東方双神録   作:ぎんがぁ!

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あ、パルパル戦は全カットらしいですよ←他人事

ではどうぞ!


第百六十八話 立ちはだかるは

「ふぅ…! まぁこんなもんよ!」

 

『お見事。博麗の名に恥じない戦い振りだったわ』

 

「そりゃどーも」

 

袖の中へお札をしまいながら、霊夢は片手間に紫へと言葉を返した。

軽く息を吐く霊夢の前には、ボロボロになって倒れ伏しているパルスィの姿があった。

 

「ま、まさか…一発も当てられずに負けるなんて…」

 

「嘗めないでって言ったでしょ。

例えあなたが本気で殺しに来たとしても、その程度じゃ私は絶対に負けないわ」

 

もっと恐ろしい殺気を浴びた事があるものーー。

 

霊夢の脳裏に、"白い髪の男"の姿が映る。

その瞬間に霊夢はピクリと眉を震わせたが、その事に反応する者はこの場にはいなかった。

 

「じゃ、行かせてもらうわよ」

 

ちょっと辛いモノ思い出しちゃったわ。

霊夢は、脳裏に映った空想を打ち払うようにして言った。

終わった事はもういい。恐怖するだけ無駄である。

弾幕勝負には完封勝利してやったのだから、さっさと先へ進むべきだ。

霊夢は最後にパルスィを一瞥し、橋の方へと振り返った。

 

「文句は、言わせないから」

 

「言う訳ないわ、負けたもの。

……そこまで強いと、本当に妬ましい限りだわ」

 

「………本当にそれしか言わないのね、嫉妬妖怪。 最初にも言ったけど、あんたの嫉妬に付き合うのは面倒だからもう行くわ」

 

「ええ、行きなさい行きなさい。 あんたの"通行証"は、もう見終わったから」

 

「……ふん。じゃ」

 

片手を上げてひらひらと振り、霊夢は紫の陰陽玉と共に歩を進めた。

街の灯りは直ぐそこにある。 そこから溢れ出るかのような妖力に、霊夢は再び気を引き締めた。

 

「………尤も、強い所為で鬼に絡まれるとしたら、その強さは全く妬ましくないけれど」

 

背後で呟かれたパルスィの一言は、霊夢の耳には欠片ほども届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の博麗神社には、私一人しかいない。

人間が神を祀るための場所に、まさか妖怪が一匹居るだけとは、人間の信仰なんてまるで無いじゃないか。

やはりここはオンボロ神社と言う他ない。

まぁ元々大勢の人が来る場所じゃあないんだが、少なくとも、大抵はいつも霊夢がお茶を飲んでいるか、魔理沙が遊びに来ているか…ともかく、誰か一人は居ると考えていい。

 

ただまぁ、今は私一人しかいないのも仕方ないっちゃ仕方ない訳で。

 

「あ〜、異変だってのは分かるけどさ、自分の家…しかも神社に鬼である私を一人置いていくとか、それでもホントに巫女なのかってんだよ、霊夢の奴」

 

クイッと瓢箪を傾け、中の酒を喉に流し込む。 やっぱり酒は一気飲みがイイね。 気分がスカッとする。

人間がこれをやると……なんだっけ? 何たら中毒? になるから、人間はやってはいけないらしい。

こんな気分を味わえないなんて、人間は可哀想な種族なぁ、と度々思う。

 

「…霊夢は温泉から上がったら直ぐに出てっちゃうし、紫は紫で家に戻って霊夢のサポートするとか言い出すし……私の事はどうでもいいのかってんだいこん畜生めぇっ」

 

 

ーーつまらん。

 

 

やけくそに叫んでは見たものの、その所為で後に訪れた静寂をより際立って感じてしまう。

シ…ンと静まる神社の中では最早、その静寂は私にとって逆にうるさく(・・・・)感じた。

 

「……静か過ぎるのは、柄じゃないな…」

 

ふと、心地良い喧騒が響いていた数百年前の妖怪の山を思い出す。

よくみんなで宴会したっけね。

やれ誰が喧嘩しただ、やれ誰がぶっ飛ばされただ、事あるごとに宴会をして、よく笑って…あの頃は、翌日の二日酔いすら悪い気分じゃなかったなぁ。

 

今はこうして、鬼とさえ渡り合える人間と仲良くしている訳だけどーーまたいつか、同族のみんなと酒を酌み交わしたいものだ。

 

「……? あ、切れちゃったか」

 

