東方双神録   作:ぎんがぁ!

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なんだかんだ言って今回も8000文字超えてしまうっていう……。

ではどうぞ!


第百九十二話 "勘"という予兆

 博麗 霊夢の『勘』と言えば、あまりに鋭い事で有名である。

 少なくとも、彼女と一度でも戦闘を行った事のある者は、その正確さに少なからず驚愕してきた。

 単純に物事を言い当てるに留まらず、罠の位置、攻撃の予測、背後から迫る弾丸まで、彼女はその『勘』に基づいてあらゆる事象を感覚で悟り、回避する事が出来る。

 一部の者には、まるで世の出来事全てを知る神の様だとまで言わしめる"超直感"である。

 その『勘』を能力として、霊夢以上に扱っていた博麗 柊華という例もある程だ。 彼女はその能力と才能を磨き上げ、未だに歴代最強と伝えられる。

 神に仕える巫女ーー何の神に仕えているかを知らずともーーとしては、ある意味当然とも言える能力を、霊夢は十分以上に発揮してきた。

 その勘の正確無比さや、彼女自身の弾幕ごっこへの適性、扱う結界術の才能ーーその他諸々を鑑みた上で、彼女は"天才"と呼ばれるのだ。

 彼女は、異変の最中に起きた弾幕勝負にて敗北した事はない。

 当然の結果だ。

 弾丸を避けるタイミングは、目だけでなく勘でも捉えられ、攻撃は純粋な才能に裏付けされた強力な一撃。

 いくら妖怪と言えど、彼女に打ち勝つ道理を持った者が、そもそも少ないのだ。

 

 ーーでは、彼女の『勘』は完全無欠な能力か?

 

 答えは、否だ。

 直感で全ての答えを導き出す力ーーそう言えば、確かに完全無欠最強無敵の、生まれ持った勝者の素質の様に聞こえるだろう。

 事実、彼女は異変における弾幕勝負にて無敗を誇る。

 

 しかし、真の意味で万能な能力など存在しない。

 その力では、その『程度』の事しか出来ないのである。

 それは、厳密に"能力だ"と呼ばれてはいない彼女の『勘』にも該当する。

 魔理沙には、科学を扱う事はできない。

 咲夜には、時間を巻き戻す事はできない。

 早苗には、必然を覆す事はできない。

 妖夢には、銃器を扱う事はできない。

 

 全ての能力に限界があり、そして"それ"が出来る代わりに、相反する事が出来なくなる。

 稀に輝夜や双也の様な、相反する事象を丸ごと操る能力も存在するが、それにだって限界がある。

 能力など結局はその『程度』の、人の形に収まってしまう代物なのである。

 

 詰まる所、霊夢の『勘』という力にも、不便な所があるのだ。

 それは、単刀直入に、結果だけしか悟れない事。

 "漠然と"何か来る。

 "何故かは分からないが"、この場所は危険だ。

 霊夢の『勘』は何事かを悟っても、それが何かを悟る事は出来ないし、そうなるまでの過程も分からない。

 勿論これは、日常生活での話だ。

 弾幕勝負に用いる時は、特に問題にはならない。

 何せ、悟れない"何か"が弾丸だと決まり切っているから。

 

 だが、そんな不便な能力を持つ霊夢でもーーいや、そんな能力だからこそ、彼女のたった一言が、周囲の肝を急激に冷やしてしまう事がある。

 結果のみを悟る事で確定し、過程が分からない事で恐怖する。

 そう、その言葉はーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何か、ヤな予感がするわね」

 

 ぼんやりと暗い洞窟の中を飛びながら、霊夢はポツリと言葉を落とした。

 その表情は何処か不安そうで、そして不機嫌そうに眉を顰めている。

 隣を飛ぶ魔理沙は、彼女のそんな言葉を受けて嘆く様に言った。

 

「……おいおい、こんな時に不吉な事言わんでくれ。

 アレか、お前は肝試し気分か。

 私を怖がらせてそんなに楽しいか」

 

「私を幽霊扱いしないでくれる?

