東方双神録   作:ぎんがぁ!

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後日談part2

ではどうぞ!


第百六十二話 雲が晴れた後、それぞれの想い

「すぅ……すぅ……」

 

「ん、早苗はまた寝てるのか」

 

ファサ、と毛布を掛けてやる。

座布団を枕にして板の間で寝ているので、少し寝辛いだろうなとは思っても、当の早苗は実に幸せそうな寝顔をしていた。

そんな彼女の隣に座り、守矢神社の一柱、八坂神奈子は優しく微笑んでいた。

 

「……全く、無茶をしたもんだね」

 

そう呟き、神奈子はゆっくりと頭を撫でる。

早苗はそれに身を捩って、"うぅん…くすぐったいです諏訪子様ぁ〜…"なんて寝言を零している。

彼女の中では、くすぐるなんて行為を自分にするのは洩矢諏訪子のみとなっている様だ。

神奈子は少し不思議そうな表情をして、再び微笑みを零した。

 

「…神降ろし、か。 よくもまぁ、外界出身の早苗にそんな事をさせたもんだ」

 

「全くだね。 龍神様の考える事はいつもぶっ飛んでるよ」

 

「諏訪子。傷はもう良いのかい?」

 

「うん。大体はあの狐が治してくれたみたいだし」

 

守矢神社に祀られるもう一柱、洩矢諏訪子はヒラヒラと軽く腕を振るった。

細くて小さなその腕には、白い包帯がぐるぐると巻かれている。

 

"そうか"と一言返してやると、諏訪子は神奈子の隣に腰を下ろした。

 

「はぁ…災難だったよねーホント。 幻想郷に来て"よしやるぞ"って意気込んでたらまさか、再会した双也にボコボコにされてさー」

 

「フ…そうだな。 再会した事を喜ぶ間もなく、だったな」

 

妖雲異変の時、双也に再会したのは実に数千年ぶりの事である。

本当は涙があってもいい程の長い年月を経ての再会。

だがそれは、決して喜びに溢れたものではなかった。

 

神社の境内でのんびりしていたら突然間近にとんでもない神力を感じ、二人急いで飛び出してみれば、昔とは何処か様子の違う双也が立っていた。

 

「………強かったね、双也」

 

「ああ。…歯が立たなかった」

 

「歯どころか、手も足も出なかったね」

 

「……ああ」

 

二人の姿を確認するのとほぼ同時。

間にいた早苗を腕で弾き飛ばし、刀を抜きながら神速の如く肉薄してきた。

抵抗を試みるも、当時の双也の力は二人の想像を遥かに凌駕して、ほぼ一方的に、斬り伏せられたのだ。

 

反撃の隙を与えず、防御もろくにさせず。

斬り、弾き、殴り、まるで抵抗の許されない自然災害の様な痛撃を前に、二人は何もする事が出来なかったのだ。

その時の事を思い出すと、二人はもう清々しい程諦めの混じった溜息が、無意識に口から漏れてしまうのだった。

 

「…それで、そんな異変を止めたのが私達の早苗だ、って事がもう驚きだ」

 

「神降ろしなんて無茶までして……いや、

"させられて"か。今度龍神様に会ったら文句言わなきゃね」

 

「ははっ、止めときなよ。次元の狭間にでも飛ばされるよ」

 

「あーうー…洒落になってないよ!」

 

納得出来ない様に唇を尖らせる親友の姿に、神奈子はまだ笑うしかなかった。

そしてまた、眠る早苗を見遣って頭を撫でる。

彼女を労わる様な、優しい手つきだった。

 

「…そう、早苗には無茶だった。

いくら巫女と言っても、それほど神事には通じてない現役の高校生だぞ。

…そんな娘に神降ろしを…それも最高神レベルを二柱なんてさせたら、こんな状態にもなるさ」

 

眠る早苗は、相変わらず幸せそうな寝顔をしていた。

 

