東方双神録   作:ぎんがぁ!

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カッコいいサブタイにしたかったんだけどこれしかなかった…。

ではどうぞ!


第百五十八話 "弁慶の泣き所"

『分霊、という言葉を知っておるかの?』

 

博麗神社。

竜姫に呼び止められ、皆が急いで飛び立つ中で止まった霊夢と早苗に、竜姫は唐突に問いかけた。

 

『…えーっと』

 

『当たり前よ。巫女としては当然の知識だわ』

 

悩む早苗を尻目に、霊夢はさも当たり前と言い放つ。

そんな彼女に対して早苗は得心ゆかぬらしい表情をしていた。

早苗の困った顔を横目で一瞥した霊夢は軽く溜息を吐き、続いて確認の意味も込めて、言った。

 

『神社に祀られている神様が、分社とかを建てる際にその力ごと分けて宿らせる事よ』

 

『あ、なるほど…』

 

『その通りじゃ。腐っても巫女じゃの』

 

微笑む竜姫に、霊夢は"余計なお世話よ"と悪態を付いた。

その隣で納得できたらしい早苗は、会話に割り込むように言う。

 

『それで、その分霊がどうかしたんですか?』

 

『うむ。今から二人にはのーー神降ろし(・・・・)を習得してもらう』

 

『……神降ろし?』

 

眉根を寄せて、霊夢が反復する。

彼女の反応に、竜姫は一つ頷いた。

 

『そうじゃ。そして習得したその業でーーある二柱(・・・・)の力を借りるのじゃ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く…龍神様も無茶させるわ。こんなの聞いたことないわよ…」

 

ここまでの経緯を思い返し、そして今現在自分が置かれている状況の事を思い、霊夢は深い深いため息をついた。

 

そしてそんなため息に反応するように、未だ聞き慣れない美しい声が彼女の頭の中で反響した。

 

『そうですねぇ、私も聞いたことありません。 まぁ竜姫ちゃんのする事は大抵聞いたことないものばかりですけどね。平行世界を渡るとか』

 

「…慣れてるのね、日女様(・・・)

 

"うふふっ"と微笑んだのは、たった今霊夢がその身に降ろしている神の一柱。

双也と関わりを持つ者の一人にして、竜姫と並ぶ最高神。

 

 

ーー"天照大御神" 伊勢日女その人である。

 

 

強大な力を持つ最高神をその身に降ろした霊夢からは、霊力が陽炎のようにして身体から噴き出していた。

背後で彼女の背中を見つめていた一同は、ビリビリと強く、しかし温かみすら覚える、威圧感に似た物を感じていた。

 

「れ、霊夢…なの?」

 

「ええ、他に誰が居るのよ」

 

驚愕する紫達に、霊夢は普段通りの言葉で返した。

優しくも冷たくもない、普段通りの空気のような返答。

彼女のそんな性格を長らく見ていた紫には、彼女の背中が暗に語っている事をはっきりと感じ取った。

 

ーー後は任せなさい。

 

と。

 

「さて、と…」

 

一つ区切るように呟き、霊夢は双也を睨み付けるように見やった。

彼はその場を動かず、そして技が容易く打ち砕かれた事にも欠片の驚愕を見せず、ただジッと姿を変えた霊夢を凝視していた。

 

「……お前、一体どんな無茶をしたんだ?」

 

「あら、心配してくれるのかしら?」

 

「抜かせ。オレはただ気になっただけだ」

 

 

 

お前からは、神力を二つ感じる(・・・・・・・・)ーー。

 

 

 

その言葉に、紫達すらも驚かざるを得なかった。

 

神降ろしとは通常、一人の人間に対して一柱までが限度だ。しかも巫女や神主など、神事に通ずる者しか行うことは出来ない。

何故ならーー神を二柱以上同時に降ろして耐えられる器が、存在しないから。

 

少なくとも人間ではそうだ。

一柱が限度であり、それ以上を降ろそうとすれば身体の方が耐えられない。

 

それを、二柱? どんな冗談だ。

 

信じられない。しかし、現に霊夢がそれを成し得ている。

その事実が、彼女以外の者を更に困惑させた。

 

「……まぁいい。どんな力を得ようが変わらない。咎人は須らくオレが裁く。ーーそれに変わりはないんだからな!」

 

思考を打ち切るように言い切り、双也は再び刀を構える。

そして勢い良く、神力と妖力を解放して肉薄した。

霊夢はただ、その姿を目で追いながら、独り言のように呟くのだった。

 

「……本当、無茶な事させてくれるわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていっ! やぁっ!」

 

