東方双神録   作:ぎんがぁ!

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戦闘シーン? 何それおいしいの?

ではどうぞ!


第百七十八話 大好きだから

 ーーさて。

 

 ーーさてさて。

 

 弾幕勝負、である。

 相手はこの子、古明地こいし。

 読心を止めた悟り妖怪の少女。

 

 場所はここ、守矢神社。

 観客は霊夢、紫、もしかしたら早苗達。

 因みに紫は、普通にこちらへと姿を現している。 "もう地上にいるのに陰陽玉を介するのは馬鹿らしい"との事。

 まぁ彼女が居てくれた方が、なけなしのモチベーションも低下は防げるだろう。

 格好悪い所は見せられないし。

 もしかしたらそれが狙いで来たのかも。

 不甲斐ない所は見せるなよーーと。

 元々そんなつもりも無いけれども。

 

 ーーさて。

 

 ーーさてさて。

 

 弾幕勝負、だ。

 相手はこの子、無意識少女。

 ちょっとばかり分からず屋と思われる。

 

 無意識とは何とも、面倒で厄介なものだ。

 文字通り"心"に刻み込まないと、俺の言いたい事はきっと分かってはくれないだろう。

 だから少しだけ、荒療治と行こう。

 

 

 ーーよし、整理終わり。

 

 

「早速一枚目、行くよ〜!」

 

 対するこいしが、一枚目のスペルカードを掲げた。

 それからは、眩いばかりの虹の掛かった光が放たれる。

 それに対して、俺はジッと弾幕の展開を見つめるだけだった。

 刀は抜いていない。

 子供相手に刃物向けたら、人として終わりだと思っている。

 

 ーーと言うのはまぁ、冗談だ。 本音は本音だけど、冗談だ。

 俺はただ、ちゃんとこいしに先程の話を分からせ、その上で"ペットに神を宿らせる"なんて蛮行をやめて欲しいだけ。

 刀を抜く必要がない、というだけである。

 

「こいし、分かってるな?」

 

「分かってるよ! 一発当たったら負けだね!」

 

「そう。一発でも当たったら負けだ」

 

 それ故に、"気絶したら負け"なんて長引きそうなルールではなく、"一発当たれば負け"という至極明確なルールを定めた。

 言うなれば、ちょっとばかりショッキングな出来事(・・・・・・・・・・・・・・・・・)と共に諭すだけ。

 長引くのは彼女としても俺としてもよろしくないのだ。

 

 ーーと、言うわけで。

 

「(ちょーっとだけ、"ズル"しようかな)」

 

 いや、これも俺の技だからズルにはならないのかな。

 いくら万が一にも負けられないと言っても、所詮遊びの範疇。 真剣な殺し合いの様に無法極まる戦闘を繰り広げる訳ではない。

 俺だってルールは守るつもりでいるが……まぁ、ダメだったら紫が何か言うよな。

 

 よし、方針決まり。

 霊力も展開して、準備完了だ。

 

「行くよっ! 表象『夢枕にご先祖総立ち』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢と紫は、神社の脇にある木陰に陣取っていた。

 ここからならば観戦はし易いし、何よりも木に寄り掛かることが出来る。

 紫はスキマの縁に座れるので、霊夢は気にせず適当な木を選んで背を預けるのだった。

 

「全く、やっとお茶が飲めると思ったのに」

 

 上空へ上がっていく二人を見ながら、霊夢は口を尖らせた。

 異変もやっと終わりを迎えた後。

 本当ならば、神社で煎餅でも摘みながら熱いお茶を楽しんでいるところ。

 霊夢は、お茶を楽しめない原因たる兄を見遣りながら小さく嘆息した。

 

「少し待つくらい良いじゃない。 どうせ長引く勝負ではないわ」

 

「……いや、何でそんな事が分かるのよ」

 

 紫の言動としては少々無責任に感じる言葉に、霊夢はやんわりとしたツッコミを入れた。

 だってそりゃ、紫は胡散臭い奴だけれども。

 どんな時も理屈立てて"予測"するじゃないか。

 今のそれは、どう考えたって"予感"だろう?

 言ってしまえば、らしくないのだ。

 少々不満げな表情の霊夢に、紫は少しだけ微笑んだ。

 

「分かるわよ。 双也の事は、私が一番良く分かっているもの」

 

 誰よりもーーね。

 何かと微妙な表情をする霊夢に、紫はそう言い放つ。

 その薄く微笑んだ表情は、"何処までも双也を信じている"と霊夢に語りかけるような優しさを含んでいた。

 

 ーー……やっぱり何か、悔しいんだよな……。

 

 紫の言動に、霊夢は何となくそう思った。

 前にも抱いた、雲の様に掴み所のない感情である。

 だが、まぁ。

 それ程気にすることもないだろう。

 どうせコレは、軽い嫉妬か何かだ。

 兄離れ出来ていない妹の、微笑ましい嫉妬に違いない。

 

