東方双神録   作:ぎんがぁ!

180 / 219
ちょっとお馬鹿な神奈子と諏訪子。
……良いと思います!

ではどうぞ。


第百七十七話 悔いで成り立つ想い

「で、反省したのか?」

 

「「ご、ゴメンナサイ…」」

 

 やっと終わったーー。

 双也の前に正座する二柱、神奈子と諏訪子は内心で大きく嘆息した。

 そろそろ本当に足が痛い。 神とは言え、女性を地べたに正座させるかフツー?

 二人して全く同じことを考える。 しかし、そんな文句をこの状況下で漏らせる程、二人の肝は据わっていなかった。

 何せ双也が、珍しく怒っているんだもの。

 言ったら最後、何が飛んでくるのか分からないのだもの。

 

 

「(ーーなんて事、考えてそうだなぁ)」

 

 

 目の前で黙り込む二柱を見て、双也はふぅ、と息を吐いた。

 そして一つ、咳払い。

 二人はビクッと震え、その顔には汗が滲んだ。

 

 たとえ双也でも、彼女らの心の中を見透かせる訳ではない。 悟り妖怪ではないのだから当然だ。

 しかし、二人の考えそうな事などとうの昔に把握している彼である。

 二人の凡そ反省の見られない思考を咳払い一つで吹き飛ばすのも、実に容易い事であった。

 

「じゃ、改めて罪状を述べやがれ」

 

「わ、私が地獄鴉に…八咫烏を降ろさせた事…」

 

 大量の汗が滴る、神奈子が言う。

 

「何が悪かった?」

 

「…わ、私達の考えていた事…全部…」

 

 異常に焦点の合わない瞳で、諏訪子が言う。

 

 二人の自白を聞き、双也はまた一つ大きな溜め息を吐いた。

 また少し縮こまった様にも見える二柱に、彼はゆっくりと、しかし苛つきをも孕んだ言葉を紡いだ。

 

「…いいかお前ら。 何度も言うけど、幻想郷はこれ以上豊かになる必要はないんだ。 つーか、なっちゃいけねー」

 

 お前らのアイデアは以ての外だ!

 双也の呆れた視線に晒された二人は、聞こえるはずもないそんな文句を聞いた気がした。

 何せこれは、お説教だ。

 しかも滅多に怒ることのない、双也からのお説教だ。

 二人がビクビクするのも無理はない。 二人はとうの昔に、彼を怒らせるととても怖いという事を知っている。

 ただただ、怒りという名の嵐が過ぎ去っていくのを、縮こまって待つしかないのだ。

 

 ーーそう、双也は怒っている。

 今回、二柱が起こした行動に。

 

 とは言っても、実際に彼女らが何をしようとしていたのかを知ったのは、このお説教の最中における彼女らの自白による。

 此処まで来たのは、また別に飛ばしたい文句があったからである。

 

 ーー地獄鴉に神なんか宿らせて、何しでかすか分かんねーだろうがコノヤロー!!

 

 飛ばしたかった文句はしかし、彼女らの目的を聞いた瞬間に摩り替わってしまっていた。

 何せ、"幻想郷に産業革命を起こそう"だなんて。

 何を考えているんだ、と

 

 故に、双也がこの場所に結論を得たのは、彼の行った推測によるものだ。

 

 双也は、一連の騒動の犯人を絞り込む一歩として、こう考えた。

 "そもそも、太陽神を利用できる程の奴とは?"と。

 八咫烏たる日鷹 鏡真だって、曲がりなりにも太陽神。 この国で最も崇拝される神の一人だ。

 それをあたかも"部下"の様に、特に優れている訳でもない一匹の地獄鴉に取り憑かせ、更には"名前を出したら怒られる"とさえ思われていた。

 

 ーーそう、部下。

 部下だったなら、得心がいく。

 

 鏡真は太陽神としては新米だ。

 その暦は、恐らく日女の一割だって満たしてはいないだろう。

 つまり、太陽神として神格が上がる以前の上司なら、彼にある程度融通を効かせる事も出来るはずである。

 

 ーードンピシャだった。

 双也の脳裏には、その条件を十二分以上に満たした者がハッキリと浮かんでいた。

 ならあとは、そこへ出向いて拳骨の一発でもかませば良い。

 そんなつもりで、双也は守矢神社に乗り込んだのだった。

 

 苛立ち、呆れ、その他諸々。

 様々な感情の見て取れる彼の視線に、二人はビクつきながらも神経を尖らせる。

 子供が親に叱られる時の様に、言葉を一言一句聞き逃さない為に。

 

「確かにな、外界から来たばっかりのお前達にはここの生活は辛いだろうよ。 電気もろくに通ってないし、夜は真っ暗だし、どうせテレビとかも点かなくなって、もう一年半も経つってのに毎晩嘆いてるんだろ?」

 

「うっ……」

 

 諏訪子が小さく呻いた。

 

「でも、幻想郷はそうでなくちゃいけないんだ。 豊かになり過ぎちゃいけない。 それじゃ外の世界の二の舞だからな」

 

