東方双神録   作:ぎんがぁ!

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先週は、設定のし間違いで投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
これからはもっと気を付けます。

では、どうぞ。


第百八十九話 かつての約束

「さて、それでだな」

 

 向かいに座る白蓮へと、そう話を切り出す。

 "それで"とは言っても前置きとか何もしてないから、白蓮はちょっと不思議そうにしていた。

 うん、そこで何も言わないあたり彼女の優しい性格が伺えるな。

 

「今日来たのは、ちょっと今更な用事があってだな」

 

「今更……とは?」

 

「今更は今更だ。 ホント、どうしようもなく今更な用事なんだよ」

 

 と、ぬえに聞こえるように少し含んでみる。

 相変わらず簀巻きにしたままなので彼女には一切の抵抗が出来ないが、代わりに低く唸りながら睨んできた。

 おーおー、微笑ましいなこのやろー。

 

「お前が復活する直前ーーまぁ、星達が頑張ってた頃だな。

 その頃の話、あいつらから何か聞いてないか?」

 

「本当に大分前の話ですね……。うぅん……」

 

 先ずは白蓮が覚えているかどうか。

 覚えていなかったら別にいいという訳ではないのだが、覚えていてくれたら話が早い。

 白蓮は、虚空に目を泳がせながら思案している。

 大分前の事だから、やっぱり覚えていないのかな。

 

「それは飛倉の破片の事かい、双也?」

 

 そんな折だった。

 戸の開く音と同時に、問い掛ける声が聞こえた。

 中性的な口調の、落ち着いた少女の声。

 そちらに視界を寄せれば、其処には予想通り、ナズーリンが立っていた。

 

「ああ、そうだナズーリン。

 あと、久しぶり」

 

「久しぶりだね、双也。

 元気にしてたかい?」

 

「退屈だったかな。 面白い出来事が何もなくて」

 

「ははっ、君らしいと言えば君らしいが」

 

 白蓮の側へと寄っていくナズーリンに、軽口含みの挨拶を交わす。

 彼女とは話しやすくて良い。

 話し相手の望む受け答えをしてくれる分、話していて飽きないのだ。

 ……まぁ紫ほどではないんだが。

 

 ナズーリンは白蓮の隣に座ると、会話を一先ず断ち切るように軽い咳払いをした。

 そして、少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「悪いね、双也。 聖は少々抜けているところがあるものでね、そんな前の話は恐らく覚えていないんだろう。

 代わりに私が話を進めようか」

 

「うぅっ……言葉が刺さります……。

 ……まぁ弟子に小馬鹿にされるのも慣れてしまいましたが……」

 

 ああ、どうやら白蓮が覚えていないのは"大分前の話だから"以前の問題らしい。

 ナズーリンもきっと責めるつもりで言ってるのではないと思うが、何やら本人的にはそうでもない様だ。

 白蓮ってちょっと不憫な人だよな。

 強いのに。

 

「どうせだから、聖も聞いて思い出すと良いよ。

 どうやら双也は、その事で用があるらしい」

 

「そう……ですね。 すみません双也さん、私の記憶力が乏しいばかりに」

 

「いや、気にすんなよ。

 ナズーリンが説明し直してくれるならこっちとしてもありがたい」

 

 あと、用があるのは俺じゃないけど。

 というのは勿論、心の内で思った事だ。

 

「あの頃の不可解な事と言えば、飛倉の破片に関してしか思い当たらない。

 その事で来たのなら、ちょうど良いと言えるね」

 

「何かあったのですか? 飛倉の破片は問題なく集められたと聞きましたが」

 

「問題っつーか……まぁナズーリン達が法力の事を知ってたからこそ問題なかったんだがな」

 

「……実はね聖。 当時の飛倉の破片は、どういう訳か全く別の物の姿をしていたんだよ。

 だから初めは、集めるのにも苦労したんだ。

 何せ、本物かどうかを判別するのにコツが必要だったからねぇ……」

 

 と、当時の苦労を思い出したのか、ナズーリンは目を伏せて溜め息を吐いた。

 

 飛倉の破片は周囲に法力を纏っていた。

 だからこそ飛び回っていたし、日頃から法力を感じ慣れている星達には、姿が違くとも判別出来たのだ。

 多少苦労はした様だが。

 

