東方双神録   作:ぎんがぁ!

154 / 219
"昔々、ある一人の少年の物語"

ではどうぞ!


第百五十一話 少年だけの"世界"

ーー少年の世界は、"灰色"だった。

 

 

いや、"少年の世界に色は無かった"という方が正しいか。

 

物心が付いて、暫くしたら、いつの間にかその視界に映る世界に、色は無くなっていた。

目に映るもの全て、色の無い白黒テレビ。音も姿もボヤけて、イラつきの拍子に鉄バットで殴りつけたくなるような、そんな、何の面白みも無い世界だった。

 

 

『えっと…神薙双也って言います。趣味は…特に無いです』

 

 

少年がそんな世界を見るようになってしまったのは、ある種、"少年自身の性質"と言えた。

それは、ある意味誰もが望む事であり……

望みはすれど、叶える事は酷く難しい事である。

 

 

『はぁ? なんだよ、お前また平均ピッタかよ。ほんとどうなってんの?』

 

『いいなぁ〜、それって絶対赤点無いって事だよね?』

 

『お前器用だよなー、なんだって並程度には出来るんだからさー』

 

 

ーーそう、それは、普通である事(・・・・・・)

 

この世界の誰しもが、穏便に生を全うしようとする。荒波の中に自ら飛び込んでいくものなど、そうは居ない。

"普通に出来る事"を、誰もが望んでいる。

 

ただーーこの世において、何が起こるか分からないからこそ、そう(・・)ある事は何よりも難しい。

 

 

しかし、少年だけは違っていた。

 

 

何をやっても、並平均。

どんな事も出来る代わり、どんな事にも秀でない。

 

人間関係すら、極々普通の並一般。

人間関係に関して、世間的に何が一般的だと言われるのか定かでは無いが、少年のそれを見た人間は、誰もが口を揃えてこう言ってきた。

 

 

ーーああ、極普通の男子高校生だね。

 

 

普通。それは、不変。

どんな事を言っても、どんな事をやっても、それはそれの平均にしか辿り着かなかった。

偶にそれを打ち破ろうと頑張っても、少年の為す全ての事が、何一つとして、その平均値を上回る事も下回る事も絶対に無かった。まるで世の理だとでも言うように。

 

ーー"失敗しないならいいじゃないか"?

 

とんでもない。少年にとって、失敗かどうかは関係ないのだ。

ただ"何か違う事が起こって欲しい"。

不変の人生なんて、拷問そのものだ。

 

成果の出ない努力。

怠けても取れる平均値。

見え透いた結果。

 

特異点とでも言えそうな、そんな彼の性質は、彼自身の心から、温かみと言うものを貪るように食い尽くしていった。

 

 

『え、えと…そ、双也君の事が好きですっ! 付き合ってくださいっ!』

 

『あ…えっと…ゴメン、誰かと付き合う気は全然無いんだ。……ゴメンね』

 

 

『今日は双也の好きなカレーよ! たらふく食べなさいっ!』

 

『んー、あーサンキュー母さん…』

 

 

温かさーー即ち、愛と言える物を向けられる事はあった。

自分を好いてくれる女の子の愛。

自分を産んでくれた両親の愛。

自分と仲良くしてくれる友達の愛。

 

しかしそのどれもが、冷え切った少年の心を温めるには、余りにも足りていなかった。

 

色黒テレビの画面の向こう。

そんな"別世界"から愛を囁かれたところで、大した感動がある訳でもない。ある筈もない。

 

 

そうして少年は、いつの間にか"色"を失った。

 

 

『放課後どっかで遊ばねーか?』

 

ーーいいよ面倒くさい。

 

 

『二組のあの子かわいーよなー!』

 

ーーそんなのどうでもいい。

 

 

『双也君! この問題教えて欲しいんだけど…』

 

ーー俺より適任がいるだろ。

 

 

声にこそ出さないし、拒否する事もない。しかし、その時の少年の瞳と言ったら、どれ程冷ややかで冷め切ったものだったろうか。

 

軽蔑ではない。嫌いな訳でもない。

ただーーひたすら、つまらなかった。

 

変わった出来事が起こらないかなぁ(・・・・・・・・・・・・・・・・)なんて思う事は、常日頃の習慣にすらなっていた。

 

 

 

だからこそ、少年は、密かに"色"を求めていた。

 

 

 

熱くなるような赤。

冷えるような青。

明るくなる黄。

落ち着く緑。

 

上げれば切りが無いが、ともかく、少年の冷え切った心を温めるには、そんな鮮やかな色彩がどうしても必要だった。

 

そんな時。

少年が、そんな色の無い世界に飽き飽きしてきた頃。

 

出会ったのが、東風谷早苗だった。

 

 

『うあっ……あー、面倒くさいな…』

 

『ああ! 大丈夫ですか!? なんで誰も手伝ってあげないんでしょう…』

 

 

初めの頃はいつも通り。

ただの騒がしい友達(他人)だと、少し目立ちやすい知り合い(他人)だと思って接していた。

様々な理由で、共に過ごす時間は増えたけれど、根本的には普段と何も変わりはしなかった。

 

だって、そうだろう?

