東方双神録   作:ぎんがぁ!

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この章もあと僅か。

ではどうぞ!


第百六十三話 生きる為の支え

妖雲異変から数日。

幻想郷を包んでいた何処か暗い空気は少しずつ抜け始め、だんだんと普段の幻想郷に戻りつつある。

 

博麗神社も相変わらず、参拝客の乏しい状況が続いていた。

 

「はぁぁ〜……」

 

机に突っ伏し、空っぽな賽銭箱の中身を想像して溜息が出る。

幻想郷の空気が明るくなり始めても、霊夢が纏う空気だけはどんよりとしている様である。

 

「……………」

 

上げていた顔を脱力した様に下げると、ゴンッと額と机がぶつかった。

そのまま顔を横に向けると、縁側から神社の周りを囲う桜の木が見える。

丁度、葉が枝から離れてヒラヒラと舞い落ちる所であった。

 

「……どう、しよう…」

 

目を細め、何処か疲れた様な印象を受ける表情でポツリと呟く。

賽銭などのことではなく、もっと重要な何かに思い悩んでいるかの様な表情だった。

 

そんな状態をどれくらいしていたか、何処かぼうっとしている霊夢にはよく分からなかったが、不意に、聞き慣れた声が彼女の鼓膜を震わせた。

 

「おーい、霊夢ー!」

 

「……なに、魔理沙」

 

「……なに、はねぇだろ。何か用がなくちゃ来ちゃいけないのか?」

 

「……そうね」

 

霊夢の素っ気ない反応に、魔理沙は唇を尖らせた。

縁側から上がり、いつもの様に彼女の隣に腰を下ろすと、霊夢の様子を見て、魔理沙は首を傾げた。

 

「お前…どうしたんだ? 薄く隈も出来てるし」

 

「ん〜… ちょっとね…」

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫……じゃない。 けど、気にしないで」

 

「いやいやいや…」

 

"それは無理だろ"と言わんばかりに、魔理沙は頭を軽く横に振るった。

普段からあまり他人の事を気にしない彼女が心配してしまうほど、今の霊夢は疲弊している様に見えたのだ。

それは決して、掃除だとか妖怪退治だとか、そういった事柄によってはありえないと思える程の様子。

第一、弾幕勝負には無駄なくらい秀でている彼女が、そんな軽労働でここまで疲弊するはずがない。

ーーだとしたら、何かストレスでもあるのだろうか?

 

直情的な性格の魔理沙には、"訊かない"という選択はなかった。

 

「…なんかあったのか?」

 

「…まぁね」

 

「話してみろよ」

 

「…話しても、多分解決しないわ」

 

机に突っ伏したまま答えようとしない霊夢。

魔理沙はその姿を不思議そうに見下ろしていた。

ーーなら、言い当てて無理矢理相談させようか。

 

不器用な魔理沙なりの、親友の為の配慮だった。

辛い事は話せば楽になる。 多少の個人差はあるが、ともかく、話して更に辛くなる者など居はしないだろう。

魔理沙は早速、原因を言い当てるべく頭を捻った。

 

「んー…、お茶を飲もうと思ったら切れてたとか?」

 

「違う」

 

「紫にこっ酷く叱られたとか」

 

「…違う」

 

「じゃあ何かグロいものを見たとか」

 

「ンな訳ないでしょ…」

 

「なら、弾幕勝負に負けた! コレだろ!」

 

「………………」

 

相変わらず突っ伏したままだったが、霊夢は遂に黙り込んだ。

お、ビンゴか?

そう思い、魔理沙得意げな顔を浮かべる。

なら、後は慰めてやるだけだ。

魔理沙は早速、彼女にかける言葉を模索し始めた。

ーーが、掛けようとした声は、霊夢の小さな呟きに遮られてしまった。

 

「……ら…いで」

 

「…あ?」

 

「……探らないで…っ」

 

「…!」

 

魔理沙は、絞り出す様に言う霊夢の肩が、僅かに震えている事に気が付いた。

未だ嘗て、彼女がこれほど思い詰めたことがあっただろうか。

それを抜きにしたとしても、親友である魔理沙は、そんな弱々しい姿の彼女に声を掛けずにはいられなかった。

 

「な、何でだよ。 そんなに思い詰めてるお前を放ってなんてーー」

 

「いいから…探らないでっ!!」

 

バンッ!

