東方双神録   作:ぎんがぁ!

178 / 219
最早何も言うまい…。

ではどうぞ!


第百七十五話 同化

「やぁぁああッ!!」

 

スペルカード、夢想封印による七色の球が、お空目掛けて殺到する。

迫り来るその光景に眉を顰めたお空は、小さく歯ぎしりをしながら右手の砲台を振るった。

まるでレーザーの様にして熱線が薙がれるが、そこに先程までの圧力も熱量も篭ってはいない。

 

「そんなの、効かないわッ!」

 

衝突した熱線は、一瞬すらも霊夢の球を止める事叶わず、瞬く間に掻き消され、夢想封印は容赦なくお空を襲った。

 

「くぅっ! さっきまでボロボロだった癖にっ!」

 

「じゃ、アレはあんたの力じゃなかったって事よ!」

 

「うるさいよ!」

 

怒号と共に熱線が飛ぶ。

大量の弾幕を纏って放たれたそれは、霊夢に逃げ道というものをほぼ完全になくした。

 

ーーが、それを目の前にしても、霊夢の表情には欠片の動揺も浮かんではいない。

ただ、お札を一枚突き出しただけだった。

 

ドドドドドーー……

 

動かないければ、当たってしまうのが弾幕だ。

大量に放たれた弾幕と熱線は、動かない霊夢へと無遠慮に着弾する。

響き渡る轟音と立ち上る煙。

その様子に、お空は無意識に"やった!"と言葉を漏らした。

 

しかし、その喜びの表情は、一瞬にして凍り付く。

 

「…分かったかしら、力の差」

 

煙が晴れた後には、結界を隔てた向こう側に、無傷の霊夢が冷めた目をして佇んでいた。

 

「妖怪烏の力なんてこんなもんよ。

あの神様は確かに強いけどね、その力を渡されても、あなたが使いこなせないんじゃ意味が無い」

 

「くっ…」

 

悔しげに顔を歪ませるお空に、霊夢は変わらず冷たい視線を浴びせ続けた。

いやーー彼女自身にとって、それは冷たい視線などではない。

ただ、感情の籠もっていない視線。

一欠片の私情も介入を許さない為の、"冷徹"な目だ。

 

一度滅びかけた世界。

でも滅びずに済んだ世界。

それをまた危機に晒そうとするならば、博麗の名の下に成敗するーーと。

 

霊夢の瞳は、それを暗に語っているような力を宿していた。

 

「もう苦戦している訳じゃないのに、長々と戦うのは無駄の極みね」

 

そう言い放ち、霊夢は新たなスペルカードを輝かせる。

それを前にして、お空は更に顔を歪ませた。

 

鏡真が身体を離れてから、彼女の攻撃は霊夢に対して全く効果が無い。

速度も威力も、何もかもが劣ってしまって、弾幕の一つすら霊夢に掠らない。

神力を分けてもらったとはいえ、それを扱い切る事の出来ないお空には、既に打つ手が残っていなかった。

 

「後悔しなさい、霊烏路 空。 あなたは触ってはいけないものに触ったの」

 

 

ーー神技『八方龍殺陣』

 

 

輝くカードは、宣言と共にお札となって飛び散った。

分かたれた八枚のお札は急速にお空へと迫り、彼女を中心に八角形の陣を成す。

陣から溢れ出す霊力が、このスペルカードの威力を物語っていた。

 

「ーー…ッ!」

 

ズドォォーー…ン

 

まるで爆発を結界の中に押し留めたような、腹の底に響く重い音が空間に満ちた。

溢れ出した霊力が爆発的に上昇し、陣の上下に巨大な柱を形作ったのだ。

 

高圧な霊力の本流は容赦無く襲い掛かる。 そして陣内部の物を悉く圧殺する。

最早避ける力も残っていなかったお空は呆気なく呑み込まれーー荒々しい霊力が収まる頃には、力無く倒れ伏して気絶していた。

 

「……終わりね」

 

『ええ、終わりよ』

 

お空の元に降り立ち、完全に戦闘不能となった事を確認すると、霊夢は小さく呟いた。

 

これで、終わり。 異変は解決。

真犯人は後で成敗するとして、取り敢えず首謀者は倒した。

これで地上の危機も遠ざかるだろう。

やっと仕事が終わった事に、霊夢は小さく溜息をついた。

 

だがーーまだ帰る訳にはいかない。

 

 

ガァァアンッ!!