 違うわよ、そういうんじゃなくて……こう、なんか……うん」

 

「つまり、分かんないって事だろ。

 使えん勘だぜ」

 

「……勘を未来予知と比べられても困るんだけど」

 

 実際、魔理沙には霊夢の勘を未来予知として捉えている節があった。

 前例を挙げればきりがないが、兎も角魔理沙がそう信じ込む程の実績が、霊夢の勘にはある。

 彼女自身何でもかんでも勘任せになどはしていなかったが、魔理沙の中でそれは、最早確定事項となっているのだ。

 ーー霊夢がそう言うなら、この先何かヤな事が起こる。

 それがいつ来るのか、何が来るのか、そしてそれが、何にどう影響してくるのか。

 肝心な部分で役に立たない霊夢の不便な勘を、魔理沙は心からの言葉で"使えん"と吐き捨てたのだった。

 まぁ、都合のいい時だけそれを信じ込むのが、魔理沙という現金な奴なのだが。

 

「ま、心の隅にでも留めておくぜ。

 用心にはなるだろ」

 

「……そうね」

 

 本来、勘とはそう言うものなのだろうな、と僅かに思いながら、霊夢は魔理沙に賛同した。

 鋭過ぎる勘で我が身を切るなーーとは、いつかの紫の言葉である。

 中途半端に先の出来事を知覚出来る事で無駄に張り詰め、逆に大怪我をする……なんて、笑えない結末を警告しているのだ。

 魔理沙の言葉を受けて、霊夢も思わず、使えない勘だなぁ、と思ってしまうのだった。

 

「(……とは言え、今回は何だか奇妙な感覚ね)」

 

 感じた嫌な予感について、霊夢はふとそう思った。

 改めて考えてみると、"この感覚を言葉で表せ"と言われたら口籠ってしまうのも当然なのではないか、という言い訳のような疑問が湧いてくる。

 霊夢は、眉を顰めたままで小さく嘆息した。

 

 『勘』で物事を判断する事は、今迄も良くあった。

 それを鵜呑みにした事はないけれど、参考や可能性として織り込む事は最早、物事を考える上での癖と成り果ててしまっている。

 そんな中で、今感じた"奇妙な予感"に似た感覚も何度か感じた記憶があったのだ。

 何かこう……確かに目の前の事も厄介事ではあるのだが、少しだけ"ズレ"ている……様な。

 中途半端に悟った事実を言い表す事も出来ず、霊夢は思わず苦笑を零した。

 苦笑いしか、出なかった。

 

 ーーま、用心だけしておきましょ。

 結局、霊夢の辿り着いた結論はそれだけだった。

 魔理沙の言う通り、心の隅に留めておくのが一番良いのだろう。

 それが勘というものの本当の使い方である。

 勘なんて信憑性の薄いもので、物事を易々と動かしてはいけないのだ。

 それが例え、霊夢の"それ"の様に的中率の極めて高いものであっても。

 『勘』は『勘』。 所詮その『程度』。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

「ほら、さっさと行くぜ、霊夢」

 

「……そうね、早く行きましょ。

 早く帰ってお茶でも飲みたいわ」

 

「全くだ! ーー飛ばすぜっ!」

 

 一先ず霊夢は、考えを頭の隅にでも寄せておく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷のルール。 掟。

 "人間は妖怪を恐れ、妖怪は人間を襲う"というこの世界の基盤である。

 そして、その中でバランスを保つ為に確立された決闘方法が、所謂"弾幕ごっこ"。

 ある程度の殺傷力を削ぎ落とした無数の弾を用いて行うお遊びの様な戦闘だ。

 弾幕ごっこでは美しさや優雅さを競い合い、その中では、スペルカードと呼ばれる弾幕を広義的に"ボム"と呼び、戦闘中の技として使用することが出来るーー。

 

 

 

「ーーはい、大体分かりました」

 

 

 

 一通りの説明を受けた神子、布都、屠自古は、もう一度言葉を咀嚼する様に頷くと代表した神子が言った。

 ただ、全員が全員内容を理解し切っている訳ではない事は、その表情を見れば明白だった。

 

「な、成る程! つまりはその弾幕?とやらを打ちまくって、相手にぶつければ良い訳だなっ!」

 

