東方双神録   作:ぎんがぁ!

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ああ、もう二百話目前だぁ……。

ではどうぞ。


第百九十八話 迫る異常

 こころの周囲に浮かぶお面達。

 それは人間の持つ六十六の感情を表した、面霊気の心の一部そのものだそうだ。

 火男の面だったり女の面だったり、ああ、戦った時には狐の面も着けていたな。 まぁともかく、その量たるや一目では覚えきれない程。きっと俺が想像もしていない様な感情を表す面も存在するのだろう。

 だからーー"その面"を見つけた時には息が止まったかの様に感じた。

 

 こころ曰く、"絶望の面"。

 感情には裏表があり、希望の感情があるからこそ絶望の感情が存在するのだと説明された。

 それならば成る程、絶望の面があるのは納得しよう。

 だが……正直な所、驚いた理由は絶望の面がある事(・・・)ではない。

 問題なのはその形状……そしてその面から、言い知れない違和感を感じる事だった。

 

 紫はその面が、"何か違う"と考えている。その何かについては分からない様だった。つまり、彼女の神掛かった頭脳を持ってしても正体が解明出来ないという事。

 ーーいや、正確には違う。

 紫ですら分からない、のではなく、紫だからこそ分からない。広く言えば、この"世界の人間"である限り誰にも分からないのだろう。

 霊夢は勿論、魔理沙も早苗も幽々子も輝夜も。 きっと、何故あの面に違和感があるのか分かるのは俺だけだ。

 

 では何故俺だけか。

 ……理由など簡単だ。 あの面が、きっと俺の所為で生まれたものだからだ。

 遥か昔……神子達と共に過ごしていた頃、彼女の頼み事でお面を作った事がある。神子が覚えているかは分からないが、恐らくこころはその時の仮面達の付喪神だ。何せ、なんとなく見覚えのある面が多かったし、あれを作ってから千年はゆうに超えている。付喪神の生まれる条件としては成立しているのだ。

 詳しい事は思い出せないが、あの頃は確かに、まだ"原作知識"を覚えている時期だった。そしてそのお面作りすら、未来(現在)でこころが誕生する事を見据えた上で神子に協力した、という事を未だに覚えているのだ。

 つまり、絶望の面があれ程までに違和感を持つのは、俺の記憶がこの世界に入り、そしてこころの誕生にすら俺が深く関わってしまったから。

 俺の記憶がどう世界に影響したのかだとか、そういう明確な原理とかはさすがに分からないが、俺はそうだと解釈している。

 だって、そうでなきゃあんな形状の面が生まれたりしないはずだし、(あまつさ)え違和感を持ったりはしないだろう。

 あんなーー(ホロウ)の面のような物が。

 

「(まさか、こんな形で影響が出るとはなぁ……)」

 

 一輪と苛烈な戦闘を繰り広げるこころを見上げ、溜め息ながらにそう思った。

 俺の記憶には、本来この世界にあってはならない物が幾つかある。

 忘れかけの原作知識は言わずもがな、俺が扱う鬼道もその類のもの。元はある漫画の術だ。

 絶望の面ーーいや、この際もう"虚の面"として話そう。あの違和感の塊であるお面も、本来はあるはずのないその漫画の中のものなのだ。

 故に、どう考えても俺が原因でああなってる。

 いや本当に、こんな形で憂慮していた事態が起こるとは思っていなかった。

 

 俺の僅かな溜め息にも気が付いたのか、突然すぐ隣の空間が裂けて紫が顔を出した。

 

「どうしたの? まだ何か心配事が?」

 

「ん、まぁな」

 

「……一応聞いてみるけれど、それはあの子のお面の事かしら?」

 

「……ああ」

 

 やっぱり、なんて呟きが聞こえた。

 案外、紫も結構こころの事を気にしているようだ。

 まぁ確かに管理する立場としては気の置けない存在かもしれない。

 それに、きっと紫が気にしてるのは絶望の面以外の事でもだろう。

 絶望の面の事の他に、俺も少し気になっていた事があった。

 

