東方双神録   作:ぎんがぁ!

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か、過去最長かもしれません今回……。
色々と詰め込み過ぎた気がします……。

ではどうぞ!


第百九十一話 思い出の導

 本当の所、『夢』とは一体どんなものなのだろう。

 

 これは、誰しもが一度は考えた事のある題材の筈だ。

 簡単に形容するならば、『夢』とは現実と異なり、それこそ幻想郷と質の近い"幻の世界"と定義付ける事が出来る。

 別に、"夢とは人の意識の中で起こる架空の世界だ"とかいう説明を聞きたい訳ではない。

 "人が、レム睡眠中の最後の十分間に見る感覚の総称である"だとかの科学的な結論が欲しい訳でもない。

 はたまた、"夢とは人が生きる為の目標とするべき将来の事だ"なんていうとんちを聞きたい訳でもない。

 双也はただ、夢というものが一体なんなのかを知りたかった。

 ふと、そう考える事が偶にあったのだ。

 

 夢は人が眠っている間に見るものーーそれは確かにそうだろう。 疑う余地もない。 誰だって夢は見るものだ。

 でもその内容は人それぞれに違うし、起きた時には覚えていない事が大半である。

 夢の中でどれだけショッキングな出来事を体験しても、起きた時にはけろっと忘れている事が一般的にあるし、逆になんて事のないつまらない夢でも、不思議と鮮明に思い出せる事もある。

 

 ーーなんとも、曖昧な現象ではないだろうか。

 

 その現象の存在が曖昧だと言うのではない。

 『夢』というものの持つ意味そのものが曖昧で不可解で、どうしようもなく不明瞭なのだ。

 

 夢の中は不思議な事に満ち満ちている。

 本来ならばありえない事象を平気で受け入れて、その場に顕現させる事のできる"自由奔放な世界"である。

 時には、自由自在に夢の中を操れる"明晰夢"なるものを見る事すら、人にはあるのだ。

 でも、その顕現した事象に意味などあるのだろうか?

 いや、そもそも、仮に意味があったとして、目覚めた時に忘れているのでは意味がないのではないか。

 万物には生まれてきた何かしらの意味があるーーと、何処かの哲学者が唱えたかもしれないが、果たしてその"夢の世界"そのものに意味などあるのだろうか。

 

 人は何の為に夢を見るのかーー?

 ふとそんな疑問に辿り着くことがあっても、今まで双也には、その答えを見つけ出す事は出来なかった。

 というよりも、確かめようが無さ過ぎて諦めた、という方が正しい。

 『夢』が存在する意味なんて、この世に生きる限りーーもしかしたら死んだ後でもーー確かめようのない事である。

 真実は常に真っ暗闇の中。

 光が照らす余地すらない。

 そんなものの意味が分かるのは、それを生み出した神のみだろう。

 

 ーーでも、この時になって双也は、その意味が分かったような気がした。

 

 夢の中は不思議に満ち溢れている。

 自分の思った事がその世界では顕現するし、そして無意識に望んでいた事すら、夢の中では叶う事がある。

 ーーこう考えてはどうだろう?

 夢の内容は"忘れてしまう"のではなく、"覚えている必要がない"のだと。

 

 夢の中では誰しもが一人ぼっちだ。

 偶に自らの知る人物達が現れる事はあっても、言ってしまえば、それは夢を見ている本人の想像の産物。

 夢の中では、人は真の孤独に襲われる。 そして、人が孤独では生きられないという事実は、双也が最も理解している事である。

 もし、夢を見なかったのならば。

 簡単な話だ。

 誰もが経験したように、眠りという時間の間隙を一瞬で飛び越える。

 その際に、真っ暗な闇の中を真っ直ぐに突き進む事になるのだ。

 たった一人で。

 誰の声も、姿も、温もりも感じる事ができず。

 真の孤独の中を突き進む。

 

 ーー果たして、普通の精神を持った人間が、何の補助も無く己の身一つでそれに耐えられるのか。

 

 ……そう、"眠り"というものを何千回と経験していながら、それがどれだけ辛く厳しい事なのかを、皆知らない。

 だのに、その辛く険しい眠りの道を、誰一人と脱落する事無く乗り越えているのだ。

 