 

先生に書類運びを頼まれ、(つまず)いてばら撒いてしまい、それを手伝ってくれた女の子と知り合う。

そんなの、ありきたり過ぎて何の面白みも無い。普通過ぎて、望みが無い。

彼の周囲に満ち満ちている、つまらない現実と全く同じだ。

 

しかし、今までと違う所は、確かに存在した。

 

 

『双也さん双也さんっ! 見てくださいコレ! 双也さんのお陰でこんなに良い点数取れましたっ!』

 

 

『うぅ〜、まさか一番食べたかったケーキが、私の一歩手前で売り切れてしまうなんて……ツイてないですぅ…』

 

 

『もしかして双也さん…今私の事馬鹿にしました…? 失敬な! 私だってこれくらい出来ますよーっ!』

 

 

それは、早苗にとっては全く普段と同じ、誰に対してもそうしたであろう態度だった。

 

嬉しければ良く笑うし、悲しければションボリするし、イラついたなら重かれ軽かれ、確かに怒る。

しかし、そんな彼女と過ごす時間が長くなる内、少年はある事を考えるようになった。

 

 

ーーああ、この娘は"色"に満ち溢れている。

 

 

泣いたり笑ったり、怒ったり沈んだり。

早苗は人一倍感情が豊かで、表情が鮮やかだった。それは最早、冷え切った心の所為で何も思わなくなってしまった少年とは、正反対の存在。

 

少年の心は、隣でそんな鮮やかな"色彩"を解き放つ早苗に、ゆっくりと温められていった。

 

 

『……大丈夫ですか双也さん?』

 

『ん〜…眠過ぎてあんまり大丈夫じゃないな…ホント、早苗って熱心だよなぁ』

 

『勉強は学生の本分ですからね! さぁ、行きましょっ!』

 

『ちょ、急に走り出すなってー!』

 

 

ーーそうして少しずつ、少年は毎日に楽しみを見つけていった。

 

 

『……早苗ってオタクなの?』

 

『え!? 何ですか急にっ!?』

 

『いや…良くお前がガ○ダムとかのアニメに詳しいって噂聞くから…』

 

『ああガ○ダムですか? 確かに大好きですよー! クイズ大会に出たら余裕で優勝する自信がありますっ!』

 

『…マジだったのか…』

 

 

ーーそうして少しずつ、少年の世界は色を取り戻していった。

 

 

『うぅ…赤点ギリギリ、危なかったですぅ…』

 

『まだまだだなぁ早苗。俺は赤点なんて考えた事ないぞ』

 

『双也さんはいつだって平均点叩き出すじゃないですかぁ!』

 

『はははっ、そういう体質なんだよ』

 

『ズルいですよぅ…』

 

 

ーーそうして少しずつ……少年は、早苗の事を大切に想うようになった。

 

 

それは別に、恋愛感情という事ではない。言うなれば、"親愛"というものだろうか。

そもそも、少年の心に正常な恋愛感情など備わっているなら、こんな長い過程など無くとも、とっくのとうに早苗に惚れているだろう。それだけずっと近くにいたのだし、それだけ早苗は魅力的な少女なのだから。

 

ただ、そう(・・)ならなかったのは一重に、少年の心が、あまりに長く、決して正常とは言えない状態を保ってきてしまったから。

 

冷え切った心は何もかもを反射して、今まで決して揺らぐ事はなかった。

だがそれも、早苗の温かみによって遂に変わる。

 

 

早苗は俺の心を溶かしてくれた。

 

早苗は俺に生きる楽しみを与えてくれた。

 

早苗はーー俺の世界を、変えてくれた。

 

 

そうして早苗は、少年の中で誰よりも大切な存在となったのだ。

 

早苗が居なければ、今の彼は成り立たなかったろう。

早苗が居なければ、もしかしたらつまらないこの人生を、自ら終わらせようとしていたかもしれない。

もしも早苗が居なくなったら(・・・・・・・)ーーそれこそ、少年の心は壊れてしまっていただろう。

 

ーーそれは、ある種の防衛本能だったかもしれない。

あの時…少年が早苗に迫る危機を見てしまった時、早苗が居なくなれば自分の心がどうなるのか、無意識に悟っていたのだろう。

だからこそ、少年の身体は無意識に動き出しーー早苗を庇って、刃に貫かれた。

 

 

『双也さんっ!! 死んじゃ…ダメですっ! ダメですよっ!!』

 

『さ、なえ……』

 

 

薄れゆく意識の中に、後悔というものは欠片もなかった。 失わずに済んだ事に安堵すらしていた。

ただーー少年は、彼女の隣にいられなくなった事を、ひたすら残念に思った。

 

 

『死にたく、ない…なぁ…』

 

 

その行動が、気持ちが、神の目に止まるなど、この時の少年は思いもしなかった。

当然だろう、自らの死に際に、そんな非現実的な事を思い浮かべる余裕など、あるはずが無い。

 

しかし、ただ、それが事実である事に変わりはないのだ。

 

少年の、短くもつまらないーーしかし、最後には色鮮やかな夢の様だった人生は、こうして幕を閉じた。

 

そして、人知れず、世界の狭間から、また別の世界へと。

 

一人の神に見守られて、少年は歩き出したのだ。

 

 

 

 

ーー少年の見た世界。

 

それは灰色。

それはモノクロ。

それは、鮮やかな虹色。

 

少年の世界、少年だけ(・・)の世界とは、そんな……"ある筈の色を失った世界"だった。

 

 

 

 

 




……………。

ではでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。