ではどうぞ!
ーーこころが目覚めてから、もう三日程だろうか。
未だ異変は収まっておらず、相変わらず宗教家三人を始めとした何人かが、幻想郷を鎮めようと奮闘している。
正直に言って、俺も戦闘を観戦したい気持ちはある。しかし、そこはグッと堪えて。
この三日間は、ひたすらこころの修行に付き合っていた。
「ほら、追い付かなくなってきたぞ」
「ーーくっ」
その最中、"強い妖怪がいる"とい聞き付けて数人がこころに挑みに来たが、その何れをも彼女は余裕を持って蹴散らしていた。勿論苦戦したのもいたが、大体は自分の力を過大評価した愚かな中級妖怪とかだ。
こころはそも、そんな次元の強さじゃなかった。
幾らイラついていたからと言って、"あの時"の俺とあれ程斬り結べる者もそうはいないと思う。……まぁ、俺にもだいぶ余裕があったのは事実だが。
だが、こころの修行になっている事は確かである。いつ何処で噂が出来上がったのかはよく分からないが、思い当たる節と言えば、一輪くらいだろうか。
もしかしたら、修行になると見越して噂を流してくれていたのかも知れない。有難い話だ。
「やぁああ!」
「上手い、けど甘いな!」
そう言えば、目覚めた後にこころから話を聞いた。頭痛が始まった時の話だ。
やはり思い出しても辛かったようで、始終萎れた表情のお面を被っていたが、ちゃんと話してくれた。
曰く、一輪の言葉を受けて少なからず感情が高ぶっていた、との事。
思い返せば、今までも絶望の面が出てきた時は大抵気持ちの高ぶったタイミングだそうだ。……ならなんで俺の時には出てこなかったのか疑問だったが、その理由についてはこころには分からないようだった。
まぁ多分……俺が関与してるからって事だと思うけど。やはり俺が一番の原因と見て良いだろう。
「そらっ」
「うあっ!?」
となると……やはり俺の"予測"は正しい、という事だろうか。
まだ色々と分からない事はあるし、確定付けるのが早計な事も分かってはいるが、はてさて……。
ま、取り敢えずーー
「チェックメイトだ、こころ。
これで午前の五十本、五十対零で俺の勝ちだ」
「うぅ……これ程歯が立たないなんて……」
尻餅をつくこころに鋒を向ける。
修行として取り入れたこの"乱取り"だが、午前の分はこれで終わりである。
強くなると言っても、それは霊力に限った話ではない。仮に霊力が大きくなったとしても、それを扱える技量が無ければ話にならない。得物の力を引き出せないようでは何を持っても所詮三流、という事だ。
懐かしいな、俺も昔はこうやって修行してたっけ、依姫と。
「まだ、やる気はあるか?」
「………………」
ふらりと揺れながら、こころが立ち上がる。それは続ける意志の表れに他ならなかった。
弟子がまだやれると言うならば、汲んでやるのが師の務め。
もう一度、天御雷を構えたーーところだったが。
「はいはい、もう辞めにして頂戴。 午前の分は終わりだって自分で言っていたじゃない、双也。
何事もリズムは崩すべきではないわ」
「紫……」
「ほら、あなたも。 そんなボロボロで戦って、万一にでも勝てると思っているのかしら」
「…………確かに」
唐突に割って入った紫に促され、こころは薙刀を消し去った。
言われてみれば、確かに紫の言う通りか。 どんな生き物も休養は大切な事。体を作った後にこそ鍛錬は成立するのだ。
「じゃあ、一先ず休憩としよう。 丁度正午だ」
見上げれば、爛々と輝く太陽が俺達を見下ろしていた。
当たり前だが、最近は三人で食事を摂る事が多い。
知っての通り俺は元々一人で食べていたのだが、そこに紫が加わり、そして一時的とは言えこころが加わったのだ。
霊夢や早苗が居ても楽しくなるとは思うが、大した差ではないとも考えている。誰と食事を摂ったとしても、一人じゃなければきっと食事は楽しくなるだろう。
「双也、醤油を取ってくれるかしら」
「ん? ああ、これか。ほら」
受け取った醤油を流れる様に注ぎ、紫は冷奴を食べていた。釣られて俺も含んでみるが、うむ、中々良い出来である。最近は俺の料理の腕も上がってきた様に思う。……冷奴を料理と呼んで良いのか分からないが。
「こころも醤油掛けるか?」
「あ、うん。貰う」
そっと醤油を受け取ると、こころは三、四滴だけ醤油を垂らし、そして冷奴を切り分けながら少しずつ食べ始めた。一見すれば"食欲が無いのか"とも取れる様子だが……こいつはいつもそうなのだ。一応、その事については何度か言ってはいるんだが。
「……なぁこころ、別に遠慮する事ないぞ? むしろ、一番疲れてるのお前なんだから、もっとガツガツ食え」
