東方双神録   作:ぎんがぁ!

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いやぁ、ゆうかりんっていい性格してますよねーw

ではどうぞ。


第二百一話 侵食

 光が駆ける。刃が駆ける。

 凄まじい速度で迫ってくるが、何の苦もなく避けてやる。

 続く弾幕は威力こそまぁまぁあれど、目で追う事すら難しい事ではなかった。掻き消し、撃ち返し、果ては素手ではたき落す。痛くはない。若干痺れるだけ。

 追撃とばかりに迫ってくる彼女に向けて傘を振るえば、呆気ないほど簡単に吹き飛んだ。

 そこに追撃の光弾を打ち込む。何発か衝突した手応えがあった。

 

 ーー何だ、これは。

 

 飛び出して来た影に傘を振り下ろすと、激しい音と共に受け止められた。ガラ空きになった脇腹を蹴り飛ばし、間髪入れずに妖力を充填。溜まった瞬間に、レーザーを放つ。

 光に呑み込まれたのを、目視した。

 

 ーー何なのだ、こいつは。

 

 光から抜け出し、変わらない表情でジッとこちらを見遣る少女ーーこころ。

 その視線を受けて、幽香はピクリと眉を揺らした。

 

「……話にならないわ」

 

 軽く構えていた傘を下ろす。それが意味する事は最早明白であった。

 彼女のこころを見る目は、苛立ちでも蔑みでも、況してや怒りですらない。

 完全なるーー無関心だった。

 

「何が"飽きさせはしない"よ。馬鹿にするのも大概にしなさい」

 

 まるで路傍の石を見るように。そしてそれは、道端に捨ててあるゴミを見た時の様な不快感すら伴わない眼。

 プライドを踏みにじった挙げ句、結局今までの奴らと何も変わらない蹂躙劇を自分に演じさせた矮小な妖怪への、存在すら否定するような声音だった。

 

 確かに、叩き潰したい気持ちは大いにあった。その気持ちを糧にして、暫くは戦闘に付き合っていたのだ。しかしいつからかーー馬鹿らしくなった。

 何故私は、これ程無価値な戦いをしているーー?

 何故私は、こんな妖怪を相手にしているーー?

 そう考え付いた瞬間、幽香は一瞬で熱を失くした。

 戦って勝とうが、何のメリットも存在しない。悦楽が一時身を染めるだけである。"唯一保っていた気持ち"すら失くしては、こんな戦いの意味など皆無ではないか。しかも、当のこころは既にふらふら。満身創痍もいいところ。

 "この程度の戦闘で……"と小さく呟きながら、幽香は徐ろに傘を開いた。

 幽香の目元に、影が落ちる。

 

「あなたもあなたよ、双也。こんな無駄な事をする人だとは思っていなかったわね」

 

「………………」

 

 ああ、今日も日差しが眩しいーーそんなどうでもいい事を考えながら、幽香は下で見守る双也へと文句を投げ掛ける。

 そう、そもそもは彼が悪い。彼がこころを鍛えているというなら、彼女が自分に敵わない事など分かり切っているはず。それなのに何故連れてきたのか。さらに言えば、何故嬲られるだけのこの戦闘を止めに入らないのか。

 当の双也は、薙刀を使って立つこころをジッと見つめている。

 幽香には、それらが不思議で仕方なかった。

 

「……ふん。気が済んだら、さっさと立ち去りなさい」

 

 ただ、それもすぐにどうでもいい事だと切り捨てた。

 他人の考えなど、気持ちなど、幽香には関係ない。立ち入った者はとにかく叩き潰すーー彼女は、たったそれだけの不可逆的な思考の持ち主である。

 

 幽香は、普段のようにゆったりと歩み出した。

 そう言えば水遣りをする前だった。少し時間が経ってしまっているし、皆喉を乾かしている。早く水をあげなければ。

 通り際にすれ違うこころには何の関心も抱く事はなく、ただ存在しないかの様に通り過ぎる。

 幽香の頭の中には既に、こころという妖怪は存在しなかったーー

 

 

 

「ち……が、う……の……」

 

 

 