不意に瓢箪を傾けた。

またいつもの様に美味い酒が流れ出ると思いきや、しかしそれからは一滴の雫しか落ちてこなかった。

どうやら、酒を切らしてしまったらしい。

また新しい水を入れておかないと。

………ふむ。

 

「酒が出来るまで、温泉にでも入ってようかな」

 

我が伊吹瓢は酒が出来る。

それはそれは美味い酒が出来る。

でもそれは、決して無から出来る訳じゃない。

元になる水を入れてしばらくしないと酒にはならないのだ。

つまんない時間も、"うるさい静寂"も、私は酒さえあれば如何にか出来るのだが、それがなくなろうとしている今、出来る行動は一つしかない。

 

ーーも一回温泉に入って、今度はゆっくりしよう。

 

と。

 

そうと決まれば善は急げだ。

残念ながら私の能力じゃ分散は出来るけど分割は出来ない。

だから"瓢箪に水を入れながら服を脱ぐ"なんて事はできないが、そこは使い様。

一度薄くなって、別の所で集まって。

瞬間移動の様にして使えば、分割ほどじゃなくても歩く手間は省けてしまうのだ。

 

私が瓢箪に水を入れ、服を脱いで温泉に浸かるまでは多分一分も掛かってないと思う。

 

「ふぅ〜っ やっぱり中々いいお湯じゃないか。 霊夢も幸運な奴だなぁ」

 

一角が吹き飛んだ事は一先ず置いて。

むしろ、自分の家に優良な温泉が湧いたとあっては、家の一角くらい吹き飛んでもまだまだ幸運と言えるだろう。

そもそもその吹き飛んだ一角を直したのは私だし。 霊夢はなんにもしてないし。

 

終わったらいくらでも入っていい、なんて言うから直すの頑張ってたのに、結局入ったのは乱雑なスキマ落とし。

全くもって報われない。

霊夢が幸運なら、私はきっと今最高に不運なんだろうな。

 

「(…後なんにも起きなければいーけど)」

 

ーーなんて思えば、なんとやら。

次の瞬間、私の頭にバサッと冷たい何かが落ちてきた。

いやもう、"何か"なんて分かりきってるんだけど…。

 

「全く…ツイてないねぇ」

 

温泉に溶けていく雪を見ながら、私はもう笑うしかなかった。

 

 

 

そんなこんなで、温泉に浸かってもうどれ位か。

あんまり気持ち良いから数えていなかった。きっと人間ならのぼせるくらいには入っていると思うが、生憎私は妖怪なんでね。 人間よりはちぃっとばかし頑丈なのだ。

……まぁ、とは言っても、だ。

 

「そろそろ、上がるかねぇ」

 

流石に長く浸かり過ぎた。

体がふやけて、拳までふやけてしまったら鬼として恥だ。

きっと勇儀にだって笑われる。

 

ゆっくり立ち上がると、少し立ちくらみがした。 やっぱり長過ぎたみたいだ。

でもその代わり、熱くなった体が外の冷気に触れてとっても気持ちが良い。

冬の温泉というのも中々良いもんだね。 こんなのが家にあるとか、やはり霊夢は運が良い。

 

グググッと背伸びをすると、パキパキパキっと小気味良い音がした。

肩と、背中と、首辺り。

だがそんな音と一緒に、なんかドアを引くような音も聞こえた気がする。

少し耳を澄ませてやればーー。

 

「ただいまー! 霊夢、居るかー?」

 

「お? やっぱり誰か…ってこの声…」

 

……良いところに来たもんだ。

丁度上がってから何しようか考えていたところだし、ナイスタイミング。

あいつも直ぐに出て行く可能性があるが、"お前の妹の所為でこんな思いしてんだぞ!"って言えば少しくらいは付き合ってくれるだろう。

 

なんなら久しぶりに喧嘩したって良いな。

ーーいや、惚気話を聞かされるくらいならむしろそっちの方が何倍もマシか。

 

 

取り敢えず。

 

 

「帰還祝いにあいつと一杯やるとするかね」

 

脱いだ服を着なおし、ちゃぷちゃぷと音のする瓢箪を片手に持って、私は"やっと帰ってきたあいつ"の下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? その古明地さとりってのはどこに居るわけ?」

 

『この先の"地霊殿"って言うお屋敷よ。 そのうち見えてくるわ』

 

街に入ると、そこは意外にも人里並みに賑わっていた。

ひょっとしたらそれ以上かもしれない。 まぁ騒いでいるのが人間ではなく鬼が主の妖怪たちなのだから、当然と言えば当然かもしれない。

私はその中を真っ直ぐ進んでいた。

 

