東方双神録   作:ぎんがぁ!

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今章最終話ーーになるかもしれません。
もしかしたら次になるかも。

ではどうぞ!


第百六十四話 ずっとずっとーー。

双也の為に、自分はどうするべきだろう?

 

そう考えた時、紫は案外あっさりと答えを見つける事が出来た。

いや、もしかしたら、そうして彼女がすぐに思いついたのは、それが都合良く彼女自身の望みに近く、偏ってしまっていたからなのかもしれない。

 

でもそれが例え、紫の願いの一つだとしても、双也の為になる事は確かだった。

そんな考えに至る為の答えを、紫は全て見つけていた。

 

竜姫の言う、異変の解決法ーー。

それはきっと、"双也の心がしっかりと立てるようにする事"なのだろう。

そしてその為には、彼を理解出来る存在が、彼のすぐ側にいる事が必要なのだ。

 

理解、という言葉を軽く見てはいけない。

単なる性格だとか、仕草だとか、考え方だとか。

双也の必要とする理解とは、そんなありきたりな事ではない。 決してそんなレベルの事柄ではない。

 

彼の生き様、本質ーー彼を構成する要素。

何が今の彼を成しているのか。

彼が最も求めているのは何なのか。

 

それらを知り、そして受け止める事が最も必要である。

 

 

ーーそれが紫の辿りついた答えだった。

 

 

「…龍神様は、すべてお見通しだったのね」

 

眠る双也の髪を撫でながら、ポツリと呟く。

ただその頭の中では、龍神という底知れない存在への感服と、ある種の恐怖が浮かび上がっていた。

 

ーー彼女は初めから、こうなる事が分かっていたのだろう。

 

"他者"と呼ばれる者の中で誰が一番双也を理解しているのか、と訊かれれば、紫は必ず竜姫だと答える。

誰よりも、それこそ紫より何倍も何百倍も長く双也を見守ってきた存在なのだ、理解出来ていない訳がない。

 

だが、双也が必要とする"理解"を誰よりも満たしている彼女が、なぜ自分が側にいようとしなかったのかーーそれはきっと、彼への深い負い目からなのだろう。

龍神は優しい人物だ。

最高神の癖して、一つの存在にこれ程加担してしまう程。

だからこそ、"自分などが彼の側にいるべきではない"と考えているのだろう。

紫に真偽は分からない。正直に言うとどうでもいい。

だが少なくとも、彼女の超人的な頭脳はそう解釈していた。

 

「(だから、私。 彼女の次に、私は双也を理解している)」

 

長い間共に過ごして、恐らくは竜姫の次に長い時間、双也を見守ってきただろう。

双也の笑った顔も、悲しそうな顔も、怒った顔も、呆れた顔も。

紫は様々な双也を見てきた。 その中で、双也という存在の性格を無意識に理解してきた。

そしてその果てには…気付かぬうちに、惚れていた。

ーーだからこそ、紫が側にいるべきなのだ。

 

双也を十分に理解していて、

彼を置いて先に逝く事などそうそう無く、

そして何よりーー彼を大切に想っている。

隣で彼を、支える事ができる。

 

 

 

ーーこうして振り返りながら頭を回している時だけは、心を落ち着ける事ができていた。

ただ何もせずに彼が目覚めるのを待っていると、どうにも心がざわついて、そわそわして、身体が強張ってしまう。

現実逃避と表現しても良い。

要は、緊張しているらしいのだ。

 

「(…全く、とんだ笑い話ね。妖怪の賢者と言われる私が、元は人間の少年に惚れた挙句、こんなに心を掻き回されるなんて)」

 

ふぅ、と自嘲気味な溜息が漏れる。

それが決してマイナスな意味を持ったものではない事は、紫自身がよく分かっていた。

 

全く、双也には昔から振り回されてばかり。

輝夜達を助けた時とか、西行妖を封印した時とか。

だから昔から、お返しとばかりに振り回していた。

妖怪の山の時とか、度々スキマに落としたりとか。

 

それを思い出すと、紫はいつも思わず笑いを漏らしてしまう。

それくらい、色鮮やかな虹の様に楽しい日々だったのだ。

そしてそれを今思い出してみると、相変わらず顔は笑ってしまうけれど、もう一つ、改めて強く思う。

 

ーー…一刻も早く、元の双也と笑い合いたい。

 

「(……それなら、待つ必要もない…わね)」

 

恋は、待っているだけでは実らない。

そう聞いた事があった。

千年以上生きてきて、今まで一度も恋などしたことのない紫だったが、その理屈はなんとなく理解が出来る。

 

恋に限らず、何事も待つだけでは何も始まらない。

言葉にしなければ伝わらないのが、人間という生き物なのだから。

 

そっと、眠る双也の手を取る。

少しだけ固くて、暖かい手。

その手の温もりを感じる様に、紫はゆっくり目を瞑った。

 

「ここを…」

 

緻密に、高度に組まれた術を解析していく。

龍神の授けたお札というだけあって、その効力は非常に高い。 霊夢では手も足も出ないだろう。

だがーー"お札に組む封印式の第一人者"と呼ばれるのは、相も変わらず紫ただ一人なのである。

 

