東方双神録   作:ぎんがぁ!

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はい、今回は主にシリアスがメインの話なのですが……またまた、コーヒー飲みながらだと丁度良いかも知れません。

はー、恋って大変ですねー(棒)

ではどうぞ。


第百九十話 "だからこそ"、願う

 暗い建物の中は、依然神霊の星空が照らしている。

 ぼんやりと暗闇を照らす星々の景色は、これぞ幻想郷、とばかりに幻想的で美しい。

 真っ暗で何も見えない、という程でもない、丁度いい暗さである。

 そんな中を、紫と並んで歩いていた。

 

「……大分広いのね」

 

「そうだな。 飛んで行ってもいいんだが、こんなに景色が綺麗だとなぁ」

 

 この建物の中も大分進んだと思うが、まだもう少し先がありそうだ。

 唯一救いなのは、この星空が、白玉楼の桜並木の様な飽きのくる美しさではない事だな。

 神霊達は点滅を繰り返し、虹色に光ってゆらゆらと揺れる。 簡単に言えば蛍の様だ。

 

「……飛ぶのは勿体無いわ、歩いて行きましょう?

 ……お互い、こうゆっくりする時間は多くはないのだし」

 

「ああ、そうだったな」

 

 紫の言葉に、ふと思い返してみた。

 

 俺達がこうして一緒になってから、もう大分時が経つ。

 大雑把に言えば異変二つ分だ。

 "ずぅっと一緒にいる"と誓ったお互いではあるのだが、それにもやはり限界はある。

 習慣的な会う機会と言えば、せいぜい朝一に会いに来てくれるくらいだ。

 だから、その中でこうしてゆっくり過ごす時間は意外と少ない。

 何せ紫は多忙だから。

 

 別に責任を全部押し付ける気はないが、紫の多忙さ故に一緒にいられない事は多いーーそれでも見守ってくれてはいるみたいだがーー。

 普段は結界の管理やら何やらで意外と多忙で、冬になれば彼女は寝てしまう。 生態の様なものなので、こればっかりはどうしようもできないし。

 "そんなに嘆くなら一緒に寝るとかしろよ!"なんて言われたらアレだが、そもそも俺は冬の間ずっと寝てる何て事は出来ない。

 絶対どっかで起きる。

 つーかそもそも、そんな状況んなったら心臓ばくばくで寝れねーわ。

 

 

 

 ーーなんて、みっともなくも、一緒にいられない事にちょっと言い訳してみる。

 

 

 

 まぁあれだ、結局出てくるのは言い訳ばっかりで、何処かモヤモヤしたこの現状を愚痴ってるだけなんだ。

 解決策なんてものが欠片も思い浮かんできてくれない。

 無駄に知識ばっかり詰め込んで、逆に開かなくなった頭の箪笥をぶち壊してやりたい気分である。

 

 ……まぁ、だからこそ、ゆっくり出来るこの時間を楽しもうって事なんだよな、紫が言いたいのは。

 

 どの道、目的のものを見つけるまではもう少し掛かるだろう。

 ならもう少し、道中に花があっても罰は当たらない。

 この建物の調査がてら、もう少しだけ、この愛しい少女と語らっていよう。

 

 それにーー。

 

「……紫」

 

「なぁに?」

 

「………………」

 

 柔らかく微笑み、その優しい視線を真っ直ぐに向けてきてくれる紫。

 じっと見つめると、その綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。

 昔から含みのある物言いは変わらないが、根は慈愛に溢れ、物事を何処までも正しく理解していると、俺は知っている。

 智恵に溢れ、美しく、ずっと側にいてくれると言ってくれた人。

 

 ああ、やっぱり、紫が隣にいてくれて良かった。

 心の底からそう思う。

 ……だからこそ、彼女との時間をもっと大切にしなければ。

 本当は一秒すら惜しい。

 一分では短過ぎる。

 一時間では物足りない。

 一日とは言わずに、もっと長く。

 

「……ありがとうな」

 

「! ……ふふっ、こちらこそよ」

 