商店街、と言ったところだろうか。

左右の店は食事処とか菓子屋とか、あと異様に酒の店が多い。

時折良い匂いも流れてくるけど、何より早くここから出たいから、私の足がそっちを向く事はなかった。

 

「……で、さ…紫」

 

『何かしら?』

 

「この奇異の視線はどうにかならない訳?」

 

ここに入った時から、この視線はとてもヤな感じだ。

何か腫れものでも見るような……そう、"何で人間がここに居るんだ?"とでも言いたげな視線。

正直とても、鬱陶しい。

 

雑魚妖怪ならお札の一発でも掠らせて追っ払うところだが、生憎相手は鬼。 不用意にそんな事をして、鬼の大群で報復に来られたら洒落にならない。

ここは無視して、穏便に通り抜けるのが得策でしょうね。

 

なるべく周りを気にしないようにして、前だけを見て進んでいく。

職業柄、僅かに向けられる妖力はどうしても感じてしまうけど、僅かだから大丈夫。

西行妖の方が何百倍も強かったわ。

 

ーーまぁ、私がそう努力していたとしても

 

 

 

「おいおいおい! 何だって人間がこんなとこにいるんだ!?」

 

 

 

ーー向こうがこれじゃ、意味なんて無いのだけれど。

 

「おい人間! あの橋姫はどうした!」

 

「聞くまでもないでしょう? 負かしたから私はここに居るのよ」

 

「ほほう? なら通行する権利は確かにあるみたいだな!」

 

「でしょう? 分かったら通してくれないかしら。 私こう見えて急いでるの」

 

主に私の精神衛生上の問題で。

ここに瘴気が満ちているーー何て事はないだろうが、何となくまだ吐き気がする。

人間の私に、旧とはいえ地獄というのはヤな所なのだ。

 

だがそんなのは、鬼にとっては理由にすらならないらしい。

 

「いや、むしろ逆だな。橋姫に勝った人間とは、興味があるっ!

易々とここを通したら、次いつ会えるのかも分からねぇんだ。

ここで拳を合わせておくのも悪かねぇ!」

 

「ホント、喧嘩っ早い奴らね」

 

『そうね。昔から何も変わってない』

 

紫の返答に、横目で反応する。

こんな状況なのに、紫の声はやけに上機嫌そうだった。

 

『いいじゃないの霊夢。 戦っておきなさい。 ここで博麗の巫女の力を見せつけておけば、後で何かと有利かもしれないわ』

 

「…何が有利なんだか」

 

こんな時でも、紫は何かを計算しているらしい。

腹の底が見えない相手、というのはきっと、紫のような人物の事を言うんでしょうね。

常に何かを考えてて、先の先までお見通し。 まるで私たちを操っているみたいに。

 

 

ーーまぁでも、やるしかなさそうね。

 

 

「いくぞ人間! 楽しませてくれよッ!!」

 

ドスンと鬼が向かってくる。

その巨体に似合わず割と素早いが、目で追える程度だ。

迫ってくる上からの拳を、私は札と大幣を構えながらふわりと避けた。

 

拳に当たった地面は小さく砕け、亀裂が走っている。

地面を砕くほどの拳とは、全く、恐れ入ってしまうわね。

きっと人体が受けたらひとたまりもないだろう。

だけど、その程度(・・・・)か。

 

「ふむ、スピードも力も萃香より大分下ね。 これならーー」

 

「ふんぬぅぁああっ!!」

 

「ーー楽にやれそう、よっ!!」

 

真っ直ぐ突っ込んできた拳に合わせ、手首の辺りと肘の辺りに手を添える。

そして後ろに足を捌きながら上半身を屈ませてやると、ふわっと巨体が後ろで浮いた感覚があった。

 

 

あとは、流れに任せて手を離すだけ。

 

 

「うおりゃぁぁああ!!」

 

「なあぁぁあぁああ!?」

 

私自身大した力は使っていないが、私の身長を優に超えていた巨躯の鬼は、驚愕の声を上げながら前方に吹き飛んだ。

我ながら完璧に決まったわね。

あいつの力を余すことなく使ってやったから、きっと相当威力は高いはず。

 

……店に突っ込んだようだけど、あいつから仕掛けてきたんだから私は悪くないわよね!

