ではどうぞ。
新しく来た神社ーー守矢神社での一件の後。
傷付いた霊夢達一行は、ふらふらの足取りながらも、無事に博麗神社に辿り着いた。
しかし、神社の庭に降り立つのと同時に倒れ伏してしまう程、皆が皆、消耗し、傷付いていた。
「ッ!! おいお前ら! どうしたんだよっ!?」
「ぅ……魔理、沙……」
「とにかく、全員中に運んでやる! おいお前らも手伝えっ!!」
皆の惨状を見、飛び出してきたのは魔理沙だった。
彼女は何時に無く心配そうに、そして焦ったように、彼女の呼び掛けに応じた面々と共に、皆を神社に運び入れ始めた。
「全く…一体何がどうなってんだ…っ!」
痛むであろう身体に気を使いながら皆を中に運び込み、少しの間休憩を取ると、その空気は何処となく重くなってしまった。
当然である。
神社に居合わせた面々ーー魔理沙、咲夜、レミリア、妖夢ーーそれぞれに面識のある二人が、死ぬ寸前まで傷付いて戻ってきたのだから。
今だって、傷の酷かった紫、霊夢、二人の神は、神社の奥の部屋で治療を受けている。
「全く、いつも通りの異変解決かと思ったら…地震で揺れるし、二人は死にかけるし…一体何が起こってるんだよ」
いささか不機嫌な声音で言う魔理沙は、ガジガジと後頭部を掻きむしった。謎が多すぎて、如何にもイライラしている様である。
霊夢同様、神社騒動を嗅ぎつけて山を登っていた魔理沙。彼女も当然、あの大地震に襲われた。
しかし、好奇心の塊と言ってもいい彼女は、臆する事もせずに、どころか更にスピードを上げて登ろうとしていた。
それを止めたのが、紫だったのだ。
『魔理沙、これ以上進む事は許さないわ。すぐに引き返して、博麗神社で待ってなさい』
『はぁ? なんでだよ! 異変解決は私の仕事だろっ!』
『あなたの意見なんて聞いていないわ。これは、命令よ』
『…何時から私はお前の
『"面白そうな事"…?』
その瞬間、紫の雰囲気は取り殺されそうな程鋭いものへと様変わりした。
『……あなたは、この状況の重大さが分かっていないッ!』
弾幕勝負では決して見る事のないーーいや、こんな雰囲気を纏ってはいけないという程、鋭い殺気。
それを浴びた瞬間、魔理沙の身体は、無意識に震えたのだ。
「…あんな殺気ぶつけられちゃあ、言う事聞くしかないぜ…」
その時の事を思い出して、魔理沙は頬に汗を垂らしながら言った。
霊夢達の負傷、先程の大地震ーー良くないことが連鎖的に起こり、それを鑑みて、俯く妖夢が言葉を零した。
「やはり、と言いますか…大分危ない状況な様ですね…」
「…そういえば、あなたは何故ここに来たのかしら?」
ふと、咲夜は妖夢に問い掛けた。
彼女は半分幽霊であり、冥界にある白玉楼の庭師という仕事を務めている。
冥界への影響ーー主に力の余波ーーがあったとしても、彼女がここにいる理由にはなり得ないのだ。
問われた妖夢は、特に困った顔も見せずに言った。
「…あの妖力の余波は、冥界にも響いて来ました。それだけなら私が来ることもなかったのですがーーあれに、
幽々子の力。それは"死に誘う程度の能力"。
咲夜がレミリアの強大な力に慣れてしまっていたのと同様、妖夢と幽々子の間にも、そんな関係がある。
彼女自身がその能力を使う事は滅多にないが、つまりは、長い時間を彼女の側で過ごしてきた妖夢には、その"感覚"が肌で分かる様になっていたのだ。
そんな中、彼女に似た性質の妖力を感じ取った。
心優しい少女である妖夢は、一言主に断っただけで、飛び出してきたのだ。
結果的には確かに非常事態にはなっていたのだが、それも見越していたのか、その主たる幽々子は何も言わずに、見送ったのだった。
「結界を超えたら、既に妖力も途絶えていたので、取り敢えず博麗神社に急いだのですが…正解だった様です」
「…ホントにね。不本意だけど、あんた達が居てくれて助かったわ」
不意に、声がした。
全員が予期していなかったその声に皆がそちらを向くと、そこには身体中に包帯を巻いた霊夢が立っていた。
「! 大丈夫かよ霊夢!」
