東方双神録   作:ぎんがぁ!

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あ、半分くらいが戦闘です。

ではどうぞ!


第百七十話 怪力乱神

戦いの最中、霊夢はふとこんな事を考えた。

 

"喧嘩"って何だったっけ?

 

ーーと。

喧嘩というものに明確な定義などはない。

口喧嘩という言葉もある程だ、何も取っ組み合いが全てという訳ではないだろう。

だが、"どの様なものが喧嘩と呼ばれるのか"は、どんな人に訊いても大抵は同じ答えが戻って来る筈だ。

 

二人、またはそれ以上の人達が、何かをきっかけにすれ違い、その自らの意見を通す為に、相手を叩き潰す。

その際の、主に暴力的な一件が一般的に"喧嘩"と呼ばれるものだ。

これは最早一般常識ですらある。

決して褒められる行為ではないのだが。

 

 

ーー話を戻そう。

たった今霊夢は、四天王を名乗る鬼、星熊勇儀と戦闘中である。

序盤こそ彼女曰く加減をしていたとの事で、人間である霊夢でも"ああ、確かにこりゃ喧嘩ね"と無意識に納得していた。

 

が、戦闘が続き、ある時を境に霊夢は先程の疑問を抱いた。

だって喧嘩というのはーー

 

 

「うぉらぁあああッ!!」

 

 

ーー拳圧だけで(・・・・・)弾幕を吹き飛ばす拳など、使わないだろう?

 

勇儀の拳は地を抉る。

直接殴れば当然だが、彼女の拳は直に触れずとも容易く地面を割ってしまう。

理由は単純。

それは、信じられない程に彼女の腕力が強いから。

 

「どうした博麗霊夢ッ! さっきから攻撃してこないじゃないか!!」

 

「あんたがぶっ飛ばしてるだけでしょッ!!」

 

怪力乱神とはよく言ったものだ。

"力の勇儀"という称号も実に似合っている。

彼女はただただ、並外れて力が強いのだ。

そしてその力で振るわれた拳は風を巻き込み、膨張させ、一発一発が衝撃波を生み出す。 全て彼女の腕力だけが成せる技である。

だがそんなシンプルな強さだからこそ、突き詰めれば極めて強力なものとなる。

 

その力を振るえば岩盤すら砕けるだろう。

その力を振るえば海を割るのも不可能ではない。

そう思えてしまう程に、勇儀という鬼の力は並外れている。 桁が違う。

 

一発一発の拳圧に押されていたからではあるが、霊夢は懸命に弾幕を張り続けていた。

あんなのと真っ向勝負をしてはいけないーーと、よく当たる霊夢の勘は、警鐘にも似た音を絶えず掻き鳴らしていたのだ。

だが同時に、このままではいけない、とも思っていた。

 

「(ちっ…切りが無い…!)」

 

撃ち続ける弾幕は意味を成さない。 着弾前に掻き消されてしまうのだ。

だから弾幕以外の方法で、如何にかして勇儀に攻撃を当てるしかない。

いや、当てるのは弾幕でもいい。 当てられるなら何でもいい。

とにかく、今はこの状況を打開する策が必要だ。

 

「(くっ、いつでも日女様を降ろせたら楽だったのに…っ!)」

 

けど、そりゃさすがに無理か。

一瞬切望したその考えはすぐに打ち切られた。

確かに日女の力があれば妖怪など一瞬で沈めることができる。が、あれは霊夢とて故意に出来るものではない。

 

神降ろしを解いた後の疲労感ったら尋常ではなかった。 直後では立ち上がるのも困難な程だ。

そもそも竜姫の助け合ってこその神降ろしなのだから、この場でいくら望んでも仕方のない事である。

 

世の中、そう上手くはいかないものだなーーなんて、少し現実逃避じみた事を頭の隅で考えてしまう霊夢だった。

 

「(って、ンな事考えてる場合じゃないっ!)」

 

ゴオッ! と凄まじい風が体を打つ。

あんな威力の拳を直に受けたら、きっと五体満足ではいられないだろう。

勇儀の圧倒的な膂力に戦慄すら覚えながら、霊夢は一枚の札を取り出した。

 

「神技『陰陽鬼神玉』ッ!」

 

霊夢の目の前で大きな陰陽玉が形作られていく。

弾幕よりもずっと質量のあるその陰陽玉は、勇儀の拳による風圧ではビクともしていなかった。

 

「とりあえず、丈夫なやつを一発よ!」

 

