東方双神録   作:ぎんがぁ!

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やっぱりこの回が最終話でした。
さてさて……完結まであとどれくらいでしょう?

あ、あと今回はコーヒー片手に読むと良いかもです。

ではどうぞ!


第百六十五話 もう少し先のお話

「……泣き疲れた、のかしらね」

 

それとも、安心したのだろうか。

微笑む紫の目の前には、目を赤く腫らしたままで眠る双也の姿があった。

 

先程も彼の眠る姿をジッと見ていたが、心なしか、今の彼は先程よりも穏やかな寝顔をしている様に見える。

その理由はやはり、紫自身が双也の支えとなる事に成功したからなのだろう。

そんな表情を見ていると、紫はふわりと心が暖まる気がするのだった。

 

ーーここは、双也宅。

魔法の森の奥地にある彼の住居だ。

博麗神社で散々泣き晴らし、いつの間にか眠っていた双也を、霊夢に断って紫が連れてきたのだ。

 

リラックスするには自宅の布団が一番だ。

眠っている彼がそれを感じていられるのかは分からないが、紫がしてあげられる事は今の所これしかなかった。

とにかく、今は彼を休ませる事が大切なのだ。

 

「(ーーちょっと潜り込んでみたい…けど、ダメよね。今は)」

 

彼の寝顔を眺めながら、ふとそんな欲が頭を過る。

が、すぐにそんな考えは切り捨てた。

 

もともと彼女は睡眠を好む人物である。

ふかふかの布団に寝転がって、もふもふの毛布と柔らかい枕に包まれて眠るーー紫が、最も好む行為の一つなのだ。

 

"目の前に布団がある"という誘惑。

それに加え、その中では愛しい人が安らかに眠っている。

……紫にとっては拷問に近かったが、さすが妖怪の賢者、理性でどうにか押しとどめる事が出来た。

 

落ち着いていく心臓を感じ、紫は軽く息を吐いた。

 

「まったくもう…安心しきった顔して…」

 

そっと手を握る。

すると突然、双也は寝返りを打ち、もう片方の手で紫の手を包んだ。

突然の行動に多少驚くも、紫はまた、愛おしそうな目で彼を見つめ始める。

 

「本当に…もう…」

 

そう呟きながら、飽きもせずに寝顔を眺め続けた。

 

家の中は静まり返る。

透き通る様な静寂の中に響くのは、双也の寝息と、小鳥の囀りと、葉が擦れ合う音。

しばらく続いた静寂にーー不意に、ある声が紫の鼓膜を揺らした。

 

 

「はぁ〜あ、何この雰囲気? タイミング悪かったかしら?」

 

 

誰かなど、その美しい声によって簡単に予想できた。

顔だけ振り向き、その姿を確認するとーー

 

「……妖怪の賢者様が、随分とユルい顔してるわね」

 

蓬莱山輝夜が、呆れた様な表情をして立っていた。

 

突然現れた事に、特に驚きは無い。 きっと能力で突然現れた様に見えただけだろう。 須臾の時間で生きるとはそういう事だ。

紫は敢えて、彼女の言う"ユルい表情"を崩さずに言った。

 

「ユルくもなるわ、望みが叶ったんですもの」

 

「…それはどっち(・・・)の意味かしら?」

 

「どっちもよ。 どっちも叶ったからこそ、今私はこうして双也の手を握り、こんな顔をしているの」

 

この返答が、輝夜に対しての嫌味だとは紫自身がよく分かっていた。

何せ恋敵。

直前まで気が付いていなかったとは言え、"勝者"となった紫が優越感を感じてしまうのも当然といえば当然だ。

聞いた輝夜も、彼女のそんな下心は簡単に見抜いていた。

 

「……ふん。 双也を想っていた時間なら私の方が何百倍も上だっていうのに、相変わらずいけ好かないわ、あなた」

 

「今更悪態なんて無意味よ。 私が無意識の内に彼を好いていたのに気が付いていながら、さっさと行動しないあなたが悪い」

 

「………まぁね。 この私があんなロマンチックな愛を口にしても双也はこっちを振り向かなかった。……その時点で、私が彼の隣にいるには何か足りていないんだろうなって、分かっていたわよ」

