東方双神録   作:ぎんがぁ!

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 サブタイで御察しの通り、完全なる閑話です。
 後、とても長いのでお気を付けを。

 ……まぁ次回作は毎話この文字数で行こうと思ってますけど……。

 ではどうぞ!


第十四章 宝船と神霊異編 〜彼の望む事〜
第百七十九話 幻想郷縁起


 "衝撃的な出来事が重なり過ぎて、ある一つの事柄を忘れてしまう"

 

 ーー誰しも一度は、こんな経験があるのではないだろうか。

 

 例えば……学習塾で宿題が出されていたが試験勉強が忙しく、そちらをこなしているうちにそれを忘れてしまう。

 例えば……喧嘩をして家に帰ると家族によるサプライズパーティ開かれていて、驚きと楽しさに乗せられて怒りを忘れてしまう。

 何らかのきっかけで浮かれていた気分が、その後の大量の不運ーー足の小指を箪笥にぶつけたりーーによって一気に忘れてしまう、何てこともあるかもしれない。

 

 兎も角、小さな事柄が、他の事柄の数に訴えた圧力で消え去ってしまう、という状況の事だ。

 これは案外、記憶を持つ生物なら大抵当てはめる事のできるシチュエーションである。

 何せ記憶は、忘れていくものだから。

 とどのつまり何が言いたいのかというとーー。

 

 

「ね、双也。 今まで忘れてしまっていたのだけど……」

 

 

 どれだけ優れた妖怪だろうと、"忘れるものは忘れてしまう"という事だ。

 

「いや忘れるなよ」

 

「仕方ないじゃない。 いろいろな事が起き過ぎたのよ。

 異変は起こるし、あなたは神界へ行ってしまうし。 後回しにしているうちに忘れてしまったの」

 

 ーーと、何処となく言い訳に聞こえる言葉を放ったのは、双也の向かい側に座る紫だった。

 ここは魔法の森奥地にある双也宅。

 今は丁度、朝起きて朝食をとっているところであった。

 朝から双也を訪ねてきた紫は、ご飯や味噌汁の置いてある卓袱台を挟んで、そう話を切り出した。

 

「んで、何を忘れてたんだ?」

 

「ええ、実はね、随分前にある人が"あなたの事を知りたい"って言い出したのよ。

 さっきも言った通り、私もあなたも忙しかったから、その時は空返事で済ませてしまったのだけど、今なら色々と落ち着いているし、その用事を済ませてもらおうかと思って」

 

「ふーん……」

 

 ーー物好きもいるものだな。

 返事を返す心の内で、双也はポツリとそう思った。

 双也は長らく幻想郷で暮らしているが、彼の事を進んで知ろうとする者は今までいなかった。

 人里の人間に至っては、"神薙 双也がどんな姿をしているか"何て事も余り知られていないくらいだ。

 勿論、彼自身と触れ合っている内に情報を得、結果尋ねる必要がなくなってしまった者は少なからずいる。

 だがしかし、そうは言っても、彼は幻想郷でも名だけは知れている。

 地底に居ようと彼の噂を知っていたお燐が良い例である。

 しかしそれでも、"そういう者"はいなかった。

 故に、特に深く考えた訳ではなくとも、双也がそんな感想を抱くのも当然と言えば当然の事であった。

 

「まぁ、俺の事を話すくらい何て事ないけど……。 どうすれば良い?」

 

「そうね……私もこれから用があるし、霊那のところへ向かってもらえるかしら」

 

「……もしかして、人間の里か?」

 

 尋ねる双也に、紫は少しだけ申し訳なさそうな表情を向ける。

 返ってきたのは、小さな頷きだけだった。

 

「霊那に会ったら、こう伝えて頂戴」

 

 

 稗田 阿求(ひえだのあきゅう)に用があるーーと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーという訳で。

 紫の言いつけ通り、俺は人間の里に住む霊那を訪ねた。

 彼女にも一応話が通してあるらしく、恐ろしくスムーズに話が進んだ。

 相変わらず仕事が早い。 いや、話が早いな。

 

 元々避けていた場所だし、件の異変で更に足が遠退いた人里だけど、紫に頼まれたんじゃ仕方ない。

 現在、俺は霊那先導の下、稗田家を目指して里を歩いていた。

 

「それにしても、意外ですね」

 

 チラとこちらに目を向け、霊那は唐突にそう言った。

 それは一体どっちの事を言ってるんだ?