 それは、諭す様な声音をしていた。

 彼の些細な一動にすらビクついていた二人には、その声はあまりにもすんなりと耳から入り、そして脳にまで辿り着いた。

 

 そうだ、幻想郷はこのままでなくてはいけない。

 昔のまま、自然と生き物とがお互いに譲り合っていた、"古き良き日本の姿"でなければならないのだ。

 そうでなければ。

 忘れられたままでなければ。

 幻想郷は、人と自然の在るべき姿を忘れた、外の世界と同じになってしまう。

 幻想郷すらも、"在るべき姿"を忘れてしまう。

 

 それ即ち、崩壊。

 

 この世界の存在意義ごと巻き込んだ、全ての崩壊を意味する。

 

 ーー何をやっているんだ私達は。

 ーー何の為にこの世界へ来たと思ってるんだ。

 

 この場所へ苦労して……それこそ、神社を丸ごと引っ括めてまで此処へ来た理由を、蔑ろにしようとしていた。

 俯く二柱に、双也は締めくくる様に言う。

 

「お前らがやろうとした事は、幻想郷そのものを壊しかねないものだったんだぞ。 反省してくれないと、困る」

 

「「………………」」

 

 二柱に、何かを言い出す余裕はもう無かった。

 反論は勿論、謝罪だって、喉の奥に詰まって中々出てこないのだ。

 罪悪感もある。

 罪の重さに言葉を吐き出せない事は、人間にだってザラにある現象だ。

 ーーしかし、この突っ掛かりは、違うと分かっていた。

 そしてその喉に何かの突っ掛かりを覚える理由も、二柱には何となく分かっていた。 そしてそれが、余計に言葉を詰まらせる。

 

「(双也は…きっとまだーー)」

 

「(…後悔……しているんだろうね…)」

 

 俯いた頭が上がらないのは、拗ねているからではない。

 何の言葉も言い出せないのは、反発しているからではない。

 二柱はもう、過ちには気が付いた。

 が、それは同時に、"あの異変"に残された悔いーーその上に成り立っている、彼の幻想郷への想いに気が付く事と同義だった。

 

 きっと双也も、その悔いを意識してこの話をしている訳ではないだろう。

 悔いを常に意識したまま生きるなど、ただ過去の過ちにクヨクヨして前に進めない愚者のする事だ。

 ただーーそう。

 双也の言葉に、彼のそんな感情を感じるのはきっと、彼の"悔い"が心の底にまで根付いている証拠だ。

 意識するかは関係無い。

 むしろ、無意識の内にそれ(・・)を端々に(こぼ)してしまうから、"根付いている"と言うのだ。

 

 双也の幻想郷を護ろうとする言葉には、それが雨粒の様にポロポロと溢れていた。

 

「ともかく! 分かったら二度とすんなよ! ちゃんと世界の事考えろ神なんだから!」

 

 改めて釘を刺す双也の言葉に、二柱は、彼に見えない程度の小さな笑みを零した。

 反省はしている。 しかし、"悔い"に気が付いた二柱にはどうしても、その言葉から幻想郷への想いばかりが伝わってきてしまう。

 それこそ、最も主である筈の怒りよりも強く。

 "誰かが、何が護ろうとする気持ち"

 それに触れた二柱は、ただただふわりと暖かくなった様に感じる胸を受け入れ、笑みを溢さずにはいられなかった。

 

「分かったよ。 ゴメンなさい双也!」

 

「悪かったよ。 反省している」

 

「……………?」

 

 ーーはて、何故こんなに明るいんだ?

 二柱のハッキリとした謝罪を聞いた双也は、そんな呟きの聞こえてきそうな表情で首を傾げた。

 だが、その理由を彼が知る事は無いだろう。

 何せその理由自体、彼が無意識にやっている事が発端なのだから。

 

「…まぁ、いいだろ。分かればよろしい」

 

 そうして、双也のお説教は終わりを告げた。

 締めくくった彼の言葉が何処か釈然としていない声音に聞こえても、神奈子、諏訪子を始め、霊夢や紫すら何も口に出さなかった。

 

 この場にいる双也以外の全ての者が、奇しくも全く同じに感情を、彼から感じていたのだった。

 

 

 

 

「さて、じゃあ……帰るか」

 

 振り返り、双也は霊夢達に目配せした。

 それを受け、彼の背後でお説教を眺めていた彼女も一つ頷く。

 

「ええ、帰りましょ」

 

 簡潔にそう返し、霊夢は陰陽玉と共にふわりと身を翻した。

 それに続き、双也も早苗達に軽く手を上げてから歩み出す。

 さて、これで異変も完全解決。

 帰ったら一体何をしようか。

 そうだ、取り敢えず紫の所に行こう。 考えるのはそれからでもいいな。

 やる事を終えた双也は、既にそんな甘ったるい事さえ考え始めていた。

 

 ーーが、彼の歩みは突然停止する。

 

 いや、正確には停止させられていた(・・・・・・・・・)

 

 先へ進んでいく霊夢を横目に引きながら、双也は自らの袖に目を向ける。

 停止したのは、袖を何かに引っ張られた様に感じたからだった。

 神奈子や諏訪子が引き止める訳も無し。 霊夢は物理的に不可能だし、早苗だって諏訪子達の隣に居る。

 ーーでは、誰だ?