「はぁ……」

 

 そこまで思って、霊夢は軽い溜息を零した。

 紫は相も変わらず微笑んでいる。

 どうせこちらの気持ちなんてお見通しのくせに、凛とした澄まし顔である。

 その表情にもう一度溜息を吐くと、霊夢は"もう考えるのはよそう"とばかりに軽く頭を振るった。

 そして、見上げる。

 上空では、こいしと双也が戦闘を始めていた。

 

「……勝負は長引かない、って言ったわね」

 

「ええ。 多分彼は、真面目な弾幕勝負なんてしようとしていない。 ……と言うより、弾幕勝負だと思っていないんじゃないかしら」

 

「え? ーーあぁ、そうかもね」

 

 紫の言葉に、霊夢もすぐに理解を得た。

 それは、例え彼の恋人でなくとも分かる事柄であった。

 双也は弾幕勝負をしようとしているんじゃない。

 何か別の事を始めようとしている。

 それは何よりも、抜刀されていない天御雷が確証を示していた。

 

「……しょーがない、待ってやるか」

 

 そう言って、霊夢はもう一度溜息を零した。

 話の流れから察するに、どうせまた説教か何かだろう。

 そんな事を思いながら、霊夢は紫と共に戦闘の行方を見つめた。

 

 

 

 

 双也にとって、この勝負はあまり重要とは言えないものだ。

 勿論、勝ち負けの存在する明確な対決ではあるものの、彼にとってこれは、"こいしの心に分からせる為"の手段に過ぎない。

 

 言葉で言うだけでは、きっと無意識少女は忘れてしまう。

 そしてそうなった時、またペットを強くしてもらおう、なんて考えが思い浮かんでしまう様では、言葉で言う事に米粒ほどの意味も無いだろう。

 

 故に、はっきり言って、双也は勝負を真面目にやる気はさらさら無かった。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

「ん、なんだ?」

 

 煌びやかな弾幕が、神社の空を彩っている。

 ハートやバラを象った美しい弾幕は、しかし歪な形で空を覆っていた。

 厳密には、まるで鋭い歯型の様な三角形が、弾幕の雲を削り取っているのだ。

 

 削り取っている要因。

 それはもう、説明するまでも無いだろう。

 

「なんでそんな平気なの!? 当たってるよねっ!?」

 

「いーや、当たってない。 正確には、当たる直前で斬り落としてる」

 

 心外だ! とばかりに叫ぶこいしに、双也はケロリと言ってのけた。

 飛来する煌びやかなな弾幕は、一つの群となって双也へと襲いかかっている。

 しかしその弾の一発一発は、彼に衝突する寸前で発生した刃によって、一つ残らず両断され続けていた。

 

 ーー魂守りの張り盾。

 

 双也の周囲には、深海色の霊力が取り巻いていた。

 

「う〜! これじゃあジリ貧……!」

 

 スペルカードだって、もう何枚も破られていた。

 こいしのスペルカードーーいや、弾幕そのものが、彼の前に何の成果も上げられずにいるのだ。

 

 このまま続けても無駄ーー。

 

 と、そう思ったのは、こいしではなく双也の方であった。

 元々長引かせるつもりの無い勝負。

 こいしを見下す訳ではないが"歯が立たない苦痛"を長々と味わわせるのはこちらとしても心が痛い。

 

 双也は、弾幕を放ち続けるこいしに優しく話しかけた。

 

「なぁこいし。 お前には、大好きなものってあるか?」

 

「?? 何で今そんな事?」

 

「いいから」

 

 丁度弾幕が放ち終わる。スペルブレイクだ。

 こいしは間髪入れずにカードを取り出し、輝かせた。

 そして展開と同時に、言い切る。

 

「勿論、お姉ちゃんだよ!」

 

 宣言されたスペルカードが大量の弾幕を生み出し、双也へと殺到する。

 ーーが、例の如くである。

 双也は弾幕を指して気にした様子もなく、一歩、前に踏み出した。

 

「それは、何でだ?」

 

「……そんなの、"お姉ちゃんだから"に決まってるよ!」

 

 こいしの理屈に、双也は一つ小さく頷いた。

 確かにそれは、理屈立てた理由ではない。 矛盾が生じてさえいる。

 しかし双也はそんは理由でも、すんなりと納得出来ていた。

 彼にもその理由は説明出来ない。 何となくーーそう、無意識で納得したことだから。

 しかし、彼の中にはちゃんと、明確に煌々とはっきりした納得があった。

 

「……分かる。 理由や説明が必要無いくらいに、全部が好きなんだよな」

 

 一歩、もう一歩。

 弾幕の波の中を、ゆっくり進んでいく。

 

「でもな、こいし。 そういう大好きなものって……失うと、死ぬ程辛いんだよ。

  ……きっとお前が思ってるよりずっと、な」

 