 ーー話を纏めよう。

 そこまで考えると、ある結論に辿り着く事が出来る。

 人々が、実は恐ろしい眠りの中を何事も無かったかのように乗り越えて来られるのは、極端な話、突き進むその間に"孤独を感じていない"から。

 否、感じてしまっては、乗り越える事ができない。

 そしてその為に、眠りに落ちる人々が孤独で潰れないように。

 無意識下で行われる自己防衛本能に近い何かが、『夢』という、ある意味己に最も甘い世界を見せているのではーーと。

 だからこそ、夢から覚めた時に、不必要となった『夢』は忘れ去られるのではーーと。

 

 そして更に、もう一つ。

 人に限らずとも、生きとし生ける存在全てには、死という眠りが待っている。

 いや、これでは語弊があるか。

 死んだらその後、魂が肉体から抜け出て、三途の川を超える。

 閻魔の裁きを受けて、冥界に暫く留まり、遂に転生する。

 魂の輪廻とはこういうものだ。

 ーーしかし、その輪廻から外れてしまった者は?

 

 例えば、不老不死。

 死ぬ事もなければ老いる事もない、現世に留まり続ける肉体と魂。

 例えば、亡霊。

 成仏を拒み、己の最後を知っていてさえいるのに、ありのままを望む異端。

 例えばーー尸解仙。

 一度死に、眠りに着いて、百では数え足りぬ時を超えて蘇る仙人。

 

 彼女らは、その永い永い眠りという恐怖の中で、一体どの様に過ごしているのだろうか。

 『夢』に(すが)って、恐怖と孤独を吹き飛ばしながら乗り越えるのか。

 はたまた、夢の中に沈む事も出来ず、あまりに永い暗闇と孤独の中を一人ぼっちで歩いてくるのか。

 

 その結論に思い至った時、双也はひしとこう思った。

 出来れば、眠った彼女らがせめて、孤独に襲われませんように。

 『夢』が、彼女らを無事に連れてきてくれますように。

 そうであってほしいなーーと、虹色の星の下で、思い馳せるのだ。

 

 双也はそうして、僅かに開いた棺を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある街中に、一人の女が歩いていた。

 特に目立った特徴のある女ではない。

 むしろ、茶を基調とした服装をしている分些か地味ですらある。

 それもこれだけ人通りがあり、夜には夜間照明などで一層煌びやかに輝くこの街では、それが顕著であった。

 しかし、彼女はそれを気にした風もない。 それは道行く人々も同様で、彼女に対して少しの関心すらある様子ではなかった。

 あくまで自然に、それこそ通り慣れた歩道を我が物の様にして、悠々と歩いていく。

 "人の営み"を街行く人々から、信号機の音から、車の風切り音から、BGMの様にして聞き流しながら、女は薄く笑みすら浮かべて足を進める。

 

 ーーやがて女は、人や車が絶えず駆ける大通りから、すっと抜け出た。

 人通りの少なくなった小道は夕暮れの様に静かで、その場を支配するのは、何処かから響いてくるごぅんごぅんという鈍い工事の音のみ。

 完成前に廃棄されたか、会社が倒産したか、最早使われなくなった鉄筋コンクリートの塊が、寂しい風の音を響かせながら森を形作っている。

 一人悠々とここまで来た女は、不意にある建物の陰で足を止めた。

 何かを探す様にぐるりと一回り周囲を見回すと、彼女は薄く歪ませていたままの口で、呟いた。

 

「おぉい、そろそろ出てこんか?

 出て来やすい様にわざわざ人目を避けてやったというのに、焦らされるのは好きではないのぅ」

 

 その声に応えるかの様に、また別の建物の影が、グニャリと歪んだ。

 女はそれに驚いた様子もなく、影が形と色を持ち始める様をジッと見つめている。

 やがて歪んで大きく膨らんだ影は、大きな尻尾を持つ茶色の動物ーー 一匹の狸となっていた。

 ツンと尖ったその口で、狸が言う。

 

「……お気を遣わせた様で」

 

「いやいや、気にするでない。 儂が勝手にやったお節介じゃよ。

 ……しっかしまさか、"影"に化けられる様になったとは、同胞の成長に胸が熱くなるの」

 

「……あなた様は、万物に化けられる大妖怪にございます」

 

