東方双神録   作:ぎんがぁ!

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や、ヤバい。 文字数多過ぎ……っ!
前回……いや、前々回に引き続き、8000文字越えでお送りします。

ではどうぞ。


第百九十三話 強襲の化け狸

 ーー結局の所、霊夢と神子の戦いは案外呆気なく幕を閉じた。

 別にどちらが劣っていたとか、優っていたとか、そういう話ではない。

 それを言い始めるならば、二人の力は拮抗していた、と言って差し支えないだろう。

 そういう話ではなくて。

 ただ、単純な攻防の末に片が付いたのだ。

 霊夢が神子の攻撃を弾いて、反撃した。

 それだけの話である。

 だが、それがレベルの低い戦闘だったかと言えば、決してそうではない。

 

『縛道の八十一「断空」ッ!!』

 

 何より、霊夢に凄まじく虚を突かれた。

 鮮明に思い出せる。

 霊夢が神子に突撃し、彼女の一撃が振り下ろされる直前、霊夢は驚くべき事に"断空"を発動したのだ。

 恐らくは見様見真似だろうし、俺のそれには到底及ばない代物だったが、あれは確かに"断空"だった。

 事実、神子の渾身の一撃を完全に防いで見せ、霊夢に夢想封印を放つ隙を与えたのだ。

 おかげで、洞窟を出る際に俺が神子を背負う羽目になった訳だが。

 まぁ、それは横に置いておこうと思う。

 霊夢の誇らしそうにする顔は忘れられない。

 珍しいとすら思った程、満面の笑みをしていたのだ。

 何というか、本当に霊夢は天才なんだなとつくづく思う。

 断空だって、ひょいっと真似出来るほど緩い技ではない筈なんだけどな。

 ……そう言えば、紫も"蒼火墜"を使えるらしいな。

 なんで二人とも使えてしまうんだろう、俺は実現するのに苦労したというのに。

 

 とまぁ、そんなこんなで。

 紫が、恐らくは一番気を揉んでいたであろう白蓮達に話を通しておいてくれたお陰で、この件は事なきを得た。

 元々神子たちが復活する弊害で神霊が現れていただけだったし、彼女が気配やら何やらを抑えれば収まるだろう、という事で全員意思が合致したのだ。

 後から聞いた話だが、霊夢と魔理沙の他に妖夢と早苗も動いていたらしい。

 まぁ二人が来る前に俺たちで異変を片付けてしまったので、仕方ないと言えば仕方ない。

 来るのが遅い二人が悪いのだ。

 

 異変から数日経った今日。

 その後の様子が気になり、俺は神子たちの元を訪れていた。

 いや、正確には命蓮寺だ。

 住む場所が見つかるか完成するまでは、三人は命蓮寺に居候しているのだ。

 

「で、何か困った事とかあったか?

 ちょっとした世話くらいなら幾らでも焼いてやるが」

 

 座布団の上に楽な姿勢で座っている神子に、本題の切り出しとして言った。

 もう少し世間話していても良いのだが、ぐだぐだと駄弁るのもまた違うと思う。

 俺の言葉に、神子は苦笑を零した。

 

「ふふ、そこまでして貰わなくても大丈夫ですよ。

 ここの者達も良くしてくれますしね。

 宗教的に対立した立場なのが少し複雑な所ですが……」

 

「ああ、それはそうか。 道教と仏教だもんな。

 ま、そこは文句言えないだろ。

 幾ら聖徳太子っつっても、今は居候だからな」

 

「ええ。 文句を言うつもりは毛頭ありませんよ。 私の気持ちの問題です」

 

「それならいいが」

 

 如何やら、白蓮達が世話を焼いていてくれたらしい。 神子自身もある程度は心を許している様で一安心だ。

 "幻想郷の管理者の恋人"を名乗るからには、俺自身も住人の暮らしには目を向けていかなければならないのだ。

 知り合いならば尚の事。

 しかし、神子達に暮らしの不自由はなさそうで何よりである。

 

「ま、助けが必要無いに越した事はないさ。

 正直な所、お前達に限ってはそんな心配はしてないがな」

 

