東方双神録   作:ぎんがぁ!

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やっと一字下げが出来るようになったので、多少見易くなったかも…?

ではどうぞ!


第百七十六話 The first answer. 不殺の意思

 未だ天高く昇っている太陽の下、双也達は妖怪の山の中を歩いていた。

 灼熱地獄から出てきたばかりなのも相まって、外の空気はまだ冷たく、ピリッと肌を刺激してくる。

 しかし、彼の半歩後ろを歩く霊夢にとってはそんな事よりも、娑婆の空気を吸えるという事の方が嬉しかった。

 地獄に居続けるのは気分が悪い。

 どこまで行っても彼女は、生粋の人間なのだ。

 

「ねぇ、双也にぃ」

 

「ん、なんだ?」

 

「あの子達、大丈夫なの?」

 

「大丈夫だろ。多分」

 

 振り向かず、しかし声だけは明るく、双也は片手間の様にして霊夢に応える。

 何処か興味無さ気にも見える彼の態度には、霊夢も僅かばかり眉を顰めた。

 

「…適当に言ってない?」

 

「適当なわけあるかよ。 あいつらはちゃんとさとりに引き渡したんだ、心配なんてないだろ?」

 

「いやでも、アレは神ーー」

 

「さとりがそう簡単にあいつらを"処理"するとも、出来るとも考えにくい。 俺らが連れてって、起きた時無駄にギシギシするよかよっぽどマシだよ」

 

 確かにそうかもしれないけどーー。

 淡々と論破していく双也に、霊夢は短く嘆息する。

 

 全く、この人にだけは敵いそうもない。 いや、こういう時は"頼りになる"と表現しておこう。

 霊夢は彼の後ろ姿を見つめながら、嘆息する心の裏で微笑みを零した。

 

「ああ、でも」

 

 そんな時、突然双也は立ち止まってポツリと呟いた。

 思い出したかの様に言う辺り、その事柄を大して重要には考えていない様である。

 霊夢はそう考え、何の気無しに尋ねた。

 

「…どうしたの?」

 

「いや、問題無いとは言ったけど、ちょっと鏡真の寿命削り過ぎた(・・・・・・・・・・)かなって」

 

「…………は?」

 

 数瞬の間を置き、霊夢の口からは間抜けた声が飛び出した。

 その時だけは、木々の爽やかな音も小鳥の囀りも、何もかもの音が聞こえなくなったかの様に感じた。

 最早時の流れすら感じる余裕が無い程に。

 いや待て、聞き間違いかもしれない。 そうーーこれはきっと、先程まで彼に抱いていた不安が引き起こした空耳だ。

 脳内で凄絶な現実逃避とも取れる自問自答を経て、霊夢は恐る恐る問い直した。

 

「い、今…何て…?」

 

「ん? いや、寿命削り過ぎたなぁーーって」

 

 じゅ、寿命? 今、寿命と言ったか?

 声の軽さと言葉の重さがあまりにも合致しない返答に、霊夢はみっともない位にポカンと口を開けた。

 そして、一瞬の間をおいて我に帰る。

 

「ちょ、ちょっとどういう事よそれ!? 寿命を削った!? 何を言ってるの!?」

 

「うぉっ!? ちょ、落ち着けよ!」

 

「これが落ち着いていられるか!!」

 

 ブワッ! という擬音がピッタリ合う様に、霊夢は双也に詰め寄った。

 だって、寿命だろう?

 そんな軽い言葉で語る内容ではないだろう?

 妖雲異変以来の"寿命"というキーワード、そして軽口で"それを削ってしまった"と語る兄への不安が、形容し難い混沌とした色を伴って渦を巻いていた。

 

 ーーいきなり訳が分からない。 何を言い出したんだこの人は?

 

 故に、落ち着く事なんて到底出来なかった。

 

「ちゃんと説明ーー」

 

『霊夢ッ!』

 

「っ!?」

 

 急速に落ち着きを失った霊夢を叱責したのは、双也ではなく紫だった。

 普段は物腰柔らかに、怒鳴ることなど滅多にない彼女の怒声は、熱くなった霊夢の頭を一瞬にして冷やし切る。

 

『落ち着きなさい。 あなたらしくないわ』

 

「……ええ」

 

『よし。 それじゃあ…双也?』

 

「ああ、分かってる」

 

 紫に促され、双也は一つ頷くと、また目的地に向かって歩き出した。

 それに倣って霊夢も歩き出す。

 彼女が双也に肩を並べた頃、彼は淡々と語り出した。

 

「…妖雲異変以来、俺がどうにかしなければならない問題としてまず直面したのが、西行妖の能力だ」

 

「死に誘う能力…」

 

「そう。 それがある限り、俺が西行妖を封印していても幻想郷のリスクは変わらない。

俺はもう、誰も殺したくないってあの時誓ったんだ。 だから、同化する事を選んだ」

 