霊夢の身長程に直径を伸ばした陰陽玉は、そんな掛け声と共に勢いよく放たれた。

緩く回転しながら飛ぶ陰陽玉は、霊夢自身の霊力を巻き込み、更に威力を増していく。

 

勇儀はそれを見据え、ニィッと笑った。

 

「やっと中々なのが来たね!」

 

見据え、構え、定める。

勇儀の動作は緩やかに見える程に滑らかで、酷く正確だった。

 

最短距離で正確に構えられた拳は、ゴッと強力な妖力を纏う。

それすらも、殴るという行為を行う為に極められた動きであった。

 

「超級四皇拳ッ!」

 

拳が打ち出されるのと同時に、纏われた妖力が巨大な拳を形作っていく。

高密度に圧縮され、非常に硬く強力になった妖力の拳は、間近に迫っていた陰陽玉と激しく衝突しーー見事に砕いた。

 

「でもまだ、この拳は止められーー!?」

 

「分かってるわ。 萃香にも砕かれたもの」

 

砕け散った陰陽玉の破片の合間、勇儀は不敵な笑みで結界にお札を貼り付ける霊夢を視界に捉えた。

と同時に、自らの上下左右前後から光が発せられるのを確認した。

 

「だから本命はこっち。

神技『八方鬼縛陣・交』!」

 

勇儀の周囲六方向から、高圧の霊力が放たれる。

強い光を交えながら、その霊力は中心の勇儀へと一気に殺到した。

 

八方鬼縛陣の同時展開、である。

相手を中心として、足元、頭上、左右、前後に結界を展開。

そしてそこからそれぞれ、中心へ向かって八方鬼縛陣が発動する。

 

霊夢は、以前の萃香戦の教訓から発想を得たのだ。

真っ向からでは攻撃が出来ない。 だから隙を突いて大技を叩き込むべし、と。

陰陽鬼神玉は文字通りの囮であり、その隙に準備を整え、必殺の一撃をお見舞いする。

霊夢はそれを、完璧にこなして見せたのだ。

 

だが当然の事ながら、勇儀も決して柔ではない。

 

 

「『鬼神の咆哮』ォオッ!!」

 

 

六柱の陣が直撃する寸前、勇儀の宣言と共に妖力の衝撃波が放たれた。

大気を振動させるようなその衝撃波は、奇しくも霊撃の原理とよく似ていた。

即ちーー突発的解放による爆発力を用いた、一瞬の衝撃。

 

だが彼女の放つ衝撃波は、霊撃とは違って連鎖的(・・・)であった。

 

「ぉぉおおおおッ!!!」

 

「くっ…押され、てる…っ!」

 

まるで心臓の鼓動のように、衝撃波ーー妖撃とでも呼ぼうーーは波紋のようにして広がっていく。

ドドドドドッ! っと重い音を響かせながら、徐々に徐々にと陣を押していく。

 

嘘でしょ、この火力よ?

内心に驚きと焦りを孕ませながら、霊夢は必死に陣を放ち続けた。

これが破られれば、正直に言って打つ手が無い。

"夢想天生"という切り札はあるものの、異変の先で何が起こるか分からない現状で使うのは躊躇われる。

直接的なダメージのある接近戦などは以ての外。

弾幕は言うまでもなく。

 

これはーーピンチだ。

 

「(ぐ…ううっ! やっぱ地底とか嫌いだわっ!)」

 

抵抗するも力負け、陣はどんどん押されていく。

そして遂に、勇儀の妖撃の波が基点である結界に触れ、粉々に砕かんと迫った。

 

ーーその時。

 

 

 

『二重結合。 霊夢と俺の霊力を結合』

 

 

 

ブワッと、霊夢の霊力が膨れ上がった。

 

突然の事過ぎて、霊夢には一体何が起こっているのか理解が出来ない。

唐突に膨れ上がった霊力は、霊夢の意思とは関係無しに陣を強化し、勇儀の妖撃すら押し返していった。

陣の制御が上手くいかない事の不安と困惑が、一瞬霊夢の頭を支配する。

が、現状でも明確に分かる事が、一つあった。

 

 

「…何だか分かんないけど、これなら行けるッ!!」

 

 

膨れ上がった霊力をありったけ陣に込める。

現在の自らの霊力に底が知れない恐怖はあれど、霊夢はそれを振り切って思い切り霊力を込めた。

怖がって出し惜しみなんてしていられない。

加減して勝てる相手では無い。

彼女は本能で、それを理解していたのだ。

 

「何っ、だぁっ!?」

 

驚愕の声を上げる勇儀に、膨れ上がった霊力の陣がグングンと迫る。

彼女はその頰に一筋汗を流しながら、妖撃に更なる力を込める。

 

が、底知れない霊力を得た霊夢に、それはほぼ無意味な抵抗であった。

 

「これで…終わりっ!!」

 

最後として。 止めとして。

一気に込められた霊力は、一瞬で爆発的な威力を放ちーー

 

ズドォォオンッ!!