「では何故訊いてきたんですか」

 

「念の為だよ。 先住民としての情けとでも思えばいい。

 問題が無いなら、それでいいさ」

 

 少しだけ不思議そうな表情をする神子に軽く笑いかけ、立ち上がった。

 もうここに用は無い。

 十分世間話は出来たし、何より三人 への心配は必要無い事が分かった。

 紫が待っているだろうし、あんまり長く神子を引き止めておくのも、布都と屠自古に悪いと思ったのだ。

 

「あ、ちょっと待ってください双也」

 

「ん? まだ何かあるのか?」

 

「いえ、大した事では無いのですが……」

 

 引き止める声に立ち止まり、振り返ると、神子も同様に立ち上がっていた。

 一体、何だろうか。

 

「双也、青娥にはもう会いましたか?」

 

「いんや、会ってないが。

 そう言えば姿を見てないな。 お前達が復活する時には来ると思ってたが」

 

「実は、少し前に来たのですよ。ここに」

 

 霍 青娥。 久々に聞いた名前だった。

 神子達と同様、当時彼女らの仙人化に一役買った人物であり、俺と共に最後を看取った人物だ。

 懐かしいな、あいつに対して本気でキレた事もあったな。

 神子達の復活とあれば必ず立会いに来ると思っていたが、姿は見ていない。

 何があったかは知らないが、神子達にだけ会いに来て去ってしまった様だ。

 何とも水臭いというか。

 いや、昔から風来坊気質だった様だから、あいつらしいといえばあいつらしいのか。

 何にせよ、神子の用とは青娥の事らしい。

 

「そっか。 なんか言ってたのか、あいつ」

 

「特には。

 青娥もあなたと同じ様な事を訊きに来ましたよ。 不自由はしてないか、とね。

 でも、双也にもよろしく伝えておいてくれ、と」

 

「……そうか」

 

 千余年ぶりである。正直な所、青娥とも会いたかった。

 神子同様に積もる話があるのだ。

 更に言えば、襲ってくる死神達に苦労してないか、とも聞いてみたかった。

 まぁ俺はむしろ死神達側の立場なので、聞いてどうしようとも思ってないが、出来ればそこら辺の武勇伝でもなんでも聞いてみたかった。 話の種として。

 でも、神子の言い分から察するに、今も達者でいるらしい。

 相変わらず風来坊の如くそこらを彷徨っているのかも知れない。

 現状確認としてはそれでも十分である。

 元気なのが分かれば、それでいい。

 

「じゃあ、今度こそ。

 またな神子。 二人にもよろしく」

 

「はい。 いつでも来てください」

 

 三人ーーいや、四人の安否を確認して安心したのか、手を振って別れる際の俺の心は、不思議なくらいに落ち着いていた。

 

 

 

 

 

 命蓮寺は人里の近くにあるーーとは、最早人里でも知れ渡っている事だ。

 寺としてはこの世界に一つしかない貴重な存在だ、ある程度有名になるのは当たり前である。

 そこから出たりすれば、当然それは人里のすぐ近くに当たるわけで。

 俺は里の近くを通る際は、いつもフードを被っている。

 相変わらず人里への苦手意識が消えていないのだ。

 自分の女々しさに呆れの溜息を零したのも何度か知れない。

 でも、フードで顔を隠す事だけは止められなかった。

 未だトラウマの様になっているのだ。

 当然今も。

 

「(ーーそう言えば、そろそろ食材が尽きる頃だな)」

 

 タイミング悪くも思い出してしまった事に、思わず舌打ちが漏れた。

 家に着いてから思い出せば、そこらに生えているキノコで我慢する所なのだが、あいにく人里は目の前。

 ここであまり近付きたくないからと言ってスルーしても、それこそメリットの一つもない。

 そんな結論を得た俺は、渋々ながらも八百屋を目指して人里へ入ったのだった。

 

 ーーと、ここまで経緯である。

 

 命蓮寺を訪れたのは正午前だったので、現在の太陽は若干赤みがかってきている。

 ちらちらと向けられる視線を意識の外に追い出しながら、八百屋への道を歩いていた。

 