 俺が阿求に呼ばれた事? それとも俺が人里まで来た事?

 

「えっと、何が?」

 

「今まで双也さんが、阿求さんに呼ばれていなかった事が、ですよ」

 

 よ、呼ばれていなかった事…?

 見事に予想の中間をぶっちぎったな…。

 まぁ、それは兎も角として。

 何だか、呼ばれているのが当然とでも言いたげな口振りだ。

 そう言えば、稗田 阿求って何処か聞いた事あるような……?

 

「意外な事か? 俺だって別に、人里の人間とそこまで親しい訳じゃないぞ?」

 

「親しさなんて関係ありませんよ。

 ただ、双也さんはこの幻想郷の歴史に残るべき人なのに、随分今更だなって思っただけです」

 

「……歴史?」

 

 もう一度ちらとこちらを見遣った霊那は、少しだけ微笑んでいた。

 歴史ね……幻想郷の歴史って言うと、思い浮かぶのは"幻想郷縁起"だ。

 この世界の主要な人妖神と、場所などが記された歴史書だ。 確か、紫や霊那、柊華さえ載っていたはず。

 

 ーーってまさか。

 

「えっと……稗田 阿求って、もしかして幻想郷縁起の……?」

 

「? はい、編纂者の事です。

 え、知らなかったんですか?」

 

「…………いや、知ってたぞ? 知ってたけども」

 

「?」

 

 正直に言おう。 知らなかった。

 っつーか忘れてたんだ。

 幻想郷に暮らしている為、幻想郷縁起自体の話は前から聞いていた。

 がしかし、だ。

 あまり長く名前を聞いていないと、どうしても忘れてしまうのが人の脳という奴だ。

 いつの間にか、稗田 阿求という編纂者すら忘れてしまっていたらしい。

 確か五十年くらい前までは覚えてた気がするんだが……。

 っていうか、なんで幻想郷縁起と阿求をワンセットで覚えていなかったのか。 今更ながら、俺の頭はどっかおかしいのだろうか。

 

「ーーまぁ、それは兎も角として」

 

 考え事に耽っている俺に、霊那の呆れたような声が掛けられた。

 思い返せば確かに話が脱線し掛けていたな。

 ーーどうでも良いけど霊那、その溜め息は傷付くからやめて欲しいな。

 

「聞かれた事には正直に答えるんですよ? 嘘はダメです」

 

「隠し事は?」

 

「アリです」

 

 アリなのか。

 まぁ、そういうのはプライバシー面を考えても当然か。

 こちらとしても、無駄にシリアスな話をして向こうを困らせるのは気分的によろしくない。

 "人には隠したい話"なんてのは、得てして周りの気分を沈ませるものだ。

 

 そうしてしばらく歩き続け、俺たちはある大きな家の前に辿り着いた。

 もう霊那に言われなくても分かる。

 この大家が、稗田家だろう。

 ……本当にデカイな。 ウチの五倍以上あるんじゃないだろうか。 色々と。

 

「さ、行きますよ」

 

 霊那に促され、俺達はその敷地へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は良い日になりそうです。

 

 ……唐突でしょうか。

 でも、私にとってコレは、随分前から楽しみにしていた事なのです。

 やっとの事で紫さんに許しを貰ったのも、既に半年以上前の事でしょうか……。

 それまでも何度か頼みはしていたのですが、その時漸く許してくれたのです。

 即ち、幻想郷の天罰神様ーー神薙 双也さんについて。

 

 私、稗田 阿求はこの世界の歴史を纏めています。

 正確には"私達"……九代にまで続く御阿礼(みあれ)の子達なのですが。

 まぁそれはこの際置いておきましょう。

 今代は私。 それが全てです。

 というより、先代も先々代もその前の代もずっと初代の生まれ変わりなので、詰まるところ全て私なのですが。

 まぁそれもそこらに置いておきましょう。

 私は私。 それが全てなんです。

 

 さて、そんな訳で。

 今日は待ち侘びた日です。

 この話の事は、紫さんの口から双也さんに伝えてくれるそうなので、もうすぐいらっしゃる筈ですね。

 もうお話を聞く準備は出来ているので、後私に出来る事は、若干そわそわしているこの胸を鎮める事くらいです。

 一体どんなお話を聞けるのでしょうか?

