東方双神録   作:ぎんがぁ!

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後日談です。
異変後のみんなの様子、ですね。

ではどうぞ!


第百六十一話 雲が晴れた後、悲哀と憤怒

二つの人格が、一つの身体を使用する

ーーそれは実際、どんな状況と言えるだろう?

 

一つの身体に一つの人格。

それが当たり前の事であり、二つの人格が共存するなど、本当は異常な事だ。

 

 

ーー……久しぶり、だな。

 

 

一つの身体に一つの人格がある時……その人格は体の全てを支配できる。 当然の事だ。 身体は意思によって動き、その意志を持っているのは人格だけだから。

 

ならば、一つの身体に二つの人格がある時……それぞれの人格はどうなっているだろう?

答えは単純。片方が起きている時は、もう片方は寝ている。 精神の奥底に沈められるのだ。

 

 

ーー恵まれてるなぁ、お前は。

 

 

故に、身体を共有していても経験は全く別物であり、考える事も全く別。 しかし、どちらも"その人"自身である事に、変わりはない。

なんとも、難儀な話である。

 

だとすると、"身体が"寝ている時は、どうなるのだろう。

 

どちらも身体を支配出来ず、意志だけがその中で取り残されているとしたら。

 

 

ーー怖い顔するなよ。 代わりにやってただけさ。

 

 

これも答えは単純。

身体の中で二つの人格が確立し、対立する。

要は二つとも、起きているのだ。

 

意思だけで動く人格は、身体の中で全く別の人物として存在する。

例えその誕生理由や存在理由が、片方の人格に依存するものだとしても。

 

 

ーー…そうかよ。なら、教えてくれよ。

 

 

そしてここで重要なのが、"経験したのは人格だが、それを覚えているのは身体だ"、という事。

共有していると言っても、その身体は両方の人格のものでもある。

故に。

 

 

ーー乗り越えろよ、オレの為に。

 

 

意識だけの会話で、ある程度の物はやりとりできるのであるーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

夜も更け、昼間の騒動が嘘かの様に静まりかえった幻想郷。

博麗神社では、月明かりに照らされた居間で霊夢が一人、座っていた。

ーーその手には、鱗の模様が描かれた一枚の札が握られている。

 

「…目を、覚ましたら……」

 

何処か心配するような瞳で、未だ眠っている双也をーー正確には、彼が寝かされている部屋の方を見遣る。

霊夢の頭の中にあったのは、この札を渡された時の一言であった。

 

 

『双也が目を覚ました時、これを使う事になるじゃろう。本当に必要かどうかは…お主に任せる』

 

 

決着が着き、覆っていた雲も打ち払われて、異変解決が成された後。

集まった面々が博麗神社を去って行く際に、竜姫に言われた言葉だ。

 

どう使うのかは、分かっている。

とても強力で見たことのない術式だが、これは確かに脱気系ーーつまり気を失わせる類の札だ。

ただ、このお札があまりいい意味を持っていない事は、なんとなく分かっていた。

勘というのも確かにある。

それも博麗霊夢の勘といえば、百発百中で有名な程信憑性のあるもの。理由にはそれで十分ではあった。

だが…それよりなにより、何処か納得しきっていない心の一部が存在する。

その事が最も、大きくて確かな理由だった。

 

それに竜姫自身も言っていた。

双也に打ち勝つだけでは終わらない、と。

今ならそれも、なんとなく分かる。

この異変に秘められた、双也の強い感情を知ったから。

自分の我儘で彼を連れ戻したと、分かっているから。

 

「竜姫様は、いったい何を見通しているの…?」

 

顔を上げ、月を見上げる。

キラキラと輝くような月の光は、大異変を退けた幻想郷、そしてその住民を祝福しているように見えた。

……そしてそれが、何よりの皮肉に思えた。

 

「(今回の異変は……犠牲者が出てしまった…)」

 