 

勇儀を呑み込んで、炸裂した。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

『お疲れ、霊夢。 危なかったみたいだな』

 

「……その声、もしかして双也にぃ?」

 

あの戦闘の中にあって、未だ壊れていない事に少しだけ感心しながら、霊夢は隣に浮かぶ陰陽玉へと問いかけた。

すると、彼女への答えが帰ってくる前に割り込む声が。

 

『ちょ、ちょっと双也!? 何してるのよ!』

 

『うぇ? いや、霊夢と話してるだけだけど』

 

『嘘、何か能力使ったでしょう!?』

 

『ちょっと助けただけだって。問題無いだろ?』

 

『私以外の力で使ったら故障する場合があるのよ!』

 

「……紫?」

 

割り込んできた声は、先程から無反応の紫のものだった。

なぜ今になって通信が復活したのか。

なぜ双也が通信の向こうにいるのか。

そしてその他諸々の事柄の所為で、霊夢の頭は疑問でいっぱいである。

 

誰か説明してーー。

そんな心の声が聞こえたのか定かではないが、通信の向こうにいる紫は簡潔に話し出した。

 

『ごめんなさい霊夢。 突然彼が帰って来たものだから、驚いて通信の事が頭から離れてしまっていたわ』

 

「おい賢者」

 

『まぁそれはいいとしてよ。どうやら鬼の四天王と戦ってたみたいだけど……勝ったのよね?』

 

『危なかったけどな。 俺の能力が間に合わなかったらキツかった』

 

「そこがちょっとよく分からないけど…」

 

『? 簡単な事だろ。 俺の霊力と、紫の妖力と、お前の霊力を結合して足りない分を供給しただけだぞ?』

 

「……………」

 

"ああそう、もう驚かないわ"

霊夢は内心でそんな呆れを零した。

双也の能力が非常に強力なのは知っているが、"霊力の供給"なんて行動は初めて聞く。

相変わらず原理はよく分からないが、結合と言うのだから恐らく、霊夢の霊力=双也の霊力なんてありえない図式を成り立たせてしまったのだろう。

 

相変わらず出鱈目だ。 よくこんな兄を持ったものだ。

霊夢は心の内で、"慣れとは怖いものだな…"と少しばかりの哀愁を感じるのだった。

 

 

「かぁ〜っ! 強いねぇホントに!」

 

 

ピリッ。

響いた声を聞き、肌に刺激が走る様にして気が引き締まる。

霊夢は無意識の内に、視線の先で胡座をかいて座っている勇儀を睨み付けていた。

 

あれで倒れないなんて、冗談にしても質が悪い。

頰に一筋、冷や汗が伝った。

 

「おうおう、そんなに睨まないでくれ。 もう戦えないよ、私の負けだ」

 

両の手をヒラヒラと振る勇儀を見て、霊夢は寄せていた眉間の皺をゆっくりと和らげた。

萃香曰く、"鬼は嘘を吐かない"。

四天王とまで言われる勇儀が、それを分かっていない筈がないのだ。

それに霊夢も、これ以上戦うのは辛いところである。

 

安堵の表れか、霊夢は短く息を吐いた。

 

「全く、梃子摺(てこず)らせてくれたわね」

 

「まぁそう言うなよ。 私も楽しませてもらったし、なんなら一杯奢ってやるが?」

 

「……遠慮しておくわ」

 

こんな所さっさと出たいし。

なんて本音は、さすがに言えなかった。

そこに住む者達の前で"こんな気持ち悪いとこ早く出たい"なんて言えるものか。 況してや鬼達の前だなんて。

心の内ではそれはもう強い強い思いであったが、霊夢は何とか喉奥で言葉を塞き止めるのだった。

全く対人関係とは、かくも難しいものである。

 

「そっか、残念だ」

 

ボロボロの姿ながら、勇儀は本当に残念そうに微笑んだ。

喧嘩っ早いところは評価出来ないが、どうやら鬼というのは良い方にカラッとしているようだ。

 

意外とサッパリしてるわねーー。

 