「ええ、一応ね。内臓が潰れ掛かったりはしたけど、大丈夫よ」
まだ痛みはあるだろうに、霊夢は少しだけ微笑んで見せた。それはとても弱々しくはあったが、取り敢えず、命に別状が無かった事に関しては、皆が皆、のしかかる重りから解放される様な気持ちであった。
「後の三人はまだ治療してるわ。特に紫は…重症みたいよ」
………………。
紫が重症。
その事実は、この件が如何に危険なものなのかを痛烈に叩きつけた。
この中の誰一人として、紫に適う者は居ない。そんな中で、その紫自身が殺されかけたとあれば、皆が戦慄するのも無理は無かった。
黙り込む皆を前に、霊夢は一つ溜め息を吐いた。
「………怖がっていても仕方ないわ。この異変を解決するには、どうしたって…不本意だけれど、彼と戦う事になる。…取り敢えず……事情を聞かない事には、始まらないわね」
そう言った霊夢の視線は、未だ気を失ったままの少女ーー東風谷早苗に向けられていた。
「……よく、分からないわね」
起き上がった早苗から告げられた事に、霊夢はポツリとそう零した。
皆彼女の言葉に反応してそちらを向いているが、その眼は"確かに、そうだ"と暗に語っている。
「…何がです?」
「全部よ。双也にぃは、百年ほど前には既にこの幻想郷にいた筈よ。あんたはどう見たって普通に十代の女の子だし、出会うはずは無いのに…色々と時間的な矛盾が出てきてる」
双也は既に一億年以上の時を過ごし、その最後として、百年ほど前に幻想郷入りを果たした。
それならば、今回初めてここを訪れた早苗が、彼と会っている事は物理的にあり得ない。
こうなると、実質正しいと言えるのは早苗の方だ。
彼女はこの事実に従って、彼とは初対面だというのだから。
ーーならば、双也は何故早苗の事を知っていたのだろう。
勿論、彼女らの誰一人として、この世界における双也の成り立ちを知る者はいない。
だからこそ、結局、皆の疑問はそこに行き着く。
会った事もない人物を既に知っていて、更には彼女が覚えていなかったことで変貌を遂げている。
双也という存在の謎が、また深まったのだ。
「あの…すみませんでした。私の所為でこんなことになってしまって…もう、何が何だか…」
「いーや、今回はお前の所為じゃないと思うぜ。だって言ってる事は正しいからな。……むしろ、おかしいのは双也の方だぜ。今までも不思議なやつだなーとは思ってたが、ここまでくると、最早別の世界の奴みたいだ」
守矢神社の二柱ーー諏訪子と神奈子が傷付いた事も相まって、泣き出しそうな声で話す早苗に、魔理沙は慰め程度に言葉を返した。
未だ目尻に涙が溜まってはいたが、早苗は小さく"有難うございます…"と呟き、再び俯く。
「…それで、駆けつけた紫様と霊夢さんが応戦した、と」
纏めるようなその言葉に、全員が少しだけ顔を顰めた。
応戦したけれど結果は惨敗だったのだ。それを思えば、皆に戦う意思があったとしても、気落ちするのは仕方がない。
「ともかく、情報の共有でもしようぜ。どうせ、この中に逃げ出す奴なんていないだろ? 気落ちなんてしてるより、対策してた方がまだマシだぜ」
「……そうね。魔理沙の言う通りだわ」
いつでも前向きな彼女の性格は、普段こそ彼女自身が開き直ってしまう原因にもなっているが、こういう時には助けられる。
内心微笑を零しながら、霊夢は繋ぐように話し出した。
「正直に言って、共有出来るほどの情報も得られちゃいないけどーー」
「まさか、そんな……」
「…あいつがそんな状態になってるとは…考えたくもないな……」
霊夢から双也の状態や強さを聞いた面々は、ただただその表情を蒼白に染めた。
霊夢の惨敗
紫の苦戦
そしてそれでも、まだ本気を出していない様な雰囲気を醸す、双也。
何故そんな強行に走ったのかは、全くもって分からない。
加えて、そんな双也が無遠慮にその凶刃を振るうとなれば、恐ろしさを感じるのはむしろ自然である。
それらの事実は、実質二人よりも実力が低いとされる面々に戦慄すら感じさせた。