老い先の短かったお年寄り。

雷に撃たれた大人。

怪物に貫かれ、子供も何人か亡くなったらしい。

 

そんな犠牲の上に見るこの月が、"祝福している様"だなんて。

霊夢はゆっくりと視線を落とした。

 

手。

お札がシワを作っている。きつく握っていたらしい。

突然、ポタポタと手に落ち始めた水滴は、どんどんと数を増やして手を濡らしていく。

視界はぼやけていって、頬に何か暖かいモノの流れる感覚があった。

 

 

霊夢は、泣いていたーー。

 

 

「(なんで…泣いてるんだろう…?)」

 

溢れる涙を指で掬い、ぼんやりと考える。

ーーだって、亡くなったのは私には関係のない人達だ。

ーーなのになんで、私が泣いている…?

 

どうしても分からない。

なぜ関係の無い人間の為に自分が泣いているのか、彼女には理解不能の出来事だった。

なぜ私は泣いている?

なぜ私は悲しんでいる?

なぜ私はーーこんなに後悔している?

 

後悔する要素など、何処にあっただろう?

最善の手を尽くした。 それで無事ーーとは言わないまでも、解決して見せた。そして望み通り、双也を取り戻す事が出来た。それの何処に?

 

「……っ」

 

強く締め付ける様な言い知れない息苦しさに、霊夢はギュッと胸を抑えた。

きっと自分の心は理解しているのだろう。だから無意識に涙が出てくる。

しかし、彼女の頭脳はまだ、理解する事ができなかった。

 

よく分からない感情が渦巻き、その苦しさがとても辛くて。

未だ涙の溢れ続ける顔を俯かせ、キツく目を瞑る。

すると、これもまた無意識に、震える彼女の唇から微かに漏れ出たのだった。

 

 

ごめんねーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この雰囲気は、今までからすれば一言…"異様"と言える。

 

異変の解決後というのは、いつも人里には活気が満ちている。

それは、霊夢達が異変解決後に宴会でどんちゃん騒ぎするのと似た様な理由である。

つまり、解決を祝って皆が騒ぐのだ。

 

八百屋では大幅値引きが始まったり、

行列を作って踊ったり、

時には屋台が迫り出して、本当のお祭りの様になる事もある。

恒例行事となりつつあるその大騒ぎは、異変が解決された翌日には必ず催されてきた。

 

だが今回はーー。

 

 

 

「うっ…うぅ…ぐすっ、貴方ぁ…っ!」

 

「やだよ…お母さん…! やだよぉ〜!!」

 

「婆ちゃん……なんで、こんな事に…!」

 

 

 

黒色に染まる人間の里。

その色の元は、妖雲異変を生き残った者達が纏う喪服であった。

 

夫、母、祖母。

此度の異変は、人里の人間達から大切な存在を奪い取っていった。

残された人々の深い悲しみが、渦巻いて、混ざり合って、人間の里を黒色に染めている。

 

異変解決の祝福など、誰も口にする者はいなかった。

 

「………………」

 

そんな"黒"の中に、霊那と慧音も含まれていた。

巻かれた包帯を内側にして、黒色の服に身を包み、どちらも重い表情を浮かべている。

 

「先代……亡くなった者の中には、子供もいるそうだ」

 

「…はい」

 

「黒い怪物に襲われて、一突き…何人も、亡くなった…らしい」

 

「…はい」

 

「その…中には…っ、私の、教え子も…いるそうだ…っ!」

 

「…………はい」

 

「……くっ、うぅっ…」

 

堪える様に涙を流す慧音を、霊那はそっと抱き締めた。

彼女の涙が服を濡らしていく。 しかし慧音の悲しみの深さを考えれば、それは霊那にとってちっぽけな事であった。

 

「慧音さん…」

 

慧音は、どんな人間からも慕われる人物だ。

いつも表情は明るく、言葉こそ中性的なものだが、それには何処か頼もしさすら感じる。

母性的な性格も相まり、寺子屋に通う子達の両親からは、"第二の母"と認められている節すらあるのだ。

 