 確か、家には殆ど野菜が残っていない。

 米は前に大量買いしたものが残っていたはずだ。

 人参や大根、芋、小松菜とかーー兎に角、必要なものがたくさんある。

 そして、あまり暗くならないうちに帰りたい。

 あらかじめ紫には遅くなるかもとは言ってあるし、そもそも何処かから俺を見ているだろうが、あまり待たせるのもよろしくないのだ。

 主に俺の心持ち的によろしくない。

 そう思い、俺は若干歩く速度を上げた。

 ーーその時だった。

 

 

 

「ーーお主が標的かの?」

 

 

 

 ぼそりと囁かれた言葉に、反射の様にして振り返った。

 しかし、背後には誰もいない。

 すれ違い際に囁いた人物の姿は、影も形もなくなっていた。

 

「……?」

 

 不審には思うものの、いないのではどうしようもない。

 そもそも空耳かも知れないし。

 ーー兎に角、買い物を済ませてしまおう。

 すんなりとその出来事を忘れるのには、ほんの数分も掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 博麗大結界は、幻想郷をすっぽりと包み込んだ超巨大且つ非常に強力な結界である。

 それは、幻想郷住民ならば誰であっても知っている事。

 幻想と現実という曖昧な境界に線を引き、完全に断ち切って概念的に外の世界を隔てている。

 この結界は言わずもがな、八雲 紫の力が膨大に篭った物だ

 こちらの事実も、当然幻想郷では一般常識である。

 

 故に紫は、博麗大結界に関しては我が身と同様、と言っても過言ではない程に密接に繋がっている。

 結界が綻びれば知覚するし、穴など開けようと思えば開けられる。

 そしてーー他の存在が入り込んだ事も、肌が何かに触れるのと同じ様に感じる事が出来るのだ。

 

「……紫様」

 

「ええ、分かっているわ」

 

 マヨヒガ。

 普段橙とその主、八雲 藍、更には紫が住まうお屋敷である。

 当初双也宅で彼の帰りを待っていた紫も、現在はマヨヒガに戻って来ていた。

 双也から"遅くなるかも知れない"と伝えられたのもあったが、主には別件である。

 側に控える藍に向かって、紫は少々真剣な口調で言った。

 

「……"何か"、入って来たわね。

 あなたも感じたのでしょう?」

 

「はい。 突然、大きな妖力が現れるのを感じました。

 それも……()と同質の」

 

「……あなたの様な九尾の狐なら、少々対処が必要になるわね」

 

 紫の口調は、普段の柔らかなものとは掛け離れた凄みを孕んでいた。

 それだけ、入って来た"何か"を重要視しているという事。

 それが藍と同じ力の質ならば、新たな九尾の狐の可能性すらある。

 もしそうならば、その狐が無闇に人や弱小妖怪達を食い散らかす前に何かしらの対策が必要になる。

 それも、大妖怪と相見えるともなれば、相当な。

 

「(いざとなれば双也もいるけど……本来彼は管理者の立場ではない。

 私達が何とかしたい所ね……)」

 

 幾ら紫の恋人と言っても、結局の所、双也はただの幻想郷住民に過ぎない。

 彼の厚意で、規律を保つ為に力を貸してもらってはいたが、紫にとってそれは本意でない。

 管理者はあくまで、紫である。

 そして補佐するのは藍。

 結界の軸となるのは霊夢。

 これは、変わらぬ役割なのだ。

 

 しかし、どうしたものかーー。

 九尾の狐と争うのならば、それなりに広い場所を選ぶべきだ。

 周囲にどんな影響が出るかわからない。

 しかし、そんな場所などあったろうか。

 紫はじっと黙って考え込んでいた。

 藍との会話も無く、ただじっと。

 そして一つ、ある事を考えついた。

 それは決して対策などではなかったが、忘れてはいけない可能性の一つだった。

 何も、相手が九尾の狐とは限らない。

 狐と同質の力を持った妖怪は、他にもいる。

 

「藍、今回の侵入者……狐ではないとしたら……」

 

「はい。 私も少し考えておりました。

 まだ、外の世界にいた可能性は十分にあります。 ここでは見ませんからね」

 