「ふぉっふぉっ、礼儀もなっとる様で安心するぞよ」

 

 そう嬉しそうに笑うと、女は突然、煙に包まれた。

 風が吹いて、砂埃が舞った訳ではない。

 かと言って、彼女のすぐ足元に火の手が上がった訳でもない。

 その煙は何処か現実味のない白い煙で、普通ならば薄っすらと透けて見えるはずが、その白煙はまるで絵の具を塗りたくったかの様に中のものを覆い隠している。

 ーーそれは、彼女自身が出した煙だった。

 まるで幻術でも見ているかのように不気味に立ち上る煙が、数瞬の間をおいてやっと消えていくと、その中からは、新たに大きな尻尾と獣の耳を生やした、先程の女が立っていた。

 

「ーーお久しぶりでございます、二ッ岩 マミゾウ様」

 

 影から現れた狸は、目上を敬う様に恭しく頭を垂れる。

 その様子に、女ーーマミゾウは うむ と頷き、その口に何処からともなく取り出した煙管(キセル)を咥え込んだ。

 

「どうじゃ、最近の調子は?

 上手く化かせておるのかのーーっと、先程の術を見てからでは杞憂というものか」

 

「……はい、人間の中に溶け込んで暮らす事に、特別な障害はありません」

 

「それは何よりじゃ」

 

「マミゾウ様も、お元気そうで何よりに御座います。

 人間の暮らしを謳歌しているようで」

 

「何を言うておる。 何処で何をしていようが儂は化け狸じゃ。

 人間の暮らしを謳歌なぞしとらんよ。

 世に名を轟かせる大妖怪、団三郎狸じゃぞ?」

 

 言葉こそ戒めるようであったが、その表情は柔らかく微笑んでいる。

 それは温厚な性格である彼女の、部下に対する茶目っ気の一部だった。

 人間がこの世界を支配し、その技術力を科学という方面で進歩させ始めて久しい。

 それは同時に、人間達が妖怪という幻想の存在を否定し始めた事と同義だった。

 そんな世界の変化に危機を感じ、各地に散らばってからも、同様に久しい。

 マミゾウは、再び巡り合った同胞が上手く生きていてくれた事に強い歓喜を感じた。

 

 そうーーまるで、生き別れた家族と再会したかのように。

 いや、マミゾウからすれば、同胞も家族も同じものと言って間違いではなかった。

 彼女の下に付く狸達は皆マミゾウを慕い、尊敬し、畏怖している。

 反対にマミゾウも、己の傘下にいる狸達には惜しみなく心を配る。

 そこにある関係は、『家族』と言うに相違なかった。

 

「それで、今日は如何したんじゃ?

 与太話をしに来た訳ではないのじゃろう?」

 

「……これを届けに」

 

 ボンッと、狸の口元でマミゾウが放ったものと同質の煙が上がる。

 消えた後にあったのは、細い口に咥えられた一通の手紙だった。

 

「手紙? 誰からじゃ?」

 

「……ぬえ殿からに御座います」

 

「! ほうほう、久しく聞いていない名が出てきたのぅ」

 

 徐ろに近寄り、狸の口から手紙を受け取る。

 今時珍しい、和紙と筆で綴られた手紙だった。

 

 ぬえーーその名前を聞くのはそれこそ、現代で言うところの数世紀ぶりである。

 同じ大妖怪の端くれとして、当時の妖怪世界を担ったーーとは言い過ぎとしても、マミゾウとぬえは見知った仲であった。

 彼女が何処へ消えたのかは分からなかった。 知らなかった。 そもそも気にしていなかった。

 知り合いとはいえ馴れ合う仲ではない。

 マミゾウ自身の柔和な雰囲気が、二人の関係を辛うじて"友人"の様な形態に保っただけである。

 ーーそしてそんな過程も、この時のマミゾウには最早、如何でも良い事の様に感じた。

 

「ーーほう!」

 

 マミゾウは、興味と感激の声を漏らした。

 

「如何されましたか?」

 

「ふぉっふぉっふぉっ! 如何やら儂は、知り合いに恵まれている様じゃ!」

 