ーーそんなの、どうやって止めりゃ良いんだよ。
と。
「……ともかく、見た運命に従って正解だったという事ね」
「はい、お嬢様…」
「…何を見たんだ? レミリア」
呟くレミリアに、魔理沙は問い掛けた。
レミリアの"運命を操る程度の能力"は、場合によってとても有用な効果がある。戦闘にこそ使用しないが、それは先の運命を見るーー言うなれば未来予知に限りなく近い能力なのだ。
ともすれば、その予知を見たというレミリアに、問い掛けない手はない。
「……ボヤけて上手くは見えなかったけれど、酷く傷付いた霊夢が見えたの。だからここに来た。彼女が打ち負けるほどの異変になるなら、私たちの力も必要かと思ってね」
それとーー。
そう言葉を区切り、レミリアは少しだけ目を細めた。
「壊れそうなくらい苦しんでいる、双也の姿が見えたわ」
「ッ……」
ギュッと、霊夢は胸を締め付けられるような錯覚を覚えた。
それが何なのか、なぜ胸が痛むのか、それは彼女自身も分かっていた。
ーーきっと、怖いのだ。
小さな時から側にいて、本当の兄の様に接してきて。
一度は仲違いしたけれど、結果的には更に絆が深まった気さえ感じる。
せっかく仲を戻す事ができたのに。
昔みたいに兄妹でいられるのに。
当の双也は、また離れていってしまう。それが、霊夢にはどうしても怖いのだった。
そんな霊夢には気にも留めず、魔理沙は相変わらず顎に拳を当てて考え込んでいた。
少しの間続いた沈黙は、やはり魔理沙の言葉で破られる。
「んでもよ、今の双也は、紫の何やらすごい封印術を食らって消耗してるんだろ? なら、案外そこまで怖がる必要も無いかもしれないぜ?」
「…そうね。妖怪の賢者が苦戦したと言っても、無限に体力があるわけでは無いし、何か弱点がある筈よ」
魔理沙の言葉に、レミリアも同調して言う。
天界にある"緋想の剣"の特性のようにーー此処にいる者達がそれを知るはずは無いがーー、相手の弱点を突く事は非常に有効である。
いくら絶望的なまでの戦力差があろうと、弱点を突いて突いて突きまくれば、もしかしたら勝機が見えてくるかも知れない。
魔理沙の考えは、至極妥当だ。
しかし
「そう上手くは、行かないのよ」
ーーそれを打ち破ったのは、紫の声だった。
「…ッ! 紫、もう大丈夫なの?」
「大丈夫ではないけれど…ね。境界を少し弄っておいたわ」
そう笑顔を浮かべる紫は、やはり少しだけ、苦しそうである。
だが、自力で歩いて、笑える程には回復した事に霊夢はただ一安心した。
「…それより、上手くは行かないって…どういう事よ?」
霊夢の隣に腰を下ろした紫に、咲夜は的確に問うた。
紫の復活で少しだけホッとした様な空気に、再び緊張が戻る。
紫は、心なしか暗い表情をした。
そしてゆっくり、口を開く。
「……あの封印ーー架々八天封印は、まだ未完成なのよ」
「アレが……未完成?」
霊夢の言葉は、完全に無意識だった。そりゃ、アレだけ高度で複雑に編み込まれた術式を見て、未完成だなんて到底思えない。思うはずが無い。少なくとも、霊夢はそうだった。
唖然とする彼女を横目で見た紫は、弱々しく頷く。
「…あの封印術は、私が長い年月をかけて編み出し、遂に完成し得なかった術。
ーー
ーーえ?
全員の頭が、たった一つの疑問に支配された。
対双也用? という事は、紫はすでに"こうなる事"を知っていた、という事か?
全員が思った事は、ほぼ同じだった。
そしてその事を紫が見抜くのは、赤子の手を捻るより容易なことだった。
全員の疑問を解決すべく、紫は、"事の始まり"について、語り出す。
「あなた達の想像通り、私は大分前から予想していたわ。ああなった双也の危険性も、恐ろしさも。だからこそ、今の今まで…
彼女が彼の
未だスペルカードルールが確立されておらず、揉め事は実力行使で解決していた時代。
「単刀直入に言うわ。アレは、双也が神格化した時の姿。そしてーー
ーーそれは、百年近く前に起きた、ある異変での出来事ーー
おかしなところがないかとても心配です…。
ではでは。