 俺に残っている時間も(・・・・・・・・・・)決して多くはな(・・・・・・・)いのだから(・・・・・)ーー。

 

 

 

 

 

 ーー暫くの時が経ち。

 

 虹色に輝く星空の下である。

 薄暗く、埃っぽく、けれども何処か幻想的であるその建物ーー夢殿大祀廟(ゆめどのだいしびょう)の更に奥。

 深淵へと向かうかの様に続く洞窟の中で、二人の足音は美しく響いていた。

 暗闇に満たされ、一歩先も見えないであろうその洞窟はしかし、此度に限っては恐怖などとは程遠く、むしろ感嘆の吐息を漏らすに恥じない景色を生み出していた。

 

 まるで恐怖など感じない。

 感じる余地すら無いほど、輝きながらゆらゆらと揺れる神霊達が、何らかの祝福を上げている様にすら見えてくる。

 ーーそれが、双也には何となく嬉しかった。

 

 気の遠くなる程の時を経ても、未だに思い出せる。

 ほんの数ヶ月の付き合いだったにも関わらず、双也の脳裏には確かに、三人の少女との記憶が焼き付いていた。

 

 初めて会ったのは鍛冶屋の前ーー初めは疑われて戦う事になったんだっけか。 あの頃も結構強かったよな、あいつ。

 あのお面のデザインは、彼女が出したものだったーーあの時はすごい嬉しそうだったよなぁ。

 よく屋敷には怒号が響いていたーーあれはあれで、優しさの表れだったんだよな、きっと。

 

 思い出せる。 記憶を辿れる。

 きっと双也にとっても、あの頃は新鮮で楽しくて。

 そして当然の如く、別れを悲しむに十二分値するものだったのだ。

 

 もう流石に、あの時の感触は覚えていない。

 でも、間際になってとても苦しくなったのは覚えている。

 あの頃は既に、双也の"苦しみ"は続いていた。

 親しくなる程苦しくなると、気付き始めたのはあの頃だった。

 だから双也にとって、あの頃はある意味、彼の人生の節目でもあったのだ。

 

 ーーだからこそ、こうして約束を守りに来た。

 

 かつん、かつん。

 響いていた二人の足音が、不意に止まった。

 反響する靴の音が、今まで歩んできた道の長さを象徴するかの様に、長く響いて、ゆっくり消える。

 その音がふつと空間に溶けた切った頃、双也はやっと目を開き、前を見据えた。

 

「……長かった」

 

 満天の星の下。

 キラキラと光輝く空間の中に、三つの棺が、置かれている。

 埃を被って、でもあまり風化はしていない。

 棺の表面上には、小さく対極の紋が描かれていた。

 それをそっとなぞると、無意識に言葉が漏れる。

 

「……迎えに来たよ。 約束、したもんな……」

 

「……!」

 

 その言葉に悲しみが含まれている事を、紫は当然、見逃さない。

 それは、ここ最近は見る事のなかった酷く寂しげな、弱々しい笑顔であった。

 それを見た瞬間に、彼女は悟った。

 

 ーーやはり、やはりそうか。

 ーーそれ程までに前から、なのか。

 

 双也の事を真に想い、理解する紫だからこそ至った境地であった。

 その壊れそうな横顔を見れば、(おの)ずと分かる。

 自分と出会う以前から、彼がどれだけ悲しんできたのかを。 どれだけ背負ってきたのかを。

 彼のこの笑顔が、どれだけ重いものなのかを、紫は我が身の如く夢想して。

 そしてそれ(・・)だけでは、彼と全く同じ苦しみに至るには足りない事も、悟った。

 

 ーーでも、背負うのは一人でなくてもいいだろう?

