大妖怪である、幽香の本気の技なのだから、当然と言えば当然だ。

しかし、その彼女の何倍も生きた双也には、届かない。

技を、力を、能力を、鍛え続けた彼には、届きようもない。

 

互いの砲撃は、拮抗しているかのようだったが、確実に、幽香の砲撃が削られていきーー遂には、完全に呑み込まれた。

 

「……ふふ、ここまで本気になっても勝てないなんて…。 最早、尊敬に値するわね」

 

リベンジは果たせなかった。

でも、本気でぶつかっても勝てなかったのなら、それはもう清々しいくらいに吹っ切れてしまった。

 

狂気的な笑みではなく、やりきったという感じの微笑みを浮かべながら、幽香は、その嵐に身を沈めた。

 

 

 

 

 




ちょっと戦闘がさっくり過ぎましたかねー。
まぁ閑話扱いですから、これくらいがちょうど良いのかも知れませんね。

………と、言い訳してみる。

ではでは。

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