 っとその前に、どんな人なのかを想像する方が先ですね。

 人柄を把握する事は、他人の性質を紙に纏めていく私には必要不可欠な事ですし。

 

「(……と言っても、如何せん情報が少ないんですよねぇ)」

 

 火のない所に煙は立たないーーとは少し違いますが、元となる情報がなければ想像も何もありません。

 双也さんは大分昔から幻想郷にいるそうですが、何故か人里には彼と交流のある人が居ないんですよねぇ。

 その御名は知られているのですが、彼の外見を知る人が居ません。

 だから仮に彼とすれ違っても分からず、人里の人間には会話する機会が与えられない、という事です。

 先代博麗の巫女である博麗 霊那さんや、彼女の友人でもある上白沢 慧音先生はお知り合いのようですが、余り彼の事を話そうとはしません。

 ……というより、人里で会話に出す事を避けている?

 偶に、そう感じる事もあります。

 

 もしかしたら、案外シャイな人なのかもしれませんね。

 

 だから普段から人里には顔を出さず、いつの間にか人間の知り合いが居なくなってしまったのかも知れません。

 うん、そう考えた方が幾分か自然です。

 

 そうですねぇ、後は……あまり怖い人でないと良いのですが。

 何せ私も女の子です。

 女の子にとって男性の方は、憧れもある反面恐怖の対象でもありますから、やはりそこら辺の不安は残ってしまうというか。

 怒らせるような事は訊かない様に、注意して臨みましょうか。

 普段から気を付けてはいる事なので、大丈夫とは思いますが、念の為です。

 何せ双也さんは天罰神、ですからね。

 "怒らせたら怖い人"筆頭です。

 

「阿求様」

 

 襖の向こうから、私を呼ぶ声が聞こえました。

 この大き過ぎる家の管理をしてくれている、侍従の方です。

 どうやら、いらっしゃったみたいですね。

 

「博麗 霊那様がお見えです」

 

「側にもう一人居ませんでしたか?」

 

「はい。 少年が一人」

 

 少年? はて、早速想像を凌駕してきましたね。

 天罰神と言うからにはもっとこう……厳つい感じの方かと思っていました。

 これは偏見と言う他無いのですけど。

 でもまぁ、双也さんで間違いないですよね。

 時間も丁度ですし。

 

「お二人共、こちらへ通して下さい。 心配無いと思いますけど、無礼の無いように」

 

「承りました」

 

 さてさて、楽しみですね。

 墨汁を擦り直す自分の手が、心が躍っている現れの様にも見えました。

 

 

 

 

 

 さて、そういう訳で二人を招き入れた私の私室。

 活け花や掛け軸、そして筆諸々が置かれている机が、質素に彩っている八畳間の落ち着いた部屋です。

 お二人には、簡単にお茶と菓子をお出ししました。

 部屋の広さ的に、何処か収まりの良い形になっていますね。 いや、どうでも良い事なのですけど。

 

 私から見て、左手。

 毛先が少しだけ灰色をした髪の、黒い外衣を纏った少年ーー見たところ本当に十代後半の少年に見えますーーが、双也さん。

 その傍らには、座る時に脱いだ一振りの刀が置いてあります。

 そして右手。

 そちらには言わずもがな、巫女服ではなく着物を身に纏った、霊那さんが座っています。

 こうして見ると、何だか親子みたいですね。

 いやいや、彼女の子が霊夢さんだという事は、承知の上なのですが。

 

 ーーまぁ、何はともあれ、そろそろ始めましょうかね。

 

「改めて、私は稗田 阿求と申します。

 この度は私の申し出に応えて頂き、有難うございます」

 

 礼儀は何よりも大事。

 お二人に向けて、心からの感謝です。

 

「えっと……知ってるだろうけど、俺は神薙 双也だ。 よろしく。

 ……次いでだけど、あんまりかしこまらないで欲しい。 苦手なんだ、そういうの」

 

「……では、堅苦しい敬語は外しますね、双也さん」

 

「うん? それがデフォルト……?