 一年半前起こった"最悪の異変"。

 大量の人が犠牲となったその原因は、一重に西行妖の能力、"死に誘う程度の能力"によるものだった。

 もちろん、その際暴走した力を幻想郷に向けたのは神也だが、"死の原因"と問われるならば、それは確実に西行妖だろう。

 

 故に、"殺さない"という誓いを守る為に壁となったのが、その能力だった。

 

「同化する事の意味は…紫が説明してくれたんだよな?」

 

『ええ、簡易的にだけれど』

 

「ん、ありがと」

 

 同化すれば、その能力は妖力ごと双也自身のものとなる。 それは即ち、双也がある程度西行妖の能力を制御できる様になる、という事だ。

 能力を制御さえ出来れば、双也自身のーーそしてそれが"ここ"にあるという幻想郷そのもののリスクはグッと減る。

 今までの様に、力で抑えつけるよりもずっと確実性のある方法なのだ。

 

 ーーなら、何故それを今までやらなかったのか。

 

 頭に浮かんだその疑問を、霊夢は直ぐに解消した。

 

 簡単な話、その時にしか出来なかったから。

 

 妖雲異変の後、西行妖は大半の妖力を失った。

 霊夢と神也の衝突で上った柱でーー或いは早苗の放った光の柱でーー空を覆っていた妖力は全て吹き飛んだ。

 それによって、この時双也の中にはほんの僅かな妖力と、効果の乏しい能力だけが残っていたのだ。

 

「(少しずつ……西行妖の能力を打ち消しながら繋がないと、自分の寿命すら削ってしまうから……)」

 

 そう考える霊夢の脳裏には、当時の神也の姿が映っていた。

 恐らくは白かったであろう髪を、八割強も灰色に染めて、輝く瞳を濁った桜色に染めて。

 抑えの効かない死の能力を、そのまま繋いでしまったから、己の寿命すらも削ってしまったのだ。

 もちろん、妖雲異変後の一年間少なからず西行妖の妖力も回復していた訳だが、その量は双也にとってなんら多くはない。

 能力を打ち消しながら繋ぐのに問題のない量だった。

 

 感覚的に、今しかないと分かっていたからこそ、双也はハッキリさせる為に神界へーー竜姫の下へ向かったのだ。

 

「この方法自体は、竜姫に教えてもらった。 そしてその完了も、竜姫に見届けてもらったんだ」

 

「あぁ、だから神界に…」

 

「ああ。 ……だが、あくまで"完了"。 "完成"じゃあない」

 

「……! それじゃあ…」

 

『死に誘う程度の能力を…制御出来ていないということ?』

 

 二人の心配そうな声に、双也は少しだけ悲しそうに笑いかけた。

 己の力不足を嘆くような、何処か空虚なその表情は、それを見た二人の胸をキュッと締め付ける。

 

 まだ、彼は苦しんでいるんだーー。

 

 その表情に耐えられず、霊夢は直ぐに目線を逸らした。

 

「少しずつ回復していく妖力をその端から同化させていって、半年掛かってやっと同化し切る事に成功した。

……でも、あの能力を完全に抑え込む事はできなかった。 完全に俺の力不足だよ」

 

「それじゃぁ…双也にぃは何の為に半年間も……」

 

 無駄に終わった彼の努力を、嘆く他なかった。 それ位しか、同情するくらいしか霊夢には出来なかったのだ。

 多大な努力の上に得た失敗が、どれだけその心に重くのしかかるのか。

 努力の足りない霊夢でも、ある程度は想像出来る。

 だからこそ、意味の無い事だと分かっていてもそうするしかない。

 そこでわざわざ、"もっと精進すればいいじゃない"なんて突き放す程、彼女は他人に厳しくはないのだ。

 

 ーーしかし。

 

 

「おっと、早とちりするなよ霊夢」

 

 

 当の双也自身は、あまり悲観してはいなかった。

 

完全には(・・・・)抑え込めなかった、って言ったろ? 俺が何の成果も無しに戻って来ると思うか?」

 

「……?」

 

 首を傾げる霊夢に、双也は軽く嘆息する。

 そして、薄い笑みを零しながら告げた。

 

 

「能力のオンオフは出来ないけど、ハイロウは付けられるようになったって事だよ」

 

 

 聞き覚えのない横文字ーーもちろん彼女自身は横文字だとも知らないーーに、霊夢は眉間の皺を深くして更に首を傾げた。

 

「はい…ろう……?」

 

『"強弱"の事よ、霊夢。 成る程、だからそんなに明るいのね』

 

「そーいう事だ」

 

 ニカッと一つ笑うと、双也はまた歩き出した。

 一変した彼の雰囲気に呆気にとられたが、すぐに我に帰ると、霊夢は早足に着いて行った。

 

「具体的に言えば、極限まで能力を抑える事で、削ってしまう寿命を極々僅かにまで減らせるようになったんだ」

 

「どれくらい?」

 

「ん〜…大体、霊力を使った攻撃一発につき、三秒かな。 まぁ削ってしまう事に変わりは無いんだけど」

 

「三秒…! じゃあ、普通に弾幕ごっこする分には大した問題は無くなったって事…!?」

 

「そうだな。 喰らい過ぎると良くないのも確かだけど」

 

 そんなの、些細な事じゃない!