輝く錫杖で薙ぎ払う。

溢れ出た炎が悪しきものを呑み込み、瞬く間に塵に変えていく。

弾け飛んだ光弾は滑らかな尾を引きながら敵を貫き、その者を消えぬ炎に包んでいった。

 

そうして次々と悪しき者共ーー黒い怪物を屠っていく中、早苗は盛大な愚痴を零した。

 

「もう、一体どれだけいるんですかぁ〜!」

 

『掃いて捨てるほどは居るだろうな。何せ、この世界が雲に覆われてからだいぶ経っている』

 

早苗の言葉に応えたのは、荘厳な男性の声。聞く者に強さと威圧感を感じさせる声だった。

彼の他人事のような返答を、早苗は少しばかり素っ気なく感じるのだった。

 

『心配は無かろう。お前達(・・・)は、我と日女の力を降ろしているのだからな。むしろ、それで負けるようではお前の実力が低過ぎると言う話になる』

 

「…けっこう辛辣ですね…」

 

苦笑いを零しながら、それでも攻撃の手は休めない。

早苗の一撃は確実に黒い怪物を捉え、そして余す事なく燃やし尽くしている。

早苗が長物を扱うのに慣れていない事も一因だが、それを鑑みても片手間の様に見える程雑な攻撃。

しかしそれでも、彼女の一振りが一撃で黒い怪物達を屠っている事は事実だった。

 

当然である。 彼女が振るう錫杖と炎は、主に日女のーー天照大御神の浄化の力そのものなのだから。

 

神力と妖力は生来、相反するものとしてこの世に存在している。

それは主に、人間の信仰や理想が神の元に、欲望や恐怖が妖怪の元となっているから。

そしてその手の能力を持つ日女の操る浄化の炎や光は、そんな妖力に対してこれ以上なく効果的な力を持っているのだ。まるで水と炎の関係の様に。

 

 

日女の前では、妖怪は何の力も発揮出来ない。

それは、彼女の力を降ろした早苗や霊夢にも然り。

 

 

ともすれば、妖力で形作られた黒い怪物を一撃で屠れるのも当然と言うもの。

怪物はおろか、黒い雷や瘴気さえ、今の彼女らには効果が無いのだ。

 

そうして頭に響く何処か素っ気ない声と会話しながら、早苗は黒い怪物を焼き続ける。

彼女の背後で交戦していた魂魄妖夢は、そんな彼女の様子を不思議に思って、刀を振るいながらも問いかけた。

 

「早苗っ、さん! 一体誰と…話してるんですか!」

 

早苗は光弾で怪物を焼き払ってから振り向く。

すると妖夢の方も、丁度目に見える範囲の黒い怪物を全て斬り捨てた所だった。

 

「えっと、私が今降ろしてる…雨伐戒理(あまきり かいり)っていう神様です」

 

「……神様? 早苗さんって、神降ろし出来たんですか?」

 

早苗の答えに、妖夢は更に不思議な思いを募らせた。

神社での話の流れでは、この人は外界から来たのではなかったか?

 

外界には、神という信仰そのものが薄れてしまっているーー。

その事実は、幻想郷の住民ならば誰もが知っている事だ。

"この幻想郷に神が存在する"

それこそがその証明である。

となれば自然に、外界に住んでいた早苗が神降ろしなど、天地がひっくり返っても出来るはずはないという結論に至る。

こちら側の世界の巫女である霊夢ならばまだ分かるが、どうして外界から来たばかりの早苗が?

伊達に幻想郷の住民をやっていない妖夢が、不思議がるのも当然であった。

 

そんな彼女の純粋な問いに、早苗は目線を若干逸らしながら、小声気味に言う。

 

「えーっと…ほ、ほんとは出来ないんですが…龍神様が能力で…その…」

 

「…??」

 

早苗はその理屈を、ちゃんと理解できていなかった。だからこそ説明が出来ない。

自分の言葉によって困った表情をする妖夢の視線に、早苗はだんだんとたまらない気持ちになった。

やがて耐えられなくなった早苗は、半ばやけくそ気味に言い放った。

 

「と、とにかく! 龍神様の能力で神降ろしが出来るくらいにまで強くしてもらったんですっ!」

 

「………はい?」

 

彼女に降ろされている戒理も、"雑な説明だな…"と呆れ気味に呟く。

早苗は、煩わしいくらい頭に響くその声に、何も反論する事ができなかった。

 

ーー自分よりも圧倒的に強い者の事を、"次元の違う相手"と表現する事があるだろう。

 