 

顔を俯かせたまま、霊夢は強く机を叩いた。

あまりにも彼女に似つかわしくない行動に驚き、魔理沙はビクッと肩を震わせる。

自分の行動にハッとした霊夢は、少しだけ狼狽えた目を魔理沙に向けた。

 

「っ…ご、ごめん…」

 

「…いや、気にすんなよ」

 

そうは言うが、魔理沙も内心萎えてしまい、俯いてしまった。

 

霊夢に怒鳴れる事はよくある。

神社に勝手に上り込んだり、勝手にお菓子をつまみ食いしたり。 行ってしまえば日常的に怒られている。

だから霊夢に怒鳴られようと、いつもそう気にはしていなかった。

 

だが、今回は何か違う。

普段の突発的な怒りではなく、何処か頼みにも似た怒り。

魔理沙は本能で、彼女の"踏み込んで来ないで…!"という言葉聞き取っていたのだろう。

 

「っ…お、お茶!」

 

「え…?」

 

「お茶、淹れて来るぜ。…飲むか?」

 

「…うん」

 

気不味い空気に耐えられず、魔理沙は逃げる様に台所へと向かう。

霊夢の横を通り過ぎる魔理沙の手は、硬く拳を握りしめて震えていた。

 

「(…何も、出来ない…のか?)」

 

その悔しさに、無意識に歯軋りしてしまう。

これだけ長く霊夢と居ながら、肝心な時に力になれない。

魔理沙は、そんな無力な自分に怒りさえ感じていた。

 

ーー何が親友だ、これじゃあただのお荷物じゃないか。

 

異変の時も、魔理沙は親友の助けになる事は出来なかった。

彼女の隣に立って、共に闘うほどの力が無かった。

そして今も、彼女の支えになることさえ出来ていない。

 

「……くそっ」

 

お茶を淹れ、自分と霊夢の分を手に持って戻る直前、魔理沙は立ち止まり、少し俯いて吐き捨てる様に呟いた。

あくまで小さく、霊夢には聞こえない様に。

ただーー彼女の悔しさの全てが詰まっている言葉だった。

 

「(…切り替えろ。こんな悔しさ、霊夢の前では見せられない)」

 

魔理沙は一呼吸吐き、再び歩き始める。

居間に戻ると、霊夢はまだ机に突っ伏していた。

 

「ほら、お茶」

 

「…ん。ありがと…」

 

少しだけ顔を上げ、軽く礼を言う霊夢。

未だ暗いその表情に、また先程の悔しさが込み上げそうになるが、魔理沙は必死でポーカーフェイスを貫いた。

そして、コト っと湯呑みを机に置いた。

 

 

 

ーー瞬間。

 

 

 

ドウッ!!

 

近くでとんでもない霊力が溢れ出した。

 

「……はぁ、またか…」

 

尋常ではない力だ。

一瞬気が飛びそうになった程強く、濃い力。

至近距離の直撃だったら、普通の人間である魔理沙なんて一瞬で倒れてしまうだろう。

荒々しいその霊力に驚いた魔理沙の肌は、大量に冷や汗を垂らし始めた。

 

「お、おいこれ……もしかして…」

 

「……魔理沙の想像通りよ。 今奥で霊力を放ってるのは、双也にぃ」

 

「ッ!!」

 

この瞬間、魔理沙は察した。

ーーきっと霊夢の疲弊の原因は、コレだ。

特別勘の鋭い訳ではない彼女でも、これには確信があった。

そしてそれが双也であるなら、霊夢が魔理沙を踏み込ませようとしなかった事にも納得がいく。

予想以上に切迫した状況に、魔理沙は茫然としていた。

 

「魔理沙…悪いけど、今日はもう帰って」

 

「な…! おい待てよ霊夢!」

 

「お願い……帰って…!」

 

立ち上がり、奥へと消えようとしている霊夢の背中に、堪らず叫ぶ。

だが、霊夢は振り返らぬまま、懇願する様に声を絞り出した。

 

ーーダメだ。

 

このまま行かせたら、どうにもならなくなる気がする…!