「弾幕ってのを撃つだけか。

 そんなのが"決闘"とは……」

 

「……お前らホントに分かってんのか?」

 

 訝しげに放たれる双也の言葉は、二人ーー特に布都ーーの図星をギクリと突いた。

 本当に理解したらしい神子は、そんな二人の様子をクスクスと笑いながら見ている。

 それに気付き、布都はわたわたと弁明を始めるのだった。

 

 布都の慌てぶりーーひいてはその元気一杯な性格は、生前と何一つ変わっていない様に感じる。

 何かに付けては神子の身を案じ、"太子様"と常に慕い、従い続けている。

 神子や屠自古、そして双也にとっては、それが何となく嬉しく感じた。

 千余年も眠り続け、それぞれ孤独を乗り越えてきた先で、昔と何も変わらない仲間が迎えてくれる。

 それは、戸界仙となった三人が必死に求め続けてきた暖かさそのものと言えよう。

 きっと布都自身も、そう感じているはずである。

 

「ーーまぁ兎に角だ、この幻想郷ではそういうルールが存在する。

 この世界に生きる人妖と神の為に、それを守ってもらわにゃならないってことだ」

 

「それ、仮に破ったらどうなるんだ?」

 

「俺が拳骨落としに行く」

 

「……おぉ、なんと無情な罰じゃろうか……」

 

 想像し、自らの脳天にそっと両手を添えて震える布都を横目で一瞥すると、双也は"という訳で"と言葉を繋げた。

 

「早速、実戦演習だ」

 

 彼の言葉と同時に、二対の足が着地する軽い音が響いた。

 こんな所になぜ人がーーとは、誰も口にしない。

 特に双也は、舞い降りた二人を微笑んだまま見ていた。

 

「……はぁ、こういう展開にはもう慣れたわ」

 

「全くだ。 毎回毎回、何故か私達の行く先々に双也が居るんだよなぁ」

 

 開口一番、視界に入ってしまった双也の姿に、二人は何の気なしに悪態付いた。

 その反応として、双也はまぁまぁと頰を掻くばかりである。

 対して神子たちは、突然の来訪者に若干驚きながらも、ジッと二人を見つめていた。

 

「双也、この子達は?」

 

「ああ、俺の妹分とその親友。

 二人共、幻想郷屈指の実力を持った、異変解決者だ」

 

「異変……?」

 

「お前達が蘇ったことが、地上ではちょっとした騒ぎになってるって事だ」

 

「……つまり、私達の演習相手と言うのは……」

 

 納得の光を呈する神子の視線が、霊夢と魔理沙を射抜く。

 つまり、私達の弾幕ごっこの最初の相手がこの二人であるーーと。

 その視線に神子の意思を確認した霊夢は、少しばかりかったるそうに拳を腰に当てた。

 

「演習相手ってのはちょっと分かんないけど、今からする事は良く分かってるようね」

 

「ええ。 弾幕ごっこ、でしょう?

 先程双也から説明を受けました。

 何とも愉快で、面白そうじゃありませんか」

 

「……なんか余裕そうね。 言っとくけど、そんなに甘い戦いじゃないわよ?」

 

「分かっていますとも。

 でもせっかくの遊びなら、楽しまなくては損じゃありませんか」

 

 ーー双也は一体何を言ったんだ。

 神子の微笑みを目の当たりにした霊夢は、訝しげに双也を見つめた。

 幾ら幻想入りしたばかりとは言え、弾幕勝負はそれなりに苛烈な戦闘である。

 少なくとも、説明を受けた直後に"ユニークで面白そう"などと抜かす輩を、霊夢は今まで見たことが無い。

 そして、そこら辺の事実を分かっていない双也ではあるまい。

 視線で彼女の考えを察した双也は、相変わらずの笑みのまま口を開いた。

 

「ま、良いじゃないか。

 何事も楽しまなきゃ損だって考えは別に間違った事じゃない。

 それに、あんまり神子を嘗めない方がいいぞ?」

 

「誰に言ってんの。 私が油断なんかする訳ないでしょ」

 

「なら、良いけどな」

 

