東方双神録   作:ぎんがぁ!

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長かった…。

ではどうぞ!


第百六十話 もう少しだけーー。

『早苗よ、何人に声をかけるのだ?』

 

「一人です!」

 

未だ混乱の最中にある人間の里。

その家々の上を、輝く何かが尾を引いて飛ぶ。

言わずもがな、その正体は早苗である。

 

「銀髪のメイドさんです!」

 

『…あれか?』

 

脳内に響く戒理の声に向けて叫ぶと、丁度目的の人物が見えてきていた。

美しい銀髪をたなびかせ、未だ幻想郷を徘徊し続ける木の怪物へと無数のナイフを放つ。ーー十六夜咲夜だ。

 

彼女のナイフを受けて尚動こうとする木の怪物に、咲夜が攻撃するよりも早く早苗が浄化の炎でトドメを刺した。

 

「あら…随分と雰囲気が変わったわね、新しい巫女。 助かったわ」

 

「咲夜さん、でしたよね!? 力を貸してください!」

 

「は?」

 

「みんなの力を束ねて、あの雲を吹き飛ばします!」

 

「…はぁ!?」

 

相変わらず、説明が足りていない早苗である。 それくらい火急の用であるのは確かだが。

 

早苗と妖夢は、今手分けして戦っている者の所へ向かっていた。

妖夢は妹紅へ、早苗は咲夜へ。

その理由は一つ、幻想郷を包む死の雲を打ち払う為。

早苗も妖夢も、目的の二人を見つけるとこう伝えた。

 

上空で合図が出るから、そこへ最大火力を放ってくれーーと。

 

実は、妖夢に関しては何故これが必要なのか分かっていない。例の如く説明が成されていないからである。

たがまぁ、外界から来たにも関わらず、神降ろしを成し遂げた巫女ならば、信じてみようという気になったのだ。

どの道自分達には、あの雲をどうにかする術などなかったのだから。

 

早苗の簡潔過ぎる説明を受け、咲夜は戸惑いながらも返事をした。

彼女もまた、妖夢と同じように信じる気になったのだろう。

賭けに等しい。でもやってみなけりゃ何も進まない。

早苗はある意味、今現時点における希望の対象であった。

 

「さぁ…いきますよ」

 

『ああ。存分に振るうと良い、日女の技の一つ……』

 

 

『「凝光の八咫鏡(やたかがみ)」ッ!!』

 

 

上空に上がり、宣言する。

早苗の身体から溢れた神力は、太陽の光を思わせる程輝いており、それは早苗の掲げられた両掌に集まって強い光を放ちながら形を成し始めた。

 

そしてそれは、合図が何なのかなど知らずとも分かってしまう程、これ以上無い"合図の証"だった。

 

「ッ! じゃあ行くぜ、私の最大火力…! 魔砲『ファイナルマスタースパーク』ッ!!」

 

 

砲撃がーー。

 

 

「よーし行くかっ! 『フェニックス再誕』ッ!!」

 

 

炎がーー。

 

 

「いきますよ早苗さんッ! 六道剣『一念無量劫』!!」

 

 

斬撃がーー。

 

 

「受け取りなさい! 時符『パーフェクトスクウェア』!!」

 

 

ナイフがーー。

 

 

四つの線を引いて、真っ直ぐに早苗へとーー正確には彼女の作り出した巨大な鏡へと向かっていく。

 

激しい衝突音と光が響きながら、しかしその四つの"力"は拮抗して炸裂したわけではなく、すべて平等に、鏡の中へと吸い込まれた。

 

『八咫鏡は言わばカウンター。衝突した力を吸収し、自らの神力と束ねて撃ち返す技。……これだけあれば十分であろうな』

 

「…そうですね。皆の力、気持ち…全部受け取りました!」

 

キッと空を睨み付け、吸収した力を爆発させんが如く微動する八咫鏡を雲へと向けた。

 

「さぁ、解き放ちなさい八咫鏡ッ! こんな異変…終わらせるんですッ!!」

 

カッ!!

 

言葉と共に、八咫鏡が一際強い光を放つ。 同時にその正面に複雑な陣が何層も形成され、次の一瞬

 

 

 

 

巨大な閃光が、暗い空を駆け抜けたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悟る、とはこういう状態の事を言うのだろう。

 

極限の状態。 切羽詰まった空気。

そんな張り詰めた状況に身一つで晒されるからこそ、鋭くなった感覚が自らの状態を正確に導き出す。

ーー手の感覚。指先までは力が入らない。下手に打つと得物が離れる。

ーー足の感覚。傷の所為で踏み込めない。 当然走り回るのも難しい。

ーー鼓動。バクバク揺れる。少し苦しい。

ーー寿命。……残り僅か。

 

ならば、一撃で勝負をつける必要があるーー。

 

その導き出した答えこそが"悟り"。

自らの状態を察し、どうするべきかを考え、そして自分がこの先、どの様な事になるのかを悟るのだ。

 

神也はまさに、悟っていた。

 

立て続けの戦闘で流石に力も削がれた。そもそも妖力は大部分を空に放っているため少ない。

そして己の神力も、残った西行妖の妖力も、今の霊夢の前では全く無意味。

それでも諦められない。

 

神也は、残りの神力と妖力を振り絞った。

束ね、収束し、圧縮し、名刀の持つ鋒の様な鋭い力を迸らせる。

 

 

 

そして霊夢もまた、彼のそんな姿に悟っていた。

 

 

 

残り僅かな神力と妖力を搔き集め、今まさに放とうとしている。 どう考えても、斬り合い殴り合いの勝負をする気とは思えない。

故に、次の一撃で終わるだろう、と悟っていた。

終わらせると誓っていた。

 