その微笑みを見て、ふと思う。

深過ぎる関係よりも、たまに会って話す位の方が気楽でいいのだ。

少なくとも霊夢という少女にとっては。

まぁとは言っても、魔理沙や双也などとの関係は大切にしている辺り、やはり霊夢も年頃の少女というのかーー本当に一人になるのは寂しいらしい。

 

霊夢の様子を陰陽玉越しに見ていた紫は、彼女についてそんな事を考えながら、だが"そんな事をしている時間は無い"とばかりに霊夢を促した。

 

『さぁ霊夢、こんな所で道草を食っている場合ではないわ。 先へ進みましょう』

 

「……そうね」

 

勇儀から目を離し、霊夢は簡潔に答えた。

紫の言う通り、立ち止まっている場合ではない。

今は異変解決中であり、もしかすれば首謀者が着々と侵略の準備を進めているのかも知れないのだから。

 

「(あでも、ここからはどう行けば良いのかしら?)」

 

一歩踏み出して、ふと考える。

街に入るまでは、取り敢えず明かりのある方へと目指して来ていたし、街に入ってからはただずっと真っ直ぐ進んでいたーーというより、それしか道がなかった。

だがここは一つの街だ。

大通り一本で網羅できるような街なんてあるはずはないだろう。

恐らくここからは、地霊殿とやらを探しながら進まなければならなくなる。

 

「(……どうしようかしら)」

 

眼前に広がる街を見ながら、心の中で呟くようにして少しばかり思考する。

 

 

 

「…そんな心配はしなくてもいいですよ」

 

 

 

唐突に。

鬼に聞いていくかーーなんて彼女の本意ではない考えに至った瞬間に、霊夢の鼓膜をその静かな声が震わせた。

 

何処か幼いようにも聞こえる声。

幼く大人しそうな少女の声。

霊夢も地底でそんな者の声が聞こえた事にも驚きはしたが、更に彼女が驚いたのは

 

ーーその声が、霊夢の心の呟きに対してだった事であった。

 

「………誰?」

 

少しばかりの警戒をその雰囲気に含め、霊夢は声の方へと振り返る。

 

すると、奇妙な光景が視界に映った。

 

先ずは鬼達。

先程まで霊夢と勇儀の喧嘩を興奮気味で観戦していたのに、今はシン…と静まり返っている。

更には、何か避ける様に離れているのだ。

 

続いて勇儀。

ボロボロの姿で胡座をかいて座っている事は変わらない。

だが、その顔は何処か不機嫌そうに見えた。 先程までの微笑みが、消え失せているのだ。

 

そして最後。

その勇儀が不機嫌そうに見つめる先。

そして鬼達が全員揃って避けている対象。

それは、霊夢と鬼達の間ーー真ん中程に立っていた。

 

 

「初めまして、博麗の巫女。 私は地霊殿の主、古明地さとりと言います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、そろそろ行くかな」

 

ある一軒家。

俗にマヨイガと呼ばれるこの建物の一室で、双也はポツリとそう呟き、立ち上がった。

 

目の前の陰陽玉を介して地底の様子を見ていた紫は、その一言にピクッと反応した。

 

「行くって……また、出かけるの?」

 

「ああ。 まぁそんな遠出じゃないけど」

 

「………………」

 

双也の返答に、紫は何処か悲哀を感じさせる雰囲気を滲ませた。

 

当然だ。

愛する者が半年振りに帰ってきたと思ったら、またすぐに出かけるだなんて。

そんなの、悲しく思わない訳がない。

だが、紫にはそれを引き止めるつもりもないのだった。

何せ、彼が腰を落ち着ける事なんて殆ど無いと、知っているから。

 

だが双也だって、そこまで鈍い者ではない。

 

「心配するなよ、紫」

 

悲しそうな雰囲気を放つ紫に、双也は優しく頭を撫でた。

 

「遠出をする訳じゃないって。 すぐにまた帰って来るよ。 だからそんな悲しそうな顔すんな」

 

「……誰がさせてると思ってるの」

 

「さぁ? 誰かな?」

 

そう戯けて見せて、紫に微笑みかけると、紫もまた笑顔を零した。

帰ってくるなら、それでいいーーと。

紫の笑みには、そんな暖かみのある言葉がこもっている様である。

 

「……行ってらっしゃい。気を付けて」

 

「…行ってきます」

 

彼の見送りに、紫は微笑んでいたという。

 

 

 

 

 

 

 




纏めるのに苦労した一話でした…。

ではでは。

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