「……でも、私は結局居候だし。鍛えて貰ってる身なのに、そんなに食らいついたらいけないと思う」
「妙な所で気を遣ってるわね……」
本当、紫の言う通りだ。
こうして言う度に、気を使う必要はないのに、と思う。勿論、これはこころが良い子だからだと言う事は理解しているが、身を引き過ぎるというのも考え物。むしろ、妖怪ならば貪欲になって然るべしだと思う。
……ふむ、無欲な性格か。
「……ねぇ、双也、少し思うのだけど……」
「ああ、お前とはやっぱり考える事が同じ様だな」
ちらと紫を見て、軽く頷く。その瞳にはやはり少々の驚きもあったが、すぐに得心行った風な微笑みを現した。
「なぁこころ。俺は正直な所、人を強くするのはそいつ自身の向上心だと思ってる。そして向上心ってのは、言わば欲の塊だ。それはよく知ってるだろ?」
「……うん。知識欲って言葉があるくらいだから」
「そう。だから俺は、乱取りの中でお前自身が自分の足りないところを見つけて、俺に尋ねてくるってのが理想だと思ってた。だが、お前の謙虚過ぎる性格を見る限り、そんな事微塵も考えてなかったろ」
「…………うん」
やはり。こころは少し気まずそうにしながらも小さく頷いた。
素直なのは評価出来るんだが、欲には素直になれないのだろうか。面霊気だから、ある程度の感情の操作は人より上手い……とか?
……まぁそれは置いておいて。
「俺は何点か足りないところは見つけてる。でも、聴いてこないからってお前を放って置く訳にもいかない。そこで、だ」
ーーお前に、会わせたい奴がいるんだ。
そう言うと、こころは僅かに首を傾げた。
「……それで、この子に武器の扱い方を教えろ、と?」
「ああ。弾幕とか、お前の分かんない事は教えなくても良い。
まずこいつに薙刀の扱い方を教えてやってくれ」
「それは、妖力の乗せ方もですか?」
「妖力の乗せ方も、だ」
現在時刻は、大体二時頃でしょうか。
昼食を摂り終わり、食器を洗っていた最中だったのでそれくらいの時間帯だと思われます。
二人が訪ねてきたのは、食器洗いも一段落ついて大きく深呼吸した所でした。
最近は幻想郷が騒いでいる、と言うことを認知してはいたのですが、まさかそれ関連で私の所に依頼が舞い込んでくるとは思っても見ませんでした。
それも、ただでさえ来るのが珍しい双也さんと師匠から、なんて。
「霊那、あなたの使い方を丸々教えろ、と言う訳ではないわ。あくまで基本と、ある程度の応用でいいわ」
「分かりました」
師匠の追言に一つ返事で頷きます。
いやぁしかし、薙刀の扱い方を妖怪に教えろ、とは。
人としてそれなりに長く生きてきましたが、こんな依頼は初めてですね。
ですが、基本と応用だけで良いなら気も楽というものです。私自身の扱い方を教えろなんて言われたら、正直投げ出す所でした。
……え? だって私の扱い方ーー回転を軸にした使い方ーーは、全部感覚のみを頼りにしたものですから。教えろと言われても教えられないのです。
「んじゃ霊那、頼むな。お前がやり残した家事とかはやっておくから」
そう言って、双也さんは台所の方へと消えて行きました。
師匠は縁側で眺めているつもりらしく、ゆったりと腰を下ろして扇子を開いています。
……あくまで観戦するためであって、家事が出来ず手伝えないからではない、という事を思わず願ってしまいました。
「それではこころさん、準備は良いですか?
先ずはどの程度か知るために、私と軽く手合わせして貰いますが」
札に納刀されている薙刀を顕現させながら、私はこころさんを見遣ります。
彼女はとてもおとなしい雰囲気の可愛らしい妖怪でした。無論霊夢程ではありませんが。
彼女は何処か掴み所がないというか、何を考えているのか分からないというか。でも、きっと気は合うと思います。何せ同じ薙刀使いですからね。
私の問いに対して、こころさんは薙刀を顕現させるでもなく、僅かに首を傾げるだけでした。
「……ちょっと訊きたいんだけど……あなたは幾つ?」
「……はい?」
「人間、だよね。幾つ?」
「えっと……三十路はもう大分前に超えましたが……」
「! 意外……実齢より大分若くみえる」
あ、あら? なんかよく分からない内に褒められてしまいました。
本当は三十路どころか五十路すら近い身ですが、幾ら妖怪の言葉と言えど"見た目が若い"と言われて嬉しくない女性はいません。本当の事を言っているのかお世辞を言っているのか、いまいち分かりませんが。
ーーといっても、その問いにどんな意味が?