 

 

ーーだからある意味では、あなたは相応しいのかもしれない。

 

 

それは、大きな諦めと悲しみの混じった声だった。

どれだけ大きな気持ちを伝えようと、どれだけ彼を想おうと、双也は今まで、輝夜に振り向く事は一度もなかった。

友人だとは思っているのかもしれない。しかしそれは、決して輝夜が双也に求めた感情ではないし、況してや"自分のもの"だなんて程遠い。

 

ーーそう、輝夜は双也を自分のものにしてしまいたかった。

それくらい彼の事を想っていたのだ。

だが反面、彼が求めているのは自分ではないのだろう、と心の何処かで悟っていた。

だからこそ、今や双也と最も近しい立場にいる紫を認めざるを得ない。

例えどれだけ長い間、どれだけ大きな想いを募らせ続けてきたのだとしても、彼が選んだのは輝夜ではなく、紫だったのだ。 それが厳然たる事実であり、同時に確信した。

きっとこの二人に、自分が割り込む余地などないのだろうーーと。

 

でも、涙は見せられない。

弱い所を見せる訳には行かないのだ。何より…眠る双也の前では。

だから、溢れそうになる涙を必死で止めて、さも何も思っていないように振る舞う。

心の中はもうズタズタだというのに。

 

「……いいわよ、恋敵として認めてあげる。 私の心を唯一染めた者を更に染めあげた罪深ぁ〜いヤツとしてね」

 

「ふふ…光栄よ輝夜姫。 色恋に関して右に出る者のいないであろうあなたに勝った。……これから先それを誇って、責任を持って、彼の側にいると約束しましょう」

 

「……ふん」

 

ふいっと顔を背ける。

当然紫に彼女の表情は見えないが、先程の態度といい、今の態度といい、彼女が無理に強がっている事は明白だった。

ーー実際そうなのだろう。

紫だって、輝夜がどれだけ双也の事を思ってきたのかを知っている。 ここへ来たのもきっと、いても立ってもいられなくなったからなのだろう。 彼が目覚める度に、その霊力は大きく幻想郷に響いていたのだから。

故に、ここへ来て二人の姿を見た瞬間から、その想いの重さにずっと耐えているのだ。

紫には、輝夜のその小さな背がとても寂しげなものに見えた。

 

背中越しに、輝夜は言う。

 

「……双也を不幸にする様なら、私はどんな手を使ってでもあなたを叩き潰すわ」

 

「……肝に銘じておくわ。

最も、向こう千年くらいは欠片も薄らぎそうにないけれど。この気持ちは、ね」

 

後ろから聞こえるそんな声に、輝夜は呆れを感じた。

ーーなるほど、これは重症だ。 妖怪の賢者も形無しというところ。

 

内心でそんな愚痴とも悪態とも言える事を考えながら、輝夜は紫にも聞こえない程の小声で呟いた。

 

「……本当、いけ好かないわ。……本当に…っ」

 

ーー帰ったら、一度だけ大泣きしよう。

輝夜は密かに、そう心に決める。

彼女の唇は、キュッと閉じられて震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一面に張られた透明な水。

空は青いが、それは何処か"空とは違うもの"のように感じる。

まぁ実の所、ここ(・・)が何処かなんて事は、俺が一番に分かっているのだが。

 

「……なんだ、また来たのか? 少し前に来たばっかりだろ」

 

なんとなく呆れた様な顔で、目の前に立つ"オレ"が言う。

ーーいや、"オレ"ではないな。

確か……そう。

 

「何度も来ちゃいけないのか? 何もお前の世界じゃないだろ、神也」

 

「いんや、オレとお前の世界だ。だからまぁ…いいや。 ゆっくりしてけよ 」

 

白い髪、輝く瞳。

俺と瓜二つのもう一人の俺。神也はフッと笑って歩み寄ってきた。

 

 

「その顔だと、ちゃんと乗り越えて来た(・・・・・・・)んだろ? 今身体が眠ってんのは、差し詰め泣き疲れたってところか」

 

 