 くるりと踵を返し、マミゾウは再び煙を噴き上げた。

 そして煙が消え去るより早く、その中から一匹の鳥が飛び出す。

 何処か飛ぶ事に慣れていないかの様に歪な飛翔を見せるその鳥は、上空で大きく円を描くと、高い声で一つ、鳴いた。

 それを皮切りに、何処へとも知れぬ空の彼方へ鳥はーーマミゾウは去っていった。

 

 残された狸は、その様子をジッと見つめていた。

 そして不意に視線を戻すと、やっと消えた煙の中から、先程の手紙が己の足元に落ちてくるのが見えた。

 拝見する気など初めから無くとも、その視界は否応なしに開いた手紙の中を捉える。

 狸は、彼女の飛び立った空を見上げて、もう一度頭を垂れた。

 

「……どうか、お気を付けてーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僅かに開いた棺を見たとき、自分の鼓動が無意識に激しくなるのを感じた。

 ばくん、ばくんーーと、俺の心臓は、強張った身体に血液を送ろうと必死になって動いている。

 ーー不安が、あったんだ。

 神子達との約束を忘れた事はない。

 神也の一件で放棄しかけた事はあったが、忘れた事は一度もない。 勿論、放棄しかけた事を良しとした訳ではないが。

 

 何せ約束を交わしたのは千年以上前の事。

 時期を割り出すのに必要な"原作知識"は、最早風前の灯火の如く失いかけ。

 正確な場所の特定も必要だーーと、不安要素を上げ出せば本当に切りがない。

 全く、何でこんな穴だらけの約束をしたんだか。

 今の俺なら、絶対にこんな無謀な約束はしないな。 断言できる!

 

 ーーいや、本当は分かってる。

 きっと当時も、無謀な約束だと考えた筈だ。

 それでも約束したのは一重に、神子達を安心させたかったからだった。

 仙人になるーー。

 そう神子から打ち明けられた日、彼女は死ぬのが如何しようもなく怖いと言った。

 暗闇に一人で旅立つのが恐ろしいと言った。

 それを、少しでも和らげてあげたいと思ったのだ。

 それが出来なくとも、彼女達が暗闇を抜けてくる目標になれるなら、俺としてはそれ以上に望む事はなかった。

 

 ーーその苦悩が、今実を結ぼうとしている。

 

 時期はバッチリ、場所も確定、俺の心の準備……実は、出来てない。

 

 いやいやだって、突然だったんだ。

 蓋が動く音がしたの、本当に突然だったんだ!

 いくら長年生きてきたと言ってもな、瞬間的に心の準備なんて出来るわけないんだよ!

 相変わらずばくばくとうるさい心臓の音に張り合って、そんな弁明をしてみる。

 そうでもしないと落ち着いていられない。

 緊張がどんどん高まっていく。

 これは本当に、時代を跨いだ再会である。

 ーーああ、神子達が俺の事覚えてなかったら如何しよう。

 ーー身体が何処か腐ってたりしないよな? ミイラで出てくるとか勘弁してくれよ?

 ーー 一体初めに何て言えば良いんだろう? 上手い言葉が浮かんでこないんだが。

 意味のない問答が頭の中でぐるぐるぐるぐる。

 逃げ出さないだけマシかなとすら思ってしまうんだから、俺は本当に仕方ない奴だなぁと思う。

 心臓の働きも虚しく全く動かない身体は、未だジッと棺を凝視していた。

 そしてまた、ごとりと鈍い音がする。

 その音に震える事もなく、瞬きすらせずに見つめ続ける。

 その時間の隙がとても長く感じられ、同時に、比例して心臓はますますうるさくなっていた。

 緊張の興奮が限界まで高まっている事が感じられる。

 

 ーーかくして、棺からずるりと出てきたのは。

 

 

 

「んっ……ふあぁぁあぁ〜あ……。

 ……はれ……? ここは?」

 

 

 

 酷い寝癖をした、神子だった。

 

「……あ、そうや。 おはようごらいまふ……」

 

「お、おはよう神子……」

 

「ん……んん? なんらか、からだがおもいれふねぇ……」

 

「あ、ああ……今、手伝うから」

 

「あは、ありあとうごらいまふ……」

 

 眠たそうに瞼を擦りながら起き上がろうとする神子に、肩を貸す。

 如何やら身体の使い方を忘れてしまったようで、歩き方が覚束ない。

 あはは、なんだなんだ、案外元気そうじゃないかこいつ。

 

 

 

 …………………。

 

 

 

 ーーってそうじゃねえっ!!