そんな彼女が、教え子(我が子)を亡くした。

 

その悲しみは、きっとその心に深く突き刺さっているのだろう。

彼女のそんな弱々しい姿に、霊那の頭にふとした想像が過ぎった。

 

即ちーー霊夢を失った、想像。

 

「……ッ」

 

ズキリと胸が痛む。

それは何かが突き刺さったのだと錯覚するほど鋭く、重い痛みだった。

霊那の頬には、予期せず溢れた涙が、一筋伝っていた。

 

「先代、様…」

 

静かに涙を流す霊那の背中に、彼女を呼ぶ声が掛けられた。

そっと慧音を離して振り向けば、その声の主は、泣き疲れた表情をした一人の青年だった。

 

「……何でしょう?」

 

「此度の異変の…犯人の居場所。……教えて下さい」

 

「……何故?」

 

「"何故"…? …決まってるじゃないですか…!」

 

 

 

ーー復讐しに行くんですよッ!!

 

 

 

青年の瞳に、激しい憎悪が見えた。

 

「俺は、母と姉を殺されました!

母は寿命を迎えた様にしわくちゃになって死に、姉は怪物に滅多刺しにされましたッ!

こんな非道を受けて、何もしないなんて耐えられない! 教えて下さい! 先代様ッ!!」

 

青年の声は、静まり返った人里には煩わしいほどに響き渡った。

その強く歪んだ意思に、霊那はしばし圧倒された。

 

「…そうだよ」

 

そして霊那が言葉を出せずにいると、また何処からか青年に賛同する声が聞こえてきた。

 

「こんな大惨事を起こしておいて、今までみたいに平然と幻想郷に溶け込まれるなんて、考えられないわ!

いっその事、そいつを殺して母さん達の墓前に晒すべきだわッ!!」

 

ーーそうだそうだ!

ーーこんな非道を許すな!

ーーこの恨みを晴らしてやろう!

 

青年の言葉を火種にして、里のあらゆる所から報復を望む声が上がる。

やれ絞首刑だ、やれ晒し首だ、人々はその恨みを晴らすべく、思いつく限りの残虐な死刑方法を叫ぶ。

その中心で言葉を受けるのは、霊那であった。

 

里の中でも、特に敬われる対象となっている彼女だからこそ、その罵詈雑言の矢面に立たされていた。

彼女が動けば、皆が動く。ーー否、動く理由になるのだ。

高い位の者が動けば、その人に嫌な事を押し付けることが出来るから。

人間という生物の醜さ極まる部分だ。

 

周囲の人々からの怒号の様な叫びに、霊那は言葉を出せずにいた。

復讐したい気持ちはなんとなく分かる。でも、それが何も生まない事も分かっている。

それが間違った認識だとも思っていない。

だが、分からなくなっていた。

 

「(心を決めた人間は、強い…)」

 

それはどんな人でも。

人間は気持ちさえ整っていれば、どんな悪逆非道もこなせてしまう生き物だ。

復讐だなんて無意味な事でも、平気でしようとする。

 

そんな真理とも言える事柄を分かっていても、同じく人間である霊那は、彼、彼女らにかける言葉が見つからなかったのだ。

ただ、人々を見回して戸惑うばかり。

 

復讐を叫ぶ人々は、溢れる様に活気付いていく。

最早この騒動は誰にも止められないと思われる程に盛り上がった人間の里はしかしーー。

 

 

 

 

「黙りなさいッ!!」

 

 

 

 

一つの叱咤によって、静まり返った。

 

ゴオッと風が吹き抜けた様に響き渡った声は、人々の怒号を一瞬にして搔き消したのだ。

皆の視線が、息を合わせた様に声の主の方へと向けられる。

 

「復讐なんて物の為に罪を犯すなど愚の骨頂です! 誰かへ恨みを吐き出しても、全く無意味だという事を理解しなさい!