 

 

異変解決を確信した霊夢の背後で、激しい音が鳴り響いた。

 

そう、まだ帰れない。

帰る前に、見届けなければならない。

兄が一体、どういう状況にいるのか。

彼の言う"答え"とは。

 

爆音の方へと振り向き、見上げてみれば、霊夢の視界には二つの影が写り込んだ。

 

「………双也にぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣撃、熱線、弾幕。

 

広々と、だだっ広いとも言える灼熱地獄跡の空間は、そんな三つの物に彩られていた。

鮮やかに、激しく、鮮烈に。

この戦闘を眺める観客がいたとするならば、九割の者がこう言うことだろう。

 

ーーこれは、本当に弾幕勝負なのか?

 

と。

 

 

 

「ぅ…ぐ! 何ですか…その力…っ!!」

 

唸りを上げる鏡真に、深海(ふかみ)色の弾幕が殺到した。

轟々と空気を切り裂いて飛ぶ弾幕は、まさに暴風雨の様に彼を呑み込み、その身体へと傷を刻んでいく。

彼が抵抗として掻き消せた弾幕は、半分にも満たない程だった。

 

「今の、俺の力だよ」

 

にわか雨の様に過ぎていった弾幕の後からは、双也自身が続いていた。

膨大な霊力を纏いながら、刀を構えて肉薄する。

鏡真はそれに対し、大量の熱線を放って対抗した。

 

「……関係ねぇ」

 

が、双也は一言そう呟くと、それを避けようともせずに真っ直ぐ突っ込んで行った。

常人ならば考えられない事だろう。

なにせあの熱線は、核融合という規格外のエネルギーを基にして放たれた物。 近付こうとすればたちまち溶けてしまう。

 

しかし、双也は違う。

 

ズバンッ!!

 

彼を呑み込んだ熱線は、その中腹辺りを一気に斬り刻まれた。

竜巻でも起こったかの様に斬り刻んだそれは、大きく、大量に生成された霊力の刃ーー結界刃。

 

刻まれた炎が、空中でチリリと消え果てる頃には、双也は既に鏡真の目と鼻の先にいた。

 

「この…ッ!」

 

「吹っ飛べッ!」

 

咄嗟に作った炎の剣は、天御雷の前に一太刀で真っ二つとなった。

苦々しい表情をする鏡真を尻目に、双也は間髪入れずに彼を蹴り飛ばす。

 

そして霊力を掌に集め、吹き飛ぶ鏡真へと向けた。

 

「光滅『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

 

黒い波動が、未だ壁に激突していない鏡真目掛けて放たれた。

かつて神也の放った物よりも若干蒼く、しかし何倍も強力になった様な、閃光だ。

 

鏡真の熱線による抵抗は叶わず、共に呑み込まれる。

 

閃光が黒い線となってフッと消えると、その後には最早ボロボロに傷付いた鏡真が力無く佇んでいた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

「……あまり、俺の攻撃を喰らわせたくないんだけどな」

 

ダラリと佇み、もう殆ど戦う力は残っていないであろう鏡真は、それでも双也を睨んでいる。

その瞳は、まだ意思が潰えていないという事を双也が悟るには十分過ぎた。

彼の瞳の光を確認し、双也は小さく嘆息した。

 

「修行で…更に強くなったからといって、あまり僕を…見下さないで、くれますか…!」

 

「…見下してるんじゃない。 お前の為に言ってるんだ。

俺の攻撃…敵対意識のある霊力を浴び続けると、魂に良くない(・・・・・・)んだ」

 