 霊夢のそんな声は、感慨深さに喉が詰まってしまった故に吐き出されない。

 しかし彼女の気持ちだけは、その表情からありありと滲み出ていた。

 

 だって、それはつまり、ずぅっと苦しんでいた問題が解決したという事だろう?

 確かに寿命は削れてしまうかもしれない。 喰らい過ぎるのも良くないのは確かだろう。

 でもそんなの。 たった三秒なんて。 実質無害と言っても良いくらいだ。

 以前に比べれば、雀の涙も同然ではないか。

 

 まるで自分の悩みが綺麗さっぱり解決したように、霊夢は満面の笑みを讃えていた。

 とても嬉しそうに。 とても幸せそうに。

 そんな彼女の表情は、その高揚具合を感じた双也と紫の表情すらも柔らかくするのだった。

 

「良かったわね、双也にぃ♪ 長年の悩みが解決してさ!」

 

「…ふふっ、そうだな。 やっと一つ目、解決出来たよ」

 

『良かったわ。 ……本当に』

 

 小鳥の囀る音を聞き流し、三人は森の中を談笑交じりに進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…見えてきた」

 

 やがて、三人の視界に目的地が映り込んだ。

 妖怪の山を歩いている時点で何となく予想は付いていた霊夢だが、正直確証が無かった。

 何せ、関連性が見つからない。

 今回の異変に、ここーー守矢神社がどう関わっているというのか。

 

 長い石階段の脇から出て、三人は残りを登った。

 とは言ってもほんの数メートルの間である。 疲れる程の長さではない。

 登り切り、少しだけ色の禿げた鳥居を潜ったその先には、ザッザッと枯葉を掃く少女の姿があった。

 

「…? あ、双也さん! 帰ってきてたんですね!」

 

「よっ、早苗。 半年振り」

 

 少女ーー早苗は双也の姿を確認すると、駆け寄ってきて"お帰りなさい!"とお辞儀をした。

 そして素早く向き直り、霊夢や紫の方にも満面の笑みで挨拶を交わす。

 

 相変わらず、双也と早苗の仲は良好なようである。

 妖雲異変解決直後は、それこそ双也の姿を見る事さえ抵抗していた早苗であったが、今ではこの通り。

 双也の打ち解けやすい性格もあってか、早苗は最早、双也を普通の友人として認識する迄になったのだった。

 双也としては再び早苗と仲良く出来る事を心から喜んでいた。

 が、あまり顔には出てこないので、その事実は彼のみぞ知るというところである。

 

「あいつら、今居るか?」

 

「あ、はい! 中においでですよ! 呼んできますか?」

 

「………いや、いいよ。 自分で呼ぶ」

 

「…?」

 

 少しばかり考える素振りをした双也は、そう言って早苗の横を通り過ぎて行った。

 丁度早苗と神社の中間辺りで立ち止まると、調子を確かめるようにコキキッと首を鳴らす。

 霊夢には、彼が今から何をするのか何となく分かっていた。

 そして隣の陰陽玉から、霊夢は小さな溜め息を確かに聞いた。

 

「自分から出てきてもらおうか……このバカ神共っ!」

 

 ゴォッ!

 言い放った瞬間、双也から溢れ出した霊力は、神社を包み込むように放たれた。

 見ているだけでも、"殺気は含まれていないようだが、それでもあの量は食らいたくないな…"と思わざるを得ない量である。

 早苗は少しばかりオロオロしているが、霊夢と紫はただただそう思って同情した。

 

 飛び上がってすぐに出てくるであろう、曰く"バカ神"の二柱にーー。

 

「ちょ! ちょっと何この霊、りょ…く……」

 

 

 ーー目玉の付いたおかしな帽子が。

 

 

「一体何だいッ! この馬鹿でかい力…は……」

 

 

 ーー厳かな注連縄が。

 

 それぞれひょこっと、境内から顔を出す。

 その表情は、警戒している引き締まった物から一瞬で青ざめていった。

 何せ視線の先ではーー

 

 

「お前ら、ちょっとここに正座しろ♪」

 

 

暗い笑顔を浮かべた双也が、仁王立ちしていたのだからーー。

 

 

「説教、始めるぞ♪」

 

 

 

 

 




次回であの子登場かな?
全世界No. 1のあの子です!

ではでは。

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