ではどうぞ!
ーーさて。
ーーさてさて。
弾幕勝負、である。
相手はこの子、古明地こいし。
読心を止めた悟り妖怪の少女。
場所はここ、守矢神社。
観客は霊夢、紫、もしかしたら早苗達。
因みに紫は、普通にこちらへと姿を現している。 "もう地上にいるのに陰陽玉を介するのは馬鹿らしい"との事。
まぁ彼女が居てくれた方が、なけなしのモチベーションも低下は防げるだろう。
格好悪い所は見せられないし。
もしかしたらそれが狙いで来たのかも。
不甲斐ない所は見せるなよーーと。
元々そんなつもりも無いけれども。
ーーさて。
ーーさてさて。
弾幕勝負、だ。
相手はこの子、無意識少女。
ちょっとばかり分からず屋と思われる。
無意識とは何とも、面倒で厄介なものだ。
文字通り"心"に刻み込まないと、俺の言いたい事はきっと分かってはくれないだろう。
だから少しだけ、荒療治と行こう。
ーーよし、整理終わり。
「早速一枚目、行くよ〜!」
対するこいしが、一枚目のスペルカードを掲げた。
それからは、眩いばかりの虹の掛かった光が放たれる。
それに対して、俺はジッと弾幕の展開を見つめるだけだった。
刀は抜いていない。
子供相手に刃物向けたら、人として終わりだと思っている。
ーーと言うのはまぁ、冗談だ。 本音は本音だけど、冗談だ。
俺はただ、ちゃんとこいしに先程の話を分からせ、その上で"ペットに神を宿らせる"なんて蛮行をやめて欲しいだけ。
刀を抜く必要がない、というだけである。
「こいし、分かってるな?」
「分かってるよ! 一発当たったら負けだね!」
「そう。一発でも当たったら負けだ」
それ故に、"気絶したら負け"なんて長引きそうなルールではなく、"一発当たれば負け"という至極明確なルールを定めた。
言うなれば、
長引くのは彼女としても俺としてもよろしくないのだ。
ーーと、言うわけで。
「(ちょーっとだけ、"ズル"しようかな)」
いや、これも俺の技だからズルにはならないのかな。
いくら万が一にも負けられないと言っても、所詮遊びの範疇。 真剣な殺し合いの様に無法極まる戦闘を繰り広げる訳ではない。
俺だってルールは守るつもりでいるが……まぁ、ダメだったら紫が何か言うよな。
よし、方針決まり。
霊力も展開して、準備完了だ。
「行くよっ! 表象『夢枕にご先祖総立ち』!」
霊夢と紫は、神社の脇にある木陰に陣取っていた。
ここからならば観戦はし易いし、何よりも木に寄り掛かることが出来る。
紫はスキマの縁に座れるので、霊夢は気にせず適当な木を選んで背を預けるのだった。
「全く、やっとお茶が飲めると思ったのに」
上空へ上がっていく二人を見ながら、霊夢は口を尖らせた。
異変もやっと終わりを迎えた後。
本当ならば、神社で煎餅でも摘みながら熱いお茶を楽しんでいるところ。
霊夢は、お茶を楽しめない原因たる兄を見遣りながら小さく嘆息した。
「少し待つくらい良いじゃない。 どうせ長引く勝負ではないわ」
「……いや、何でそんな事が分かるのよ」
紫の言動としては少々無責任に感じる言葉に、霊夢はやんわりとしたツッコミを入れた。
だってそりゃ、紫は胡散臭い奴だけれども。
どんな時も理屈立てて"予測"するじゃないか。
今のそれは、どう考えたって"予感"だろう?