愚か者ッ!!」

 

人々の視線の先。

そこには怒りに顔を歪ませた閻魔、四季映姫。

そして背後に、小野塚小町の姿があった。

 

「異変後の様子をと思って見に来てみれば、なんですかこの騒ぎは。復讐だなんだと喚く暇があるならば、少しでも長く死者を弔ってやるべきです 」

 

「…あんたに何が分かるんだよ!」

 

堂々とした態度で非難する映姫に向け、先程の青年が涙ながらに叫んだ。

彼はどかどかと前に出て、八つ当たりとも言える怒号を彼女にぶつけるべく掴み掛かる。

 

ーーしかし、彼の腕は虚しく空を切った。

 

パパンッ「くあっ!?」

 

迫る腕を笏で受け流し、それを返して青年の頬を(はた)く。

振り抜いた笏はそのまま掲げられーー青年の頭にコツンと添えられた。

 

「……身内を殺され、怒り狂う気持ちは分かります。

でも、理解して下さい。

復讐に心を囚われ、それを成し遂げたとしても…あなたの家族は戻って来ないのです」

 

「……ッ! ぐ…ぅうっ!」

 

青年は、その場で蹲ってひたすら涙を流し始めた。

映姫に諭されるまでもなく、分かってはいることだった。

でも、耐えられなかった。

何処にもぶつけられない怒りと悲しみを溜め込む事に我慢が出来ず、その矛先が"犯人"という丁度いい響きの的へと向かっただけ。

 

そんな彼と、彼の肩をポンポンと叩く小町を一瞥した映姫は、その様子を見つめていた霊那の方へと近寄った。

 

「…行きなさい、先代の巫女。ここであなたに出来ることは、何もありません」

 

「ですが…」

 

「私が、この者達を叱っておきます。…行きなさい」

 

映姫の強い瞳に、霊那は反論出来なかった。そしてそれに、感謝する自分自身を感じ取った。

今の霊那に、悲しみに溺れる人々を諭す事は出来ない。

ならば、成る程。魂の何たるかを知る映姫は、この場を任せるにはまさに適任であろう。

 

霊那はそのまま、足早に立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

しばらく歩き、もうすぐ我が家だというところ。

少しだけ息を切らす霊那に、物陰から声がかかった。

 

「ズルいよな、人間ってのはさ」

 

「……妹紅さん」

 

家と家の間。裏路地への入り口の陰に、妹紅が背を預けて立っていた。

彼女は、霊那が自分に気が付いたのを確認すると、目線だけを彼女に向けて、言葉を続けた。

 

「赤い霧の異変の時も、長い冬の異変の時も、あいつらは毎度毎度騒いでた。 異変が解決した、祝い酒だーーってね。

でもそれは、自分達に直接的な被害が無かったからなんだ」

 

「………………」

 

「そんな異変の犯人は平気で迎え入れようとする癖に、身内に被害が出るとあの有様。

"犯人"っていう存在に対しての綺麗な掌返しさ。 自分の都合しか考えてないってか」

 

妹紅は吐き捨てる様にそう言った。

妹紅もかつて、人ではなくなった自分に対しての"掌返し"を、親から受けた事がある。

それはもう千年以上も前の事だし、自分に対しての恐怖が親にそうさせたのだと分かってはいたが、それでもやっぱり、不快感は拭えない。

 

一人の女に目が眩む様な馬鹿親ではあったが、それでも優しさはあった。

それが突然、様変わり。

世間体か、それとも自らへの被害を打ち払おうとしてか、どちらにしろそんな親の姿は、家を追い出された妹紅には

"自分の都合しか考えない(娘を心配すらしてくれない)馬鹿者"にしか映らなかったのだ。

 

そんな親と、人々が酷く被った。

 

