東方双神録   作:ぎんがぁ!

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ほんっっっとうにお待たせしました!
受験も終わって時間がたっぷりと出来たので投稿再開ですっ!

ではどうぞ!


第二百三話 覚醒

 夜も深まり、静まり返った夜の人里には、四つの影が飛び交っていた。

 弾丸の空を切る音、刃のぶつかる甲高い音――そんな、苛烈な戦いの音のみが、月光の照らす人里を彩っている。

 

 刃を、弾丸を、或いは拳を。

 高速且つ激烈にぶつけ合うこの戦闘に於いて、やはり、優勢なのは宗教家達――霊夢、神子、白蓮の三人だった。

 何も不思議な事ではない。片や三人が三人とも大妖怪すら相手に出来るほどの力を持つのに対し、相対するこころの実力と言えば、大妖怪だと区別するにはいまいち物足りないのが実状。

 そんな両者の間に出来る有利不利など、火を見るよりも明らかだった。

 

「そら、喰らいなさいッ!」

 

「遠慮、するよ!」

 

 月を背に浮かぶ霊夢が、大量の弾幕を放つ。飛来する色とりどりの弾幕を前に、こころは妖力を乗せた薙刀で文字通り薙ぎ払った。

 スペルカードならまだしも、ただの弾丸ならば打ち払うのが手っ取り早いし、場合によればそのまま攻撃に転じる事が出来る。

 こころは振り抜いた勢いのまま回転し、勢いを付けて霊夢に突進を仕掛けた。

 

 勢いの乗った刺突は、弾幕程度では止められない。微塵も勢いを殺さずに突き進み、遂にその切っ先が霊夢を捉えた――と思った、瞬間だった。

 

「おっと、私達を忘れて貰っては困ります」

 

 伝わったのは、硬いものを穿つような強烈な痺れ。聞こえたのは、金属同士が衝突した甲高い響音。

 霊夢を捉えたと思ったこころの刃は、その寸前で、割って入った神子の剣の腹に受け止められた。

 

 こころの薙刀と、神子の七星剣。両刀の間で散った火花の隙間に、こころはちらと、神子の歪んだ唇を見た。

 それが意味する事など明白である。こころは考えるよりも早く、追撃が来る前に反射的にそこから飛び退いた。

 ――彼女のいた空間は既に、黄金の剣と大量の弾幕で埋め尽くされていた。

 

 しかし、チャンスである。

 攻撃後というのは得てして隙が生まれるもの。況してや、巨大な剣と弾幕で眼前の視界が埋め尽くされた今、神子と霊夢にとってこころの位置はまさしく死角だった。

 ただでさえ反撃のチャンスが少ない三対一のこの局面、生まれた好機を、逃す手はない。

 

「昂揚の――ッ!?」

 

 宣言、しようとして。

 上から感じた圧力に、震えていた喉がキュッと締められる。唐突に呼吸を止められたからか、身の危険を感じてか、心臓が一つ、ドクンと大きく波打った。

 完全に、感覚による反射である。

 顔に被されかけていた獅子の面を払いのけると、こころは咄嗟に刃の腹を胸の前で構えた。襲い来るであろう衝撃に備えて無意識に足で踏ん張りも効かせ、意識を鋭く構え――果たして、襲い掛かってきたのは、聖 白蓮の強固な拳。

 

 衝突した刀身にヒビが走る。が、受け止める事には成功した。

 

「っ……甘い!」

 

「いいえ、甘くなどありませんよ」

 

「――ッ!?」

 

 次の、瞬間だった。

 白蓮の身体から何かの力が噴き出たかと思うと、突然途轍もない衝撃がこころを襲った。

 一瞬の出来事である。浮遊感と共に意識が暗転し、気が付いた時には、こころは何かに背中を付けて、五体を投地していた。

 ――いや、違う。入れようとしても、力が入らないのだ。

 身体中が、力を入れようとする度に悲鳴を上げて全然言うことを聞いてくれない。呼吸をすれば胸を刺される様な痛みに襲われ、おまけに意識も朦朧として、霧が掛かった様にはっきりとしない。

 ギシギシと痛む頭をどうにか傾けてみれば、見えたのは横向きになった里の景色。

 ああ、そうか。

 今、私――地面に倒れこんでるんだ。

 

「……っ……〜ッ! く、ふぅ……っ」

 

 思い上がっている訳ではなかった。油断している訳でも、驕っている訳でもなかった。自分の弱さは自分が一番よく知っているから。自分は、自分の力さえ制御出来ないような三流妖怪だと分かっているから。ただ、負けてはいけないと思ったから、戦っているだけだった。

 でも――こうして実際に叩き伏せられると、力の無さを思い知らされているようで、どうにも、堪らない気持ちになる。

 十数分間の戦闘で、これだけ思い知らされたんだ。

 