 ……まぁいいや」

 

 はい、デフォルトです。

 私、敬語しか使わないのです。

 

「私は……いりますか?」

 

「「いりませんね(いらないだろ)」」

 

「ですよね……」

 

 霊那さんが自己紹介する意味なんて今更ありません。

 私はもう既に知り合っていますし、見た感じだと双也さんとも親しいようですしね。

 聞きたい事は山ほどあります。

 時間短縮もマメにしておかなければ。

 

「では、簡潔に挨拶も済ませた事ですし、始めましょう。

 幻想郷縁起を纏めるに当たって、双也さんには私の質問に答えて貰います。

 勿論、言いたくない事は言わなくて結構ですが、嘘だけはやめて下さいね?」

 

「分かってるよ。 ここに来る時霊那にも言われたからな」

 

「ならば良し。 どうぞ身構えずに、茶菓子でも摘みながら気楽にお答え下さい。

 では早速、一つ目ですーー」

 

 さぁ、待ちに待った時間の始まりですよ!

 

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ、成る程。 最近はしたい事をしていると」

 

「ああ。 特にする事も無いんでな。 ここの人間は悪さしないし、実に平和だよ」

 

 どれ位時間が経ったのか、私にはよく分かりません。

 ただ漠然と、"ちょっとお腹が空いてきたなぁ"と思う位です。

 それ程ーー時間を忘れてしまう程、双也さんのお話は興味深いものでした。

 

 長く生きれば、相応に知識は溜まっていきます。

 実は私が興味深いと思ったのはそこなのです。

 双也さんは億に及ぶ時を生きてきた天罰神ーー本当は現人神と言うらしいですーー。 その知識量は当然、私如きが計り知れるものではありません。

 想像出来ないならば、本人から聞いてやろう、と。

 

 特に、幻想郷が出来る以前のお話は実に勉強になりました。

 当時の妖怪や、人々の暮らしや……後は、災害のお話なんて物もありましたね。

 双也さんは知識の宝庫です。

 

 あいや、ちゃんと双也さん自身の事も尋ねましたよ? むしろそれが今日の目的なんですから。

 大なり小なり、話が脱線する事は間々あっても、目的を忘れたりはしません。

 そもそも"忘れない"という能力ですし。

 

 その点のお話を聞いていてひしと思ったのは、"絶対に双也さんを怒らせてはいけない"という事ですかね。

 彼の能力や、霊力や……その他諸々の事情を聞いていると、そう思わずにはいられませんでした。

 この事は、幻想郷縁起にも是非書いておきましょう。

 

「あと、何か質問はあるか?」

 

「そうですねぇ……」

 

 何かあるでしょうか?

 彼自身の事は大体聞き終わりましたし、後は……

 

「あ、そう言えば気になっていたんですが」

 

 一つだけ、思い浮かぶ疑問が見つかりました。

 ここでお話を終わらせたら次にいつ会えるのか分かりません。

 次いでですから、今訊いておきましょう。

 

「紫さんとは、どういったご関係で?」

 

 私がこの取材を頼んだ時、紫さんはやけに双也さんと親しい雰囲気でした。

 勿論、彼女が双也さんの事を知っている前提で頼んだ事ではあるのですが、それはあくまで"この幻想郷を管理している方だから"、という理由です。 そこに他意はありませんでした。

 そうしたら、どうでしょう。

 紫さんも双也さんも、お互いあまりにも親しげじゃありませんか。

 気になるのも仕方ない事だと思います。

 双也さんは、"それが来たか"と言いたげな表情でゆっくりと口を開きました。

 

「うーん、一言でいうなら……弟子兼恋人、だな」

 

「弟子兼……恋人?」

 

「ああ、恋人だ。 ……なんだ、変か?」

 

「い、いえ、変っていうか……」

 

 意外。 驚愕。 それらの言葉しか当てはまりませんね……。

 あまり大仰に驚くとはしたないので平静を装ってはいますが、心の内では相当に驚愕しています。

 所謂ポーカーフェイスというヤツです。

 だ、だって、恋人……ですよ?