「あの子のお面……どう見ても数が合わなかった。 一枚足りないのよ」

 

「分かってる。確かに六十五枚しかなかった。 多分、あいつが俺に挑んできたのは"そっち"の事で何かしら意味があったんだろうな」

 

 少なくとも、絶望の面がおかしい事を解決しようとして俺に挑む、なんて言うのはあまりにも辻褄が合わな過ぎる。

 辻褄が合わないと言うならどちらも同じではあるのだが、消去法に基づいて考えた結果、俺はそうした結論に辿り着いた。

 きっと何か意味があったんだ。

 戦う事で失われた感情を取り戻すーーとか、戦いの中で奮起した感情を元にお面を作り直すーーとかな。 まぁそれはただの空想だけれども。

 

 ま、どちらにしろ今はできる事をやるしかない。

 お面の数の事は確かに気になるが、とにかく今は彼女を鍛え、絶望の面を抑え込めるようにするのが先決だ。

 一先ずは、こころが一輪との勝負を無事に終えるところを見守ろうと思う。

 

 激しい接近戦を繰り広げる上空の二人を、俺は紫と共に見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直なところ、言われた直後は"丁度良いタイミングだ"とすら思った。

 

 今日の宗教家達(+α)は人里の人間達を纏める為に奮闘している。まぁ身もふたもない言い方をすれば"宗教としての人気集め"なのだが、我らが聖 白蓮もそれに参加して人々の為に頑張っているのだ。

 それを見ていて何もしない自分自身を歯痒く思うのも、私の性格からすれば当然の事だと思った。

 だからこそ、その燃え上がる様な心を持ちながら何も出来る事がないと諭されて、更にいてもたってもいられなくなった。

 歯痒さが更に募り、気が付いた時には寺を飛び出していたのだ。

 

 何が出来るとも考えていなかった。

 ナズと村紗の言い分は尤もだと理解していた。

 でも、身体を動かしていないと堪らなかった。

 そんな心境の時だったのだ、双也とこの面霊気に会ったのは。

 その面霊気に、"一騎打ちをしろ"と頼まれたのは。

 

「(なんて、鬱憤晴らしのつもりで受けたけれど……)」

 

 ビュンッ、と横薙ぎに振るわれた薙刀を、余裕を持って後方に避ける。

 無表情に戦う面霊気ーーこころは、空振りした事に驚きもせずーー無表情だけにそう見えるだけかも知れないがーー冷静に弾幕での追撃を放ってきた。

 

「(中々どうして……強いじゃないの!)」

 

 弾幕は雲山が薙ぎ払い、私はその懐で構えに入った。

 雲山は己の意思でも動けるが、私の動きとも連動している。片手で薙ぎ払い、もう片手は私と共に腕を引き絞るのだ。

 雲山の腕が払われた直後には、再び薙刀を構えたこころが猛烈な速度で突っ込んで来る。

 ーー予想通りだ。

 

「そろそろ一発、喰らいなさいッ!」

 

「ん、遠慮するよ」

 

 そこからの彼女の行動は全くの予想外。まさにその一言だった。

 打ち出された雲山の烈拳を前に止まろうともせず、むしろ更に速度を上げて突っ込んで来たのだ。

 薙刀は突き刺す様に構えられ、拳と鋒が衝突したーーその瞬間。

 雲山の拳の速度をそのままに受け流し、また梃子の原理を利用して上空に回転回避して見せたのだ。

 なんと凄まじい体捌き。この世界にはまだこんな妖怪がいたのか、とその姿に一瞬目を奪われた。

 

「そっちこそ、そろそろ一発喰らってよ」

 

 そんな声と同時、凄まじい遠心力の掛かった薙刀が、こころの手から離れて飛んだ。勿論狙いは私。

 完全に条件反射だった。己に迫る絶対の危機を前にして、私の身体が勝手に動いたのだ。

 防ごうと重ねた雲山の剛腕を両断して飛来した薙刀を、私は奇跡的に両手で挟んで止めた。真剣白刃取りだ。

 しかしそうすると威力が軽減できない。どころか、真正面から受けた所為で踏ん張りすら効かなかったのだ。

 呆気なく、地面目掛けて飛ばされて厳かに撃突。

 身体へのダメージは、思ったよりも随分大きく感じた。

 