最近の彼女は、よく睡眠を取る。

神降ろしなどという無茶をした所為で心も身体も疲れきっているというのに、毎朝いつも通りに早く起きて掃除をし、普段通り生活を送ろうとすれば、当然の事である。

過分な睡眠を取らなければならない程、彼女の身体は未だ疲れきっているのだ。

だが、それでも彼女の寝顔が実に安らかなのは、神奈子達が側にいるからなのか、それとも無事に幻想郷が救われたからなのか。

 

「それだけじゃないでしょ。 きっと不安と責任感で一杯だったんだよ。 …今回は、理由が理由だったらしいからね」

 

「双也と、平行世界の早苗の事か」

 

コクリ、と諏訪子は頷いた。

 

「早苗はお人好しだからね。 間接的に自分の所為だって思い込んでても不思議はないよ。…そんな事、誰も思ってないのにね」

 

「…そういう所は、先祖代々だな」

 

「ふふっ、そうだね。 何処で遺伝したのか分かんないけど、この子の家系はみんな揃ってお人好しさ」

 

あはは、と二人で笑い合った。

心なしか、早苗も少しだけ笑っている気がする。

一頻り笑い合い、二人はふぅ、と一息吐いた。

 

「……早苗の疲れが取れたら、三人で何処かピクニックにでも行こうか」

 

「いーねー! せっかくこんな自然が溢れてるんだし、ちょっとくらい信仰集めを遅らせてもバチは当たらないでしょ!」

 

「ふふ、そうだな。きっとバチは当たらないさ」

 

「ふふふっ♪」

 

お昼の守矢神社には、仲良く縁側で添い寝する三人の姿があったというーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖雲異変に於いて、白玉楼にはこれと言った被害は見られなかった。

強いて言うならば、結界の門近くにあった桜の木が少しだけ枯れたくらいか。

魂だけの冥界で花が枯れることにどれ程の意味があるとも思えないが、それを見た紫の心は、僅かに虚しさを感じるのだった。

 

「幽々子様、紫様。 お茶とお菓子をお持ちしました」

 

「ありがとね妖夢。 戴くわ」

 

「ありがとう妖夢」

 

そう二人微笑み、妖夢は少しだけ頬を赤らめて下がっていく。

パクリと饅頭を一つ、飲む様に食べ切った幽々子は、お茶を片手に紫へ話し掛けた。

 

「それで、その後どうなの紫?

双也にこっ酷く斬り刻まれたって聞いたけれど」

 

「…まぁ、大体は完治したわ。お風呂の時に少し滲みるくらいよ」

 

「あらあら、それは大変ね」

 

「…?」

 

何となく噛み合っていない様な返答に、紫は少し首を傾げる。

しかし、その時の幽々子の表情を見て、ああまたコレか、と思い直した。

 

「だって、傷が残ったら紫のもっちもち肌が台無しじゃない♪」

 

「! ……もう、私をからかわないの」

 

「あら、随分と面白味のない返答ねぇ」

 

そう言いつつも、幽々子は笑顔でお茶を啜っていた。

飄々とした人物によくあるからかい文句なのである。

彼女と長い間親友を名乗る紫には、最早慣れきってしまった会話であった。

 

「(傷、か…。 そう言えば、もう境界を操らなくても死なないくらいには薄まってるわね)」

 

そっと、最初に神也から受けた腹の傷に触れる。

あの時流し込まれた西行妖の力は今だって能力で抑えているが、もうそろそろ解除しても問題はなさそうだ。

異変が解決して以来、少しずつ西行妖の能力は薄まってきているのだ。

 

「(…西行妖……何処までも私達を苦しめてくれるわね)」

 

ズン…と聳え立つ、今はもう花を咲かすことはない巨木を見上げる。

紫は少しだけ、そして無意識にそれを睨め付けていた。

 

当人ですら無意識に行っていたその行為に目敏く気が付いたのか、幽々子は少しだけ首を傾げた。

 

「…どうしたの紫。怖い顔して」

 

「っ、いえ…何でもないわ」

 

ハッとして誤魔化すように笑いかけると、幽々子は"そう"と言ってまた饅頭を頬張り始めた。

気が付けば、山の様にあった饅頭は数個しか残っていない。

犯人の常識外れな早食いに呆れながら、紫も一つ、頬張った。

 