 ーー筈、だった。

 途切れ途切れに聞こえた言葉に立ち止まり、幽香は改めてこころを認識した。

 彼女は相変わらず、薙刀を杖にして立っている。だが、その息遣いは痛々しい程に荒くなっていた。

 

「なん、だか……くらくら、する……。頭は、痛くないのに、気が……遠くなって……」

 

「……何、こいつ」

 

 こころを見る幽香の目には、初めて侮蔑以外の感情が宿っていた。それは即ちーー不審。あり得ないモノを見た時の様な疑いの目である。

 実際、あり得ないことが起こっていたのだ。少なくとも、幽香の知る原理の下では成立し得ない現象。

 つまりーー得体の知れない何か大きな力の発現。

 

 見た限り、妖力を内に隠していた訳ではない。妖力とは違う濃密な気配と力が、ぐんぐんと上昇していく。それは普通あり得ないことだ。

 あり得ないことなのだがーーしかし確かに、それによって幽香はこころへの関心を取り戻していた。

 

「……何が起こってるのかは知らないけど……"それ"、まだ続けるってことかしら?」

 

 こころの身に何が起こっているのかーーそんな事はどうでもいい。

 幽香が唯一、少しだけ気にしているのは、こころが放ち始めた得体の知れない力が何なのか、である。

 勿論、それを確かめる術を自分が持っていない事は幽香が一番分かっていた。それを得ようとも思っていない。

 問題なのは、そんなこころが既に構えをとっている(・・・・・・・・・・)事。

 

 無表情には変わりなく、しかし酷く辛そうに見える。吐息は荒く、肩で息をして、瞳の焦点もぐらぐらと揺れていた。とても戦っていい状態ではない。

 

 それに対し、幽香は一つ息を吐き出すと、再び構えた。

 こころを見据えるその眼には、大した感情は篭っていない。

 侮蔑の色こそ消え失せているが、代わりに色を浮き上がらせたのは"面倒臭さ"だった。

 起きた変化はあり得ない現象でも、その上昇量的には幽香の力に及ばない。先程と違ってまだ戦おうとしているものだから、仕方なく付き合ってやろうか、という投げやりな感情である。

 

 さて、それじゃあ軽く一発ーー。

 構えた傘の先端に妖力を込める。瞬く間に収束したそれは、そこらの妖怪など消し飛ぶ威力でありながら、幽香にとっては牽制の一発である。

 構えたまま動かないこころへ向けて、光が弾けるーーその、直前だった。

 

「ーーッ!!?」

 

 ぞわり。

 今まで感じた事の無いような強烈な悪寒が背筋を舐めた。

 まるで、恐ろしい化け物の舌なめずりを眼前で目の当たりにしたかの様な、凄まじい危機の感覚。

 一瞬頭を真っ白に染められたが、幽香は直ぐに気が付いた。

 これは、強烈な殺気そのものだ。

 ーー反射で飛び退いた後には、首を狙った刃の風切り音が、煩いくらいに耳に飛び込んできた。

 

「ッ!! お前ーー」

 

「………………」

 

 薙刀を振り抜いたこころは、そのままの遠心力を使って突きを繰り出す。何か得体の知れない力を纏ったそれは、傘で受け止めようとした幽香を呆気なく吹き飛ばした。

 

「う……くっ、見誤ったわッ!」

 

 体勢をどうにか戻しながら、忌々しげに吐き捨てる。どうやら、あの力を見くびっていた様だ。

 先程の突きの威力もさる事ながら、何よりも速度が異常だった。強者として名高く、実際幻想郷でもトップクラスの実力を持つ幽香が目に捉える事すら出来ず、殺気を感じるまでに背後に回り込まれた事にも気が付かなかったのだ。

 こんな事があるのか、こんなーー。

 唐突に直面した事実は容易には受け入れられない。特に、幽香の様な自信家ならば尚の事。

 自分よりも格段に劣っていると思っていたものが、量では全く足りていない力を用いて唐突に自分を凌駕してきた。

 衝撃を受けない方が、どうかしている。

 

「疾ッーー!」

 