言ってしまえば、らしくないのだ。
少々不満げな表情の霊夢に、紫は少しだけ微笑んだ。
「分かるわよ。 双也の事は、私が一番良く分かっているもの」
誰よりもーーね。
何かと微妙な表情をする霊夢に、紫はそう言い放つ。
その薄く微笑んだ表情は、"何処までも双也を信じている"と霊夢に語りかけるような優しさを含んでいた。
ーー……やっぱり何か、悔しいんだよな……。
紫の言動に、霊夢は何となくそう思った。
前にも抱いた、雲の様に掴み所のない感情である。
だが、まぁ。
それ程気にすることもないだろう。
どうせコレは、軽い嫉妬か何かだ。
兄離れ出来ていない妹の、微笑ましい嫉妬に違いない。
「はぁ……」
そこまで思って、霊夢は軽い溜息を零した。
紫は相も変わらず微笑んでいる。
どうせこちらの気持ちなんてお見通しのくせに、凛とした澄まし顔である。
その表情にもう一度溜息を吐くと、霊夢は"もう考えるのはよそう"とばかりに軽く頭を振るった。
そして、見上げる。
上空では、こいしと双也が戦闘を始めていた。
「……勝負は長引かない、って言ったわね」
「ええ。 多分彼は、真面目な弾幕勝負なんてしようとしていない。 ……と言うより、弾幕勝負だと思っていないんじゃないかしら」
「え? ーーあぁ、そうかもね」
紫の言葉に、霊夢もすぐに理解を得た。
それは、例え彼の恋人でなくとも分かる事柄であった。
双也は弾幕勝負をしようとしているんじゃない。
何か別の事を始めようとしている。
それは何よりも、抜刀されていない天御雷が確証を示していた。
「……しょーがない、待ってやるか」
そう言って、霊夢はもう一度溜息を零した。
話の流れから察するに、どうせまた説教か何かだろう。
そんな事を思いながら、霊夢は紫と共に戦闘の行方を見つめた。
双也にとって、この勝負はあまり重要とは言えないものだ。
勿論、勝ち負けの存在する明確な対決ではあるものの、彼にとってこれは、"こいしの心に分からせる為"の手段に過ぎない。
言葉で言うだけでは、きっと無意識少女は忘れてしまう。
そしてそうなった時、またペットを強くしてもらおう、なんて考えが思い浮かんでしまう様では、言葉で言う事に米粒ほどの意味も無いだろう。
故に、はっきり言って、双也は勝負を真面目にやる気はさらさら無かった。
「ちょ、ちょっと……!」
「ん、なんだ?」
煌びやかな弾幕が、神社の空を彩っている。
ハートやバラを象った美しい弾幕は、しかし歪な形で空を覆っていた。
厳密には、まるで鋭い歯型の様な三角形が、弾幕の雲を削り取っているのだ。
削り取っている要因。
それはもう、説明するまでも無いだろう。
「なんでそんな平気なの!? 当たってるよねっ!?」
「いーや、当たってない。 正確には、当たる直前で斬り落としてる」
心外だ! とばかりに叫ぶこいしに、双也はケロリと言ってのけた。
飛来する煌びやかなな弾幕は、一つの群となって双也へと襲いかかっている。
しかしその弾の一発一発は、彼に衝突する寸前で発生した刃によって、一つ残らず両断され続けていた。
ーー魂守りの張り盾。
双也の周囲には、深海色の霊力が取り巻いていた。
「う〜! これじゃあジリ貧……!」
スペルカードだって、もう何枚も破られていた。
こいしのスペルカードーーいや、弾幕そのものが、彼の前に何の成果も上げられずにいるのだ。
このまま続けても無駄ーー。
と、そう思ったのは、こいしではなく双也の方であった。
元々長引かせるつもりの無い勝負。
こいしを見下す訳ではないが"歯が立たない苦痛"を長々と味わわせるのはこちらとしても心が痛い。
双也は、弾幕を放ち続けるこいしに優しく話しかけた。
「なぁこいし。 お前には、大好きなものってあるか?」
「?? 何で今そんな事?」
「いいから」
丁度弾幕が放ち終わる。スペルブレイクだ。
こいしは間髪入れずにカードを取り出し、輝かせた。
そして展開と同時に、言い切る。
「勿論、お姉ちゃんだよ!」
宣言されたスペルカードが大量の弾幕を生み出し、双也へと殺到する。
ーーが、例の如くである。
双也は弾幕を指して気にした様子もなく、一歩、前に踏み出した。
「それは、何でだ?」
「……そんなの、"お姉ちゃんだから"に決まってるよ!」
こいしの理屈に、双也は一つ小さく頷いた。
確かにそれは、理屈立てた理由ではない。 矛盾が生じてさえいる。
しかし双也はそんは理由でも、すんなりと納得出来ていた。