「こうして……こう」

 

パキン

 

頭の中で、そんな軽い音が響いた気がした。

目を開くと、眠る双也の額から、薄い青色の光がふわりと消えていく様子が見える。

そして直後、彼の眉がピクリと動いた。

 

「ぅ……うぅ…」

 

「久しぶりね、双也。よく眠れたかしら」

 

「ーーッ!! ゆ、紫…!?」

 

ゆっくりと目を開き、その視界に紫の姿を捉えた瞬間、双也はバッと半身を起こして後退りした。

 

ーーその表情は、霊夢の時のそれよりも酷く歪んでいた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ、殴って斬って殺そうとしてごめんなさい俺が全部全部悪いんですなんでもするから許してくださいお願いしますーー……」

 

「………………」

 

蹲り、頭を抱え、濁った瞳をガタガタと震わせて、双也は壊れた玩具のように呟き始めた。

延々とただ、ごめんなさい、ごめんなさい、と。

 

まさに、双也は本当に心を壊してしまったかのようだった。

当然か。

神也から記憶を渡されたのだとしたら(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、双也は自分の手で、自分の大切な者達に手をかける光景を目にしてしまった、という事なのだから。

 

柊華との一件であの有様だったのだから、今の彼の様子は決して大げさなものではない。

況してや、その自らが殺そうとした紫が目の前にいるのだ。

混乱した双也には、ただ壊れたように謝る事しか出来ないのだろう。

 

そんな変わり果てた彼の様子を、紫はただ、少しだけ悲哀の含んだ微笑みのまま見つめていた。

そしてすっと立ち上がる。

 

「双也、怖がらないで。 誰もあなたを責めたりしないわ」

 

ゆっくりと歩み寄る。

 

「来るな来るな来るなぁっ! 来たら俺はまた…お前を…っ!」

 

錯乱して、願うような瞳で叫ぶ。

 

「…大丈夫、安心して…?」

 

「〜〜ッッ!!」

 

恐怖を表情いっぱいに広げて、涙すら滲ませて叫ぶ双也。

最早紫の言葉すら、今の彼には届いていないようだった。

 

ただひたすらに、紫が近寄る事を拒んでいる。

ーーまた、近寄ったその人を傷付けたくないがために。

 

彼のこんな凄惨な姿を見ると、紫は改めて、"神也の考えも間違ってはいないのだろうな"と思い直すのだった。

"殺させたくないのなら、初めから対象を殺しておけばいい"

一見矛盾しているが、確かにそれならば、双也が誰かを殺す事は無くなる。だって、殺す相手がいないのだから。

 

でも紫達は、それを選ばなかった。

双也がこうして、酷く苦しむかもしれないとは何処かで分かっていながら、それでも選ばなかった。

 

ならば。 これが選んだ道なら。

最後まで、どんな状況に陥ろうとも、双也が立ち直るまでやり通して見せるべきだ。

 

「双也…」

 

「〜ッ来るなァッ!!」

 

一歩一歩、ゆっくりと近付いていく。

どうにか来させまいの策を模索していた双也は、その時指先に当たったものを咄嗟に向けた。

 

 

ーー天御雷。

抜き放たれた刃は、紫の心臓辺りを向いていた。

 

 

「っ!………」

 

仲間に刃を向ける。

あの双也とは思えない行動に、紫は一瞬歩みを止めた。

しかしすぐにまた微笑むと、その刀身を掴み、自らの肩口に押し当てて再び歩き出した。

 

刃はどんどん紫の肩を貫いていく。 彼女は苦痛に耐えながら、それでも微笑みを崩そうとしなかった。

ズブズブ、ズブズブ。

滲んでいく血を目の当たりにし、双也は目を見開いた。

 

「なっ…!? 何をーー」

 

「っ……分かってる、わ。あなたの痛みは、こんなものじゃ、ない」

 

一歩一歩、苦痛に耐えながら、震える双也へと歩み寄っていく。

最早見て分かるほどに、双也の刀を握る手には力が篭っていなかった。

それは紫の予想外の行動に肝を抜かれたのか、それとも歩みを止めない彼女への恐怖が限界を越えつつあるからなのか。

 

「な、なんで…っ! 俺は、傷付けたくないのにっ…なんで止まってくれないんだよ…!」

 

彼の声は震えていた。

大粒の涙を流しながら、必死で訴えかけていた。

弱々しいと言う他ない彼の姿に、紫はしかし、心の何処かでホッとしていた。

ーーああ、やはり双也は、双也なんだ。

と。

 

「そんなの、決まっているわ」

 

優しくて、強くて、辛い事は一人で全部耐えようとする。

その癖寂しがり屋で、一人ぼっちになるのをとても嫌う。

紫は改めて、そんな放って置けない彼に惹かれたのだと、この時自覚した。

 

 

「あなたを、愛しているから」

 

 

ふわりと、震える双也を抱き締めた。

母親が泣き喚く我が子を慰めるかの様に、紫の抱擁は優しくて暖かいものだった。

双也の震えは、少しずつ鎮まっていく。

 