「………………」

 

 幽香の放った弾幕を目にも留まらぬ速度で駆け抜け、こころは迫る。

 懐に入り込んだ彼女に向けて渾身の力で傘を振り下ろすが、こころは薙刀を回転させて打ち返し、そのまま半回転させて斬り上げを放った。

 完璧なタイミングである。体制の崩れた幽香に対して容赦もなく、触れるもの悉くを断ち切るであろう凶刃が迫る。

 避けることは、できない。

 

「(ーーなら、避けなければ良いッ)」

 

 幽香は弾かれた勢いに敢えて逆らわず、ただ僅かに片足を前へと出した。

 傍から見れば"切断希望"とさえ捉えられてしまうその足はしかし、斬り上がる薙刀の鍔辺りを捉え、刀身に僅かにすら触れる事なく幽香の身体を跳ね上げた。

 そのまま一回転。着地の瞬間にレーザーを照射。

 

「………………」

 

 容易にレーザーを避けられた事を確認した幽香は、上空から迫る気配に気が付いた。

 いや、"気が付いた"というのは少々語弊がある。気が付いてから動いたのでは、今のこころの速度ならば十数回斬り付けられるだろう。

 だから、気配を感じた瞬間に生じた、完全なる反射だった。

 

「ふっ……!」

 

「………………」

 

 薙刀と傘が衝突し、激しい空気の衝撃波が眼下の向日葵達を揺らす。

 このままではまたすぐに見失う、と幽香は鍔迫り合いのまま傘を腕力で振り下ろし、押さえつけるようにして、こころを自分のいる高度に叩き下ろす。

 ここで初めて、こころの動きが止まった。

 

「中々、やるじゃない。さっきまでのはお遊びだったって訳ね」

 

「………………」

 

「何が起きているのかよく分からないけれど、取り敢えずどうでも良い。今は何故か強くなったお前との勝負を、素直に楽しむことにするわ」

 

「………………」

 

「……? ちょっと、聞いてーーッ!?」

 

 そこで漸く、幽香は気が付いた。いや、こころが動きを止めた今だからこそ、気が付くことができた。

 幽香の言葉に、こころは何の反応も示さない。不審がってその目を見てみればーー彼女の瞳は既に光が消え失せ、瞼の閉じる寸前であった。

 そんな状態で、彼女は幽香を圧倒していたのだ。

 

「(こいつ……もう殆ど気を失ってーーッ!!)」

 

「…………っっ」

 

 こころが僅かに力むのが見えた。しかしそれは一瞬で、次の瞬間には抜けるような青空が視界に映る。一瞬訳が分からなくなるも、感じる手の痺れから直ぐに結論が出てきた。

 ーー鍔迫り合いの状態から、弾き飛ばされたのだ。

 

 そう気が付いた時には、もう遅い。

 一瞬致命的に判断の遅れた幽香は、その一瞬を突いて攻撃してくるこころに反応が出来ない。

 身体を起こそうと頭を持ち上げると、目の前にーー黒い斬撃を放とうと肉薄する彼女の姿が。

 

 禍々しい、見た事も感じた事もない力を一杯に纏った刃が、振り下ろされようとしていた。

 苦し紛れに傘を振るうも、内心では"ああ、きっと紙切れのように斬られるだろうな"と感じていた。

 

 黒い斬撃と、妖力を纏う傘の一撃。

 二つが向日葵達の上で交差するーーその瞬間だった。

 

 

 

 ーーこころの薙刀は、鍔から先が唐突に消失した。

 

 

 

 傘は何物にも触れる事なく空振りし、その刀身の消えた薙刀は、幽香の眼前で止められている。ーー否、受け止められていた。

 吹き飛んでいた筈の身体はいつの間にか勢いを失くし、背中に当てられた腕に抱きとめられている。

 視界の端に映った手の指先にはーー黒い力をだんだんと萎ませていく、薙刀の刀身が見えた。

 

「……サンキューな、幽香。お陰で確かめる事が出来た」

 

「……はぁ。いつ出てくるつもりなのかと思えば……本当にギリギリだったわね、双也」

 