「あ、そういえば…今回の異変、私と同じ力を妖夢が感じたって言ってたけど…結局何だったのかしら」

 

「…………さぁ」

 

「さぁって…。妖怪の賢者様ともあろうお方が、異変に関してそんな認識でいいのかしら?」

 

「いーのよ。 少しくらい適当にしなきゃやってられないわ」

 

嘘である。

紫は幻想郷の管理を疎かにしたことはないーー代理である藍の仕事も含めーーし、幽々子の言う"私と同じ力"という点にも結論を得ている。

ただそれは、彼女の記憶に関わる事なので敢えてはぐらかしたのだ。

 

「もう…まぁいいわ。少しお散歩してくるわね」

 

「ええ。いってらっしゃい」

 

紫の反応に何を思ったか、幽々子はゆったりと散歩ーーといっても屋敷の周りーーに出かけてしまった。

紫はそんな彼女の姿を見送りながら、昔西行妖と戦った時のことを思い出した。

 

「(あの時は……双也が身を呈してアレを押さえ込んでくれたのよね)」

 

封印というには余りにも力技、と言わざるを得ない方法ではあった。

当時、手の内にある最も大きな器であった天御雷に妖力を繋ぎ、集め、それを霊力の蓋で閉じ込めて封印する。

彼でなければ不可能な方法だ。

 

そしてそれが、今ある懸念の一つであった。

 

「(……また、双也の側にあんな危険な物を置いておかなければならないのね…)」

 

繋げて、集めて、蓋をする。

それは言わば、二段階に分けた封印法だ。

異変の際、"封印が壊れた"とは言ったが、厳密には二段階目である"蓋"が壊れてしまったのだ。

元々ギリギリのところで抑えていたのに、彼の精神が激しく揺らいだ為に安定が失われ、結果、蓋が壊れた。

 

つまり、天御雷と西行妖の妖力は未だ繋がったまま。

 

西行妖も死んでいる訳ではない。

霊力と同じ様に生命エネルギーである妖力は、封印されているとは言え、失った分を回復する為に西行妖の中で生み出され続ける。

そして掛けられた双也の能力によって、また刀の中に溜められていくのだ。

 

今はまだ量が少ないので紫が代わりに蓋をしているが、いずれは双也に代わらなければならない。

そうなれば、また振り出しだ。

この先双也が何らかの原因で心を乱し、再び神也が現れた時ーーそれは異変の再来を意味する。

 

「(…そうか……だから"打ち勝つだけでは終わらない"のね…)」

 

竜姫の言っていた事を思い出す。

本当に、最高神という名は伊達ではないらしい。

これ程的確なヒントでは、最早未来予知にすら迫るのではないか。

 

「さすが龍神様、ね」

 

思わず口から出てしまった言葉だった。同時にそれは、彼女の心からの感服である事を示していた。

 

ーーともかく。

 

「(またあんな異変を起こすわけにはいかない。何が何でも)」

 

妖雲異変という、幻想郷史上最大の被害をもたらした大異変などもう一度起こすわけにはいかない。

大量の人が死んだ。

世界が崩壊する危機があった。

そして、再び双也を失うところだった。

また起こる可能性があるならば、その芽はちゃんと摘んでおかなければならない。

 

「(…………?)」

 

ふと、今しがた自らが思い浮かべた言葉に違和感を感じた。

 

妖雲異変は、確かに起こす訳にはいかない。

幻想郷の管理をする上で、大量の人が死ぬ事は看過できないのだ。

世界の崩壊など以ての外だ。 苦労して作り上げた夢の形を、簡単に壊させはしない。

ならーー"双也を失う"?

 

「(……なぜ、"双也を失ってしまうから、異変を起こしてはいけない"?)」

 

思い返せば、異変の最中であっても常に"双也を取り戻したい"と考えていた。 原動力にさえしていた。

ーーなぜ?