何もかも、自分を構成する要素の全てを凌駕する相手。

それは実は比喩とは言い切れず、確かに個々人の強さの次元ーーレベルと言ってもいいーーが違うという事なのだ。

早苗は確かに、神降ろしなど到底できない存在だった。 霊夢もそう思っていたし、何より彼女らにそれを習得させる事を目的とした竜姫ですら、分かっていた事だった。

 

だが巫女に近い役職である限り、その成長の延長線上に、"神降ろしを習得する"という項目は確かに存在するのだ。

早苗は普通の外界の人間とは違い、風祝であり諏訪子や神奈子といった神達とも長らく側にいた。神降ろしという"常識"が無いだけなのだ。

 

だからこそ竜姫は、その能力によって、霊夢と早苗を神降ろしの出来る次元(レベル)まで引き上げた。

否、引き上げる事ができたのだ。

 

「う〜ん…よく分からないですけど、分かりました」

 

妖夢は、早苗の足らな過ぎる説明で理解する事を諦めた。

言葉が矛盾している事は気が付いていながら、取り敢えず無理矢理考えを打ち切った。

 

「ともあれ…霊夢さんは大丈夫でしょうか…」

 

妖夢同様に考える事を辞めた早苗は、ふと、自分と共に飛び立った霊夢の事を思った。

言葉ではそう言いつつ、実はそこまで心配はしていない。言葉の綾というヤツだ。

霊夢は自分よりも優れている。

強さも、冷静さも、"妖怪に対して"という意味では、巫女としてさえ優れているだろう。

そんな言葉か、はたまた気持ちか、早苗の思いを感じ取った戒理も同調した様に言う。

 

『…何度も言うが、心配する事など何もない。我や日女、個々での戦いでは今の双也に勝ち目は無いが、我()日女の力を同時に用いれば、この世に勝てない者など存在せん』

 

「……そうですね。御二方の力ですもんね」

 

言い切る彼の言葉に、早苗は柔らかく微笑みを零した。

彼の言葉の力強さなのか、それとも霊夢を信じているのか、早苗自身にもはっきりした事は分からなかったが、ともかく、今の早苗に恐怖という物は欠片もありはしなかった。

 

『…双也には、長い間娘達を世話してもらった恩があるとはいえ…戦わねばならないというのは、少しばかり辛いものだな』

 

「…そうですね、戒理様…」

 

弱気な言葉にも聞こえるそれに、早苗はただ同調した。

彼を救う為に戦い、勝つ。一見矛盾している様にも見えるこの状況には、確かに心苦しいものがある。

…でも。

 

「……妖夢さん、行きますよ」

 

「え? 何処へ?」

 

「決まってるじゃないですか。今戦っている、みんなの所です」

 

キョトンとする妖夢に、早苗は微笑みかけた。

その眼は強く、心配事など一瞬で消えてしまいそうな力すら篭っていた。

 

「手伝って貰いたいんです」

 

振り返り、空を見上げる。

光すら通していない黒い雲は、未だ重々しく空に居座っている。

 

早苗はそれをジッと見つめ、強い決意と勝算を持って言い放った。

 

あの雲を、打ち払うためにーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほどねーー。

 

 

弾幕が飛来する。

霊夢は手に持つ錫杖に雷を宿らせ、タイミングを合わせて振り抜いた。

その動作と同時に迸った電撃は、飛来した無数の弾幕を一瞬で搔き消し、その勢いのまま双也へと直撃した。

 

 

こういう事ーー。

 

 

土煙が舞う中、双也は未だ一歩も動かない霊夢へと無数の風刃を放った。

輝く神力が霊夢を交点として描かれ、照らす。

霊夢はそれに対して、錫杖でトンと地面を突いた。

その瞬間霊夢を中心に陣が現れ、そこを通った風刃を一気に搔き消した。

 

 

"目には目を、歯には歯を"ーー。

 

 

光が収まらぬうちに、霊夢は双也の方へと錫杖を向ける。その先から現れた陣は、マシンガンの様に炎弾を連射した。

だがそれは一発も当たる事はなく、双也は上空へと瞬歩で避け、掌を構える。

そこには、禍々しい妖力が一瞬で収束した。

 

「光滅『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』ッ!!」

 

放たれた膨大な妖力が、真上から一気に霊夢を包み込む。

爆音が響く。暴力的なまでのドス黒い力が、確実に大地を抉っていく。

すると不意に、その妖力の波の中で何かがチラと光った。

 

 

そして双也にぃの"泣きっ面に蜂"、とーー。

 

 

それを皮切りに、ドウッと巨大な炎が溢れ出した。

炎はその圧倒的な熱と光を以って

"黒虚閃"を押し返し、炸裂させた。

 