 だからこそ、だ。

 こいつ、星達にも判別出来なかったらどうするつもりでいたんだ、と。

 

「で、早い話が、その犯人を捕まえてきたんだ。

 せめて一言謝らせようと思ってね」

 

「犯人?」

 

「……もしかして、それがそちらのぐるぐる巻きになっている……」

 

「"なってる"んじゃなくて"されて"んのっ! 見りゃ分かるでしょ!」

 

 簀巻きにされたままで心底不機嫌なのか、ぬえは言いかけた白蓮に怒鳴り上げた。

 俺も正直驚いたし、ナズーリンも珍しく驚いている。 白蓮なんて跳ね上がったくらいだった。

 つーか、こいつ何で逆ギレしてるんだ。

 お前今回謝る立場だぞ。

 

「おいぬえ、逆ギレしてるんじゃねーよ。

 お前加害者だからな? 怒る立場にないからな?」

 

「うっさい! そもそもあんたが無理矢理連れてきたんでしょーが!

 あたしは謝る気無いって言ってんのに何様!?」

 

「敢えて言うけど天罰神さまだ。

 愛憎そういうマナーには厳しくてな」

 

 少しだけ嘘。

 俺自身に怒りはこれっぽっちだって無いが、謝るのは礼儀だとしてここに連れてきた。

 だから、天罰神云々は関係無い。

 言いくるめるにはちょうど良い肩書きだから使っただけである。

 まぁそれくらいで大人しくなるとは思ってないけど。

 

「むむむっ、何度も言うけどヤだからね!

 そもそもあたしは妖怪として間違った事はしてないもん!

 幻想郷のルールとやらも結構守ってるし、口出しされる謂れはないねっ!」

 

「はぁ〜……だからルール以前の問題だっちゅーに……」

 

 ぬえは非常に捻くれた妖怪だ。

 それは今までの問答で火を見るよりも明らかである。

 説得するにも結局失敗して、文字通り引き摺ってくる羽目になった訳だし。

 でも少しだけ、"後戻り出来なくなったら諦めるかな"とも思っていた。

 無理矢理でも連れて来れば、一言謝るくらい妥協するのでは、と。

 一言、ポソリとでもゴメンなさいと言ってくれれば、俺としてもすぐに解放するつもりだった。

 ーーだが、この有様よ。

 

 捻くれた上に強情とは、厄介極まりない性格してるな、コイツ。

 ぬえの相変わらずな態度に溜め息が漏れ、更に言葉を重ねようと口を開く。

 

 ーー直前。

 

「ぬえさん……でしたよね?」

 

「……そうだけど。

 何さ、あんたもあたしに謝れって言うつもり?

 愛憎だけど、あたしはそんな気毛頭ーー」

 

「いいえ、謝らなくて結構ですよ」

 

「…………え?」

 

 白蓮の一言に呆気にとられたのか、ぬえはポカンと口を開けて固まってしまった。

 その様子を見て、白蓮は優しく微笑んだ。

 

「妖怪として間違った事はしていない……その通りです。

 飛倉の破片を別の物に見せていたのも、自分が妖怪らしくある為。 謝る道理などありません。 謝られる理由もありません。

 それに、結果私はここにいる訳ですから」

 

 白蓮の言葉は、まるで決まり文句のように放たれた。

 いや、言い方が悪いな。

 そんな風に言葉が出てくるのは、そへが本心だという証である。

 つまり白蓮は、ぬえは妖怪として正しい事をした。 だから謝る必要はない、と言いたいのだ。

 何というか、お人好しだな。

 

「妖怪は妖怪らしく、そして人間は人間らしく生きて、共に暮らす。

 それが理想だと、私は思っています。

 だから、そんなに張り詰めないで。 胸を張ってください」

 

「………………」

 

 ……なるほど。 白蓮がかつて忌まれていた理由が分かった。

 つまり、"妖怪は殺すべき者"としていた時代にですら、妖怪と人間との共存を唱えていたと。

 そりゃ、当時からしてみれば妖怪の味方をしているも同然なのだから、忌み嫌われるのも当然と言える。

 そういう意味では、ある意味さとりより立場が悪かったのかもしれない。

 

 ーーでも、だからこそナズーリン達にも慕われているんだろうな。

 ……いや、こいつ(・・・)もかな?