この世界に生きる生命は、ちゃんと循環している。

生まれ、生き、死に、草花や虫の餌になり、その虫も食べられ、命を繋いでいく。

双也に限らず、紫もその循環の一部である。

その生命の輪とも言える理は、世界を管理している八雲紫という人物が一番に理解出来ていなくてはならない事柄だ。

 

今回の妖雲異変は、その循環を大きく乱す可能性があった。

だから、世界の管理者として、あの異変を再び起こしてはいけないと思う。

そしてそれは、"世界を守る為"である筈なのに。

 

「(なぜ私は…双也を中心にして考えているの…?)」

 

確かに、双也を元に戻したいとは思った。 それはそれは強く、願っていた。

そうーー紫自身が、自らの夢の形である幻想郷と彼を、無意識に同列視してしまう程。

 

でもそれは、一体何故なのか。

紫はまだ分からなかった。

 

紫にとって、双也とはどんな存在だったろう?

生きる術を教えてくれた恩師?

お互い遠慮なんて欠片も無い友人?

寂しがり屋で中々放っておけない奴?

 

ーー本当に、それだけか?

 

彼がどんな存在か。

そう思い浮かべて並べて行った時、紫にはどうしてもしっくり来るものが思い浮かばなかった。

確かに、紫の中ではどれも彼の正しい姿だろう。

戦い方を教えてくれた事は感謝しているし、遠慮の存在しない会話は実に楽しいもので、寂しそうな顔をする彼はついつい慰めたくなる。

それに嘘偽りは無い。

でも、何か足りていなかった。

それは、なんだろう?

 

「(どの姿も、私の心にしっかりと当てはまる姿じゃない…なぜ?)」

 

これ以上にどんな姿があるというのか。

これ以上に自分は何を求めているのか。

ーー分からない。

 

分からないーーが。

混乱した頭の中で必死に答えを絞りだそうとする中、紫は突然ハッとして、ある確信に近い考えに至った。

 

「(私が……無意識に望んでいる、双也と私の関係…? ーーッ!)」

 

 

 

 

 

ーーお主はまだ…気が付いていないのか?

 

 

 

 

 

龍神に言われた言葉がフラッシュバックする。

壊れそうな程の速度で頭が回転し、痛みに頭を抱えようとするも、それでも彼女は思考を優先した。

気が付いていない? あれは異変の解決方法の事ではなかったのか?

違うとしたら? 別のことを言おうとしたのなら?

そう考えるなら?

結論はどうなる?

気が付かない。

無意識。

関係。

双也ーー。

 

 

「ーーッ!!」

 

 

いつの間にか俯いていた顔をバッと上げる。

嵐の様な思考の中で見つけたその"答え"は、紫の心に何処か引っかかっていた物を綺麗に取り除き、彼女の心にぴったりとはまった。

心臓はトクントクンと煩いほど身体中に響く。それでさえ胸が痛くて、苦しくて。

ギュッと胸を抑えれば、"なぜ今更こんな気持ちを?"と自分に問いかける自らの姿を確認できた。

 

「(私が…私自身が気が付いていなかった気持ち…。

私の中で、双也の存在がどれだけ大きくなっていたのか……)」

 

ーー今ならもう、全てが分かる。

龍神が言おうとした異変の解決法。

自分が何に気が付いていなかったのか。

なぜ輝夜の事を考えた時に胸が痛んだのか。

自分が一体どうしたいのか。

 

 

 

「(私、は……)」

 

 

 

 

 

 

双也を、愛しているんだーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、こうなったか」

 

目を瞑りながら、その脳裏に映っていた映像を見て一言、竜姫は呟いた。

ゆっくりと目を開くと、照明の点いた豪勢な天井が見えた。

 

ここは神界。

ただ天を目指すだけでは辿り着けず、しかし天界よりも遥か上空に存在する神の世界。

 

最高神である天宮竜姫は、広い自室の椅子に座って背を預けていた。

 

「霊夢や早苗も、近い所までは行っていたんじゃが……やはり、双也に寄り添うべきは紫じゃったか」

 

「そうですか? 双也の事が好きかどうかなら、霊夢だって相当兄想いの良い子だと思いましたが」

 