 一つ頷き、藍の言に賛同した。

 狐ではなくとも、こちらはこちらで少々厄介である。

 なにせ、化かす事に長けた大妖怪ともなればきっと、その術から抜け出すのも、防御するのも至難の技だろうから。

 

「狐か"狸"か。 どちらにしても、厄介な存在が入り込んだものだわ。

 常識のある妖怪なら良いけれど、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に日は沈みつつあった。

 人里の活気は昼間からでは見る影もなく、所々に店をしまう音と光が漏れるのみである。

 未だ僅かに日の光があるものの、焼ける様な夕日が影を作る時間帯では、店を閉じるのは賢明な判断と言える。

 夜は、妖怪達の時間帯である。

 幾ら人里に下りてくる妖怪達が比較的温厚な部類だと言っても、結局日の下に住む者達は、影に潜む者達を恐れなくてはならないのだ。

 ーー故に、未だ人里の道を歩いているのは、人外に類する双也のみであった。

 

 その手首から下げられているのは、はみ出し気味な程に詰め込まれた野菜達。

 相変わらずフードを被りながらも、如何にか買い物を済ませた帰りであった。

 

「(……夕暮れの人里は静かだな。

 森に住んでる俺としては、こっちの方が性に合う)」

 

 トボトボと歩きながら、そんなどうでも良い事に思い耽る。

 それほど最近の幻想郷が平和なんだろうなと、双也は短絡的に結論を出した。

 本当に平和な日々である。

 最近で最も大きかった事件と言えば、白蓮達の星蓮船騒動くらいだ。

 そしてそれすらも年を跨いで過ぎた事である。

 神子達の騒動も、結局の所事件性は皆無。 むしろ彼女達ならば、悪影響どころか人里の生活に貢献すらしてくれるだろう。

 もともとは都を治める立場だったのだから。

 

「安泰で何より……。 紫も喜ぶだろな、きっと」

 

 幻想郷の安定は紫の使命である。

 普段から落ち着いた態度の彼女だが、この世界がより安定した方向に向かってくれるならば嬉しくない訳がないはずだ。

 そして、双也がその事を見抜けない訳もないのだ。

 ーー早く帰るか。

 彼女の姿を想像し、早く帰らなければと気が急いた。

 その急いた気に従い、双也は意識的に歩む速度を上げていく。

 

 ーーしかし、彼の歩みはたった数歩進んだだけで止まってしまった。

 

「……なんだ、この違和感」

 

 ふと、埃が触れた程度の違和感を感じ、双也はポツリと呟いた。

 不意に周囲を見回すが、ざっと見た限りの変化はない。

 夕暮れ時の人里の風景である。

 人間達は家に引っ込み、灯りは殆ど消えている。

 活気は当然消え失せて、聞こえるのは静かな虫の鳴き声だけだ。

 

 ーー虫の、鳴き声?

 

「…………なんで人里のど真ん中で、こんなにも虫達の鳴き声が聞こえる。

 森の中じゃねーんだぞ」

 

 そう強めの口調で呟いた瞬間、僅かに残っていた人々の声が一瞬で消え失せた。

 まるで驚きで声が突然出せなくなったかの様にぴたりと止まり、虫の鳴き声がより一層響いて聞こえる。

 すると不意に、手元で軽い爆発の様な音が響いた。

 

「…………なんだこれ」

 

 警戒しながらも視線を落とせば、双也の手には大量の野菜ではなく、数本の木の枝とキノコが握られていた。

 そこから立ち上るのは、絵に描いたように透けない白い煙。

 

 野菜が何かにすり替えられたのではない。

 手は動かしていない。

 力が加わった感触もない。

 双也は直ぐにその正体に結論を出した。

 何より、突然現れた白い煙が確証である。

 双也は気疲れを起こした様に大きな溜め息を吐くと、頭をがしがしと乱暴に掻いた。

 あーあ、やられたなこりゃ。

 こんな経験久しぶりだ。

 大昔の体験を思い出しながら、自嘲する様に鼻で嗤い、手に持つ木々を投げ捨てる。

 