 

「ふんっ どうよっ!」

 

『………流石は双也の妹ね…』

 

何処となく呆れたような言葉が隣から聞こえた。

まぁ悪い気はしないから、突っかかるのはやめておきましょう。

 

鬼は土煙の中から中々出てこない。 そしてギャラリー達はみんな唖然とした表情をしていた。

まぁそりゃ、ひ弱だと思ってた人間がたった一、二発の攻防で鬼をぶん投げたりしたらそうなるわよね。

我ながら、アレはとても綺麗に決まったのだし。

このままみんな戦意喪失して、そのまま通してくれれば万々歳なのだけど…

 

 

「おおっ? 何やら騒がしいから来てみれば、こりゃ楽しそうな事してんじゃないかお前達ぃっ!」

 

 

……そう簡単にも行かなそうだ。

 

快活な声が響いたと思ったら、何やら周りがざわつき始めた。

私が来た時の様なざわつきじゃなくて、もうとこう…畏怖の念が篭った様なざわつき方。

 

振り返りがてらに見回してみると、周囲の鬼は恐怖半分興奮半分といった雰囲気になっていた。

みんな"おい、(あね)さんがきたぞ!"とか"こりゃあ見物(みもの)だな"などと口々に漏らしている。

 

「アレをやったのは、お前さんかい?」

 

そう私に問うてきたのは、額に一本角を生やした豪快そうな女性。

彼女は先程鬼の突っ込んだ店を指差していた。

 

「…そうよ。 向こうが仕掛けてきたからーー」

 

「吹っ飛ばした、かい? いやいや、やるねぇあんた。鬼を吹っ飛ばすなんて中々出来る事じゃあないよ!」

 

「…そ」

 

と、恐らく本音だろう事をカラッと言ってきた。 いやまぁ、褒められてるんだろうから不快ではないのだが、この流れ……なんだか先が読めてきた。

 

札と大幣をしっかりと握り込み、軽く睨みつけるように女性を見つめる。

……すると、女性は口の端を少し歪め、一口グビッと酒を流し込んだ。

 

「ぷはぁ!いい目するじゃないか人間! こりゃ、私も喧嘩のしがいがあるってもんさ! 」

 

「……やっぱり」

 

鬼というのは喧嘩と酒の事しか頭に無いのか。 二言目にはやれ喧嘩だ、やれ酒だ…正直着いて行けそうにない。 これじゃあ萃香の方がまだマシね。

あいつはもう少し話を聞いてくれるし。

 

「突然で悪いんだが、喧嘩に付き合ってもらおうか! 鬼と対等にやれる人間は私も久方ぶりでね!」

 

「嫌と言ったら?」

 

「言わせないさ。 というより、こんな鬼達の真ん中で喧嘩を拒否したら、相当あいつらの反感を買うと思うけどね」

 

「……ヤな奴ら」

 

もう後には引かせないって事か。

鬼達の中で鬼の相手をした時点で、こいつらの言う"喧嘩"に付き合わなければ先へ進めなくなっていたらしい。

でも正直……面倒だ。

 

「紫」

 

隣に浮く陰陽玉ーー正確にはその先にいる紫へと声を掛ける。

"限定的"という言葉の範囲がまだ分からないし、紫自身のスキマを使って、こいつらとの喧嘩を回避する事は出来ないだろうか?

そう思って声を掛けたのだけれど…。

 

『………………』

 

「……紫? どうしたの?」

 

『………………』

 

ーー何故か返事が無い。

本当に突然、何の前触れもなく反応が無くなった。

コツコツと小突いてみても全く反応がない。

原因が何かは知らないけれど、サポートするって言ったならやり遂げなさいよね。

困るのはこっちなんだから。

…まぁあいつがいてもいなくても異変は解決するけれど。

 

とにかく、スキマを使って逃げるという選択肢は消えてしまった訳だ。

紫の自由奔放ぶりと神出鬼没ぶりにはホトホト困っている。全く……溜め息ばっかり出るわ。

 

「(じゃ、腹括るしかないって事ね)」

 

改めて女性を見つめる。

女性ではあるが、その雰囲気は周りの鬼とは比べ物にならないくらいに濃く、強い。

恐らくは相当の手練れ。 萃香と同等か、それ以上かもしれない。

スキマは…使えるかしら? どう使うかがあまり思い付けていない。それに…萃香と同族だというなら、きっとスキマなんて卑怯な手は使って欲しくないでしょうね。

だから多分、この戦いでスキマを使う事は無いと思う。

……さて、そうしたら

 

 

ーー覚悟を、決めよう。

 

 

「……博麗の巫女、博麗霊夢よ」

 

「四天王、力の勇儀こと星熊勇儀だ! …よろしく頼むよ、博麗霊夢!」

 

 

さぁて、修羅場になりそうね。

 

 

 

 

 

 




お休みを貰っても、結局書き溜めは対して増えませんでしたとさ。 めでたくないめでたくない。

ではでは。

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