「う、雲山……大丈夫?」

 

「〜〜〜〜〜……!」

 

「……ふふ、そうね」

 

 雲だから、と雲山は平気そうな顔をした。あの妖怪の強さに若干萎え気味でもあるらしいが、私のためにも頑張るとの事。

 ……本当、雲山が萎えてしまうのも分かる気がする。得意なはずの接近戦でこれ程遅れを取るとは。

 雲山と共に萎んでしまいそうな気持ちをなんとか奮い起こし、私は立ち上がった。

 

「……あなた、随分強いじゃない。正直予想以上だわ」

 

「……ううん、まだ全然。修行中だもん」

 

「それ、必要かしら」

 

「うん、必要だよ」

 

 地に降り立ち、再び薙刀を顕現させると、こころはそれを深く構えた。

 相変わらず無表情ながら、その端正な顔の半分を覆うお面はどこか凄みを帯びている様に見える。

 

「私には、自分でどうにかしなきゃいけない事があるから」

 

「……いいわね、そう言うの。事情は知らないけど、そういう直向きな姿には好感が持てるわ。

 そういう事なら、私がちゃんと修行をつけて上げないとね」

 

 自分で何かを成し遂げようと奮闘する。そしてその為に、初対面の私にすら修行(勝負)を申し込む、なんて。

 自分勝手な妖怪が多い感が否めない幻想郷では、良い意味で珍しいと言えるだろう。

 初めに"一騎打ちしろ"なんて言われた時は、タイミングがタイミングだけにあまり良い印象は抱かなかったが、こうして見ればなんだ、案外良い子じゃないか。

 ならば、修行相手として選んでくれた期待にはせめて応えなければ。

 雲山と共に、私は改めて構え直した。

 そして、こころと私、息を合わせたようにガゴッと地を踏み砕き、勢い良く飛び出す。

 

 ーーその時だった。

 

 地を踏み抜いたはずの脚がかくりと力を失い、目の前でこころが倒れた。

 慌てて踏み止まってよく見てみれば、こころは地面に蹲り、頭を抱えて震え始めている。

 顕現した薙刀はゆらりと消え、代わりに大量のお面が周囲に飛び出した。

 

「ふっ……うぅ……ッ! い、たい……よ……ぉ!」

 

「え、ちょ、どうしたのよ!?」

 

 思わず駆け寄って覗き込めば、その表情の無い顔にも苦悶が窺えた。それだけ辛いという事だろうか。

 突然の事過ぎてどうすれば良いかも分からなくなっていると、観戦していた双也と八雲 紫、村紗とナズも駆け寄って来た。

 

「そ、双也! これは一体……」

 

「………………」

 

 険しい表情を現した双也は、無言のままこころの額に手を添えた。

 双也が僅かながらの霊力を込め始めると、周囲のお面達がカタカタと忙しなく震え始めた。

 異様な光景だーー。私は、既にそんな事しか考えられなくなっていた。

 あまりに理解出来ない事柄がいっぺんに起き過ぎて、整理が追い付いていない。苦しむこころを前にして何もしてやれない虚しさが、何処か初めに聖に抱いていた気持ちと似ているな、とふと思った。

 

「く、ぅう……っ! あたまが……い、たい……っ」

 

「大丈夫だ、こころ。ゆっくり、ゆっくり深呼吸するんだ」

 

 苦しそうながらも、荒々しかったこころの呼吸が少しずつ深く、緩やかになっていく。

 言葉に従って深呼吸を繰り返す彼女に、双也は変わらず微弱な霊力を流していた。

 何をしているのかは分からないが、恐らくは能力を掛けているのだろうと思う。その証拠に、きつく瞑っていたこころの瞼は次第に軽くなっていきーーやがて、荒かった吐息が静かな寝息に変わっていった。

 

「……ふぅ、一先ず安心だな」

 

「何したの?」

 

「こいつとお面達との繋がりを弱めた。感情が希薄になるのと同義だが……応急処置にはなる。安定したら戻しとく」

 

「……そう、良かった」

 

 言われて見回せば、ガタガタと揺れていたお面達は次第にその姿を薄めていた。

 ……面霊気のお面は、感情そのものだと聞いた事がある。と言うことは、このこころの惨状は彼女自身の感情が原因だと言うことだろうか?