 ーーまさか、化かされるとはなぁ。

 

 

 

「ほう、見破られたか。

 見掛けに依らず侮れんのぅ」

 

 

 

 声が聞こえた、瞬間だった。

 一際大きな音と同時に、双也の周囲が白い煙に包まれた。

 深い霧ーーそんなレベルではない。

 まるで視界の全てを絵の具で塗り潰したかのような、圧倒的な"白"が双也の周囲を包んでいる。

 周囲に広がっていた街並みが、人里が、丸々と白い煙となって消え去ったのだ。

 黙々と次第に消えていく煙は、同時に周囲の正体を明らかにした。

 

 日は完全に沈み切り、影を作るのは月の光。

 頰を撫ぜていく風が、ざわざわと音を立てる。

 双也の立つ場所は、決して人里などではない。

 ーー鬱蒼とした、森の中であった。

 

「人を見かけで判断しないほうがいいって、言われた事ないか?」

 

「はて、何分儂に何か物申す者をあまり見ないでの。

 (わっぱ)の時分には言われたかも知らんが、流石に覚えてないのぅ」

 

 双也の問いに答えたのは、いつの間にか彼の正面に立っていた女性だった。

 こんな時間に何してるーーなんて無粋な事を、双也は尋ねない。

 その背後で揺れる大きな尻尾を、見逃してはいなかった。

 

「さっきすれ違ったな。

 あの時から俺は化かされて、ここまで誘導されたって訳か」

 

「正解じゃよ。 化かされた瞬間まで当てるとは、こりゃ儂の術もまだまだじゃの」

 

「いや、十分だろ。 自惚れるつもりはないが、俺を化かせる奴はそういない」

 

 そう親しげに話しながらも、双也は目の前の女性を警戒していた。

 単純に自分を化かせる実力もさる事ながら、ボロを出さず気が付かれず、ここまで誘導して見せた。

 恐らくは双也が虫の声に気が付いたのも、ここまでの誘導が完了したからこそのちょっとした実力診断に近かったのだろう。

 結果、見破った事で彼女の中の印象がどのように変わったのかは知る由もないが、少なくとも油断はしていないはず。

 内心では、双也は既に戦闘態勢に入っていた。

 

「ところで、俺に何の用だ?

 初対面のはずだが」

 

「何、ちょっと助けを求められての。

 とんでもない奴が出てくるらしいから、幻想郷の妖怪達の助っ人になってくれ、とな」

 

 ーー助け?

 その言葉に若干の違和感を感じたものの、双也は目の前の彼女の目付きが鋭くなったのを感じると、ゆっくりと刀の柄に指を掛けた。

 狙われる心当たりは全く以ってなかったが、あちらが攻撃してくるのなら迎撃せねばならない。

 どんな事情があろうと、易々と負けてやるほど、プライドの低い双也ではないのだった。

 

「儂は 二ッ岩 マミゾウ と言う。

 見ての通りの化け狸じゃ。

 久々の強敵との戦いでの、少々加減が出来んかもしれんが……まぁ許せ。 妖怪達の為じゃ」

 

「……俺は神薙 双也。

 あんたとの因果に心当たりなんざ全くないが、襲ってくるなら……叩っ斬るまでだ。

 ……あと、終わったら俺が買った野菜全部買い直してもらうからな」

 

「ふぉっふぉっふぉっ! 面白いやつじゃ! この雰囲気でそんな事を抜かすかっ!

 良いじゃろう。 ならば、せいぜい儂に倒されん事じゃなッ!!」

 

 地を踏み砕く音が、暗い森に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある森の一角。

 もう太陽も沈み、真っ暗闇となった森の中に、一人の少女が佇んでいた。

 黒い服を纏っている所為で視認はし辛いが、少女は僅かに落ち着かない様子をしていた。

 周囲を頻りにきょろきょろと見回しているのだ。

 赤い三枚の翼に、青い三本の尻尾。 大きな赤い瞳を光らせる少女ーー封獣 ぬえである。

 

「……う〜ん、遅いなぁ。 来ても良い頃だと思うけど……」

 