 ああ、なんで私はこんなに弱いんだろう。面の力も制御出来ず、世話をしてくれた師匠にも見限られて、挙句こうして叩き伏せられて、地べたに寝転がっている。

 ――とっても、惨めだ。

 悲しくて、悔しくて、ぐじゅぐじゅとした気持ちが胸の奥から湧き上がってくる。

 このまま、私は一人になってしまうのだろうか。何も出来ない付喪神として、忌避されたり、罵られたり、排斥されたり……それはなんだか、怖いなぁ。

 渦を巻いたドロドロの感情が頭の中を支配していく。瞳に溢れ出てきた熱い雫を、拭う気力すら起きない。

 

 ――本当は、こころも分かっていた。

 霊夢達の言う異変とやらが、自分の所為で起こっていること。だから彼女達が――異変解決者達が異変を解決する為に挑んできたこと。

 感情を司る自分が、その中の一つである“希望の面”を失くした事で、この世界の人間達に影響が出てしまっている。ならばなるほど、それはまさしく、霊夢達がこころを倒そうと襲い掛かってくるのには正当な理由だろう。 

 異変を起こしたならば、弾幕ごっこで打ち倒すというのがこの世界のルールなのだから。

 

 でも――でも、違う。違うんだ。

 

 起こしたくて起こしてる事じゃない。迷惑を掛けたくて掛けているんじゃない。

 本来消えるはずのない、体の一部と言っても過言ではないお面が何故か突然失くなって、どうすればいいか分からなくて、でも、だからこそどうにかしようと双也を師事して。

 自分を打ち倒しても解決はしない。そして、それを言ってもきっと、あの三人は信じてはくれないだろう。犯人の言うことなんか鵜呑みにする程、この世界の人間は甘くないのだと、こころは知っている。

 

 ならばどうする。

 ……どうしようも、できない。

 

 全ての手立てを失い、こうして追い詰められているこころには、最早どうすることもできなかった。

 面の制御は未だ出来ない。

 頼みの綱だった双也と紫は、最早助けてはくれない。

 こころの言い分は、きっと霊夢達には伝わらない。

 

 どうして――こんなにも……。

 

「……へぇ、まだ立つのね。結構根性あるじゃない、秦 こころ」

 

(もう……いやだよ……)

 

「……何?」

 

 身体は痛い。頭も痛い。気分最悪。それでもこころは、ゆっくりと立ち上がった。

 戦いたい訳じゃない。でも、立たないと上手く言葉に出来なかった。例え聞き入れてもらえないとしても、様々な圧力に押しつぶされそうなこころには、ただ小さな弱音を吐き出す事だけが、今にも崩れそうな心を少しでも慰める手段に思えた。

 だって、頑張ったんだ。どうにか自分で解決しようと、出来る限り頑張った。そう胸を張って言えるんだ。

 でも結局……解決、出来なかった。自分の力じゃどうにも出来なかった。

 それなら――それなら、少しくらい弱音を吐いたって、良いじゃないか。

 例えそれが、敵対する三人なのだとしても。

 

 ――吐き出す声は、涙に濡れていた。

 

「みんなに……迷惑なんて、掛けたくないよ……」

 

「……それなら、こんな異変さっさと終わらせてよ」

 

「私じゃ、どうにも……出来ないんだよ……」

 

「ならば、打ち倒せばどうにかなる、という事ですか?」

 

「例え私を消したとしても、きっと……何も、変わらない……」

 

「それなら、どうしようも出来ないじゃないですか。どの道どうにもならないのなら、元凶は取り除いておいた方がまだいいのでは?」

 

「………………」

 

 ああ、やっぱり。信じては貰えないか。

 これは落胆ではない。初めから分かっていた事だ。例え自分がどんな涙を見せて、どれだけ悔いた様子を見せたとしても――表情なんか今も昔も変えられた事は一度もないけれど――、彼女達はきっと、自分の納得のいく手段で異変を終わらせなければ、それこそ解決した事にすら納得しないかもしれない。

 考え過ぎか。彼女らもそこまで悪辣とはしていないか。――でも、そんな事は正直、どうでも良いんだ。私には、関係ない。

 

 私はこれから、どうすれば良いんだろう?