 

「っ! ……紫?」

 

「………………っ」

 

 ほぼ無意識の行動である。

 紫自身ですら、自分が何をしたのか一瞬では判断が付かなかった。

 しかしそれを認識しても、彼女は止めようとはしない。

 繋いだ手を離そうとはしなかった。

 寄り添った身を離そうとは、しなかった。

 

「……紫、紹介するよ。

 ここに眠っているのが、豊聡耳 神子、蘇我 屠自古、そして物部 布都。

 俺がお前と出会う前に死別した、古い友人達だよ」

 

「……ええ」

 

 余計な言葉は要らない。

 慰めは必要ない。

 今更、そんな事で埋まる傷ではないという事が、紫にも分かった。

 だからせめて気持ちが伝わる様に、紫は指を絡めて、強く握り直した。

 

「……何度でも、言うわ。

 ……"今は、私が傍にいる"」

 

「……うん」

 

 双也の手にも、力が篭る。

 それが紫には、何処となく、何かに耐えている様にも感じた。

 

「ね、双也」

 

「ん?」

 

「この三人との事、聞かせてくれないかしら。

 興味があるわ」

 

 そうして穏やかに問い、覗き込むと、双也はきょとんとしていた。

 そんな彼の表情に、紫は更に笑みを深く、優しくする。

 

「……この棺を見れば分かる。

 もうすぐ、目覚めるのよね?」

 

「ああ」

 

「だから、彼女達を迎えに来たのよね?」

 

「……ああ」

 

「もう、すぐに再会できる……そういう事よね」

 

 じっと双也の瞳を見つめ、その奥にある悲しむ心を撫でる様に。

 

「もっと前を見ましょう?

 悲しむのはこれきりにして。

 また会う時をもっと望んで。

 後ろを振り返らず。 手は繋いでいてあげるわ。

 だから先ずは"想起"じゃなくて、"思い出"を、私に聞かせて?」

 

「………………」

 

 掛けられる紫の言葉に、双也はじっと黙って耳を貸す。

 そして暫くして、彼は小さく自嘲気味な溜息を零した。

 

「……もう、お前がいないとダメみたいだな、俺は」

 

「あら、私もあなたがいないとダメよ?」

 

「……そうだと、嬉しいんだが」

 

 ふわりと笑い、双也はもう一度、今度は力強く手を握り返す。

 少々痛むも、紫はそれを大した問題とは思わなかった。

 

「さて、それじゃあお嬢さん。

 この爺めの昔話、聴いてくれるか?」

 

「……ふふふっ。 ええ、喜んで」

 

 一つ一つの思い出を念写でもするかの様に。

 また、それを懐かしむ様に。

 双也はゆっくり語り出した。

 彼女らが目覚めるその時まで、昔々の思い出に、ゆっくり身を浸すようにーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー 一方、命蓮寺では。

 日課でもある説法を終え、そわそわと落ち着かない時間を無事に乗り越えた白蓮は、敷地内にある居住スペースにて、気疲れを癒している最中であった。

 ここは洞窟から少しばかり離れているので、本堂ほど多くの神霊はいないーーそれでも他所よりは多くいるーー。

 加えて、双也に調査を頼んだ事で、"とんでもないもの"を抑えきれなかった事への若干の気負いや心配もある程度払拭され、彼女にも普段の調子が戻って来ていた。

 

「はい聖、お茶」

 

「あ、ありがとう村紗」

 

 居間の座布団に座り、疲れた様子の白蓮の元へと、熱いお茶が差し向けられる。

 白蓮がそれをしっかり受け取ったのを確認すると、水蜜は彼女の隣に腰掛けた。

 一口、ズズズッとお茶を啜る。

 どうやら、水蜜のお茶は丁度良く緩くしてある様である。

 

「地下の調査、双也に頼んだって?」

 

「……はい。 適任かと思って」

 

「うん、まぁ、どうこう言うつもりはないよ。

 ここに船を下ろすって聞いて何も言わなかったのは私だし、双也なら安心して任せられるしね」

 

 軽い口調で、水蜜は本当に何の心配もしていないかの様に言う。

 それだけ彼を信用しているということだろうか。

 双也とそれ程深い付き合いをした訳ではない白蓮にとっては、それが少々不思議に感じた。

 

 そりゃあ確かに、彼が途方もなく強大な力を持っている事は知っている。

 魔界から脱出した際に見たあの鮮烈な光景が、未だに脳裏に焼き付いている。

 ーーだが、力と信頼はイコールではないだろう?

