東方双神録   作:ぎんがぁ!

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はい、文字数ガクッと下がったので少し物足りなく感じるかもしれません。
ですが勘違いしないよーに。そもそもこれがデフォルトですからねっ!?

ではどうぞ。


第百九十七話 可笑しなお面

「さて、そういう事になったわけだがーー」

 

 ちゃぶ台を挟み、座布団に座るこころに対して、双也は軽く微笑みながら言った。

 彼女が起きてから取り敢えず食事を共に摂り、事の経緯を説明し終わった所である。 始終相変わらずの無表情であったが、特に拒絶しているわけでもない様に感じて、内心で少々ほっとする双也である。

 自分を拒む相手の世話をするというのも、精神的には辛いものだ。

 

「何か必要な物とかあったら言えよ? 面霊気……だっけ? そのお前独自に必要なものとかは、言ってもらわないと俺分かんないから」

 

「そんなものは特に無い。 だから苦労はかけない……と思う。

 だけど……」

 

「?」

 

 半顔を覆っていた"女"の面が、ふわりと別の面に入れ替わる。 何処か困った様な表情に見える面だった。

 

「……なんでお世話なんてしてくれるのか分からない。 それに、暫くってどのくらい? その後は、やっぱり私は何処かに出て行かなきゃいけないって事?」

 

「…………面倒見る理由……聞かなきゃ納得しないか?」

 

「うん」

 

 きっぱり言うなぁ。

 双也は苦笑いを零しながらガシガシと頭を掻いた。

 正直、あまり説明とかはしたくない。 と言うよりも、説明した所できっと納得はいかないだろう、と推測が出来ているのだ。 何せ、これは双也の前世の記憶に関わる話である。

 しかし、こころも引き下がるつもりはなさそうだ。 なんなら、隣に座る紫すら若干の興味の視線を彼に寄越している。

 言い逃れは出来ない。 ならどう話をぼかそうか……。

 暫くの後、双也はゆっくりと重そうな口を開いた。

 

「こころ、ちょっとお面出してくれないか? 全部だ」

 

「……分かった。狭くなるけど、我慢して」

 

 一瞬の間を置き、三人の周囲には大量のお面が姿を現した。

 面霊気特有の、人間の感情を表した六十六に及ぶ面である。 不気味な物から間の抜けた物まで、実に様々な表情をしたその面達がふわりふわりと浮かぶその様は、戦闘の最中ではない今でさえ言い知れない圧力を醸し出した。

 

「出したよ。 それで?」

 

「ん……この面、手に取っても大丈夫か?」

 

「本当はあんまり触って欲しくないけど……うん、分かった」

 

 このお面は感情の形そのもの。 手に取る行為は正に、面霊気の心に触れるも同然の行為である。 こころの言葉で何となくそれを察した双也は、ある面にそっと手を伸ばす。

 "んっ"と言うこころの呻きに僅かな罪悪感を感じながらも、双也は一つのお面を手に取った。

 ーー白い不思議な質感の下地に、燻んだ血のような赤色で模様が描かれた、不気味な面だった。

 

「! 双也、それは……」

 

「……俺がお前の面倒を見るって言った理由は、さっきこの面を見たからだ。

 こころ、これは何の面なんだ?」

 

「…………"絶望の面"、だよ」

 

 ポツリと呟かれた言葉が、双也には不思議と脳にまで響いた。

 

「人の感情には裏表があるの。丁度天秤みたいに、心の中でバランスをとってる。"喜び"に対して"悲しみ"、"愉快"に対して"苛つき"ーーどっちが表か、とかは特に決まってないけれど、ほぼ全ての感情にそうした二面性がある。 このお面達もそう。

 ーーそして人の感情の中には、未来を夢見る"希望の感情"もあるんだよ」

 

「……なら、"絶望の面"があるのも当然だ、と」

 

「うん」

 

 絶望の面ーー聞いた時には肝を抜かれた気になった双也だったが、改めて説明されれば、なるほど、確かに絶望の感情があるのは当然である。

 "絶望"という単語のインパクトに気圧されただけだったのだ。

 しかし、問題がそれで解決した訳ではない。

 むしろ、あって当然の"絶望の面"が双也達の目に留まった事自体が問題なのだ。

 