 目の前には三人がいる。私は、何をすれば良いのか分からなくてただ立ちすくんでいる。誰も動かない。誰も何かを始めようとしない。

 なら取り敢えず、斬り掛かってみるか。さっきの続きだ。

 考える事も億劫になってしまった今、出来ることと言ったら、目の前の三人と少しばかり“お遊戯”するだけだ。

 そう、お遊戯。

 弾幕ごっこという名の、お遊戯。

 異変解決という名の、お遊戯だ。

 彼女らは正義の異変解決者を演じたいようだから、私は仕方ない、悪役に徹してやろう。そして派手に負けて、お決まりの捨て台詞を吐いて。

 挙句“私を倒しても異変は終わらないのだー”なんて台詞を言ったら、彼女達はどんな顔をするだろうか。

 呆れて物も言えないか。

 小首を傾げてハテナを浮かべるか。

 憤慨して、もう一度私を打ち倒しに掛かるだろうか。

 異変がちゃんと解決するまで――つまり私を、ずっと、何度でも。

 

「………………っ」

 

 引き摺るように足を前に出す。進めているから問題ない。掌に力を溜めて、薙刀を作って、そして振り下ろす。

 あれ、避けられたようだ。まぁこんなにゆっくりとしていては当たり前か。もう一度、今度は横に薙ぐ。止められた。しかも素手で。そんな事すれば掌が切れるだろうと思ったけれど、なるほど、鍔よりも下の柄を掴んだなら切れはしない。

 ゆっくり過ぎるのだろうか。でも仕方ない。これ以上の速度は出ないんだ。何故かって、“何故か”だ。そんな事知らない。どうでも良い。

 なんだか、もう――どうでも良い。

 

「……ねぇ、やる気ある?」

 

 弾かれた。その勢いのまま薙刀が手から離れて、視界の端でからからとゴミ屑のように転がるのが見えた。

 構成が甘かったのか、それは瞬く間に妖力の粒子に変わって、跡形もなく消えてしまった。

 まるで、初めからそこには無かったかのように。

 

「……ああ、そっか……」

 

 やる気なんて、初めから無い。無駄な事だと知っている。どうにもできないと知っている。この異変はこころの仕業であって、こころの仕業ではないのだ。

 努力は結局報われず、全てが徒労に終わったのだと、確信した。最早こころに、何を成す気力も残ってはいない。

 そしてそれに気が付いた時。

 こころはやっと、この感情の名を知ることが出来た。

 ――否、知ってしまった(・・・・・・・)

 

 

 

 この真っ黒でドロドロした感情こそが、“絶望”と呼ばれるものなのだ――と。

 

 

 

「っ ……何、この嫌な感じ……?」

 

「……ッ! 霊夢! こころから離れてくださいッ!」

 

「え――ッ!?」

 

 瞬間、身体の内側から何か冷たいものがこみ上げてくるのを感じた。

 それは一瞬で溢れ出し、こころの身体の外側へと爆発する様に噴き出した。

 でも、不思議と、違和感はない。

 何かおかしなものが噴き出ていると言うのに、こころは何の違和感も感じ取ることが出来なかった。

 ああ、当然か。だってこれは、きっと、私の絶望そのものなんだ。元々持ってる感情なんだから、溢れ出たっておかしな事はない。

 心配は、必要ない。

 

 何となく重く感じる頭を僅かに上げ、三人を見てみれば、各々が驚愕の眼差しをこちらに向けていた。

 それでも得物を構えるのを忘れない辺り、流石と言うべきだろうか。

 未だ戦う意思を潰えさせない三人に対してこころは、

 

 

 

「…………ふふっ」

 

 

 

 ――ただ微かに、笑いを零した。

 

 ああ、今なら分かる気がする。何故"絶望の面"が扱えなかったのか。

 絶対の窮地に立たされ、内側から込み上げてくる黒くて冷たい何かを感じながら、こころは遂に気が付いた。

 感情は心の形。それを扱えるものは、無意識に、本能的に、それがどういうものかを知っている。

 喜び、悲しみ、怒り、嫉妬、落胆――。六十六あると言われる感情を、使いこなすことが出来る。

 

 簡単な、話だった。

 突然信頼していた師に放り捨てられ、暗い夜道に心を削られ、挙げ句の果てに圧倒的な力で叩き潰されようとしている。これを絶望と呼ばずしてなんと呼ぶのか。

 こころは此の期に及んで遂に――“絶望”を、理解してしまった。受け入れて(・・・・・)しまったのだ。

 本能的に拒否していた感情を、遂に。

 

「これが、絶望なんだね……。理解できなきゃ、上手く使える訳がないんだ……」

 

 ブツブツと、まるで呪詛の様に言葉が零れていく。自分が自分でない様な感覚に囚われ始め、思考が何処か暗い湖の中に溶けていく。

 身体の内側から、何か黒くてもやもやしたものが出て行き、視界は直ぐに暗くなった。

 意識がまどろんでいくその感覚を味わい、それに何か心地良さすら覚え始めた頃にはもう――こころの感情は、ドス黒く塗り潰されていた。

 

「………………」

 

 目の前にいるのは、塗り潰すべき純真の心。そして貪り喰らうべき(・・・・・・・)――感情の塊だ。

 

 

 

 




リハビリがてら、少しずつ勘を取り戻していこうと思います。二ヶ月も執筆してませんでしたからね、訛ってる感は否めないかと。

ではでは。

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