『…霊夢』

 

「分かってるわよ日女様。一気に来る。ならこっちも、一気にいくわ」

 

『……大丈夫、ですか?』

 

「………………」

 

"何を今更"

ーーとは言わなかった。

神也の放つ言葉に揺れた自分も、確かに存在したから。

彼の気持ち、言葉。確かにあれば真実だったのだろう。

だからこそ心を揺さぶる程の力が篭っていたし、真っ向から否定する事が出来ない。

双也を想う者としては対等……いや、もしかしたら神也の方が上なのかもしれない。

 

ただ、それでも、霊夢の決意は強かった。

自分よりも相手を想う者、その考えを叩き潰し、己の考えを貫こうとする程には。

 

「…大丈夫。私は、ブレてない」

 

神也の言い分は分かる。

後で辛い事を免れるために、先にそれをやってしまう。

理に適った方法だ。 昔からある、最早否定のしようのない方法だ。

でも神也のしようとしている事は、少しだけ違う。

 

言わばあれは、バッドエンド。

誰も幸せになれはしない。

殺される自分たちは当然、双也だって幸せではないだろう。何せ、周りに誰もいないのだから。

寂しがり屋なあの双也が、それに耐えられるなんて到底思えないのだ。

 

「私の気持ちは変わってない。私は双也にぃに、戻ってきてほしい」

 

 

ーーだから、同情して遠慮なんて、しない。

 

 

ドウッ!!

 

錫杖から、炎と雷が激しく吹き出した。

遠慮しないーーその言葉を真なるものだと確定付ける様に、二つの力は弾け、ぶつかり、そして束ねられていく。

 

そしてーー。

 

 

 

「天穹剣『劫々灰尽之罪滅(こうごうかいじんのつみほろぼし)』…ッ!!」

 

「…『日輪(にちりん)天羽々斬(あめのはばきり)』ッ!」

 

 

 

膨大な二つの力が、交錯した。

 

方や神力と妖力を極限まで収束して放たれる一撃。

名の通り、未来永劫の罪全てを灰と化して焼き尽くさんと言うほどの、途方もなく強力な剣。

 

方や膨大な神力を束ねて圧縮し、一振りの巨大な刀を成して振るう一撃。

浄化の力と滅罪の力を融合させた、極めて高い特攻性を持つ刀。

 

二つの力は爆風を伴って衝突し、大地を抉り取りながら、巨大な光柱を生み出した。

最早、間近で戦闘の行方を見ていた四人には霊夢と神也の姿を確認する事が出来なかった。

弾けるような光と強烈な爆風に、目開けていられる余裕も無い。

 

「霊夢…」

 

類を見ない膨大な力の衝突を、紫はただジッと見守る事しかできなかった。

無意識に名前を呟きながら、願うように。

 

やがて光は小さくなりーー消えた。

 

視界を遮るものが無くなり、土煙の中を凝視する四人。

その視界の先に捉えたのはーー。

 

 

 

 

凛と佇む、霊夢の姿だった。

 

 

 

 

衝突の威力をくっきりと表す地面に、神也は倒れ伏していた。

身体はボロボロに傷つき、最早立ち上がるのも容易では無いだろう。

倒れ込んだまま、神也は微かに言葉を零した。

 

「は、はは……本気で力を使ったのに、勝てないなんて、な…」

 

「…当然よ。こっちはいろんな人の力を借りてるんだもの」

 

「…はっ、一人じゃ勝てなくて…当たり前、ってか…」

 

何処までも力無く笑う、神也の声。

霊夢は佇んだまま、その声にはっきりと答えた。

当たり前だ。みんなの力を借りて戦ってるんだ。勝てなかったら顔向けが出来ない。

霊夢は確かに、皆の"双也を取り戻したい"という気持ちを受け取った覚悟を持っていたのだ。

 

重圧、というのは感じなかった。

それは彼女の能力も関係していたのだろうが、更に大きな要因は、それが彼女自身の強い望みでもあったから。

 

周りがどう思うかは関係ない。

ただ、望みが同じだというなら一緒に背負う。

それが、霊夢という博麗の巫女のーー。

それが、霊夢という双也の妹としてのーー。

 

 

覚悟であり、誓いだった。

 

 

「ただ…」

 

ゆっくりと振り向き、神也を見下ろす。

その表情に、大異変を起こした者への恨み辛みは全く表れていなかった。

 

「あなたの気持ちも、よく分かった。だからもう少しだけーー私達に任せなさい」

 

「! ………言うようになったな…霊夢…」

 

 

じゃあちょっとだけ、頼むわーー。

 

 

髪を染めていた灰色が、ブワッと宙へ抜けた。

その、珍しい傷付いた姿は確かに、双也のもの。

 

その姿を中心に、駆け寄る四人を視界の端に捉え、霊夢はポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

「おかえり、双也にぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーその日、幻想郷に二つの光の柱が立ち上った。

 

柱は黒い雲を突き破り、その光は幻想郷に満ち満ちていた瘴気と異形を悉く討ち滅ぼし、未曾有の危機に陥った幻想郷を見事に救って見せたのだ。

 

幻想郷を壊滅の危機にまで陥れたこの異変は、妖力の雲が空を覆った、という意味を込めて後に、こう呼ばれた。

 

 

 

 

 

妖雲異変、とーー。

 

 

 

 

 




この物語最大のイベントもこれでお終い。
ただまぁ…これで全部解決! って訳でもないのは、分かってますよね?

なーんかベタな感じになった気がしますがこの際気にしない事にします。 気にしないったらしないんです!

ではでは。

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