 懐からお札を、腰から剣を。

 二人はまるで申し合わせたかのように自らの得物を構えた。

 これから始まるは弾幕勝負。

 お遊びと呼ばれつつも、時には苛烈を極める事もある正真正銘の"決闘"である。

 霊夢も神子も、自然と表情を引き締めた。

 

「ではそこの白黒の! お主の相手は我がしてやろう!」

 

「お? 良い度胸じゃんかお前。

 ご指名とあらば、受けて立つぜ!」

 

 その隣では、布都の宣言を受けた魔理沙が空中へと飛び上がる。

 先を越された屠自古は、小さく舌打ちしながらも双也の隣へと寄っていった。

 此度の観戦者は、双也と屠自古の二人である。

 

「飛ばしていくわよ!

 霊符ーー」

 

「ともかく、先ずは使ってみましょうか。

 仙符ーー」

 

 決して狭くはない洞窟の中で、鮮やか極まる美しい決闘が、今始まった。

 

 

 

 

 

 繰り広げられる戦闘は、やはり苛烈だった。

 いや、これは想像以上だった、と形容した方が正しいだろう。

 少なくとも、布都と戦っていた魔理沙はそう思った。

 弾幕勝負は初心者の筈だが、何故か異様に強い。

 人外が強いのは何時もの事だが、今回は妖怪達とのそれとは質が違う様に感じた。

 なんと言うのか、少しばかり感じるやり辛さ。

 まるで人間そのものを何倍も強くした存在と戦っている様な、正攻法過ぎるやり辛さである。

 特別強力な能力を持っている訳ではない。

 純粋に強いのだ。

 その動きが、その弾幕が、その戦闘スタイルが。

 異変解決者たる魔理沙を予想外に苦しめていたのだ。

 

「なんじゃなんじゃ、その程度なのか白黒の!」

 

「うっせぇなっ! 白黒じゃなくて魔理沙だっつーの!」

 

「はっはっは!怒るな怒るな! シワが増えるぞっ?」

 

「余計なお世話、だっ!」

 

 降り注ぐ星の弾幕をするりするりと避けていく。そしてブワッと反撃の弾幕が魔理沙を襲った。

 それを避け、また放ち、返され、避けーー。

 基本に忠実な攻防を展開する二人。

 熟練者である魔理沙でも、布都という"人間上がりの戸解仙"相手には攻めきる事ができなかった。

 どうするか。

 このままではジリ貧だ。

 人外との体力勝負なんて馬鹿げてる。

 そこまで考え、ならばとばかりに、魔理沙は"行動を単一化"し始めた。

 

「(予想通りならーー)」

 

 そもそもが面白みのないループだった戦闘が、魔理沙が意識してそうする事によって更に収束していく。

 避け方が単調になった。

 スペルを使う気配もない。

 幸い相手はこの戦闘自体を楽しんでる。

 変化に気が付く様子もない。

 なら、弾幕も直線弾だけでいいか。

 撃ち、避けられ、撃たれ、避け、撃ち、避けられ、撃たれ、避けーー。

 行動をただの作業に、更に更にとシャープにしていく。

 魔理沙はそれを狙っていた。

 最早意識とは遊離して身体のみで戦っているかの様な、言わば"体が慣れた状態"へと持ち込んでいくのだ。

 それによって、どう有利になるのかーー。

 

 弾幕を放つ。

 流星の如き弾幕が、今まで通り布都に降り注ぐ。

 布都はそれを、今まで通りの動きで避けた。

 そしてまた、今まで通りの弾幕を放つ。

 ーーその瞬間だった。

 

「恋符ッ!」

 

 今までとは違い(・・・・・・・)、魔理沙はスペルカードを輝かせた。

 向かってくる弾幕は止まらない。

 今まで通りだ。

 そしてこれまた今まで通りに、このタイミングでは布都は動けない。

 体が慣れ切ってしまって、反応しきれないのである。

 正攻法で攻めきれないなら、虚を突いてやればいい。

 飛んでくる弾なんて、気にしない。

 

「マスタースパークッ!!」

 

 素晴らしいタイミングで放たれた巨大な閃光が、暗闇を切り裂いて飛ぶ。

 それの前では、布都の放つただの弾幕は何の障害にもなりはしなかった。

 ただただ、光の中に消えてゆくのみである。

 

「あわわわっ! やってしもうたぁぁあっ!!」

 

 そして、完全に虚を穿たれて動けなくなっていた布都も、呆気なくその大火力に呑み込まれたのだったーー。

 

 

 

「いやぁ、思ってたより強かったぜ。

 まさかこんなに苦戦するとは」

 

「妖怪達とは違っただろ?