 何を和んでるんだ俺は!

 

 俺の緊張と神子の雰囲気にあまりに差があり過ぎて、一瞬現実逃避してしまっていた。

 と言うより、想像だにしていなかった神子の様子に、こちらの緊張が一瞬でもぎ取られたようだった。

 なんというか、珍しい神子を見た。

 今まで凛とした格好良い姿しか見て来なかった分、今のふにゃっとした雰囲気がどうもしっくりこない。

 つーか、寝起き感が半端ないな。

 なんだあれ、髪? 逆立って獣耳みたいになってるんだけど。

 いや生前もある程度立ってたけど、ざっと二倍くらいの大きさに見える。

 ーーと、兎に角落ち着こう。

 俺が慌てても意味はない。

 まず少しずつ整理していこうか。

 

「あー、神子? お前今の状況分かってるか?」

 

「ふぇ? ……らんか、ろうくつのなかみたいれふね……?」

 

「そう、それで?」

 

「それで……」

 

 相変わらず開ききらない瞼を乗せた瞳が、周囲をゆっくりと見渡す。

 そうして元の位置に戻ってくると、神子は徐ろに欠伸を漏らし、こう言った。

 

「……あ〜、なんらかまたれむくらって……そうやもいっしょにねまふか?」

 

 

 な ん で そ う な る ッ

 

 

 叫びそうになったのを必死に堪えて、代わりに溜め息を吐き出した。

 なんだか、俺の見ている世界と神子の見ている世界に相違を感じる。

 もしかしてアレか、こいつ、寝ボケてるのか。

 いくら生前が超人とは言え、千年以上も寝ていれば寝ボケくらいあっても不思議はない。

 寝ボケで済むのか、って話になりそうだが。

 ……兎も角だ。

 この状態で外に出すのは色々と心配だ。

 それにまだ二人も起きていない。

 死んだ時、術が発動した時間も三人とも同じだったので、目覚めるのもきっともう直ぐである。

 取り敢えず、今はこの"ふにゃっと太子"をどうにかしなければ。

 

「もうぅ〜げんかいれふぅ〜……」

 

 ……放っとくと、また眠りの沼に沈んじまいそうだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見ていたのは、"思い出"だった。

 

 この世界に生まれ落ち、時を経て、あの時眠りに着くまでの思い出。

 まるで白昼夢の様に曖昧な映像達ばかりだったけれど、その一つ一つに確かな暖かみを感じた。

 そして、それを酷く心地よく感じた。

 

 かと言って、楽しい記憶ばかり都合良く思い出させるほど、『夢』というのは甘い相手ではない。

 辛い記憶もあれば、死にたくなる程恥ずかしい記憶だってある。

 でもそれも最早、良い思い出の一つである。

 加えて、眠りに着く私たちにとって『夢』は道標に近かった。

 それがなければ、私はきっと暗闇の中で一人泣き喚いていただろうと容易に予想できる程に。

 夢は、最早中毒的なまでに心地よい暖かみに満ちていた。

 

 『夢』を見ていた時間は長くはなかった。 もしくは、長く感じなかった。

 思い返せば本当に一瞬だった様に感じる。

 そんな曖昧で宙ぶらりんな状態で見ていた夢だけれど、私がちゃんとその道標を辿っていけたのは、"もし立ち止まれば後から付けてくる暗闇に吸い込まれてしまいそうだ"、という恐怖に駆られていたから。

 そしてその思い出達が感じさせてくれる暖かみを、必死に求めていたからだった。

 

 不自由のない暮らしに、やり甲斐のある仕事、信頼できる部下。

 それらの思い出達は特に暖かく感じた。

 暗闇に溶け込んで、忘れてしまいたくはなかった。

 それでも足が縺れて、転んで、そして迫る暗闇に捕まりそうになった時、私に力をくれたのもまた、思い出。

 ーー最後に交わした、双也との約束だった。

 

 死んだ後の世界で、迎えてくれるーーと。

 ずっと待っているーーと。

 その約束こそが、私に道標を追う力をくれた。

 きっとそれは、私とは別々の場所で眠っていた屠自古と布都も同じはず。

 皆それぞれが、再び蘇り、そして目覚めた場所で共に生きる事を願って、私達の友人と再会する事を望んで、突き進んだのだ。

 