 

「……聖 白蓮、か」

 

 ポツリと、俯きながらにぬえが呟いた。

 静かに落とされた呟きは、まるでその名を噛み締めて咀嚼するかの様にも聞こえた。

 

「……ん」

 

 俺は、ぬえに掛けていた縛道を一気に解いた。

 霊力が霧散して、粒となって消えていく。

 驚いた表情でそれを見たぬえは、不意に俺を見上げて、不思議そうに言った。

 

「……双也? 何で……」

 

「もう必要無さそうだからな。 好きにしろ。

 それでも謝りたいなら、俺は一向に構わないが」

 

 そう言うと、ぬえは若干の逡巡を間に挟んで、躊躇うようにゆっくりと座り直した。

 相変わらず、その視線は手元に落ちている。

 ーーだが暫くして、ぬえは重そうに、だが思い切る様に口を開いた。

 

「……あ、あんた、は……分かるんだね……そう言う、妖怪らしさ、とか」

 

「理解出来る存在でありたいと、思っています。

 人も神も妖怪も、元を辿れば同じ、この世界に生きる一つの生命です。

 その中で何かが蔑まれて、何かが崇められて……そんな差別程、無意味な物は無いと思っています。

 それぞれの生命が、それぞれの"らしさ"持って生きていけたら、素晴らしいと思いませんか?」

 

「……そっか……あんたはそう言う、人間、なんだね……」

 

 そう呟くぬえの声は、少しだけ嬉しそうなものにも聞こえた。

 本当の所、白蓮は既に人間を止めて魔法使い……どちらかと言うと妖怪に近い存在となっている。

  ーーだが、不粋だろう?

 こんな空気の中で"いや、白蓮は人間じゃないけどね"なんて無意識にでも口走れるほど、俺の肝は据わっていない。

 いや、こんな空気でそれを言える奴はきっとここじゃうまく生きていけないだろうな。 みんな空気は大事にするから。

 

 ともあれ、だ。

 ぬえのこの変化を、俺は嬉しく思う。

 誰かに理解されるのはとっても嬉しいって、俺は知っている。

 俺には紫で、ぬえには白蓮だったというだけの話。

 この変化がいい方向に向かってくれれば文句は無いのだが。

 

「……あたしらしくいるべきだ、って言うなら、あたしは謝らないよ。

 恐れられる事は妖怪として忘れちゃいけない事だって、今でも思ってる。

 例えこの土地が、その必要の無い土地なのだとしてもね。

 でも……ね、そのぅ…あ、ありがと……」

 

 ーーうむ、問題無し、だな。

 ぬえの改めた態度に、一人内心で大きく頷く。

 結局謝らせる事には失敗したが、これはこれで成功と呼べる結果になった気がしないでもない。

 まぁ少なくとも、ノーマルエンドくらいには思っている。

 一件落着ーー自己満足に近いがーーである。

 

 だがこの一件が、白蓮の中では本題に移る前の壮大な前置きでしかないという事を、俺は心の何処かで気が付いていた。

 それは本当になんとなく、でも白蓮の雰囲気からはそれが確かに感じ取れる。

 ……決してぬえの一件を軽視している訳ではない、という事だけは言っておこう。

 

「……コホン。 では、こちらの話に移ってもよろしいでしょうか?」

 

「ん……ああ、構わないぞ」

 

 真剣な、そして何処か申し訳し無さそうな眼差しが、ジッと俺の方へと向けられる。

 内容を察したのか、ナズーリンの視線も心なしか真剣なものに感じた。

 

「単刀直入に言います。

 ーー双也さん」

 

 

 

 ーー私の頼みを、聞いてくれませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わり、ここはある建物の中。

 大量の神霊が周囲に浮かび、ゆらゆらと揺れる中を、俺は進んでいた。

 中は少しばかり薄暗く、埃っぽくもあるのだが、集まった神霊達がどういう訳か七色に光っているものだから、ここはある種のプラネタリウムーーいや、宇宙空間そのものにも見える。

 まぁ、進んでいて飽きないのは確かだ。

 白玉楼の桜とは違うらしい。

 

「……ねぇ、双也」

 

「ん? なんだ紫」

 