未だ揺らめく炎の中では、円のように抉れた地面の中心に、依然として霊夢が佇んでいた。

 

「…ねぇ、もうやめない?」

 

着地し、未だ構えを解かない双也へと、霊夢は静かに語りかけた。

その言葉に、双也は睨み付ける視線を更に強める。

 

「あんたに勝ち目、無いわよ」

 

「はぁ……はぁ……何、言ってる…!」

 

「………………」

 

呼吸を荒くする双也を、霊夢はジッと見つめる。 彼女はまだ、"待っていた"。

勝ち目が無いと分からせ、異変を穏便普通に終わらせたかった。

何より、敬愛する兄を傷つけたくなかった。

"案外甘いのですね、霊夢"

そんな日女の声を聞き流しながら、待つ。

 

「オレのする事は変わらない…! オレの考えは…変わらないッ!!」

 

ただ、そう簡単に終わってはくれない事は、よく分かっていた。

 

言葉と共に、双也が刀を振るった。

その剣跡から放たれたのは、相も変わらずドス黒く、そして巨大な剣閃だった。

西行妖の死の妖力を大量に含んだ旋空。

この世の大抵の者は、この一撃で簡単に殺す事が出来るだろう。それが妖怪であろうと神であろうと、何でも。

だが今回だけは、相手が悪かった。

 

「……ふっ」

 

霊夢は錫杖へと炎を纏わせると、一振りの刀を形作った。そしてそれを、おもむろに振り下ろす。

するとそれに衝突した旋空は容易く断ち切られ、燃え上がって消えた。

 

「……私から二つの神力を感じる、って言ってたわね」

 

振り抜いた錫杖を戻し、言う。

 

「確かにそうよ。私は今、二柱の神を降ろしているわ。早苗と半分ずつ分霊(・・・・・・)してね」

 

"そのままじゃこっちが保たないから"

霊夢はその両手に、炎と雷を顕現させた。

 

「そしてその二柱の名はーー

 

 

 

 

太陽神 天照(あまてらす)、そして天罰神(・・・) 荒弥憑(あらみつき)

 

 

 

 

「……なんだと?」

 

双眸が見開かれた。

彼の表情は一瞬で塗り変わり、驚愕と不安を合わせた様な物に染め上がる。

この際、霊夢が二柱を同時に降ろしたという規格外の事実はもういい。

問題なのは、その神がよりによって彼と同じ天罰神だという事。

ーーいや、正確には違う。

神として降りる事ができるという事は、彼とは違う純粋な天罰神(・・・・・・)なのだろう。

 

予想だにしていなかったその事実は、今まで余裕の表情をしていた彼を、不安のどん底に突き落とすには十分な威力を持っていた。

 

「あなたの能力は、個人に対して絶対的な力を持つ。でもーー相手も同じ能力を持っていたら?

簡単な事よ。"相手より強くなる能力"をお互いに使いあったら、破綻する。だから単純に、相殺するわ」

 

 

目には目を、歯には歯をーー。

 

 

「そして残るのは、西行妖の妖力。でも、もう分かるわよね?

相殺された後に残ったその妖力も、天照大御神の力の前では無意味なのよ」

 

 

泣きっ面に蜂ーー。

 

 

霊夢はただ、淡々と事実を告げた。

個々では勝てない。荒弥憑だろうと天照だろうと。

だが、龍神の介入によってその両方を兼ね備える事に成功した霊夢は、双也にとって天敵に等しかった。

 

霊夢は今、絶対的有利の状況にいた。

何時でも彼を叩き潰す事が出来るからこその余裕。

故にーー霊夢はまだ、こんな事を言えるのだ。

 

「ねぇ、だから諦めてよ。双也にぃのもう(・・・・・・・)一つの人格さん(・・・・・・・)

 

…双也にぃって呼ぶのも癪だから、神の双也にぃで"神也"とでも呼ぼうかしら。

この時の霊夢の目は、未だそんな事を言えてしまう程に穏やかなものだった。

奪おうとするのではなく、頼む。願う。

今の彼が生まれた意味を理解する霊夢には、"ただただ彼を吹き飛ばして双也を取り返す"などという方法は、考えられなかった。

 

穏やかとも優しげともとれる瞳のまま、ゆっくりと手を差し出す。

 

「ねぇ、神也。お願い…」

 

 

 

 

 

いつもの双也にぃを、返してーー。

 

 

 

 

 




意外とみんな気が付いてたという事実…。
伏線なんてなかったんやっ!

ではでは。

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