 だから嘗めるなって言ったのに」

 

 目を回して気絶している布都を担ぎ上げながら、双也は笑いながら魔理沙に言う。

 彼の自分に対する評価が底見えした様に感じられて少々不快だったが、魔理沙は"勝ったからいいか"と投げやりに自分を納得させた。

 

「妖怪達は素が頑丈だから、多少弾に当たっても気にしないんだよな。

 でもこいつら、元は人間だから"攻撃は避けるべき"って染み付いてんだよ」

 

「……あぁ、あのやり辛さの正体はそれか……」

 

 妖怪達は、言わば"当たってくれる"のだ。

 勿論避けようとする事は多々あるが、布都ほど徹底はされていない。

 自身の頑強さに自信があるからーーもしくは人間如きの弾なぞ、と見下しているから、気にせずに攻撃してくる。

 だから大抵、大量の弾幕を当て続けていればその内向こうが尽きてくれるのだ。

 だが布都は、避けていた。

 人外である事は一目で分かったが、その頑強さに驕らず、実に正しい戦闘をしていた。

 それが妙に人間臭くて、やり辛かったのだ。

 

 ーーそれなら、霊夢の方は?

 

 不意に浮かんだ疑問に、魔理沙は素直だった。

 見たところ自分の相手だった布都よりも、霊夢の相手である金色の奴の方が断然強そうに感じた。

 もし彼女も布都と同じ様に戦う人外ならば、霊夢にとってこれ程やりにくい相手はいないのではないか。

 一抹の不安を抱えながら、魔理沙は繰り広げられる弾幕の嵐を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー神子を嘗めない方がいい。

 戦闘の最中、霊夢は兄から送られたこの言葉を噛み締めていた。

 戦闘は、霊夢が優位に立っている。

 弾幕を絶えず放ち、攻めているのは紛れもなく霊夢である。

 対して神子は、少々の攻撃と回避を繰り返すだけ。

 一般人などから見れば、神子が反撃の隙すら与えてもらえていない様に見えるだろう。

 ーーしかし、当事者である霊夢には分かっていた。

 神子は攻撃出来ないのではなく、観察しているだけなのだ、と。

 

「ふむ、大体把握しました」

 

「っ! くぅ!」

 

 それが分かっていた霊夢にとって、神子のその言葉はある意味恐れていたものだった。

 彼女が非常に強いのは、最序盤の撃ち合いでハッキリしている。

 それこそ、霊夢が認めざるを得ないほどだ。

 大量の弾幕を遠慮無く放ち、しかし初心者である筈の神子は、それを避けながら解析まで行っている。

 こちらの隙はあった筈なのに、それに脇目も振らず、徹していた。

 初めにスペルカードを唱えていたがそれもきっと練習目的だった筈だ。

 神子の言葉は、そんな状態で僅かに拮抗していた筈の戦闘が一気に崩れ去る合図の様に思えた。

 ーー確実に、ここから攻めてくる!

 悟った霊夢は、少しばかり焦りながら弾幕の量を増やす。

 迫り来る弾幕を、神子は静かな瞳で見据えた。

 

「少々本気で行きますよ。 あなた、強いですから」

 

 その言葉を皮切りに素早く振り抜かれた剣を、霊夢の動体視力は見逃さなかった。

 振り抜かれ、刀身に当たった弾幕がまるで紙切れの様に断ち切られる様を。

 その余波が、周囲に展開していた大多数の弾を一気に搔き消した所を。

 

「反撃はーーここからですッ!!」

 

 そして、そこに残った剣跡から、眩いばかりの光が放たれた所を。

 

