もしかしたらみんな待っていたかも知れない"あの異変"。
ではどうぞ!
第百三十九話 知らない異変
「平和、だなぁ…」
開かれた窓から差す日の光。共に流れてくるのは、心地良い風である。
双也は、魔法の森の奥地にある家の居間で、寝転がって目を瞑っていた。
机の上にはもれなく、湯気を立てるお茶と少しの煎餅が乗っている。
「こんなに気持ち良いと、うっかり寝落ちそうになるな」
「もう、気持ちの良い日なのは分かりますけど、だらけ過ぎですよ双也さん」
だらけているーーは言い過ぎとしても、あまり動こうとしない彼の姿を見、丁度双也宅を訪れていた先代博麗の巫女、霊那が口を尖らせる。
彼女の言葉を聞き、双也は片目だけ開けて霊那を見やった。
「だらけてる訳じゃないさ。今日という日を楽しんでるだけ」
「はぁ、どうやら屁理屈も昔より上手くなったみたいですね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてませんので安心してください」
ふぅ、とため息をつき、霊那はパクリと一粒の栗を口に放り込んだ。ふにゃぁ、と頬が綻んでいるので、相当美味しい栗だったのだろう。
まだまだ食べる気なのか、霊那の座る椅子と机の前には、沢山の栗を始め、里芋や銀杏やれんこん、長ネギなどの旬の食材が山になっていた。
この食材達ーーこれが、霊那が双也宅を訪れた理由である。
人里で行われる、毎年恒例の秋の収穫祭。理由は定かではないが、今年は例年にも増して大量の野菜が収穫できたのだ。しかも味すらどれも絶品。
人里の一員として当然参加していた霊那は、予想以上に取れてしまった野菜達の山を見、こう考えたのだ。
ーーこのまま保存しても、半分くらいは腐っちゃいますね。
"ならばお裾分けしよう"
という事で、昔から世話になっている双也のところへ朝から足を運んだのだった。
最近は特に騒ぎもなく、至って普通の平和な日々が続いている。どうせならもう少しゆっくりしよう、ということで、霊那は未だに双也宅に止まっているのだ。
「双也さん、栗食べますか? 美味しいですよ?」
「ん? あー貰う。投げてくれ」
なんとも行儀の悪い事この上ないが、どこか平和ボケした頭の二人にはそんな事を考える事も、それを注意する事もできなかった
刺激がなさすぎて、脳が麻痺しているらしい。
「ん、美味い。……平和過ぎて暇過ぎるな。いや、良いことなんだけど」
「暇なのは余裕のある証拠ですよ。それでも刺激が足りないなら、試しに
「………今なんて言った?」
霊那が発した言葉に、のんびりしていた双也の表情がキッと引き締まった。それは、彼が何らかの問題に直面する時無意識に切り替わる、真剣な表情。
霊那は"しまった…!"という顔をしていた。
「新しい神社? 初耳だぞ、なんだそれ」
「(あー…口が滑りました…霊夢に怒られますね…)」
問い詰めてくる双也に少し気圧されながら、霊那はそう思った。昨日交わした、霊夢との約束に触れてしまうから。
"仕方ありませんね…"
霊那は渋々、答える事にした。
「実はこの間、妖怪の山の頂上に新しい神社がやって来たそうなんです」
「やって来た? 外界から?」
「らしいですね。それでそこの巫女が、博麗神社までやってきて"信仰を寄越すか取り壊しなさい"と霊夢に言ったそうなんです」
「……それは霊夢から?」
「はい。昨日、わざわざ人里までやって来て相談されました」
昨日の正午、庭の掃除をしていた霊那の元に、何時にも増して神妙な面持ちをした霊夢が訪れた。
彼女のお気楽な性格を誰よりも知っている霊那は、当然その様子を疑問に思い、取り敢えず家に上げて事情を訊いたのだ。
そうして霊夢から告げられたのが、先程の話。
『どうすれば良いのかな? 取り壊すのは当然嫌だし、向こうの言いなりになるのも嫌だけど、どのみち渡せる程の信仰も無いのよね…』
悩む霊夢に対し、霊那は実に容易に、言い放った。
『自分で答えを出しなさい、霊夢。あなたはその方法を、既に知っている筈ですよ』
『…………!』
霊夢は、パッと頭を上げて立ち上がる。
意を決した、そんな表情で。
『ありがとお母さん! 宣戦布告された分念入りに準備してくる!』
『ふふ、頼もしい事ですね』
本当に、たくましく育った我が子の背中を見つめ、霊那はそれを嬉しく思った。
多少乱暴なところはあるけれど、元気に越したことはない。それに、あの子は優しさもちゃんと持っている。
玄関を出、恐らくは明日の殴り込みに備えて準備をしに行ったのであろう霊夢を思い、霊那は微笑んだ。
「…で、なんで俺に"やっちまった!"って顔したんだよ?」
「それは…霊夢に口止めされたからですよ。なんでも、"世話になりっぱなしだから"とか…」
「…そっか」
一通りの説明を聞き、双也はなんとなく理解を完了した。
霊夢の言葉に関しては、"別に気にしないのになぁ"なんて思ったりもしたが、まぁ言う通りだ。自分でなんとかしたいのだろう。
「(心意気は尊重してやりたい………でも、コレは…)」
ーーでも、それでも、今回だけはそうも言っていられない。
なぜなら、
転生者であり、前世ではこの世界の事ーーつまり東方projectの事を知っていた彼が、である。
長い時を生き、確かに前世の記憶の殆どは記憶の彼方へと消えてしまった。それでも実際にそれが起こってしまえば、普通ならば"あーこんなイベントあった気がするな"なんてデジャヴに近い現象が起こる筈だ。
今回はそれが、全く無かった。
つまり、彼の知らない事象、という事になる。
行かない訳には、いかなかった。
「霊那、悪いけど俺、行ってくる」
「それは、"刺激を求めて"ですか?」
「いや……確認して来なきゃならない」
真剣な雰囲気の漂う双也を見、霊那は"彼が遊び気分で行くのではない"という事を察した。
ならば、霊夢に怒られるかもしれないからといって、彼を引き止めることなどしてはいけない。
そもそも、勧めたのは自分だ。
彼女もまた真剣な表情をしながら、しかし少しばかり微笑んで、送り出す言葉を彼に掛ける。
「……分かりました。お気を付けて」
「ああ、行ってくる。…………霊夢はもう行ったのか?」
「いえ、昨日聞いた限りでは、今日の正午に殴り込みに行くと…」
「分かった。……行ってくる」
そう言い残し、双也は家を、魔法の森を飛び立った。
目指すは妖怪の山、頂上の神社である。
「この世界にもう一つの神社…………まさか…な…」
ふと頭を
ここでやっと双也の設定に関する伏線回収をした訳ですが…短かったですね。
まぁ序章なのでサクッと終わらせようと思います。
ではでは。