霊夢の暗い背中、溢れる霊力、この状況。

心をこれ以上なく圧迫するこの空間の中にあって、魔理沙は強くそう思った。

そして同時に、先程の激しい悔しさを思い出した。

 

ここで何もしなかったら、もうあいつの親友なんて名乗れない…!

あいつの隣にいる事は、一生出来なくなる気がする…!

 

悔しさか、恐怖か、魔理沙は震える唇で、再び霊夢の背中へと言葉を放った。

 

「……霊夢、辛かったら私を頼れよ。 これでもお前の事…よく分かってるつもりなんだ」

 

「………………」

 

「じゃあ、帰るな。……また来る」

 

立ち止まった霊夢の背中が横目に後を引く。

それでも魔理沙は振り返って、再び縁側へと出た。

これ以上は何も出来ない。 今の霊夢にしてやれる事は何もない。

ただ、辛くなった時の拠り所になろう。

それが魔理沙の、霊夢の親友としての心構えとなった。

 

「魔理沙」

 

ふと、振り返った魔理沙の背中に声が掛けられた。

思いもしなかった声に振り向くと、霊夢が振り返って、微笑んでいた。

 

「…ありがと。やっぱりあんたは、親友よ」

 

「……おう」

 

一言そう返し、魔理沙は箒に跨って飛び上がった。

風に揺れる髪から覗くその表情は、何処か安心した様な笑みをたたえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の支え、というのは、とても大切な物なのだと強く思う。

 

挫けそうになった時、折れそうになった時、その支えさえあれば、人はまた立ち上がる事ができる。挑み続ける事が出来るのだ。

 

人生とは挑戦の連続だ、という言葉を聞いた事がある。

本当にそうだというなら、成る程、心の支えとはまさに、生きる為の必需品なのだろう。

人という字がどうしてこんな形をしているのか、その答えもそこにある気がする。

 

「(…我ながら、良い親友を持ったものね)」

 

居間から続く、奥の部屋へ続く廊下。

トボトボとそこを歩く霊夢は、そんな事を考えていた。

いつも勝手に神社に上がるし、勝手にお菓子とかを引っ張り出して散らかすし、普段は迷惑な事この上ない彼女の親友はしかし、肝心なところではちゃんと支えになってくれる。

 

霊夢自身口に出したりはしないが、魔理沙は間違いなく、彼女の理解者の一人なのだ。

魔理沙は確かに、霊夢の心の支えとなっていた。

 

だから霊夢は、そんな魔理沙の存在によって"支え"という物の大切さがよく分かっているし、だからこそーー

 

 

 

 

 

「……双也にぃ、起きたみたいね」

 

 

 

 

 

こういう状態(・・・・・・)を、"心の支えを無くした"と言うのだろう、と理解していた。

 

奥の部屋の襖を開けると、そこには布団から起き上がった双也の姿があった。

ただ、前までの凛々しさなどは何処にもなく、廃人の様に蹲って、霊夢へと怯えた視線を向けていた。

 

「ひっ……霊夢…く、来るな…!」

 

「…大丈夫。すぐ楽になるわ」

 

「…ッ!」

 

ピッと一枚のお札を取り出す。

すぐに発動できる様、霊力は既に込められていた。

 

「双也にぃ……」

 

「やめろ…来るなっ!!」

 

枕元に置いてある天御雷を手に取ろうとする。

しかし、そうする前に霊夢の弾が刀を弾いた。

弾かれる刀を絶望に満ちた瞳で見つめる双也は、バッと振り返ると、怯えた表情で後退りし始めた。

 

そしてーー。

 

「……大丈夫、怖くない」

 

ピタッ

 