 溢れた光はまるでレーザーの様にして、真っ直ぐに霊夢へと突き進んだ。

 光の速度ーーとまでは行かずとも、弾丸を数段上回る速さである。

 霊夢は辛うじて、それを避けた。

 そのまま旋回し、反撃とばかりに弾幕を放つ。

 しかし、其処にはもう神子の姿は無かった。

 

「何処に撃っているんです?」

 

 声が聞こえたのは、すぐ上。

 神子の姿を確認する前に、霊夢は回避行動に出た。

 兎に角、この場を離れなければならない。

 姿を確認している暇は無い。

 横へと跳び退き、ちらと元の場所を見てみれば、その空間は何処からともなく現れた三本の黄金の剣に貫かれていた。

 

「ふふ、やっぱり強いですねぇ。

 今のは当たったと思ったのですが」

 

「……あんた、本当に初心者かしら?

 妙に戦い慣れてるわね」

 

「ええ、まぁ。

 大昔、一度双也に手解きをされてるので。 未だに戦い方が染み付いているのですよ。

 弾幕勝負だろうと同じ事です」

 

 小さく漏れた舌打ちが果たして神子へのものなのか双也へのものなのか、霊夢には分からなかった。

 兎も角、ちまちま戦っていては勝てない事が分かった。

 こちらに余裕が無い事も、理解している。

 その上でどうすればこの強敵に打ち勝てるのか。

 霊夢の脳が鋭く、そして高速に回転する。

 

「……行くわよ」

 

 小さく呟き、霊夢は飛び出した。

 弾幕を放つ事も忘れない。

 半ば弾幕を纏う様にして飛び出した霊夢に対して、神子も同様に弾幕で迎撃した。

 周囲の弾幕が剥がされる中で、それでも霊夢は止まらない。

 そして、彼女の大幣と神子の七星剣が、激しく衝突した。

 

「ッ 考えた結果が、特攻ですか……っ」

 

「そう思うんなら……そう思っときなさい!」

 

 二人同時に弾き、後退する。

 ただ、霊夢は身を翻しながらも周囲にお札を放った。

 ぼんやりと赤く煌めき、それらは唐突に、丁度体制を整えた直後の神子へと飛び出した。

 

「ブレイクアミュレットッ!!」

 

 無造作にばら撒かれたお札が、意思を持った様に神子へと殺到する。

 霊夢が誇る弾幕のとっておきである。

 放たれたお札は次々と炸裂し、周囲に煙を巻き始めた。

 

「(ーー落ち着け。 焦るな。 音で、分かる。 目で見えなければ、気配を察しろ)」

 

 煙の中、全てのお札を斬り落とした神子は、静かに耳を澄ませた。

 どんなに注意を払っていようと、音は出る。 空気は動く。

 そして空気の揺れは、そのまま音となって響く。

 神子の特別な耳は、その微かな音も捉えられるのだ。

 神経を研ぎ澄まし、双也の教えに従って周囲を探る。

 煙はまだ濃く立ち上っていた。

 

 ーー瞬間。

 

 ぶわっ、と豪快に煙を払って、霊夢が突撃してきた。

 対して神子はーーしっかりとその気配を捉えていた。

 霊夢の飛び出してくる方向を予測し、既に剣を構え、迎撃の為に力を貯めてすらいた。

 全てが神子の予測通り。

 後は、霊夢の飛来するタイミングに合わせて、この力を撃ち下ろすだけーー。

 

「私だってねぇ……」

 

 僅かに霊夢の呟きが聞こえる。

 ぐっと腕に力を込めた。

 

「結界術関連なら……」

 

 声に力が篭ってきている。

 神子は刀身の力を収束させた。

 そして、躊躇いなく振り下ろす。

 

「双也にぃの真似くらい出来るのよッ!!」

 

 ーー縛道の八十一『断空』

 

 微かに、そんな宣言の声が聞こえた。

 

 

 

 




久方ぶりの戦闘回でしたね。
これまでの戦闘よりも描写が上達している事を願っています。

因みに、ウチの屠自古さんは足あり設定です。
特に意味はありませんが……。

ではでは。

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