「……………え…?」

 

「一人で…溜め込まないで。辛いのなら頼って。 あなたは…決して一人じゃないのよ」

 

彼の心にちゃんと響く様、紫は彼の耳元で囁いた。

彼女から双也の表情は見えない。 だからちゃんと気持ちが伝わっているのかは定かではない。

しかしーー紫には漠然とした確信があった。

 

真摯に語りかければ、気持ちはきっと伝わる。

 

紫はもう少し、抱き締める力が強くなった。

 

「双也、本音を聞かせて? あなたの本心…本当の事を」

 

「………………」

 

逡巡しているかのような間の後、小さな声で、呟いた。

 

 

 

「…………寂しい」

 

 

 

涙の混じった、声だった。

 

「…寂しいんだ。 みんな俺の目の前から居なくなってく…何度も何度もそれを繰り返して…もう、疲れたんだ…」

 

「………ええ」

 

「寂しい…寂しいっ…もう、いやだ…っ」

 

紫には、耳元で小さく啜り泣く声が聞こえた。

ゆっくりと背中をさすると、双也も紫の背中へと腕を回して、強く彼女に抱き付いた。

 

「…………一人になんてしないわ」

 

抱き締めたまま、紫は彼の頭を撫で始める。

優しく労わるように、彼の心を癒すように。

 

「私は、ずっとずぅっと側にいる。何千年経っても変わらず、ね」

 

「側に……いる…?」

 

「ええ、側にいるわ」

 

「…………ずっと?」

 

「そう、ずっと」

 

「……………っ…」

 

変わらず彼の表情は見えない。

しかし、自身の気持ちがしっかりと伝わったという事は、彼が抱き締める力を強めた事で確信出来た。

 

彼が泣き止む事はない。

ひっくひっくと必死で呼吸を繰り返し、苦しいだろうに、それでもなお泣き続ける。

 

辛かったろうーー誰かを置いて生き続ける事は。

辛かったろうーー心を痛めながら誰かを殺す事は。

 

凄絶な人生の中ですり減った彼の心を理解するのは、容易な事では決してない。

だがそれでも、側で彼を見続けた紫にだけは分かる。

何せ彼女も"置いていく側"であり、"殺す側"でもあるから。

 

紫だって、殺す事を悔やむ双也を見たら、自身が生きる為とはいえ人を殺して食べる事に、何も思わない訳がないのだ。

ふと考えてみれば、殺される瞬間の相手の表情がフラッシュバックする。

そこには必ず、恐怖と苦痛に染め上がった表情だけがあった。

 

だからこそ、紫には双也が理解出来る。

確かに、彼ほど凄まじい経験ではない。 しかし紫は、欠片ほどであっても見て、感じて、殺す事の辛さと悲しみに理解を得たのだ。

 

「ごめん…ごめん、紫…っ! あんなに、傷付けて…!」

 

「…いいのよ。あなたの痛みに比べれば、こんな塞げば治る傷…なんて事ないわ」

 

「…ありがとう…ありがとう、紫…っ」

 

「…ええ」

 

 

 

ーーずっと、一緒にいましょう?

 

 

 

そうして紫は、双也へと優しい口付けを落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかあの紫が、ねぇ…」

 

紫によって双也が鎮まり、溢れ出る霊力も落ち着きを見せた頃。

彼等のいる部屋への廊下には、霊夢が壁に背を預けて聞き耳を立てていた。

 

休んでいろとは言われたものの、やっぱり霊夢には放ってはおけなかった。

竜姫の札を渡しはしたが、その時の紫の雰囲気から、"きっと使うつもりはないのだろうな"と薄々感じていたからだ。

きっと戦闘になる事はない。

しかし、今の双也を見ていると精神的に辛く感じる。

 

"もしも"の時のためにも、霊夢は休まずに部屋の外に待機していたのだ

 

「……全く、うちの馬鹿兄貴は本当に心配かけてくれるわ」

 

その声が少し震えていた事に、霊夢はちゃんと気が付いていた。

紫のお陰ではあるものの、話を聞く限り双也はきっと昔の様に戻るだろう。

優しく強く、ただもしかしたら以前よりも寂しがり屋になって。

 

また昔の様に楽しく過ごせると、そう考えると、霊夢は無性に嬉しくて、泣きたくなるのだった。

 

ーーやっと、取り戻したのね、私達は。

 

溢れてくる涙をぐいっと拭い、霊夢はふわりと微笑みを零した。

心から安堵した、輝く様な微笑みを。

 

そうして彼女は、"もう少し二人きりにしてやろう"と、静かに居間へと戻っていく。

 

その足取りが僅かに跳ねていた事には、霊夢自身も気が付いていなかった。

 

 

 

 

 




はいというわけで、なんかかなり前から言われてた"ヒロイン誰だよ?"の答えは…みんな大好きゆかりんでした。

なんかこう…ラブコメもどき書くのって小っ恥ずかしいですね。 なるべく感動を誘う様には書いてみましたが……ただまあそこは、お立会い、と。

ではでは。

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