「あるのが当然……か。 違和感の中心は確かにコレなんだけどな」

 

「……やっぱり、双也達は気が付いたんだね。そのお面のおかしさに」

 

「……どういう事かしら?」

 

 僅かに滲んだ不穏な空気を見逃さず、紫は真剣な目付きでこころを睨んだ。

 対するこころは、やはり無表情のまま、少しだけ俯く。

 やがて、その小さな唇から言葉が漏れた。

 

「……最近、そのお面だけなんだかおかしいの。私が呼び出したんじゃなくても勝手に出てきたり、それが出た途端に意識を引っ張られる様に感じたり」

 

「……それは、危険な感じか?」

 

「どうだろう……? 意識の方はまだ普通に保てるくらいだし、お面が勝手に出てくるのもあり得ない事じゃない。 気持ちって、突拍子もなく自然に生まれるものだから。

 ……でも、異常と言えば異常だよ。 お面が無理矢理被られようとしてくるのは」

 

「ふむ……私達が違和感を感じたのは勘違いではない、という事ね」

 

「………………」

 

 お面が勝手に出てきて、更には意識を乗っ取ろうとしてくる。 それは一体どういう事なのか。

 こころの言葉が、頭の中で何度も響いた。 そしてその度に同じ疑問が湧いてくる。

 ーー全く、何と厄介な。

 現状を整理して、双也は一つ溜め息を吐いた。

 

 一先ず、目の前の問題を片付けよう。

 幸い、"そういう類"の厄介な力を抑え込む方法は心得ている。 どんな者にも大抵当てはめることの出来る確実な方法だ。

 双也は、再度こころを見た。

 無表情は変わらないが、何処か不思議そうにしているような気がする。

 

「……兎に角、俺達がああ決めた理由はそういう事だ。

 お前の"絶望の面"に、妖怪とは思えない違和感を感じた。 幻想郷の管理者として、またその近縁者として、放っておく訳にはいかないんだよ」

 

「……分かった。けど、じゃあどうするつもりなの?」

 

「簡単な話さ」

 

 とん、と卓袱台に頬杖を突き、双也はじっとこころの瞳を見つめる。

 その口元は、不敵に笑っていた。

 

「その面を叩き伏せられるくらい、お前が強くなればいい」

 

「…………え?」

 

 この時こそ、こころが双也の(仮)弟子となった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね! だからナズ、私達もやりましょうよ!」

 

「そう言われてもだね……」

 

 人里のある一角ーー最近はめっきり里に馴染んだ命蓮寺では、ある二人の問答が行われていた。

 片や押し売り業者の如く詰め寄る一輪、片や困り果てて苦い顔をするナズーリンである。

 普段ならば白蓮が間を取り持つのだが、生憎彼女は出かけていて居ない。 故に中々収拾が付かないのだった。

 

「私達だけ普段通りなんておかしいわよ。 命蓮寺の一員でしょう?」

 

「確かに一員だが、私達が行ってもあまり意味は……」

 

「……何してんの、あんたたち?」

 

 言い合う二人の会話に紛れて飛び込んで来たのは、水蜜の声だった。

 暇そうに腕を頭の後ろで組みながら、彼女は二人の顔を覗き込む。

 言い合ってはいたが、喧嘩とも違うらしい。

 答えたのは、ナズーリンだった。

 

「いや、最近聖達が何やら布教に熱心だろう? それを見て一輪がーー」

 

「私達もこんな所で暇してないで、聖に習って動くべきだと思わない!?」

 

「ーーと言うわけだ。 私はそうすべきではないと思うんだけど、困ってしまってね……」

 

「ははーん、成る程……」

 

 一輪は熱心だなぁ、なんて他人事の様な感想を抱きながら、意見としてはナズーリンに賛成だった。

 確かに一輪の言う事も尤もだし、手伝いたい気持ちは湧き上がってくる。それはきっとナズーリンも同じだろう。

 しかしーー彼女達が動かない事に賛成しているのにも、理由があった。

 

「いい、一輪? 確かに私達は命蓮寺の一員だし、聖が何かしてるってなったら手伝いたくもなるけどさ……よく考えて見てよ、私達の立場をさ」

 

「立場?」

 