 況してや、その信頼関係が人と妖怪では。

 

「……随分と彼を買っているのですね、村紗」

 

「まぁね、助けてもらったからね。

 飛倉の破片の事も、魔界から逃げる時も。

 少なくとも、そこらの妖怪に頼るくらいならあいつに頼る、ってくらいには信用してるよ」

 

 不思議な事もあったものだ。

 舟幽霊が、人間を信頼するなんて。

 いや、半分は神だったか。

 それでも、幽霊という一種の妖怪が信頼する相手としては、些か珍しい事例である。

 

 妖怪は人間を蔑むもの。

 人間は妖怪を忌避するもの。

 そんな前提があったからこそ、白蓮は今こうして、寺で説法を解いている。

 一方でその前提を覆し、動かし、世の中を変えていければと望んでいた。

 だが同時に、白蓮の封印された時代から今まで、世の中はこれっぽっちも変わってはいない。 人と妖怪との溝は未だに深く切り立っている。

 いやむしろ、幻想郷がなければ消え去るままになってしまう妖怪がいる分、少しばかり悪化すらしているのだ。

 ーーだからこそ、説法を解き続ける事を望みながら、説法を解き終える事を期待していた。

 そしてそれは、未だに叶わぬ夢である。

 

「不思議な人です、双也さんは。

 今まで散々と人と妖怪の共存を解いてきて、未だに遠い夢のままだと思っていましたけど……双也さんを見ていると、それもすぐ手の届く所にある様な気がするんです」

 

「……なんとなく分かる。

 あいつは……あいつ自身が、人と人外を両立させてる存在だからね」

 

「それだけじゃありませんよ」

 

 お茶を啜りながら、水蜜は横目で白蓮を見遣った。

 

「私がそう感じるのはきっと……彼が、彼と関わる人達を繋ぎ合わせているから……だと思います」

 

 まるで車輪のハブの様に、彼を中心にして皆が繋がっている様な。

 当然の事とは思う。 何せ、対人関係は普通、生きた年月とほぼ比例しているから。

 だが同時に、生きた年月と反比例して、その対人関係を保つ事は難しくなってくるものだ。

 意識を持つ者は少しずつ記憶を忘れていくし、妖怪や人だっていつまでも一箇所にいるとは限らない。

 そんな中で、あれ程たくさんの関係を保つなど。

 そういう意味で、白蓮は双也に感心していた。

 何より、半分が人間の身でありながら、純粋な大妖怪と心まで通わせている事に。

 

「……そうだね。 この世界にはあんな奴が居るんだ、案外聖の夢も、不可能ではないのかもね」

 

「ふふ、俄然やる気が出てきましたよ、私。

 目の前真っ暗の中で進むのは怖いですからね」

 

「空回りしない事を切に願ってるよ」

 

「うっ……! それ、わざと言ってますよね?」

 

 苦笑いを向けてくる白蓮に、水蜜は何処かいやらしい笑みを浮かべた。

 本音は本音だけれども、彼女をからかうのは実に楽しい。

 水蜜のそんな胸中を、白蓮はガラス越しの様に見透かしていた。

 見透かせる、笑みだった。

 

「でもま、本当にそう思うよ、私も。

 双也が中心になって繋がってるってのは納得する。 あいつがいなかったら、知り合わなかった奴だっているだろうしね」

 

「……噂をすれば、みたいですよ」

 

 ポツリと、白蓮がそう言った直後の事。

 この建物中に響き渡るかのような大声が、二人の鼓膜を揺らした。

 

「白蓮〜! 用があるんだけど〜!」

 

「ちょっと邪魔するぜ〜!」

 

 声の聞こえた、玄関の方へ。

 白蓮と水蜜が向かえ出ると、そこには案の定、二人の少女が立っていた。

 

「いらっしゃいませ。 何の御用でしょうか」

 

 ーー霊夢さん、魔理沙さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーと、まぁこんな事があった訳だな」

 