彼にもその理由は説明出来ない。 何となくーーそう、無意識で納得したことだから。
しかし、彼の中にはちゃんと、明確に煌々とはっきりした納得があった。
「……分かる。 理由や説明が必要無いくらいに、全部が好きなんだよな」
一歩、もう一歩。
弾幕の波の中を、ゆっくり進んでいく。
「でもな、こいし。 そういう大好きなものって……失うと、死ぬ程辛いんだよ。
……きっとお前が思ってるよりずっと、な」
諭すような声音をしたその言葉は、弾幕の中にあっても不思議な程に良く聞こえた。
「だから、共感しろとは言わない。 だけど分かって欲しいんだ。
多分俺は、お前がさとりの事を好いてるくらいに、幻想郷を好いてる」
双也にとっては、一度滅ぼし掛けた世界。
でも、滅ぼさずに済んだ世界。
そしてーー紫の生きる、そして彼女の愛する世界。
そんな世界を彼が好かない訳がなかった。 "守りたい"と、そう思わない訳がなかったのだ。
彼の言葉の節々には、そんな想いが滲み出ていた。
そしてそれは、少なからずこいしの心に響いていく。
想いの篭った強い気持ちは、心にすら届き得る。
「こいし。 またお空の様な妖怪が現れたら、俺の大好きな世界はまた危機に晒される。 神を降ろすってそういう事なんだ」
ーーだから、諦めて欲しい。
そして願わくば、お前も幻想郷の事を良く考えて欲しい。
遂に、双也はこいしの目の前に辿り着いた。
その雰囲気に圧倒され、彼女は既に弾幕を放ててすらいない。
双也はこいしの頭に手を置くと、労わるような笑みを浮かべた。
「お前だって、さとりが居なくなったら悲しいはずだ。 ……同じなんだよ、俺も」
ーーポンッ
小気味良い音を響かせて、双也の放った一発の小さな弾が、こいしの額に弾けた。
唐突の事過ぎたのか、はたまた呆気にとられているのか、こいしは不思議そうな表情で自らの額に触れる。
そして小さく、呟いた。
「…………負けた?」
「そう、負けた。 今回は勝たせてもらうよ、こいし」
"……そっか"
残念そうなこいしの言葉に対して、双也はぽんぽんと頭を撫でる。
落ち込む子供をあやす様に。
そしてまた、彼女の目を真っ直ぐに見て、言葉を紡ぐ。
「お前がまた良く考えて、それでもその願いを聞き入れてもらいたいって言うなら、今度はちゃんと相手してやる。
だから一先ず、今回は諦めな。 それがルールだ」
「……うんっ」
「よしよし、いい子だ」
頷くこいしを、双也もう一度、今度は少々粗めに撫でた。
これできっと、こいしの心には刻み込めたはずである。
失う事の怖さ、失わせる事の罪深さが。
そりゃ、口では言えないかもしれない。
彼女はまだ幼くてーー歳はそうでもないかもしれないがーー、"近しい者が居なくなったら"、なんて想像するのも難しいだろう。
でも、それでもいい。
頭でなくて、心で分かっていれば、それでいい。
むしろ彼女には、そうでなければいけない。
双也は内心で、ちゃんと伝えられた事に少しばかり安堵した。
「じゃあ、私帰るよ。 負けちゃったし」
「ああ、そうしな。 ……また遊びに来な。 ここは、誰も拒んだりしない」
「…うん!」
地上に降り立ち、そう告げるこいしに、双也は微笑み掛けた。
それに釣られて笑顔を浮かべた彼女は、軽いステップを踏む様に帰っていく。
そして不意に、振り向いた。
「またね、お兄さんっ! また今度遊ぼうよ!」
振り向いたこいしに向けて、また手を振り返す。
本心からの笑みを浮かべて、こいしの姿はスーッと景色に溶けていった。
「……さて、お待たせ」
「言う程待ってない」
「そ、そうか…」
こいしを見送った双也は、半ば駆け足の様にして
とは言っても、スパッと言い切った霊夢の言葉の様に、それ程時間は経っていない。
最早弾幕ごっこと言うのかすら怪しい勝負ではあったのだから、同然と言えば当然か。
押され気味に返事をした双也は、内心でそう思った。
「……ふぅ。 じゃ、帰ろうか」
「ええ、帰りましょ」
仕切り直すかの様に初めの問答を繰り返す二人は、今度こそ誰の邪魔もされずに歩き出した。
この時間をどれだけ待ち望んだ事か……!
既に神社でのオヤツに想いを馳せる霊夢の後ろ姿は、心なしか疲れも抜けている様にも見えるのだった。
「これにて、一件落着」
残された場で空を見上げた紫は、パチンと扇子を閉じる。
そこから覗いた口元は、薄く笑っていた。
何となく平和的に終わった一話。
そろそろ双也も、紫とイチャつきたい頃かな…?
ではでは。