 頰を流れた汗を拭き払いつつ、ぬえポツリとは独り言ちた。

 それに答える声もない。

 もう一度周囲を見回すと、彼女は落胆したかのように座り込み、近場の木に寄りかかった。

 

「はぁ〜、ちゃんと手紙は届いてるよね……。

 妖怪は通れる結界だから、マミゾウもこっちには来てるはず……」

 

 そう呟きながら、自らが助けを求めた大妖怪を思い描く。

 こっちの気も知らずに飄々としている気がして、ぬえは無意識に眉を顰めた。

 

 ぬえがマミゾウに助けを求めたのは、白蓮の話を聞いたからだった。

 何かとんでもないものが地下に眠っている。

 そして、それを抑え込むには白蓮でさえも力不足。

 その事を聞き、ぬえの脳内では急速に、そして若干暴走気味に思考が加速したのだ。

 ーー要約すれば、こうだ。

 地下に封印されているのは白蓮でさえ及ばないとんでもない化け物。

 そして今、その封印が解けようとしている。

 封印されているほどの強力なやつならば、出てきた途端に周りの奴らを敵に回して、暴れまわる可能性だってある。

 そしてそれにはどう考えても妖怪達は含まれていて、大半の弱小妖怪は死に絶えてしまう。

 ーーこれはマズい! 助っ人を呼んで対抗しなければ!

 

 こうして呼ばれたのがマミゾウである。

 もちろん、この考えに様々な不確定要素がある事を本人は気が付いていない。

 それを、双也や白蓮などに口に出して相談していたならば彼女の暴走は起こらなかっただろうが、生憎彼女の脳内のみで巻き起こった思考だ。

 それを止める術などないし、況してや突然寺を飛び出した彼女を止める動機も、双也と白蓮にはなかった。

 結論から言えば、マミゾウは完全にぬえの勘違いで巻き込まれただけである。

 その彼女と待ち合わせているのが、今のぬえだった。

 

 ーーしかし、マミゾウは一向に現れない。

 何をしているのかなど見当もつかない上、ぬえの心の内にはどんどんと不安が募り始めていた。

 

「(ち、ちゃんとこの世界には来てるよね……?

 外の妖怪達の間でも有名らしいし、場所の説明は手紙に書いたし……書いた、よね?)」

 

 再び、ぬえの頰には汗が伝った。

 

「(あ、あれ? ちゃんと書いたよね、書いたはず……あでも、こっちに来てからの地図はちょっと雑だったかも。 

 ……まさか、それで迷ってるなんて事は……?

 い、いやいや、あれくらいの地図なら全然読める範囲……の筈、多分、きっと……)」

 

 終いには、顔を真っ青にしていた。

 

「(地図は大丈夫だとして、なんでこんなに待ってるのに来ないの……?

 約束を破るような奴じゃ……。

 ……あ、そう言えば、手紙には"とんでもないやつがでるから"としか書いてないな……)」

 

 ーーもしかして、勘違いして誰か別の人と戦ってるとか?

 

 そう思い至った瞬間、ぬえは勢いよく立ち上がった。

 顔色は、最早蒼白と言って差し支えないほどに生気を失っていた。

 

「白蓮より強いやつ……それと勘違いするくらいに強いやつって言ったら……ま、まさか……」

 

 ーーまさか、あいつか……っ!?

 

 もしそうなら、ヤバい。

 何がヤバいって、その誤解が解けた後がヤバい。

 ぬえは二人にこっ酷く叱られる様を夢想して僅かに震え出した。

 そして、不意に遠くから聞こえた炸裂音にびくりと一際大きく体を震わせる。

 

「あ、あわわ……」

 

 は、早く行かなければ!

 もし戦っているのなら、二人が本格的な戦闘に入る前に止めなくては!

 

 ぬえは半ば自棄(やけ)になりながらも、震える体に鞭打って、炸裂音のした方向へと飛び出した。

 

 

 

 




もうだいたい分かってると思いますが、ウチのぬえちゃんはおっちょこちょい属性強めです。
慌てて空回りするぬえちゃんに魅力を感じるぎんがぁ!でございますです。

ではでは。

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