 詳しいことは私には分からないーーが、なんとなくそう信じられる気がする。それは単に双也をある程度信頼しているからなのか、それとも……"異様な雰囲気を放つ不気味な面"が、視界の端に入ったからか。

 

「悪いな、一輪。こっちから挑んでおいて」

 

「いえ、いいわよ。それより少し心配ね、その子。さっきのは何だったの?」

 

「詳しい事はまだ分からないが……心配ない。俺が面倒見てるから。紫もいるしな」

 

「……そう」

 

 双也がそう言うなら、心配する必要はない。ーーそう見て良いだろうか?

 勿論彼を信用していない訳ではないし、その件に私は全くの無関係だろう。しかし……やはり心配にはなる。直前まで戦っていたのは私なのだから。

 

「ま、まぁまぁ、双也がそう言うんだから任せときなよ一輪。私達は元々部外者な訳だし」

 

「そうだね、私達が関わる事じゃない。一旦落ち着くべきだと思うよ」

 

「村紗、ナズ……」

 

 そうして諭されて、少し気持ちが楽になった気がした。まるで重荷が取れたように、僅かばかりに感じていたこころへの罪悪感が、拭えた気がした。

 二人の方を振り向けば、優しげな笑顔で頷き、私を見ている。

 そして一つ、私も頷き返した。

 

「……分かった、任せるわ。

 何か困った事があれば、手伝うわよ」

 

「ああ、サンキュー。……それじゃあな」

 

 双也に負ぶさるこころの背中を、私は暫し見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(全く世話の焼ける……)」

 

 帰路に着く森の道中、双也は周囲に聞こえない程度の溜め息を吐いた。

 背中からは、未だすやすやと眠るこころの寝息が聞こえる。それが何処か能天気な響きに思えて、また溜め息を吐きたくなる双也であった。

 

「……ま、アレだけ苦しんだ後じゃ仕方ないか」

 

「その子の事? 確かに尋常ではなかったけれど……本当に何が起こったのかしら?」

 

「……さぁな」

 

 思案に没頭する紫に対して、双也は何処か投げやり気味に答えた。

 ーーまだ、こころの身に起こっている事については双也も答えかねるのだ。

 実を言えば、先程の現象に双也は少しだけ心当たりがあった。……いや、心当たりと言うよりは"気が付いた"と言うべきか。

 紫の言葉に適当な相槌を打ちながらも、双也はその事について考えを巡らせていた。

 

「(何だろうな……あの時、お面達の気配が薄かった様な……)」

 

 無論、震えて音を立てるお面達は視界に入っていた。だから認識出来ないほどの薄さでは決してなかったのだが、確かに違っていた。確実に気配が薄く……いや、存在が薄くなっている様にすら感じられたのだ。

 

「……バランス、か……」

 

「ん、何か言った双也?」

 

「ああいや、何でもない。んで何だっけ?」

 

「……まぁ良いわ。それでねーー」

 

 ーーもしもそうなら、強くなるだけでは意味がないかもしれない。

 相変わらず紫の話を聞き流しながら、双也は内心で表情を険しくする。それに紫が気が付く事は、残念ながら無かった。

 

 ーーこころが目覚めたのは、一日後の事である。

 

 

 

 




因みに、"虚の面"については調べれば簡単に画像が出てくると思います。種類はいろいろありますが、設定上では一護(BLEACHの主人公)の物ということになっています。

ではでは。

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