 最強の妖怪と言われるあの紫さんと……ですよ!?

 そりゃ、驚く意外に心の選択肢などありましょうか。

 いいえ。 ありません。 これは言い切れます。

 幻想郷に住む者なら、当然の反応です。

 無論、お似合いではあります。

 お二人とも整った顔をしていますし、怒らない限りは実に穏やかな雰囲気のお二人ですし。

 それらの点に関しては、最早理想的ですらあります。

 ですが、やはり。

 踏み込むつもりは毛頭ありませんが、少々経緯に興味が湧いてきました。

 

 というか、聞けば聞くほど規格外ですね、この人は。

 本当に何から何まで予想の遥か上で……若干気疲れすらしてきますよ。

 そんな事を思い浮かべていると、何処か虚空を見つめた双也さんが、感慨深そうな声音で話し始めました。

 

「紫はな、俺の全部を理解してくれてるんだ。 本当に全部を。

 その上で、あいつは俺に愛をくれる。 だから俺もあいつを理解して、愛してるんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

「双也さん……師匠との惚気話ならまた今度にして下さい……」

 

 な、何だかスケールが大きく感じますね。

 "全部を理解してくれている"なんて、生半可な愛では語れませんよ。

 二人の間で、これまでの長い時間の内に何があったのかは分かりませんが、きっと沢山の出来事を経て着実に絆を深めていったんでしょうね。

 でなければ、こんな嬉しそうな表情で語る事なんて出来ませんよ。

 まぁ、それだけお互いに信頼しているという事なんでしょうけどね。

 少しだけ羨ましいです。

 

 ーーさて、この話も霊那さんに打ち切られてしまった事ですし、大体全てを聞き終わりましたね。

 いやぁ本当に、双也さんには始終驚かされてばかりでした。

 能力と刀の事を聞いた時には戦慄すらしましたね。

 私もある程度の数妖怪の取材をして、彼らの視点や価値観も多少は理解しているつもりです。

 ーー理解しているからこそ、双也さんの規格外さが人間の私にも良く理解出来ました。

 能力は反則級、ですね。

 文句の付けようのないほどです。

 今まで沢山の能力を見て聞いてきましたが、これ程世の理屈を捻じ曲げられる能力は見た事がありません。

 しかも能力を幾つか持っていると言うから驚き。

 これは、書く事に困らなそうです。

 筆が進みますね。

 あ、でも如何してか、今現在は"罪人を超越する程度の能力"とやらは使えない様です。

 そこら辺の理由は不自然なくらいにはぐらかされてしまいましたが、どうしたんでしょう?

 霊那さんも何処か素っ気なかったですし……。

 ……ふむ、これは書かない方が良さそうですね。

 彼の"それ"が、この世界の抑止力にもなっているのでしょうし。

 

 ーーとまぁそんな感じに。

 約半日と少しの間でしょうか。

 間に幾つもの雑談を挟みながら、双也さんの取材は終了しました。

 質問に答える次いでに、双也さんは他のいろいろな事も話してくれたので、実に取材し易かったですね。

 

「それでは、本日は本当に有難うございました。

 これで幻想郷縁起を書き進められます」

 

「ああ、どういたしまして。

 また何かあったら呼んでくれ。

 俺に出来る事なら、力になるから」

 

「あ、有難うございます。 そうさせてもらいますね。

 ーーところで、一つ相談があるのですが……」

 

 取材の終わりを告げた手前ですが、次いでだから相談してしまいましょう。

 正直、一人でこれを考えるのも意外と骨が折れるのです。

 