 

 未知に対する僅かな不安を抱えながら向けた視線。

 そこにはーー緑髪の少女が双也を見上げていた。

 

「まだ帰らないでよ。 お話が終わるのずぅっと待ってたんだから」

 

 少女はそう言いながら、プクゥと頬を膨らませた。

 

「私、古明地こいしって言うの!」

 

 そして、双也がそれに何かしらの反応を返すよりも早く、少女は満面の笑みでこう言った。

 

「ねぇお兄さん……私と弾幕ごっこ、しよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 な、なんだ突然この子……?

 俺の抱いた気持ちと言えば、その一言に尽きる。

 

 諏訪子達の説教も終え、やっとこれで休めると思った矢先の出来事だ。 そりゃあ多少は困惑するに決まってる。

 何せ、頭の中は既に異変の事から離れていたから。

 

 だから当然、突然"弾幕ごっこしよ?"なんて言われても正直困るだけであるからして。

 

「えっと…こいし? なんで突然弾幕ごっこなんて?」

 

 少しとはいえ、混乱した頭で考えたって答えなんか出やしない。

 早々に考える事をやめた俺は、未だ袖を離してくれないこいしに問いかけた。

 こいしはコテッと首を傾げた。

 

「え? だって、お兄さんに許可してもらわないとダメって事でしょ?」

 

「……何が?」

 

 連ねた問いを受け、こいしはゆっくりと腕を上げて行く。

 その突き出した小さな人差し指が示したのはーー神社の方だった。

 

「私のペットも、お空みたいに強くしてもらいたいの!」

 

 こいしは笑顔で、そう言った。

 その瞬間、俺は話を蒸し返された様な不快感と共に、あらゆる事への得心がいった。

 何より、この子の事を"思い出した"のだ。

 

 俺は前世の記憶を持っている。

 それは名前であり、性格であり、知識であり。

 だが、長い年月を生き過ぎた為にその大半は失ってしまった。

 当然だ。 何でもかんでも覚えていたら、とっくのとうにパンクしてしまっている。

 しかしその中で、時折思い出す記憶として代表的なのが、"原作知識"と呼ばれる物。

 

 ーーもう説明するまでもないだろう。

 そう、その知識の中で、こいしを見つけた。

 

 無意識を操る、種族すら捨てた悟り妖怪。 古明地さとりの実の妹。

 彼女の小さな身体に巻き付いた青いコードと第三の目が、そのどちらの要素をも確定付けている。

 

 だから同時に湧き上がった不快感も、"仕方ないな"と割り切るしかなかった。

 

 そりゃ、多少の怒りやイラつきも覚えたさ。

 散々説いた説明を、側で聞いていたらしい子が無邪気に完全無視を決め込んできたら、誰だってイラつくだろう?

 

 でも、この子はそれを"無意識"にやっているのだ。

 比喩じゃない。 本当に無意識なのだ。

 彼女はあらゆる者の無意識に入り込み、無意識に行動し、無意識に何かを考える事すらやってのける。

 何から何までを無意識に身を任せている、と形容すれば良いのだろうか。

 悟り妖怪が、心を読むのをやめた果て。 種族を捨てた代償だ。

 

 従ってーーこの子の"コレ"は間違いなく本音で、そこに悪意なんてものは一欠片だって無くて。

 そして何より……この子に物を分からせるには、基本的に忘れやすい言葉だけでは足りない。

 

「……そっか」

 

 ポンポンと軽く撫でると、こいしは不思議そうな表情をした。

 うん、まぁ。

 そりゃ不思議には思うよな、突然頭を撫でられたら。

 

「どうしたの双也にぃ……って、誰その子?」

 

 そうしていると、背後から霊夢の声が聞こえた。

 あんまり遅いから戻ってきたんだろう。 少し悪い事をしたな。

 んでももう少し、我が儘に付き合ってもらいたい。

 

「ああ、悪い霊夢。 もう少し待ってくれるか?」

 

「良いけど……何するの?」

 

「ちょっと分からず屋な女の子に、物を教えるだけさ」

 

 もう一度こいしを撫でる。

 すると霊夢は、察してくれたのか一つ頷くと、"じゃ、そっちに居るから"とだけ言い残して行った。

 うむ、実に良く出来た妹だ。 誇らしい。

 

 ーーさて。

 

「じゃあこいし。やるか、弾幕ごっこ」

 

「! うん!」

 

 子供相手にやる気なんて起きないが、物を教えるのも年長者の役目だと思うんだ、俺は。

 

 

 

 

 




何が書きたかったのか、自分でも若干分からない…。

あと今更ですが私、こいしのファンでございます(笑)
幽々子さんも大好きなんですけどねー。

ではでは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。