すれ違い際、そんな事を俺に向けて言うと、神也は背後で指打ちをした。

きっといつかのように、テーブルとレモンティーとミスドーでも広げたのだろう。

振り向くと案の定、神也は木製の椅子に腰掛けてドーナツを頬張っていた。

 

「……ああ、乗り越えてやったさ。 お前の為じゃなく、俺の為にだ」

 

「ほうほう、あくまで自分の為と。 まぁ、それでも良いけどさ。 お前に壊れてもらっちゃオレも困るんだ」

 

「……よく言う。 俺が壊れかけるって分かってて俺の要求を拒まなかった癖に」

 

「…ははっ、あの"教えてくれ"ってやつか?」

 

 

 

ーー当たり前だろ。どれだけお前の心を見てきたと思ってる。

 

 

 

聞いた瞬間、ブワッと怒りが込み上げた。

 

 

ガアァンッ!!

 

 

反射的に抜き放った天御雷の刀身は、気が付いた時には神也の刀に受け止められていた。

 

「そこまで考えてて……なんでみんなを殺そうとしたッ!?」

 

自分でも無意味な事だと分かってる。

ここは俺の精神世界で、その中で人格同士は殺し合えない。

とうの大昔に知った事だ。

 

でも身体が、勝手に動いた。

本能的にこいつを斬り捨ててやりたいと思ったのだ。

沸々の湧き上がる怒りが手に力を込めさせ、ギリギリと刃同士をぶつけ合わせる。

神也はなおも、笑っていた。

 

「意味が分からないな。 "別れる位ならいない方が良い"って考えたのは、どこのどいつだったかな?」

 

「…………ッ」

 

「オレは、お前の為に、お前の望んだ事を代わりにしたまでだ。

異変の間眠ってたお前が、何があったのか知りたいって言うから教えた。ーーお前の望みを、叶えただけだ」

 

「ぐっ…ぅ…分か、ってる…ッ!」

 

そう、分かってる。分かってるんだ。

神也が俺を護る為に生まれた事も。

神也が、俺が悲しんでしまったから異変を起こしたって事も。

そして神也がーー他でもない、俺自身だって事も。

 

だから神也がした事を知った時、こころのそこから絶望した。

その絶望が深過ぎて、暗過ぎて、みんな絶対に俺を恨んでるって疑心暗鬼になって……そしてみんなが、怖くなった。

姿を見るだけで震えてしまう程に。

 

「お前は…何も間違った事はしてない…ッ! 存在理由に従っただけだ…。 だから全部俺が悪い! お前は俺で、俺はお前なんだから!」

 

「………………」

 

俺は神也で、神也は俺。

表裏一体のこの関係こそが、現人神たる俺の姿。

だから、自分で自分を責めるなんて馬鹿げてるって、分かってる。

神也の起こした事が紛れもなく俺の所業なんだって、分かってるんだ。

 

この遣る瀬無さはどうしたら消えてくれるだろう?

俺のした事だって分かってるのに、その事に何故か俺は怒ってる。 その煮え返る様な怒りをどこにぶつけて良いのかが分からない。

きっと神也だからこそーー俺の事をよく分かってるこいつだからこそ、その矛先が向いてしまったんだろう。

 

気が付けば手から力が抜けていて、ギリギリと音を立てていた筈の天御雷の刃は下を向いていた。

 

「……オレは間違った事はしてない。 負けた今だってそう思ってるし、あの異変がお前の為になる事だって考えてる」

 

神也は、俺からスッと天御雷を取り上げ、腰に吊るしてある鞘に納める。

 

「ーーだが、双也。お前は気負い過ぎだ。理不尽に自分を追い詰めるな。所詮オレは、別人格なんだ」

 

そして縦長の箱に入ったドーナツを一つ、差し出してきた。

 

「お前には、紫がいる。 だからお前の事は、今はあいつに任せる」

 

「……知ってたのか? あいつの気持ちを」

 

「…あれだけ双也双也言ってればな。気が付くさ。 だからこそオレも、負けて潔く引き下がれたんだ。

…要は、お前は一人じゃないって事だ」

 

一人じゃないーー。

神也の言葉は、不思議と紫の言葉に重なる様だった。

 

俺は長く生き過ぎる。

その所為でたくさんの人を見送り、たくさんの人を殺しーーもうイヤだと心で世界を蹴った。

 