二つ名(・・・)……何か提案はありますか?」

 

 二つ名。

 それは、その人の性質や本質を表した呼び名です。

 幻想郷縁起に纏める際には、本名の横に必ずこれを入れる様にしています。

 あった方が、読む方は理解し易いですからね。

 読み手の事を考えるのは、書き手の基本です。

 

「二つ名かぁ……今までは……なんて呼ばれてたっけ?」

 

「ふむ……昔、師匠が何となく口走ったのを聞いた事がありますね。

 確か……"断ち繋ぐ最古の現人神"だとか」

 

「おぉ……あいつそんな事考えてたのか」

 

「ああ、良いですねその二つ名。

 まさに双也さんの性質を表していると思います」

 

「ですが、それをそのまま、と言うのも何処か引っ掛かりますよね」

 

 その通り。

 引っ掛かるのは勿論の事、それは言わば昔の名というヤツです。

 今の双也さんを記すのですから、今の二つ名でないといけません。

 となると……。

 

「俺のことを表す言葉なら、罪とか罰とかだと思う。

 自分で言うのもなんだけどさ」

 

「そうですね。 私もそれを考えていました。 そうなると……」

 

「あ、思い付きました」

 

「「えっ」」

 

 相談しておいて何ですけど、なんだかあっさりと思い浮かびました。

 恐らくキーワードを聞いたからでしょうね。

 双也さんを表すなら罪とか罰……言い得て妙です。 確かに、それ以上に彼を表す言葉が見つかりません。

 

 なのでそれにちょっと付け足してーーさらさらっと。

 

 思い付いた言葉を並べて、文字で繋いで。

 私は、頭に浮かんだその二つ名を紙に描きました。

 

「……ほう」

 

「成る程、ですね」

 

「じゃあ、これで決まりです!」

 

 お二人共、感心した様に頷いてくれました。 お気に召した様です。

 

 幻想郷縁起に書き記す、神薙 双也さんの二つ名。

 それはーー

 

 

 

 ーー罪、罰、そして絆の神様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…! やっと書き終わりました……!」

 

 双也さん達との会談から、暫く。

 外はもう真っ暗です。

 あれからもう少しだけお話をして、お二人はおやつを食べてから帰りました。

 あれからも面白いお話が沢山聞けたので、とても充実した時間だったと言えるでしょう。

 今思えば、霊那さんも双也さんとはどういったご関係なのでしょう?

 あまりに会話が自然だったもので、今更になって疑問が浮かびます。

 

「(霊那さんの師匠は紫さん……そして紫さんの師匠は双也さん……と)」

 

 ……なんでしょう、この関係。

 上には上がいる、と言う言葉を体系化したかの様な状態ですね。

 じゃあもしかして、霊那さんも間接的に双也さんの弟子、という事でしょうか?

 師弟関係の常識など私には分からないので何とも言えませんが、その手の繋がりで知り合いだという可能性もない事はないですね。

 

「やっぱり不思議な人ですねぇ……」

 

 いやぁ、本当に。

 

 さて、仕上げです。

 間違いがないかの見直しです。

 何事にも見直しは大切ですからね。 況してや多くの人の目に触れるものであれば尚更。

 机に広げてある紙を、そっと手に取りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(〜罪、罰、そして絆の神様〜)

 神薙 双也

 

 能力 : 繋がりを操る程度の能力

    鬼道を操る程度の能力

    罪人を超越する程度の能力

    力を抑える程度の能力

 種族 : 現人神

 人間友好度 : 低

 危険度 : 低

 主な活動場所 : 幻想郷全土 (人間の里には低頻度)

 

 遥か昔、一億年以上前から生きている、人間と天罰神の両面を持った現人神。

 尚、同じ現人神の東風谷 早苗との関連性は不明。

 人間友好度は低であるが、妖怪や人外との友好度は極高。

 永きに渡る生と修行により、完全開放するだけで星を揺らす程の強大な霊力を持ち、またそれを完全に扱い切る技巧を身に付けている。

 嘗て、月にてそれを行い、大騒ぎになった事があるそうだ。

 なので、例え弾幕勝負であっても生半可な気持ちで戦いを挑むのはお勧めしない。 瞬く間に滅多撃ちにされてしまうだろう。

 因みに、普段は霊力を極々少量に抑えているそうだ。

 