「それだけではダメなんじゃよ日女。それだけでは、双也の側に寄り添うには足りないのじゃ」

 

「ふ〜ん…」

 

納得している様なしていない様な。

判断のつかない声音を聞き、竜姫はなんとなく"こやつは西行寺幽々子に似ているな"と思うのだった。

 

「あ、今思いついたのですが、竜姫ちゃんは双也を救いたかったんですよね?」

 

「? そうじゃが」

 

「誰が、とか探すくらいなら、竜姫ちゃんが彼の側にいれば良かったのでは? あなたには、何が必要なのか分かっているんでしょう?」

 

「…………それは出来ん」

 

表情を暗くし、竜姫は少し俯いた。

 

「私は言わば、あやつがああなってしまった原因じゃ。 そんな者が烏滸がましくも"側にいる"など……口が裂けたって言えんよ」

 

「……そうですか」

 

ーー思い詰めすぎだ。

日女は、いつまでも自分を責め続ける竜姫を見、そう思った。

確かに、突き詰めてみれば原因は竜姫にあるのだろう。

平行世界で彼女が双也を転生させなければ起こりようのない話だったのだから。

 

だがそれは、あくまでも"突き詰めてみれば"だ。

 

これの原因は何だ、ならその原因の原因はなんだーーそんな不毛極まる討論を続けたって意味など無い。

竜姫は双也への深い負い目から、そんな事にすら気が付いていない様だった。

原因が何だったのかなど、今に至ってはどうでもいい事なのに。

 

「竜姫ちゃん」

 

「? 何じゃーーうわっぷ!」

 

ギュッ

 

日女は、俯いていた竜姫をそっと抱き締めた。

それは太陽の様に暖かい抱擁で、暗く沈んでいた竜姫の心をふわりと包み込む様だった。

 

「……誰も、あなたの所為だなんて思っていませんよ。私も、みんなも、双也だって思ってはいないでしょう」

 

「っ…そんな事あるわけーー」

 

「ありますよ。彼がどんな人かは、あなたがよく知っているでしょう?」

 

双也は優しい人間だ。

本来は血に塗れて当然な戦争の最中にだって、一人の死人も出さなかった程。

 

そんな人間が、新たな生を与え、かつずっと見守っていた竜姫を、恨む筈がないのだ。

これは予想でなく、確信。

日女の中には、そんな不思議な確信があった。

 

「怒る筈がありません。 恨む筈がありません。 あなたはちゃんと、それだけの事を彼にしてあげているんです。 自分を責めないで下さい」

 

「……………うむ」

 

消え入りそうな声で頷く竜姫に、日女は優しく微笑みかけた。

そして少しだけ抱き締める力を強めると、そっと頭を撫でる。

サラサラして、艶やかで、まるで彼女の清廉高潔さを表すかの様だった。

 

 

 

 

 

「おっと、取り込み中だったか?」

 

 

 

 

 

不意に、どこか逞しさを感じる男性の声が響いた。

二人にとっても聞き覚えのある声であり、竜姫自身"そのうち来るだろうな"とは予想していた人物の声。

 

「…そろそろ来ると思っていたぞ、戒理」

 

「ああ、その後の話を聞きに来た。ーーのだが…」

 

「? ーーッ!!」

 

言い淀む戒理の陰に、竜姫は"嵐"の姿を見た。

その際の彼女の表情と言ったら、どんなものにも形容し難い凄絶なものだった。

 

その"嵐"は、ヒョコっと戒理の後ろから出てきたと思うとーー驚く程の速度で竜姫に飛び付いた。

 

「久しぶりです竜姫ちゃ〜んっ!!」

 

「ひっさしぶりに遊ぼー竜姫ちゃーん!!」

 

「うわぁあ! 叫ぶな飛び付くな抱き着くなぁあ〜っ!!」

 

彼女に飛び付いた二つの嵐ーーそれは、裁判長を務める双子の姉妹、陽依と夜淑である。

二人は満面の笑みを浮かべて、珍しく焦りまくった竜姫に抱きついていた。

 