そう思っていたところで、こころさんはやっと薙刀を顕現させてくれました。
「良かった。それなら、戦闘経験も豊富だよね。
幾ら教えてくれる人だといっても、結局は人間だから少し心配してたけど……大丈夫そう」
「! ……ふふ、先程謙虚だと聞きましたが、妖怪としての気位は持っているようですね。
ご心配無く。これでも私は、数多の妖怪をこの一刀で斬り伏せてきましたから、飽きさせはしませんよ」
言葉と同時に、体の覚えている通りに薙刀を構えます。こころさんも釣られて構えますが……ふむ、確かに基本が無いようですね。隙だらけな訳ではありませんが、所々致命的に脆い部分があります。
これは俄然、やる気が出てきました。教え甲斐のあるというものです。
「では、始めましょうか。いつでも来てください」
「分かった。よろしく……お願い、します」
こころさんの刃と私の刃。交差したのは、そう言った刹那でした。
「相変わらず、惚れ惚れする程綺麗な捌き方ねぇ」
お互い地に足を着けているものの、空中戦を思わせるような激しい戦闘を二人は繰り広げていた。
とは言っても、押しているのはやはり霊那だ。彼女の薙刀捌きは、今までに類を見ない美しさと鋭さを誇っているのだ。
長らく生きてきて、幾度か薙刀使いの退治屋とも戦った経験を持っているが、霊那程扱い方の上手い人間は見た事がない。
こころも妖怪として強い方だとは思うが、得物を持っての戦闘では彼女に手も足も出ていない。
「全く、博麗の巫女は呆れるほど天才揃いね……」
霊夢は言わずもがな、独学でここまで薙刀を極めた霊那も十分に天性の才能を持っている。
遡れば、"真の夢想転生"を完成させた初代から始まって十数代……歴代最強を誇る博麗 柊華も当然天才と言えよう。
正直に言って、歴代の巫女達とは私も良く考えて付き合って来た。
言わば協力関係にある為、敵対する事などあってはならない事だが、あまり怒らせたくはない連中なのだ。
まぁ、霊那が怒るところなんて見た事はないけれど。
ーーそうして二人を眺めていると、すぐ隣に誰かが腰を下ろす気配を感じた。
「家事は終わったのかしら」
「ああ、殆どやり終わった後だったから、あとは片付けるだけだったよ」
「そう」
すぐ隣に腰を下ろした双也に、私は適当な相槌を打った。
それに返答は当然無かったけれど、彼は気を利かせてくれたのか、熱いお茶の注がれた湯呑みを差し出して来た。
やはり、どんな戦闘も、観戦するに
は飲み物は必須。受け取って一口飲めば、何処かほっとした心地良さを覚えた。
「……それで、何か話があったんだろ。何だ?」
「ふふ、やっぱり気が付いてくれていたのね」
「気が付くさ。明らかに二人で話をする場所を作ろうとしてたろーよ」
そう言って、もう一口。一息吐いて、そうだろ? と同意を求めて来た。それに私はーー頷く。
「少し訊きたい事があったのよ。こころの前では話しにくくてね」
「お面の事か?」
「そうと言えばそう。だけれど……正確には
横目に覗く双也の視線が、私の視線とぶつかった。
そこに多少の驚きはあれど、不思議に思う色は少しも無かった。
「……珍しい。頭の良いお前が俺に訊きたい事なんてな。俺の考える事は全てお見通しだと思ってたが」
「そうね。普段ならそう思っていてくれて構わないわ。だから、こうして訊くのは今回限りだと思うわ」
双也の言葉は全て正しい。私は誰よりも彼を理解し、その性格も考え方も手に取るように分かる。だからこそ、彼が普段考える様な事は読心でもするかの様に分かるのだ。
でも、だからこそ、たった今私が直面している不可解な謎の事を、訊かずにはいられない。
二人といない彼の理解者だという自負からくる、欲だとも言えるかもしれない。
「単刀直入に訊くわ、双也。あなたーーこころが陥っている状態の正体に、気が付いているわよね? そしてそれを私にすら話さないで、隠している。……違うかしら?」
「………………」
双也の横顔が、僅かに眉を顰めたのが見えた。
「こころの指導に迷いがなさすぎるわ。
勿論あの修行方法に実績があるのは分かってる。でも、まだこころの状態に何の手掛かりも掴めていないのよ? それにこの間の……あれを見て、"修行で抑えられる見込みがだいぶ薄い"という事は明白でしょう?」
疑っている訳ではない。そうとしか思えないのだ。
半ば問い詰める様な口調になってしまっていた事には、私自身が気が付いている。それに確かな心苦しさと申し訳なさを感じるも、問わずにはいられなかったのだ。
かくしてーー彼の口から漏れたのは、溜め息混じりの苦笑だった。
「ふふ……紫、やっぱりお前は凄いよ。そこまで推理して、俺が隠し事してるって見抜いてるんだもんな」
「当然の事よ。……それで? そこまで見抜いた私に何のご褒美もないのかしら」
「何が欲しい?」
「分かり切った事訊かないで」
茶化し始めた双也の脳天に、私は軽く扇子を振るった。勿論痛いはずはないのだが、そんな私を見上げる彼の眼は、少しだけ困った様な光を宿していた。
「私が訊いている事は初めから変わっていないわ。別に私は訝しんでいる訳ではないの。……気になるのよ」
「…………悪いけど、答えられない」
双也の返答は、実に簡単な拒否の言葉だった。
「……どうして?」
「お前がーーいや、お前達が知ったらいけないからだ。そうとしか、言えない。……ごめんな」
ーーそれは一体どういう事?