 諭すような声音をしたその言葉は、弾幕の中にあっても不思議な程に良く聞こえた。

 

「だから、共感しろとは言わない。 だけど分かって欲しいんだ。

 多分俺は、お前がさとりの事を好いてるくらいに、幻想郷を好いてる」

 

 双也にとっては、一度滅ぼし掛けた世界。

 でも、滅ぼさずに済んだ世界。

 そしてーー紫の生きる、そして彼女の愛する世界。

 そんな世界を彼が好かない訳がなかった。 "守りたい"と、そう思わない訳がなかったのだ。

 彼の言葉の節々には、そんな想いが滲み出ていた。

 

 そしてそれは、少なからずこいしの心に響いていく。

 想いの篭った強い気持ちは、心にすら届き得る。

 

「こいし。 またお空の様な妖怪が現れたら、俺の大好きな世界はまた危機に晒される。 神を降ろすってそういう事なんだ」

 

 

 ーーだから、諦めて欲しい。

 そして願わくば、お前も幻想郷の事を良く考えて欲しい。

 

 

 遂に、双也はこいしの目の前に辿り着いた。

 その雰囲気に圧倒され、彼女は既に弾幕を放ててすらいない。

 双也はこいしの頭に手を置くと、労わるような笑みを浮かべた。

 

「お前だって、さとりが居なくなったら悲しいはずだ。 ……同じなんだよ、俺も」

 

 ーーポンッ

 

 小気味良い音を響かせて、双也の放った一発の小さな弾が、こいしの額に弾けた。

 唐突の事過ぎたのか、はたまた呆気にとられているのか、こいしは不思議そうな表情で自らの額に触れる。

 そして小さく、呟いた。

 

「…………負けた?」

 

「そう、負けた。 今回は勝たせてもらうよ、こいし」

 

 "……そっか"

 残念そうなこいしの言葉に対して、双也はぽんぽんと頭を撫でる。

 落ち込む子供をあやす様に。

 そしてまた、彼女の目を真っ直ぐに見て、言葉を紡ぐ。

 

「お前がまた良く考えて、それでもその願いを聞き入れてもらいたいって言うなら、今度はちゃんと相手してやる。

 だから一先ず、今回は諦めな。 それがルールだ」

 

「……うんっ」

 

「よしよし、いい子だ」

 

 頷くこいしを、双也もう一度、今度は少々粗めに撫でた。

 これできっと、こいしの心には刻み込めたはずである。

 失う事の怖さ、失わせる事の罪深さが。

 そりゃ、口では言えないかもしれない。

 彼女はまだ幼くてーー歳はそうでもないかもしれないがーー、"近しい者が居なくなったら"、なんて想像するのも難しいだろう。

 でも、それでもいい。

 頭でなくて、心で分かっていれば、それでいい。

 むしろ彼女には、そうでなければいけない。

 

 双也は内心で、ちゃんと伝えられた事に少しばかり安堵した。

 

「じゃあ、私帰るよ。 負けちゃったし」

 

「ああ、そうしな。 ……また遊びに来な。 ここは、誰も拒んだりしない」

 

「…うん!」

 

 地上に降り立ち、そう告げるこいしに、双也は微笑み掛けた。

 それに釣られて笑顔を浮かべた彼女は、軽いステップを踏む様に帰っていく。

 

 そして不意に、振り向いた。

 

「またね、お兄さんっ! また今度遊ぼうよ!」

 

 振り向いたこいしに向けて、また手を振り返す。

 本心からの笑みを浮かべて、こいしの姿はスーッと景色に溶けていった。

 

 

 

 

 

「……さて、お待たせ」

 

「言う程待ってない」

 

「そ、そうか…」

 

 こいしを見送った双也は、半ば駆け足の様にして待っていた(観戦していた)二人に駆け寄った。

 とは言っても、スパッと言い切った霊夢の言葉の様に、それ程時間は経っていない。

 最早弾幕ごっこと言うのかすら怪しい勝負ではあったのだから、同然と言えば当然か。

 押され気味に返事をした双也は、内心でそう思った。

 

「……ふぅ。 じゃ、帰ろうか」

 

「ええ、帰りましょ」

 

 仕切り直すかの様に初めの問答を繰り返す二人は、今度こそ誰の邪魔もされずに歩き出した。

 この時間をどれだけ待ち望んだ事か……!

 既に神社でのオヤツに想いを馳せる霊夢の後ろ姿は、心なしか疲れも抜けている様にも見えるのだった。

 

「これにて、一件落着」

 

 残された場で空を見上げた紫は、パチンと扇子を閉じる。

 そこから覗いた口元は、薄く笑っていた。

 

 

 

 




何となく平和的に終わった一話。
そろそろ双也も、紫とイチャつきたい頃かな…?

ではでは。

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