「悪いな竜姫。娘共に"竜姫の処へ幻想郷の事を話しに行く"と言ったら、着いて行くと聞かなくてな…」

 

「それなら先に連絡を寄越すのじゃぁっ!! それならば私も心の準備が出来るというのにっ!」

 

陽依と夜淑は、竜姫にとても懐いていた。

というのも、種族関係ではなく純粋な憧れである。

 

竜姫は、傍目からは子供同然だ。

しかし容姿は美しく、何処となく幼い顔立ちの中にも堂々とした凛々しさが宿る。

最高神というだけあって力は強大で、仕事も難なく全てをこなす。

誰が憧れても不思議ではないほどのステータスである。

 

が、そんな彼女だからこそ、同じく子供同然の二人には輝いて映った。

二人と違って仕事はちゃんと出来る。

二人と違ってとんでもなく位が高い。

二人と違ってあまりに強大な力がある。

二人と違って溢れんばかりの高潔さを漂わせている。

 

輝くばかりのその姿を見た時、二人の心は一瞬で持っていかれた。

ーー映姫ちゃんもカッコいいけど、この人もすごいカッコいい…っ!

ーーこの凛々しさ…見習わない手はありません…っ!

 

そんな二人の憧れは強烈なものだった。

出会えば速攻で飛び付くし、

誰かが止めなければいつまででも一緒に居ようとするし、

遊ぶと言って竜姫をあちこちに連れ回した事もある。

 

 

 

ーーよって、竜姫はこの二人が苦手であった。

 

 

 

わーぎゃーと叫び始めた三人を見、半ば呆気にとられていた日女は、すぐにいつも通りの微笑みを讃えながら、その様子を眺める戒理に話しかけた。

 

「…止めた方が、いいんじゃないですか? いつまで経っても話が始まりませんよ?」

 

「…そうだな。竜姫にも迷惑をかけてしまっているしな」

 

ガリガリと仕方なさそうに頭を掻き、戒理は暴走する我が子二人を呼び止めた。

いくらやんちゃを極めた二人でも、荘厳な父親の声には弱い様で。

渋々と手を離す二人の姿に、竜姫は心底ホッとするのだった。

 

 

 

 

「ーーという事は、その後特に問題はなかったのだな?」

 

向かい合って座る竜姫に、戒理は確かめる様に問う。

竜姫はコクと頷いた。

 

「疲れでよく睡眠をとってはいるが、東風谷早苗にも特に影響はない。 安心するのじゃ」

 

「…そうか」

 

戒理は目を瞑り、一つ小さな溜息をついた。 ただ、それと同時に肩が僅かに下がった為、相当に心配はしていたのだろう。

肩の荷が下りたーーそんな表情をしていた。

 

「…双也様が、そんな事になってるなんて…」

 

「うん……」

 

そんな戒理の隣では、深く気落ちしたような表情をする陽依と夜淑の姿があった。

そういえば、こやつらは双也の部下じゃったなーー。

二人の様子を見、竜姫はふと思い出したのだった。

 

「……心配はいらんよ、二人共」

 

「…竜姫ちゃん…?」

 

上司をーーいや、彼女らの様子から察するに、"友達"を心から心配する二人。

その弱々しい姿に、竜姫は優しい声音で語り掛けた。

 

「心配など、する事はない。 何せ双也の事じゃぞ? お前達が信じてやらなくてどうするのじゃ。……友達、なんじゃろう?」

 

「…………うんっ!」

 

励まされた二人は、初めのようにーーただし会話だけでーー騒ぎ始めた。

今度双也に会ったら何をするか、

待つんじゃなくて会いに行こうか、

など。

 

双也を想う二人の姿を、竜姫は少しだけ羨ましく思った。

 

「…なぁ、日女」

 

「なんですか?」

 

「……友達、なら…双也とも上手く付き合えるのかのぉ……」

 

「…ふふ、勿論ですよ」

 

端正なその顔を僅かに微笑ませる竜姫の横顔。

その姿に、日女もまた、微笑みを零すのだった。

 

 

 

 




また長くなってしまいました。

ではでは。

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