 天罰神とは、その名の通り人間や妖怪、生のあるものの罪に対して罰を下す神様である。

 その程度は罪の大きさによって決まり、軽ければ拳骨程度、重ければ死、と幅広い基準がある。

 半身ではあるが彼もその一人。

 罪の内容や重さはその天罰神の一存で決まるが、彼の基準はただ一つ。

 生き物を大切にしているかどうか、である。

 基本的に穏やかな性格で、滅多な事では怒ったりしないが、誰かを蔑ろにする発言や行動には敏感。

 本質の一つが天罰神なので、彼の前で、彼を怒らせる様な行為は絶対にしてはいけない。

 したが最後、キツい天罰が下る事だろう。

 

 人里には滅多に現れないので、彼に何かしてもらいたい時や、悪い人をやっつけてもらいたい時は里の外へ行く必要がある。 しかし、それは人間にとっては危険だ。

 なので、彼に何かを頼みたい時は先代の巫女に伝えると良いだろう。

 彼女とは親しい間柄なので、伝えておけばきっと頼みを聞いてくれるはずだ。

 

 因みに、彼は意外な程人間味のある人物なので、無視されたり怯えられたりすると傷付くそうだ。

 なので、仮に道ですれ違ったりしたら気さくに挨拶をしてあげよう。

 普段から優しい人物なので、快く挨拶を返してくれるだろう。

 

《太刀》

 彼の特徴といえば、それは間違いなく腰から下げた刀だろう。

 今時幻想郷でも刀は珍しく、鍛冶屋はあっても刀鍛冶は居ないのが現状だ。

 故に、彼の特徴として十分と言える。

 この刀の銘は"天御雷"。

 千年以上も昔に彼自身が鍛えた刀だそうだが、不思議と傷は一つとしてない。

 刀身を見せてもらったが、息を呑むほどに美しい透き通った蒼色をしていた。

 これは、彼がこの刀を鍛える際に霊力を流し続けた結果現れた色らしい。

 茎に貼ってある能力を発動しやすくする為だそうで、戦闘がグッと楽になるらしい。

 どうか、その刀を向ける相手が人間でない事を祈りたい。

 

《対処法》

 基本的に対処法は必要ない。

 というより、用意した所で強さの次元が違うので全く意味が無い。

 彼の逆鱗に触れてしまった場合は、無駄に抵抗せず潔く罪を認めよう。

 もしかしたら、それで罰が多少軽くなるかもしれない。

 補足だが、彼と仲良くなりたいのなら、気軽に話しかけると良いだろう。

 人間の里で見かける事は余りないが、一度話しかけてみれば結構話しやすい人だという事に気が付くはずだ。

 一億年生きていると言っても、外見や中身はまるきり少年のそれなので、気軽に話しかけ、気軽に接して、仲を深めてみると良いだろう。

 きっと良い友になるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーふむ、大丈夫そうですね。

 書いてはいけない事は書いていないし、私が思った事は全て書けています。

 これで、完成としましょう。

 ふぅ……これでまた一頁、歴史が増えました。

 

「はぁ……」

 

 ふと、目の疲れを癒す為に外へと目を向けます。

 窓から満月が見えました。

 一つとして欠けていない大きな月です。

 こうして幻想的な風景をジッと見つめると私はいつも同じ感想が心に浮かびます。

 紛れもないその本心が、そして口から漏れてしまう。

 ーーほら、今も、喉から勝手に。

 

 

「色々な人妖神。 本当に……幻想郷は、不思議で魅力的な場所ですね」

 

 

 私の呟きは、満天の星空に溶けていく様でした。

 

 

 

 

 




 今後の方針として、最終章までを閑話風味に書いていこうと思います。

 今更ハイボリュームの油ぎっしりは読んでいても辛いと思うので。

ではでは。

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