 頭上にある微笑みに溜め息を吐くと、双也は徐に刀身の無い薙刀から手を離し、呆然とするこころの額前で中指を引き絞る。

 

「今回はここまでだ、こころ。少し休め」

 

 ぺちんっ。

 あまりに軽い、柔肌の打たれる音。

 そんな一発の下に、こころの身体はふっと崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、じゃああなたは烏滸がましくもこの私を利用したと、そういう事ね?」

 

 腕を組み、足を組み、眉根を寄せる女王様然とした態度の幽香に、双也はただただ複雑な表情を零す。

 柔らかいふかふかのソファに座っていても、あまり居心地は良くなかった。

 

「いや利用したっていうと言い方悪いと思うんだけど……」

 

「利用したのよね?」

 

「適任がいなかったんだって。訳あって俺は相手出来ないし、紫は用事でどっか行っちゃうし……」

 

「利用したって事でしょう?」

 

「こころの修行に協力してもらっただけだってば。確かに俺自身にも打算的なアレはあったけど……」

 

「だから、利用したって認めてるじゃないの」

 

「………………まぁ……はい。ゴメン……」

 

「ふん」

 

 双也に出していたお茶とクッキー。

 その一枚を幽香は摘み上げ、自分の物のように口へと放り込む。

 幽香自身にもクッキーとお茶が出してあったが、双也は敢えて何も文句を言わなかった。ただ申し訳なさそうに頰を掻く。

 

「それで、あの子をどうするつもりかしら」

 

「…………そうだなぁ」

 

 正直に言ってあまり強い興味はなかった。しかし、あんな力の行く末が指先でつまむ程度には気になるのは事実。

 あの力に関して双也は何かを知っていて、今回の戦闘で何かを掴んだーーそんな確信が幽香にはあった。

 それを問うたとして、彼が答えてくれるかどうかは、別問題だが。

 

「さっきも言ったけど、お前とこころを戦わせたのはあの力を引き出して貰う為だったんだ。その状態を見て、対策を練ろうと思ってたんだが……」

 

「……そう悠長に構えていられる状態ではなかったーーかしら」

 

「……ああ。出来れば紫にも見ておいて欲しかったが……まぁいないんだから仕方ないな」

 

 はぁ、と双也は悩み煮詰まった様に溜め息を吐く。

 打つ手無しーーと言う程ではなさそうだが、彼は何かに気の進まない表情をしていた。

 はてさて、これから彼はどうするつもりなのかーーなんて、そんな大して関係はなく興味もない事を考えそうになるも、やはり幽香はそれを直ぐに切り捨てた。

 運動不足の欲求不満を解消した今、風見 幽香は、静かに過ごしたかった。

 

「……ま、ずっとここに居座るのも悪いな。そろそろ引き上げるよ」

 

「ええ。丁度視界がうるさいなと思っていたところよ」

 

「悩んでて悪かったな……」

 

 苦笑を零しながら立ち上がると、双也は最後のクッキーを口に咥えた。

 立てかけてあった天御雷を手に取り、片手をひらひらと揺らしながらドアへと向かう。

 その背中に、幽香はポツリと言葉を落とした。

 

「……気が向いたら来なさい。お茶くらい出すわ」

 

 一瞬の間の後、幽香の耳に届いたのはそっと閉じられる扉の音。廊下から聞こえてくる足音は、こころを寝かせている部屋へと向かって行った。

 

 再び、屋敷の中が静まり返る。

 初めは退屈だったこの静寂も、今の幽香には心地よく感じる。それは苛つきが解消されたからなのかーー。

 

「……まぁ、無事に異変が解決するように、とでも祈っておこうかしらね。一応」

 

 ズズズッ。

 清々しい香りを放つハーブティー。こくりと飲み干した彼女は、その余韻を楽しみながら、読み掛けの本を開いた。

 

 

 

 




此間のお知らせのことですが、あとで考えてみると、受験が終わるまでは休載するのも手かなと思い始めました。
もしそうするなら、再開は二月中旬ですかねー。
そうなった場合は、どうか御了承ください。

ではでは。
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