「ズルい。人間はズルいよ。自分の周り以外はどうなってもいいと思ってる、そんな奴ばっかりだ」

 

「そう、ですね」

 

妹紅の嫌味にも聞こえる声に、霊那はポツリと言葉を返した。

 

「人間はズルい生き物ですよ。

何かの命を奪って生きているのに、それに大した感情も抱かない。

人の嫌がる事を平気で他人にする人もいる。

…妹紅さんが言う様に、自分の周囲の事しか考えない人だっているでしょう」

 

「…………ああ」

 

「…でも、そればっかりじゃないですよ、人間っていうのは」

 

霊那は、薄く微笑んだ。

 

「考え方なんて人それぞれです。

ズルい人の分だけ誠実な人もいる。

妹紅さんは、私や慧音さんがズルい人だと、思いますか?」

 

「…いや、そんな事はない。 二人はいい奴だ」

 

「…ふふ、そういう事ですよ。

みんな根っから悪い人ではないんです。

ーーただ、今の悲しみが、心の許容を超えてしまっただけ。

……私も人間ですから、もし霊夢が居なくなってしまったら…復讐心にも囚われるでしょうね…」

 

何処か遠くを見つめるかの様な霊那の瞳に、妹紅はふいっと顔を反らせた。

そして少しだけ空を見上げ、呟く。

 

「……大丈夫さ。 万一そんな事があった時は、私と慧音が叱ってやる。……閻魔様みたいにね」

 

「……はい。お願いしますね」

 

そんな約束するかの様な二人の声は、異変の後とは思えない程澄み渡った空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…レミィ、無茶し過ぎね」

 

「うぅ…面目ないわ…」

 

悪魔の館、紅魔館では、珍しく全員がある一室に集まっていた。

 

絶対全部は使わないだろと言う程大きな家具。

チェス盤などが置かれた可愛らしい机と椅子。

そして無駄に大きくて高級そうなベッド。

 

ーーレミリア・スカーレットの部屋である。

 

レミリア自身は、ベッドで半身を起こして座っている。

彼女の隣で、軽い叱咤を零しながら治療を済ませたのは、レミリアの親友、パチュリーである。

 

パチュリーは軽いため息を吐くと、その眠そうな瞳を再びレミリアへと向けた。

 

「…いくら恩人の危機だと言ってもね、あなたが居なくなったらみんな悲しむんだから。心配させないで」

 

「う……ご、ごめんなさい…」

 

「もう! 無茶しちゃダメだよお姉さま!」

 

「…ええ、ごめんねフラン」

 

「うん! 許してあげるっ!」

 

そう言い、明るい笑顔で姉に抱き着くフラン。

仲睦まじいそんな様子を見て、パチュリーはふと思った。

 

 

あなたが居なくなったら、きっとフランはまた壊れてしまうんでしょうねーー。

 

 

同時に、これは口に出さない方がいい事なのだろうとも思った。

戒めと言えば聞こえはいいが、これはあの姉妹にとってそれだけの意味には収まらない。

そもそも、館の主が病床に着いている隣で言う言葉ではないだろう。

パチュリーは静かに、言葉を飲み込んだ。

 

ストッ「レミリアお嬢様、甘い物は如何でしょうか?」

 

「ええ、ありがとう咲夜。戴くわ。…良いわよねパチェ?」

 

「ええ、傷はもう殆ど治ったし。問題無いわ」

 

「……それでは、どうぞ」

 

咲夜が作ってきたのは、一口大のクッキーと紅茶であった。

サクサクと軽く、そして仄かに甘い咲夜のクッキーは、絶品と言って差し支えない。普段から表情の起伏が少ないパチュリーですら、頰を緩めているほどだ。

しかし、クッキーは沢山あるが紅茶カップは何故か三つしかない。

ということはまぁ、いつものアレという事だろう。

 

「さ、咲夜さん! 私の分はーー」

 