 そうして歩いていると、不意にすぐ隣で俺を呼ぶ声がした。

 横目に視線を送って答えると、当然ながら紫がスキマから上半身を覗かせている。

 彼女は少しばかり不思議そうな声音で言った。

 

「あんな安請け合い、しても良かったのかしら?」

 

「安請け合いって?」

 

「聖 白蓮の頼み事の事よ。

 彼女が嘘を吐いている訳ではないのは分かるけれど、それにしたって不用心だわ」

 

「………………」

 

 うむ、まぁ紫の言う事も一理ある。

 考え無しに何でも請け負うのは優しさでも気遣いでも何でもない。 ただ無謀なだけだ。

 そういう意味では、彼女の頼み事を二つ返事で了解したのは良くなかったかもしれない。

 紫に心配をかけさせてしまったようだ。

 彼女は、今度は上半身だけではなく、全身をスキマから現し、隣を歩み始めた。

 

 白蓮の頼み事。

 それは、簡潔に言えば"危険地帯の調査"だった。

 何でも、命蓮寺を建設した際に見つかった"何かとんでもないもの"を、今の今まではずぅっと白蓮本人が無理矢理蓋をして押さえ込んでいたらしいのだが、これ以上は保たないとの事。

 神霊が集まるようになってしまったのがその現れなのかもしれない、とも言っていた。

 だから、抑え込めなくなる前にそれが何なのかを調べてきてほしいと言うのだ。

 

 ーーそれで、ここ。

 

 命蓮寺の地下に存在する、薄暗いながらも神秘的な空気を満たす建物の中に来ていた。

 因みに、ぬえは白蓮の話を聞いた直後に飛び出して行ってしまった。

 何事かと驚きはしたが、追いかけるのも無粋かと思って放っておく事にした。

 

 で、俺があまりにも不用心だからか、一緒に来てくれた紫は少しばかり不機嫌そうである。

 折角景色が綺麗なのに。

 

「別に、信じていない訳ではないわ。

 あなたは何があってもちゃんと帰ってきてくれる。 だから私は安心して送り出せる。

 ……でも、落ち着きと慢心は別物よ」

 

「分かってるよ、それくらい。 これは慢心じゃない。

 言ってたろ、調査なんだ。

 中を見てくるだけ。 問題無いのなら放っておく。 何もちょっかいは出さない」

 

「……その"とんでもないもの"が襲ってきたら?」

 

「叩っ斬る」

 

「そうよね、もう好きにして……」

 

 呆れて疲れたような紫の声に、俺は少しばかり頬が緩んでしまった。

 分かってる。 無茶はしないさ。

 紫に心配をかけたくはない。

 でも、かけさせてしまったのなら、誠意くらいは見せないと。

 

「……ふふっ、ありがとな紫。

 心配してくれて」

 

「……分かっているなら、心配させない努力をして下さいな。

 あと、笑いながら言うと軽く見えるわよ」

 

「失礼、心配されるってのがこんなに嬉しいとは思わなくてな」

 

「……本当、口が上手いわね……」

 

 本心だ、と言うと、また何か言われそうな気がしたので呑み込んだ。

 きっと紫も分かってくれている。

 俺が冗談でそんな事を言わないのも知っているはずだ。

 

 だが、一つだけ。

 これだけは紫に言っておかないといけない。

 

「でもな、紫。 俺は、ただ何となく白蓮の頼みを聞いた訳じゃないんだ。

 だから本当に、慢心じゃない」

 

「……? それは?」

 

「さっきのは、俺の予想通りでなかったらの話だ。

 心配はいらないーーって言ってもするんだろうけど」

 

「……言わせないで」

 

 おっと、これまた失礼。

 

「そして俺の予想が正しければ……紫にも紹介しておきたい奴が、居るんだよ」

 

 そう、紫には紹介しておきたい。

 俺の予想が正しければ、ここにいるのはきっと、あいつら(・・・・)だ。

 ならば、是非とも。

 何せ……紫よりも古い付き合いの奴らだからな。

 

「まぁ、行ってみればはっきりするさ」

 

 少しばかり不安気な紫へ、俺は心配ないともう一度言い聞かせる様に、微笑み掛けた。

 

 

 

 

 

 




今になって昔の文章を見ると、すっごく穴に潜り込みたい衝動に駆られます。
やっぱ過去の文章って黒歴史になりかねないんですね……。

ではでは。

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