「……………」

 

おもむろに掌を返し、双也はその上で霊力を集めた。

視覚化された霊力は、彼が元々持っていた透き通る様な蒼色ではなくーー墨汁を落として混ぜた様に、青黒くなっていた。

 

「……それが、俺の出した答えの弊害。

……俺はな、力を付けるために修行してたんじゃない。 そもそもあれは、修行でも何でもないんだ」

 

「修行では…ない?」

 

双也へと怪訝な視線を注ぐ鏡真に、彼はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『"繋がる"という事の究極的な意味とは、何だと思う?』

 

戦闘を見守る霊夢に、紫は静かに問い掛けた。

その問いに対し、霊夢は陰陽玉を一瞥して、無返事のまま考える。

そして思い出す。 紫の言った言葉を。

 

"まさか、西行妖と同化して帰ってくるなんてーー"

 

「もしかして…"同化"?」

 

『そう。 私も双也から聞いた事なのだけど、繋がり極まった二つのモノは、一つのものとして同化するの」

 

考えてみれば、至極当然の事だ。

双也の能力は、あらゆる物をあらゆる形で繋ぐ事ができる。

それらを = で繋いだとして、二つのものを事細かに、隅から隅まで繋いでしまえば、それらは最早全く同じものとなる。

紫の言う"繋がり極まる"とは、そういう意味なのだろう。

 

紫は霊夢にそう説明してやると、そこから辿り着くべき結論を、一呼吸置いて告白した。

 

 

 

『……端的に言って、今の双也は西行妖そのもの、という事よ』

 

 

 

「……えッ!? 」

 

その告白は、霊夢にとって驚愕が過ぎた。

何せ彼女は知っている。 西行妖という化け物が、どれだけ自分達をーー双也を苦しめてきたかを。

それ故に、彼女の疑問は更に深まっていく。

一体なぜ、彼はそんな事を?

 

霊夢の揺れる瞳は、彼女の心の内に膨れ上がった不安と疑問をぼんやりと写し出していた。

その様子に、紫は一つ、小さく溜息を吐く。

 

『…心配いらないって、何度言わせるつもり?』

 

「…え?」

 

『双也が何の考えも無く、同化なんて馬鹿げた行動に出ると思うの?』

 

ハッとして、押し黙る。

言い返す言葉が見つからなかった。

 

『西行妖と同化するという事は、あの危険極まりない能力をも支配下に置くという事。

今までの様に力で抑えつけるのではなく、制御し、支配し、暴走のリスクを極限まで削り取る』

 

 

 

ーーそれが、双也の見付けた"殺さない為の答え"なのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強くなったのは、俺の中の西行妖が同化したから。 そして同化したのは、能力を制御する為。つってもまだ、力及ばずだが…」

 

自嘲する様に言葉を締めくくった双也は、そのまま少しだけ笑いを見せた。

これもまた、己を嘲る空虚な微笑み。

彼は、己の問題を解決し切る事が出来なかった事をーーそれでも相当良くはなったのだがーー心の内で嘆いていた。

 

ただーー鏡真にとっては、大半はどうでもいい話。

彼は、双也のあまりの強さに疑問を持っただけ。 双也の心の内なんか興味無い。

しかし、その話の中で鏡真は一つの考えに辿り着いていた。

 

具体的には、双也の言う"弊害"。

そしてそれによって、この先をどう戦うべきか。

 

「ふふふ……そうですか、同化ですか」

 

俯かせた頭から、薄い笑い声が流れ出た。

不気味な鏡真の様子に、双也はもう一度天御雷を構え直す。

そして、睨みつけるように細められた視線の先で鏡真はゆっくりと顔を上げーー鋭い眼光が、光った。

 

ゴォッ!