「人妖平等を謳う命蓮寺の門下と言っても、私達は所詮妖怪。里の人間からすれば敵も同然というわけ。

 そんな奴らが布教活動なんてしてみなよ、布教どころか怖がられて、門下増えなくなっちゃうじゃない」

 

「まぁ、聖が今やっているのは布教とも少し違うのだけどね……」

 

 だが、概ね言う通り。

 少し補足はしたものの、ナズーリンはうんうんと頷いていた。

 白蓮が布教に出ていられるのは、元が人間である上に温厚な人物だと人々に根付いているからである。

 しかし、そんな白蓮がいくら布教したところで、門下の妖怪達が怖がらせているのでは本末転倒。一輪には、興奮のあまりそれが見えていない様だった。

 

「だからさ、今回は諦めなよ一輪。

 きっと聖なら"お気持ちだけで十分ですよ一輪"、なんて聖母みたいな笑顔で言ってくれるよ!」

 

「そうだね、今回私達に出来ることはきっと無いだろう。大人しく彼女の帰りを待とう」

 

「……いえ」

 

 "……はい?"

 一輪の僅かな呟きに二人が反応するのと、一輪が顔を上げたのはほぼ同時であった。

 その眼に宿るのは、未だに尽きぬやる気の炎。

 諦めの文字など映ってはいなかった。

 

「例え布教は出来ないとしても、何か手伝える事はあるはずよ!

 此処でじっとしてるより良いわ!」

 

「あちょっ、一輪ッ!?」

 

 二人の制止も聞かず、一輪はその心の赴くままに飛び出した。その背に浮かぶ雲山も、心なしか気迫を放っている。

 このまま行かせては何をするか分からない。勿論先程の話は理解している筈だから、無茶な事はしないだろう。

 しかしやはり、懸念は残るのだ。

 特にあれだけやる気を出して空回りしてしまわないか、と。

 

 二人申し合わせた様に顔を見合わせ、急いで一輪を追い掛け始めた。

 しかしてーー二人は直ぐに一輪に追い付いた。

 何しろ、彼女は命蓮寺を出た所で何故か立ち止まっていたのだ。

 

「一輪! ちょっと待ちなさ……うん?」

 

「よ、水蜜。元気してるか?」

 

 一輪を挟んで向こう側にいたのは、比較的水蜜達と友好のある神薙 双也だった。

 釣られて、水蜜も挨拶を返す。彼と出会った時のパターン化したやり取りである。出会ったからには命蓮寺へと招き入れたい所だが、取り敢えずは一輪を止めるのが先決である。

 佇む彼女の腕を掴み、顔を覗き込むとーー 一輪は、不敵に微笑んでいた。

 

「ところで双也、一つ聞いても良いかしら?」

 

「なんだ?」

 

「……そこの、こっちにガンガン殺気飛ばしてくる子は誰?」

 

 一輪の言葉で視線を移してみれば、確かに、双也の側に見慣れない少女が立っていた。

 桃色の長い髪に、寝間着の様な青い服、おまけに周囲を浮かび回るお面達が、彼女が妖怪である事を表していた。

 双也は"ああ、こいつな"と呟くと、少女の頭に手を乗せて言い放つ。

 

「こいつ、俺の仮弟子だ。秦 こころって言う。んで突然ながら本題なんだが……なぁ、一輪。 ちょっと頼みがあるんだ」

 

「……なに?」

 

 会話の蚊帳の外にいた水蜜とナズーリンにも、次の展開は容易に予想できるものだった。

 あのこころという少女が放つ気迫は答えを言っている様なものであり、それは一輪も悟っている様である。

 加えてーー双也の表情が、戦闘前の不敵な笑いによく似ていた。

 

「私とーー」

 

 ゆらりと揺らめいた霊力が、しだい形を成していく。すぅ、と伸びて固定された霊力は先端を鋭く硬め、その刃に反りを生む。

 青い薙刀が、突き付けられた。

 

「一騎討ち、して。 雲井 一輪。私の修行の為に」

 

 笑みの浮かぶ唇で、ぼそりと一輪は呟いた。

 

「……上等じゃないの。この歯痒さを晴らすには丁度良いってものよ」

 

 

 

 




相変わらず締めが苦手なぎんがぁ!です、どうも。

ではでは。

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