鱗模様のお札が、双也の額に触れる。

淡い光がスーッと溢れ出すと、怯えていた双也の目はだんだんと閉じていきーー溢れる霊力と共に、眠る様に気を失った。

 

横に倒れそうになる兄の身体を、霊夢は優しく抱き留める。

そして札を懐にしまうと、その手で双也の手を握った。

……彼の頬には、ポタポタと雫が落ち始めた。

 

「……どう、すれば…いいの…?」

 

霊夢の声は震えていた。

 

「分かんない…分かんないよ、双也にぃ…! どうして、こんな事に…っ」

 

大粒の涙が、次から次へと溢れてくる。 双也のーー敬愛する兄の変わり果てた姿が、彼女の心に重くのしかかっていた。

 

「私は、また……仲良く、この幻想郷で、暮らしたいだけなのに…! こんなの…耐え、られないよ…っ!」

 

昔の優しい笑顔が見たかった。

またバカな事で喧嘩してみたかった。

いつもの様に笑っていたかった。

だから必死になって取り戻した。

二柱の神降ろしなんて無茶までして、双也を取り戻した。

 

なのに、その双也が彼女に向けた視線は、恐怖のみだった。

 

彼が目覚めて、初めてその視線を向けられた時、霊夢は無意識に悟った。

ーーこんなの、違う!

ーー望んだ結果じゃない!

元の生活には戻れないだろうという確信。

それを悟ってしまったのだ。悟らざるを得なかったのだ。

 

霊夢という少女の世界に、双也という兄は欠け替えのないものだ。

ずっと昔から一緒にいたし、小さい頃の思い出といえば、彼無しには語れない。

そんな彼から向けられる恐怖の視線、拒絶の言葉。

それが霊夢には、どうしても堪え難かった。死にたくなるほど辛かった。

 

「…こんなの……やだよ…」

 

ズキズキと胸が痛む。頭も痛くて、身体も重い。

霊夢の心は、その重圧に押しつぶされそうになっていた。

 

ーーそんな時。

 

「霊夢…涙、拭きなさい」

 

「っ……ゆ、かり…」

 

優しげな声と共に、ハンカチが差し出された。

見上げれば、最早ボヤけて殆ど見えはしないが、確かに妖怪の賢者、八雲紫の姿が見えた。

いつもは胡散臭いと警戒する霊夢も、こんなの状態でそんな事が出来るはずもなく。

ただ無言でハンカチを受け取り、顔に押し当てて泣いた。

 

「ぅ…うぅ…ぐすっ…」

 

「…私が見ておくから、あなたは休んでなさい」

 

「…でも…っ」

 

「いいから。 無理しないで」

 

ポンポンと優しく頭を撫でる。

その行為と表情に安心したのか、霊夢は小さく"うん…"と頷き、ゆっくり立ち上がった。

 

「…紫、これ…竜姫様のお札…」

 

「…ええ、受け取ったわ」

 

震える彼女の手から札を受け取り、部屋を去っていく霊夢を見つめていた。

お札に視線を落とすと、紫はすぐにお札をスキマにしまい込んだ。

 

ーー使うつもりはない。 これに頼っても、解決なんて絶対にしない。

 

本当は破いてしまいたいくらいだった。

このお札はただ問題を先延ばしにするだけだ。

これを続けたって霊夢も辛いだろうし、何より双也が辛いだろう。

それでも破かずにしまい込んだのは、未だ彼女の中に不安があったからか。

超人的な頭脳を持つ紫にも、これから行う事に"絶対"という言葉は決して使う事が出来なかった。

 

何せーー人の心に関わる事だから。

 

「…双也……」

 

布団を戻し、彼を寝かせ、紫はその隣に座ってジッと彼が目を覚ますのを待つ事にした。

急く事はない。どのみち彼が起きていなくては行動を起こせない。

 

紫はジッと座って、彼を心配そうに見つめていた。

 

 

 

 




これくらい中身重視で書くと、一話で一万文字くらいは必要になってきちゃいますね。
気をつけようと思います。

ではでは。

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