 ーーそんな『夢』の事を、私は朦朧とした意識の中で、双也を見ながらに思い出していた。

 

 夢は忘れるものだ。

 それは私にだって同じ事。

 でも、この時の夢だけは鮮明に覚えていた。

 何故かは分からない。 でも、漠然とした根拠がある。

 何よりも、(こら)えきれないくらい嬉しさに満ちたこの胸の内が、何処か理由染みていると思った。

 ああ、本当に約束を守ってくれた。

 本当に迎えに来てくれた。

 その事が、私は形容し難い程に嬉しかった。

 きっと、私が死んでから千年以上も経っている。

 術の発動前に受けた説明では、"千年前後"とされていたのだ。

 それなのに。

 それ程の時が流れたはずなのに。

 気の遠くなる様な話なのに。

 

 ーー感謝してもしきれない。

 私達を導いて、そして約束まで守ってくれた。

 これ程胸の中がいっぱいになる様な感動が、他にあろうか。

 双也は既に、ただの友人ではない。

 そんな区切りにしておくのが申し訳ない。 何より私が耐えられない。

 私にとってこの人はーーそう、最早、屠自古や布都と同じくらい、大切な人なのだ。

 

「(ーーありがとうございます、双也)」

 

 この気持ちを精一杯に乗せて、私は双也へと微笑みを向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神子がちゃんと目を覚ましてから、もう大分時間が経つ。

 未だに少しだけ頭が回っていない様子は見て取れるが、心配するほどではない。

 途中で起きてきた屠自古や布都とも再会し、少しだけ談笑した後、俺たちは洞窟の出口に向かって歩いていた。

 

「しっかし、双也お主、全然昔と変わっとらんなぁ。

 黒い服を羽織っただけじゃないか」

 

 相変わらずな元気っぷりで、布都は下から俺の顔を覗き込んできた。

 姿で全部を判断するのはどうかと思うが、姿が変わってないのは確かな事だ。

 俺は、神様だからな、と軽く返してやった。

 

「あーそう言えば、そんな事を昔言っておったようなーー」

 

「"ような"じゃなくてちゃんと言ってたわバカタレ。

 そもそも全く同じじゃないだろ、もっとよく見ろ。

 霊力が桁外れになってるじゃないか」

 

「お、屠自古には分かるのか、俺の今の霊力」

 

「そりゃあね。 ……いや、普通分かるよ、それだけ大きけりゃ。

 布都が未熟なだけだ」

 

「なんじゃとぉっ!? 我が未熟だなど何を戯言を!」

 

「事実だろうがこのアンポンタン!

 未熟でないってんならここで私相手に証明してみるか!?」

 

「おーおー受けて立とうぞ!

 我を未熟者呼ばわりした罪は重いぞっ!」

 

 うん、この展開懐かしいな。

 屠自古と布都はまさに水と油と言うか……兎に角昔から喧嘩が絶えなかった。

 今の様に、気がついたときには既に取っ組み合いとなっている事が多いのだ。

 まぁ、喧嘩するほど何とやら、と言うけどな。

 

「くすくす……仙人となった今でも、二人は何も変わっていないのですね」

 

「そうだな。 何も変わってない。

 昔のまんま。 きっと喜んでいい事なんだろうな、これは」

 

 そう言って神子に視線を向ければ、彼女も小さく頷いていた。

 二人を見る彼女の瞳の奥には、やはり、千年経ても変わらないでいてくれた二人への感謝すら滲んでいる様だ。

 

「……全部、双也のお陰ですよ」

 

「? 何がーー!」

 

 唐突に。

 言いかけた俺の口は、閉じられる事もなくそこで止まった。

 二人は未だに睨み合っているが、どうやら神子は気がついたらしい。

 ーー丁度いい、ナイスタイミングだ。

 

「……神子、取り敢えず、この世界のルールから教えていこうと思うーー」

 

 暗闇を見透かす様に見つめた先。

 俺は確かに、二人の少女の霊力を感じた。

 

 

 

 




締めに若干納得いかないぎんがぁ!でありました。

ではでは。

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