 神子達の墓前にて、物語を締めくくるように声が響く。

 紫にかつての"思い出"を懐かしむように語って聴かせた双也は、彼自身が想像した以上の満足感を得ていた。

 全く以って、想像以上。

 昔を語る己の口調が、悲しみを想起するような悲痛な物ではなくなっていた事に気が付いたのは、語り始めてすぐの事である。

 ーー前を向くとは、こういう事か。

 "今になって"気が付いた、という事に、双也は内心で苦笑した。

 

「……スッキリしたかしら?」

 

「ああ、お陰様で」

 

 にこりと微笑む紫に、双也もまた優しく微笑み返す。

 本当に、彼女には助けられっぱなしである。

 その事を少しだけ申し訳なく思っている事に、双也は自身で気が付いていた。

 しかしそんな思いも、こうして互いに微笑み合うだけで、不思議な程綺麗に消え去るのだ。

 決して、紫は嫌々ながらに助けている訳ではない。 彼女が助けたいから、助けているのだと、心の底から感じる事ができる。

 それに対して申し訳なく思うのは、それ以上に失礼な事なのだ、と。

 その度に、双也は紫に、心からの感謝を抱いていた。

 

「……さて、それでは、私は調査の結果を聖 白蓮に報告しに行くわ。

 あなたは……」

 

「うん、よろしく頼む。

 神子達が目覚めた時に、俺がいなかったら意味がないからな」

 

「……ええ、分かったわ」

 

 それじゃあ、後でね。

 紫はそう言って、顕現させたスキマに身を沈めていく。

 その様子が何処か後ろ髪を引かれるように見えたのは、きっと双也の思い込みではない。

 何せ、彼自身も似たような心境だったから。

 

「(だが、仕方ない事だ。

 千年以上も前の約束を、果たさない訳にはいかない)」

 

 目を瞑って、何処か強引さを感じながらもどうにか理由をこじつけると、双也は軽く頭を振って目を開けた。

 そうしてまた虚空を見つめて、疲れたように溜め息を吐く。

 

「……あーくそ、何時もならこんな事ないのに……。

 さっきまで隣にいた反動か……?」

 

 ガリガリと後頭部を掻き毟り、自分の腑抜けぶりに嘆息する。

 そして双也は、僅かに眉を顰めた。

 さっきまで隣にいた紫が、今はいない。

 頭の中で振り切ろうと頑張っても、それにどうしても違和感を感じてしまう。

 普段なら、隣に居なくとも見守ってくれていると分かっているから、それ程寂しくはない。

 しかし、一度隣で話した後だと、彼女が消えた後に言い知れない物足りなさを感じるのだ。

 

 改めて双也は、自身の心がどれだけ彼女に染められているのか、思い知った。

 

「(…………この願い(・・・・)は、俺の我が儘……なのかな……)」

 

 そこまで考え、不意にある事を思い直した。

 それは、今の彼の願い。

 何事にも代えがたく、かと言って酷く実現の難しい願いである。

 その事をふと考えた彼の表情は、寂しさに耐えられなかった"あの頃"とよく似ていた。

 

 今にも泣き出しそうな表情。

 目を離した隙に涙が溢れかねないその表情はしかし、すぐに彼の顔から消え去った。

 

 単純な理由だ。

 それは、驚いたから。

 背後から聞こえた音に。

 何かをズラす様な音に。

 

 本来、これ程暗い洞窟の中で聞こえたら恐怖で逃げ出したくなる様な音でありながら、双也はそれを感じなかった。

 ただただ、嬉しさのみ。

 その音を聞いただけで、双也の寂しげな暗い表情が消し飛ぶ程に。

 

「………………」

 

 少しだけ緊張を含みながら、ゆっくり振り向く。

 そして後をつける様に移動した視線が、やっと目的のものを捉えた。

 

 それは確かに、"蓋の開いた棺"であった。

 

 

 

 




最近一話が長くなりがちですね。
余談ですがこの双神録、このサイトの機能の一つである文庫本モード(?)にすると、ページ数なんと、2600ちょいあるんですよねw

我ながら、よくこんなに書いてきたなと呆れておりますです、はい。

ではでは。

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