 

眼光の輝きを皮切りに、未だダラリと身体を俯かせる鏡真から強大な神力が溢れ出す。

"まだこんな力があったのか"と、誰もが思うであろう神力の放出が、暴風となって双也の髪を掻き乱す。

 

「ならば、長期戦は絶望的に不利という事ですね。 僕の持てる全ての力で、終わらせます…!」

 

「……そうか、その方がお前の為だ。 受けて立とう」

 

ヒュッと一振り刀を払うと、双也は慣れた手付きで刀身を鞘に納めた。

ただ、鯉口だけは切ってある。

そのまま腰の方で構え、真っ直ぐに鏡真を見据えた。

ーー所謂、抜刀術の構え。

 

対して、鏡真は放出した神力を複数集め、周囲と中心に核融合エネルギーを凝縮していた。

多過ぎる物質は、外殻を破ってでも出ようとする。

凝縮されたエネルギーも同様、抑え込む神力を今にも吹き飛ばしてしまいそうな輝きと熱量を放っていた。

 

そしてーーその留めを外した時、弾けた力は真っ直ぐに双也へと向かう。

 

 

「超新星『ニュークリア・イクスノヴァ』ッ!!」

 

 

鏡真の能力、"核融合を操る程度の能力"の力を最大最高に引き出して放つ、熱線。

ーーいや、それは最早爆撃、それも核融合を用いた凄まじい"光"そのものだった。

星の最後と言われる超新星爆発ーーそのエネルギーをそのまま体現し、撃ち放ったかのようなその熱線は、その光によって視界に捉える事すらできない。

故に本当は、熱線であるかどうかすら定かではないのだ。

 

目の前に迫る滅亡の光。

瞼の裏までも埋め尽くしてしまう熱と光を前に、目を瞑っていた双也は不意にーー口元を緩めた(・・・・・・)

 

「…悪いな、鏡真。 受けて立つとは言ったが……この勝負、勝敗は既に着いてたんだ」

 

 

 

 

ーー絶刀(ぜっとう)天月(あまつき)虚断(こだち)

 

 

 

 

キーー…ン…ーー。

 

鞘から抜き放たれた刀身は、捉える事すら困難な速度で空を駆ける。

膨大な霊力を纏い、空間さえ切り裂くかのように閃いた剣閃は、満ち満ちていた光を、そんな金属音の様な軽い音と共に一閃の下に斬り捨てたのだ。

 

激しい光は粒となって消えていく。

先程までの力など嘘だったかのように。

己の最大最強を、あまりに呆気なく打ち砕かれた鏡真は、消えていく光の中で愕然とした。

 

しかしーーまだ終わってなどいない。

 

剣閃、即ち駆け抜けた刀身の軌道上。

その空間には、まるで斬撃が空間に縫い止められたように、無数の弾幕が停滞していた。

何かの合図を待つ様に、細かい剣撃を模した弾幕が整然と羅列する様は、最早芸術的ですらあった。

 

「速度を極めた抜刀術は、納めるまでが一動作。 ーー俺の勝ちだよ、鏡真」

 

カチンーー…。

 

その、瞬間。

刀を納める涼しげな音が響くと同時に、停滞していた弾幕群は鏡真へと瞬時に牙を剥いた。

 

羅列した弾幕はその形を崩さず、しかし嵐の様な速度で鏡真へ殺到し、容赦無く斬り刻んでいく(・・・・・・・)

 

その速度と威力に、鏡真の叫び声さえ掻き消える。

爆発しない。 炎も吐かない。 しかしその光景は、弾幕勝負に用いるスペルカードとしてはあまりに掛け離れ、鮮烈で強烈なモノだったーー。

 

 

 

 

弾幕勝負とも言えぬ弾幕勝負は、双也の圧倒的勝利にて終わりを迎えた。

空中で気絶し、落ちてきた鏡真を、彼は難なく受け止める。

駆け寄ってくる霊夢を横目に彼を横たわらせてやると、双也はポツリと呟いた。

 

 

「これにて一件落着。 後はーー"彼奴ら"だな」

 

 

その瞳は遥か上…地上の方角を睨みつけていた。

 

 

 

 

 




双也があまりに強くなり過ぎた件について。

ではでは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。