でも紫は、それも分かってくれると言った。

ずっと側にいると言ってくれた。

 

あんな暖かい言葉は初めてだった。

本当に心が熱を持ったかの様に、ジンワリと暖かくなった。

 

ーーああ、きっと、紫は本当に俺を理解してくれているんだ。

 

そう、素直に思えた。

だから俺も、紫の側に居たいと素直に思える。

理解して、支えてくれる紫の側に。

 

 

"支えてくれる誰かと共にある"

"一人じゃない"って、きっとそういう意味なんだと思った。

 

 

「今のお前には、紫がいる。 あいつの愛が心地良くて今のままがいいって言うなら、それでもいいと思ってる」

 

「………そうか」

 

「……でも、忘れるなよ、双也」

 

神也の言葉と共に、だんだんと俺の身体が光を放ち始めた。

これはーー目覚めの兆候。

 

「確かに寿命は縮まった。約九割だ。……でも残りの一割だって、周りの奴らにとってはあまりに大きい。

ーーいつか、紫とも別れる日が来るって事……くれぐれも忘れんな」

 

 

ーー近くに"爆弾"も抱えているんだしな。 精々気を付けろ、双也。

 

 

神也のそんな声を最後に、俺は強い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、起きたかしら?」

 

ゆっくりと重い瞼を開けると、真っ先に紫の微笑みが見えた。

寝心地から察するに、きっとここは俺の家。 彼女が運んできてくれたのかもしれない。

少し気だるさを感じる体を、ゆっくりと持ち上げる。

 

「……んぅ…少し頭痛いな…寝過ぎたかな」

 

「そうね…半日以上は寝ていたかしら? もう夕暮れよ」

 

言われて窓の方を見ると、確かに橙色の光が森に線を落としていた。

太陽は既に沈みかけ。 もうすぐに日が暮れるだろう。

 

日の光が落ちている俺の傍らには、鞘で太陽光を反射する天御雷が置いてあった。

近くに爆弾ーーきっとそれは、西行妖の事なんだろう。

妖力が戻りきったら、また押さえ込むのが難しくなる。そしてそれが解放されてしまったとしたら、俺はまた……人を殺す事になってしまう。

もしかしたら、紫だって今度こそ…。

 

不意に胸が重苦しくなり、眉を顰めた。

視線の先でゆっくりと消えていく太陽の光は、目覚め際に神也の言っていた事を想起させた。

 

 

ーーいつか、紫とも別れる日が来る事……くれぐれも忘れんな。

 

 

ふっ、と紫の方へ顔を向け、ジッと見つめる。

 

「っ…な、なによ双也? あまり見つめられると……その…」

 

その端麗な顔に少し朱を差し、目を逸らす紫。

いつか彼女とも、別れる日が来るーーそう思うと、その表情も何処か儚げに見えてしまう。

 

「紫」

 

「…何?」

 

「………側にいるって言葉……すごく嬉しかった。……ありがと」

 

「……フフ…ええ、どういたしまして」

 

でも、それはもう少し先の事だ。

西行妖の事にしても、寿命の事にしても。

立ち直ったばかり、そして紫の気持ちも知ったばかり。

今くらいは何も考えず、この嬉しさを噛み締めていたかった。

 

だから…そう。

 

何時からか俺も、きっとーー知らず知らずの内に、彼女を愛していたんだと思う。

 

そっと紫の頬に手を当てる。

少しだけ驚いた顔をしたが、彼女も軽く手を重ねてくれた。

 

そして今度は……俺から、彼女へと口付けを交わした。

 

 

 

 

 

 




は…恥ずい…。なんだこの展開。自分で書いててアレですけど軽く自己嫌悪。
やっぱラブコメはニガテです。

あ、あともう一つお知らせをば。

物語の大イベントが無事(?)終了したという事で………ちょっと、ちょっとだけ、一週間だけ休暇くださいっ。

書き溜めもいつの間にやら無くなってきたので出来るだけ溜めを作りたいのです。 ちょうど区切りもいい事ですし。

という事で次話投稿は一週間後の4月24日となります。
ご了承くださいませ。

ではでは。

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