私を見つめる双也の瞳に、私は再度そう問い直す気を一気に失ってしまった。
きっと何度問い直そうと、彼は頑として語らないだろう。それが何らかの欲からくるものではなく、真に私を想っての事。ーーそう確信するには十分過ぎる気持ちが、彼の瞳には宿っていた。
「でも、こころの件は俺がちゃんと解決する。だから……信じてくれ」
「あ……」
そっと、双也の手が頰に触れた。暖かくて、優しさに溢れる手。
知らぬ間に顔が強張ってしまっていたのか、彼の手の温もりを感じた途端に頰が緩んだ気がした。
そうか、初めから悩む必要なんてなかった。
私は、双也がどんな人なのかをよく知っている。でも、どんな間柄にだって明かせない事柄は多少なりとも存在する。それもまとめて、私は全て受け入れると決めたのだ。
ならば、後は彼を信じるだけ。
私の知る双也という愛しい人を、信じ切るだけでいい。
私は、添えられた彼の手に自分の手を重ね合わせた。
「双也……」
「紫……」
「……あのぅ、お二人共? 人の家の縁側で何をイチャイチャしてるんですか?」
「「ッ!!?」」
意識の隙間を突いたかのような言葉に、私は計らずも体を震わせてしまった。どうやらそれは双也も同じだったようで、どちらからともなく繋がっていた視線を切る。
声の方向へ目を向ければ、霊那は案の定呆れた表情をしていた。
その隣には、態とらしく見えないふりして指の隙間から覗くこころの姿が。
「いえ、イチャついていた訳ではないのよっ? ただ改めて彼と信頼関係をーー」
「別にイチャつくのを悪いと言ってる訳じゃありませんよ。場所を考えて欲しいというだけです。
ここ、私の家ですよ? 手合わせを終えて戻ってみれば、何ですかこの状況は」
「いや、本当に違うって霊那! 紫に話があるって言うから話してただけでーー」
「話し合うだけの何処に見つめ合う要素があるんですか。
ほら、こころさんも何か言ってやってください」
「…………大丈夫。私は何も見てないよ」
ーーと、バレバレの嘘を吐くこころ。それを隠す気もないように、彼女は相変わらず指の隙間からしっかりとこちらを覗いていた。
いや、こちらにも非はあるけれど、あまり露骨にからかわれると傷付く。
特に、今。
「反省してますか、双也さん、師匠?」
「……あーはいはい、今度から気をつけるよ」
「善処するわ」
「……困った二人だね」
こころの嘘偽りない一言に一瞬イラつきを感じるも、如何にか心のうちに押し留めた。
そりゃ、今現在で最も"困った要因"である彼女にそんな事言われれば、流石の私も反論はしたくなる。
今回何を言わなかったのは、霊那の暗い笑みに少し背筋がざわついたからだ。
「はぁ……まぁそれは置いておくとして、これからこころさんの指導に入ろうと思うのですが」
「ああ、自由にやってくれ。教え方には何の口出しもしない」
「分かりました。ではこころさん、少し休憩してから始めましょう」
「休憩はいい。さっさと始めたい」
「……そうですか。では、始めましょう」
こころの意向に従い、二人は連れ立って再度庭の上に立った。
真剣に教える霊那と、それに応えるこころ。きっと彼女は強くなるだろう。今よりも、ずっと。
それが目的の為になるのか私には分からないが、一先ずは信じてみようと思う。
この世で私が最も愛し、最も信頼した人を。
「……早く、解決しなきゃな」
「……そうね」
こころと霊那、二人の鍛錬は暗くなるまで続いた。
角砂糖を数個程度放り込んでおきましたが、後悔も反省もしていません。
ではでは。