「ある訳ないでしょ。

なんでメイド長が門番の為にクッキーと紅茶を用意しなきゃならないのよ」

 

「そんなぁ〜…」

 

美鈴はガクッと肩を落とし、見て分かる程にガッカリしていた。

レミリアは勿論、パチュリーも最早見慣れた光景だったので"ああ、またこれか"と軽い感想を抱く程度だったのだがーーそんな美鈴にも、救いの手が。

 

「えぇ〜、みんなで食べた方がきっと美味しいよ咲夜! 美鈴の分と咲夜自身の分も作ってきてよ!」

 

「い、妹様…!」

 

「え、ですが…」

 

予想外の横槍に、咲夜は横目でレミリアへと助けを求める。

レミリアはただ、微笑みながら頷くだけだった。

 

「……承知致しました」

 

「よっしゃ…!」

 

小さくガッツポーズを決める美鈴を、咲夜の鋭い視線が射抜いた。

ーー覚えてなさい、美鈴…ッ!

そんな殺気とも取れる視線に、後の事を想像した美鈴は、そのガッツポーズのまま静かに涙を流すのだった。

 

 

 

 

「それにしても……あの時見た双也の運命は、何だったのかしら…?」

 

「…何の事?」

 

カリカリとクッキーを頬張るレミリアは、その合間にポツリと言葉を落とした。

隣にいたパチュリーには当然それが聞こえており、不思議に思った彼女は、小声ながらに問い返す。

 

彼女の問いには、思い出した様な表情をする咲夜が答えた。

 

「ああ、以前仰っていた運命の事ですね。確か…"双也が酷く苦しんでいた"だとか」

 

「そうそう。結局のところ、あの時見た運命が何だったのか分からないのよ。 異変の最中にそんな様子は無かったし…」

 

ジッと考え込み始めた紅魔館の面々。

そんな彼女らの空気に触発されたのか、あまり状況の掴めていないフランが焦った様に問いかけた。

 

「え…。ね、ねぇお姉さま。お兄さまが、苦しんでるの…?」

 

「あ…えっ、と…」

 

フランの縋る様な目付きに、レミリアは咄嗟の返答が出来なかった。

 

確かに、レミリアがそんな双也の運命を見たのは確かだ。

彼女の見た運命をねじ曲げる事は案外可能ではあるが、それにはその"見た運命"の事を意識しながら行動しなければ成し得ない。

そしてそんな事を考えながら行動した者は、一人だっていない。

したがって、レミリアの見た運命は確実に訪れるはずの事だ。

 

「ねぇ、どうなの…?」

 

「…大丈夫よフラン。双也はとっても強いんだから。ね?」

 

「…うんっ、そうだよね! お兄さまなら、心配ないよね!」

 

ーーだが、それをフランに言っても仕方のない事だ。

むしろ、未だ精神的に子供であるフランには、伝えない方が良いかもしれない。

ズバ抜けた頭脳を持っている訳ではないレミリアには、フランがどんな行動を起こすのか予測する事は、とてもじゃないが不可能なのだ。

 

「(それに、フランの心に余計な負担をかける訳にはいかない…)」

 

それは、姉としての妹への配慮だった。

霧の異変の時からそもそも、フランと自分達が触れ合って、狂気を少しずつ抜いていく予定だった。つまり、この子の狂気が完全に治った訳ではない。

 

そこに余計な負担がかかれば、どうなるのかは予想出来ない。

また暴走を始めたら大変だ。

そして、様々な方面から妹を守るのが、姉の仕事だ。

レミリアの第一優先事項とは、フランの安否なのである。

 

「(まぁ、後は霊夢が如何にかするでしょう)」

 

窓から小さく見える博麗神社を眺め、レミリアは再び、一枚のクッキーを口に咥えるのだった。

 

 

 

 

 

 




二日で書いたのに七千文字を超えていたという…。
中々無い現象が起きましたね、はい。

ではでは。

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